雨生龍之介は快楽殺人鬼である。
詳しくは冬木を目下騒がせている連続殺人事件の犯人であるが、しかしそれも龍之介本人にとっては至ってどうでも良いことである。何せ殺人鬼である前に、彼は生粋の芸術家なのだ。

そして今宵もまた、龍之介は芸術に勤しんでいた。

――こんなに暗くっちゃあ手元の動き一つ見えやしない。

昏い昏い、夜の暗闇の中、龍之介はナイフを片手に芸術作りに苦心していた。
アジトにランプの類いはない…つまり旦那が戻って来るまでは明かりはない。

「あーあ。旦那、早く帰ってこねえかなー」

無気力に脱力し、手の中ナイフをぷらぷらと揺らすと、どこからか小さい悲鳴が上がり、その甲高さに少しだけモチベーションが戻って機嫌が上向いた。

確かに、この暗さは傷付けずに赤黒い臓器を引きずり出したり、脆い骨を扱うには向いてない。
だけどそれがなんだ。どんなに暗かろうが何だろうが、こっちにもプロ根性ってもんがあるってもんだ。

気合いを入れ直してナイフの刃の向き試行錯誤してみると、ある角度のナイフに欠けた月の光に反射して、いい感じに作品の出来具合いが見えた。順風満帆、概ね良好だ!

よし、これで一つ、旦那が帰ってくる前にスッゲエ作品作っちまおう!


――それにしても綺麗な月だなぁ。

汗を拭い、空を見上げて龍之介は思う。

その光が一つ残らず質量をもって人間に突き刺さる様を想像して、月下、龍之介は無邪気な笑みをもらした。








「ただいま戻りましたリュウノスケ」
「おっかえり旦那!」

キャスターが戻ってきたのは日が昇って少し経ってからだった。
龍之介がぶんぶんと両手を振って帰還を熱烈に迎える中、キャスターは部屋の出かける前までは無かった作品を見ておや、と声を漏らした。

「これはまた随分と出来のいい…」
「さっすが旦那分かってる!俺、旦那が居ない間それ作んの大変だったんだから!」
「大変、とは?」
「それがさ、ここって夜だと暗くて全ッ然手元見えねぇの!」
「それは難儀でしたね」
「だろー?!」

ローブから香る肉片の臭いを胸一杯吸い込み、満足気に龍之介は微笑む。


だから、さ。


「旦那が戻ってきてくれて、ほんっっと助かるよ」

龍之介は他愛なく笑い、キャスターはその爬虫類じみた目を細めた。
それからちょっとした間の後、キャスターの骨張った指が龍之介を捉えた。

「…それだけですか?」
「え?」
「他に、私がいなくて困ったことはありませんか?」

そうだなぁ。
キャスターの言葉に、龍之介は首をかしげた。

昨日は旦那がいなくて、暗くて、大変で、寒くて、あ。


「……キス出来なかった」

「素直で嬉しいです」







:謝肉祭の夜に
120328
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