願うことさえもうなくて(クリーチャー、レギュラス)


「クリーチャー、」
「何でしょう、レギュラス坊っちゃま」

薄暗い部屋。

「今から僕はお前を連れてある所に行く。これから僕が言う事は全て命令だ。いいね?」
「はい」

灰色の目に強い意志を宿した青年―レギュラスは、棚の引き出しからロケットペンダントを取り出すと、ローブのポケットに仕舞った。

「まず、一つ目。向こうで僕が死んでも、僕の事は放ってお前だけは必ず生きて帰れ」
「ですが、」
「いいね?」
「…はい」

汚れた枕カバーを着たしもべ妖精―クリーチャーが、瞳に涙を湛えながらぶるぶると震え出した。

「二つ目。向こうであった事は、誰にも喋るな」
「…はい」

「三つ目。これの本物を、何としてでも破壊しろ」
「はい」


レギュラスはぶるぶると震えるクリーチャーの頭を優しく撫でると、


「ありがとう、クリーチャー」

そう言ってクリーチャーを連れ姿くらましをした。







***************************










「もう嫌だ…、僕を殺せ…っ!!」


虚ろな目で見えない何かに向かって叫ぶレギュラス。

「坊ちゃまはクリーチャーめに言いました、これを飲ませるようにと」

杯で汲まれた液体を、彼は弱々しく拒んだ。
震える手を抑え、その口元に杯を持って行き、液体を無理矢理流し込む。
何度も繰り返された行為。

「ぁ…ぅああ…っ、」


液体を飲む度にレギュラスは喘ぎ、何かを叫び、そして弱っていった。
息もどんどん細くなっていく。


「坊ちゃま、あと少しですから…」

「ぁあ…っ、嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ!!!!僕はもう飲まない!!もう、嫌だ…」

レギュラスはとうとう、ボロボロと大粒の涙を流して、幼い子が嫌々をするように首を横に振り始めてしまった。


ちらと水盆を見る。
あと、一口。

「坊ちゃま、申し訳ございません。ですが、クリーチャーめはこれを坊ちゃまに飲ませなければなりませんので…」

液体を汲む。
クリーチャーは最後の一口を、レギュラスに飲ませた。

「は…ぅ…っ、」

レギュラスの身体がぶるりと大きく震え、薄暗い辺りにはレギュラスの荒い息遣いだけが響いていた。


「は…っ、クリーチャー…、頼む…っ」


クリーチャーはレギュラスから偽のロケットペンダントを受け取ると、本物と入れ替えた。



「…坊ちゃま、終わりました」
「…クリーチャー」
「何でございますか」

か細い声に、クリーチャーは必死に耳を凝らす。


「…ず」
「…今、何と?」

「水を…、」

クリーチャーは水盆に水を溜めた。
しかし、杯で汲む事が出来なかった。

残るは、湖の水。

クリーチャーは恐る恐る、杯に湖の水を汲み入れた。


こぽり。

湖の中で、何かが動いた。
クリーチャーは気付かない。

「…ろ、」

レギュラスの声に、クリーチャーが振り向いた。

「坊ちゃま…?」

こぽり。

「逃げろ、クリーチャー!!」


さっきまでの弱々しかった姿とは一変して、レギュラスはクリーチャーの着ている汚れた枕カバーをひっ掴むと、水盆の上へ投げ飛ばした。
それと同時に、湖の中から現れた無数の亡者が、レギュラスの身体を捕らえる。

「坊ちゃま!!」
「逃げ…ろ…!!」

ざばん。


レギュラスの身体が、湖の中に消えた。

「坊ちゃまぁぁあっっ!!!!」


クリーチャーの悲痛な叫びが、洞窟の中に木霊した。

亡者は未だ、クリーチャーを捕らえようと湖から這い出ている。

「坊ちゃま、申し訳ございません…」


バチンッ


クリーチャーの姿が、消えた。








***************************


バチンッ


クリーチャーが屋敷に姿を現し、古い床板がギシリと僅かに軋んだ。


「ぅ…っ、ひっ…ぐ、」


そしてそのまま、もう主が帰ることの無い部屋で泣き崩れた。
仇である、ロケットペンダントを握り締めて。






願うことさえもうなくて
(どんなに願っても、もう戻ってはくれないから)



 










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