「どう見てもさ、お似合いのカップルだよな」

それが、ディルムッドと自分のことを指しているのだと理解するのに、数秒を要した。

ディルムッドと、私が、恋人。
あまりに現実味のない話だ。

何故そんなことを、と問おうと黒板から目を離すと、机に肘を付いたウェイバーの上目遣いにこちらを見上げる黒の瞳と目が合った。
疑問がそのまま顔に出てしまっていたのだろう。そうでなくても十分に察しがいいウェイバーは、こちらが問う前にこちらの疑念に答えた。

「今朝だよ、今朝」

ああ、今朝の登校のことか。
提示された答えにアルトリアは小さく納得した。
今朝、事故によって電車が遅延し、歩いていれば間に合いそうにない時間で学校の最寄りの駅に着いたところを、たまたま通りかかったディルムッドが自転車の後ろに乗らないかと申し出てくれたのだ。

交通機関の問題とはいえ、規則を尊ぶアルトリアとって遅刻は好ましくなかった。そこで、ディルムッドの好意に甘えさせてもらうことにしたのである。

恐らくその姿が、恋人同士で仲睦まじく通学する様と重なったのだろう。

「ディルムッドとはあなたの言うような関係ではありませんよ」
「…本人が気が付いてないだけで、実はそうなんじゃないのか?」

腑に落ちない、とでも言いたげに食い下がったウェイバーに、思わずアルトリアは苦笑する。

「そんなことを言ったら、あなたは本当は女性なのではないですか?」

告げると、渋い顔でウェイバーは黙った。華奢で、背が低く、やや中性的な顔をしていて、しばしば性別を取り違えられることが多いのがコンプレックスなのだ、彼は。

黙ってしまったウェイバーに少々申し訳なくなりながら、アルトリアは恋人と揶揄されたディルムッドとの関係に想いを馳せていた。


――恋人では、困るのだ。


そんな、いつ切れてしまうか分からないような関係では。







「で、貴様はアルトリアとどのような関係なのだ」
「……だから、ただの友人だ」

これでもう何度目か。延々と繰り返される問答に、ディルムッドは小さく息を吐いた。そんなディルムッドにギルガメッシュは素知らぬ顔で「雑種の分際で我の物に手を出すでない」と言い放つ。

人を勝手に物扱いするな。

男の傲慢さに、ディルムッドは嘆息した。さぞかしこの男の後見人である理事長の時臣氏は手を焼いていることだろう。

「…とにかく、今は授業中だからもう止めろ」

ディルムッドは黒板に白いチョークで丁寧に文字を書いていく教師を見やった。

病的なまでに細い体をした教師、間桐雁夜。

彼の授業は特別優れているとは言えなかったが、ディルムッドは雁夜の丁寧で真摯な姿勢が嫌いではなかった。
授業中に無駄に騒いで、彼の心労を増やすようなことはしたくない。

「…この先、貴様はアルトリアに進展を望まんのか?」
「ああ」

囁くように告げると、ギルガメッシュの赤い瞳がすっと細められた。
散々問い詰めておきながら、最初から俺が彼女をどう想っているのか分かりきっているんだろう。


そうだ、俺は確かに、アルトリアを『美しい』と思う。それから『危うい』とも。『側にいたい』とも。


だから、だったら、言える筈が、ないだろう。









「ディルムッド、今帰るのか?」
「…ああ、アルトリアか」

最終下校時間のギリギリの昇降口。ある偶然の、鉢合わせ。

『さっき、衛宮先生に頼まれた用事が終わったところだ』とアルトリアが話すと、『俺も、アーチボルト先生の手伝いをしていた』とディルムッドは笑った。


「一緒に、帰らないか?」


頷いたアルトリアに、彼女は自分がどれ程この誘いをかけるのに緊張したか知ることはないだろうとディルムッドは思った。

自転車置き場までの距離での、他愛のない会話。
イスカンダル先生が授業中にいきなり生徒同士の試合に混じり出しただとか、時臣先生には実は隠し子がいるだとか、保険室の言峰先生は実は相当な八極拳の使い手なんだとか、生物室でジル先生が巨大な蛸を飼いだしたんだとか。


知らない話もあれば、知っている話もあった。どれも全部一つ一つ聞いた。なんでもいいから何か、二人で話していたかった。

校門をくぐった道路でディルムッドの自転車の後部座席に乗りながら、私が今どれだけ幸福かディルムッドは知ることはないんだろうとアルトリアは思った。



二人を乗せて、自転車が走る。
駅までの長い下り坂を、風が頬を撫でていく。



この坂道がどこまでもどこまでも続いていて、このままずっと下っていければいい。


そう思ったのはどちらだったか。ブレーキに鳴くタイヤの音を聞きながら、そして今日もまた、夕焼けが空に溶けてゆく。



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