願うことさえもうなくて(クリーチャー、レギュラス)
「クリーチャー、」 「何でしょう、レギュラス坊っちゃま」
薄暗い部屋。
「今から僕はお前を連れてある所に行く。これから僕が言う事は全て命令だ。いいね?」 「はい」
灰色の目に強い意志を宿した青年―レギュラスは、棚の引き出しからロケットペンダントを取り出すと、ローブのポケットに仕舞った。
「まず、一つ目。向こうで僕が死んでも、僕の事は放ってお前だけは必ず生きて帰れ」 「ですが、」 「いいね?」 「…はい」
汚れた枕カバーを着たしもべ妖精―クリーチャーが、瞳に涙を湛えながらぶるぶると震え出した。
「二つ目。向こうであった事は、誰にも喋るな」 「…はい」
「三つ目。これの本物を、何としてでも破壊しろ」 「はい」
レギュラスはぶるぶると震えるクリーチャーの頭を優しく撫でると、
「ありがとう、クリーチャー」
そう言ってクリーチャーを連れ姿くらましをした。
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「もう嫌だ…、僕を殺せ…っ!!」
虚ろな目で見えない何かに向かって叫ぶレギュラス。
「坊ちゃまはクリーチャーめに言いました、これを飲ませるようにと」
杯で汲まれた液体を、彼は弱々しく拒んだ。 震える手を抑え、その口元に杯を持って行き、液体を無理矢理流し込む。 何度も繰り返された行為。
「ぁ…ぅああ…っ、」
液体を飲む度にレギュラスは喘ぎ、何かを叫び、そして弱っていった。 息もどんどん細くなっていく。
「坊ちゃま、あと少しですから…」
「ぁあ…っ、嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ!!!!僕はもう飲まない!!もう、嫌だ…」
レギュラスはとうとう、ボロボロと大粒の涙を流して、幼い子が嫌々をするように首を横に振り始めてしまった。
ちらと水盆を見る。 あと、一口。
「坊ちゃま、申し訳ございません。ですが、クリーチャーめはこれを坊ちゃまに飲ませなければなりませんので…」
液体を汲む。 クリーチャーは最後の一口を、レギュラスに飲ませた。
「は…ぅ…っ、」
レギュラスの身体がぶるりと大きく震え、薄暗い辺りにはレギュラスの荒い息遣いだけが響いていた。
「は…っ、クリーチャー…、頼む…っ」
クリーチャーはレギュラスから偽のロケットペンダントを受け取ると、本物と入れ替えた。
「…坊ちゃま、終わりました」 「…クリーチャー」 「何でございますか」
か細い声に、クリーチャーは必死に耳を凝らす。
「…ず」 「…今、何と?」
「水を…、」
クリーチャーは水盆に水を溜めた。 しかし、杯で汲む事が出来なかった。
残るは、湖の水。
クリーチャーは恐る恐る、杯に湖の水を汲み入れた。
こぽり。
湖の中で、何かが動いた。 クリーチャーは気付かない。
「…ろ、」
レギュラスの声に、クリーチャーが振り向いた。
「坊ちゃま…?」
こぽり。
「逃げろ、クリーチャー!!」
さっきまでの弱々しかった姿とは一変して、レギュラスはクリーチャーの着ている汚れた枕カバーをひっ掴むと、水盆の上へ投げ飛ばした。 それと同時に、湖の中から現れた無数の亡者が、レギュラスの身体を捕らえる。
「坊ちゃま!!」 「逃げ…ろ…!!」
ざばん。
レギュラスの身体が、湖の中に消えた。
「坊ちゃまぁぁあっっ!!!!」
クリーチャーの悲痛な叫びが、洞窟の中に木霊した。
亡者は未だ、クリーチャーを捕らえようと湖から這い出ている。
「坊ちゃま、申し訳ございません…」
バチンッ
クリーチャーの姿が、消えた。
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バチンッ
クリーチャーが屋敷に姿を現し、古い床板がギシリと僅かに軋んだ。
「ぅ…っ、ひっ…ぐ、」
そしてそのまま、もう主が帰ることの無い部屋で泣き崩れた。 仇である、ロケットペンダントを握り締めて。
願うことさえもうなくて (どんなに願っても、もう戻ってはくれないから)
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