「お前、死ねよ」

いやだよ、なんて答える前にトウヤの10本は僕の首を絞めていた。



あ、痛い。気管に食い込むトウヤの伸びた爪が、全身から酸素を奪っていく。
今度こそ死ぬかもしれない、なんてぼんやり思った。
別にトウヤの突然の暴力なんて慣れきってるし、その気になれば体格差のあるトウヤを振り払うのはそう難しくないことだって分かってる。
だのにこの両手振り払えないでいるのは、トウヤの十本があんまりに温かいせいだった。
ぎりり、トウヤの指が喉に食い込む。

痛いけどとっても温かい。ああもう、この温かさがいつまでも続けばいいや。自分の名前も使命も何もかも忘れて、この温かさを感じていたい。けど死んだら無理かもしれない。残念。

ぐっと、どこから出しているのかと思うくらいの力が首筋に加えられる。
温かく伝う液体は多分血だ。確認しようにも、ぼやけた視界では無理だった。もう体のどこにも力が入らない。

あーあトウヤ、爪割れちゃってるね、ごめん。
酸素の足りない脳だけがやたら冷静に状況を見下ろしている。今回死ななかったら、今度爪を伸ばしすぎるのはよくないって言ってみよう。機嫌が悪かったら、殴られるかな。

場違いな想像が何だか可笑しい。

僕らは一体どこかで間違えてしまったんだろう?

どこまでも、いつまでも、この間違えが続けばいいのに―――



――突然、ドサリとトウヤの手から喉が解放された。



「N、ごめん。N、」
トウヤが膝から崩れ落ちて泣きじゃくる。


どうやら死ねなかったみたいだ。


噎せかえる喉を押さえながら、いつかトウヤが僕を優しく殺してくれればいいのに、なんて思っていた。


虚数解アイ





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