「ああああ、あのっ!ごめんなさいっ」
顔を真っ赤にして立ち去った女の子に、男子テニス部部長幸村精市と五十嵐小夜は沈黙するのだった。
事の始まりは一週間程前に遡る。
五十嵐小夜という少女は念願だったトリップというものを見事に果たし、日頃から恋い焦がれていた『テニスの王子様』の世界へとやってきた。
その辺りの経緯はややこしくなるので割愛するが、その際にいくつかの条件を付けて貰っていた。
一つ、戸籍や住居等のこちらで住む際に必要なもの。
二つ、自分の運動能力と頭の良さを上げる。
三つ、愛されたい。
これら三つを叶えて貰いこちらへとやって来ていたが、確かに前二つは叶えられていた。
しかし、間が悪いのか何なのか三つ目の願いが叶っているのかが分からない状況にいつも立たされていた。
例えば、つい2、3日前。
マネージャーにならないかという誘いを同じクラスの丸井から受け、了承しようと口を開けば小さな体付きの他のクラスの女の子に話し掛けられ(プリントを渡されるように頼まれていたらしい)に邪魔をされ、その話をなかったことにされた。
次の日には少しだけ申し訳なさそうな顔で丸井がマネージャーは決まったからと謝ってきた。
それを聞いたときショックだったがまだ方法はあると思いその場は笑顔で「構わないよ」なんて答えた。
代わりに「昼飯一緒に食おうぜぃ」と言われ、快く了承をして屋上でテニス部レギュラー達と対面。
ようやくそこで仁王とも話が出来た(基本的にクラスにいたら寝ていてふらりとサボりをする為話し掛ける暇がなかった)。
そこで気に入られ、たまに手伝いに来てくれと言われて悪い気はしなかったから軽く了承。
着々と愛される準備は整っているように感じていた五十嵐小夜。
幸せ気分で教室に戻るとクラスメートからの嫉妬の視線。
視線に気づかずに鼻歌混じりに授業の用意を始めた。
「あ、の…」
小さな声で話し掛けられそちらを向くと前日に話し掛けてきた小さな少女。
「真田君から、聞きました。テニス部のお手伝いをしてくれるって。その、よろしくお願いします」
名前も名乗らずに顔を赤くしていた少女はパタパタと小走りで教室から出て行った。
「ねえブン太、今の子は?」
「あーそっか、五十嵐はまだ知らねえんだっけ。あいつは田中銀音。男子テニス部のマネージャーだよぃ」
「へ、へえ……」
あんな取り柄もなさそうな子がマネージャー。
その事実にムッとした。
「あいつすっげーいいやつなんだよな、」
「本当?仲良くしたいな」
ニッと笑う丸井に感情を押し込め、笑顔を向けた。
「あ、でもあいつ体弱いからあんま無理しねえように手伝ってくれっときは注意してやってくれねえ?」
そう言って笑った丸井は自分の席へとついたのだった。
そんなこんなでトリップしてから一週間。
何だかフラグを尽く潰されている。
それも決まって田中銀音に。
マネージャーにしたって、名前呼びについてもうやむやにされ。
仕舞いには告白まで。
本人にその気がなくてもあんまりだった。



















「はあっはあ…びっ、くりしました」
中々安定しない呼吸に胸の辺りを抑えつつ銀音は言った。
この世界に生まれて約15年。
前世を含めるともう結構な年だ。
銀音は転生者である。
本人も知らぬうちに知らぬ世界へと転生していた。
不思議なことに自分が死んでしまった、という記憶は全くない。
だからこの世界は夢なのかもしれないと心の端っこで願いつつ、のんびりと生活していた。
ただ唯一残念なのは転生しても体が人よりも病気に対する免疫が少ないことである。
ちゃんと薬を飲んだりして安定しているが、運動は駄目。
擦りむいたりして細菌が入っただけですぐに倒れてしまう。
それがただ転んだなどなら平気だが、運動しながらというと派手に怪我をする。
受け身だけが上手くなっていく体に悲しくなりながら、幼なじみがやっている部活を覗きに行ったりしていた。
男子テニス部、そこにいる幼なじみ柳生比呂士。
紳士という呼び名で有名な彼と幼なじみである銀音は行きも帰りも彼に送られて来ている。
申し訳ないからいい、といくら断っても柳生は笑顔で家まで迎えに来て家まで送ってくれるのだった。
そんな彼に頼まれたマネージャーの仕事。
確かに大変そうだけどお世話になってばかりだから恩返ししたい。
少しでも体力も付けたい。
そんな思いで銀音は了承するのだった。
その日のお昼休み、銀音は先生に渡すよう頼まれたプリントを片手にとあるクラスを訪れていた。
中には赤い髪をした人と可愛らしい顔つきの人が話しているのだが、何故か注目を集めていて不思議に思った。
しかし役割は果たさなければならないと空気が読めていないのを承知で話し掛けたのだった。
元々初対面の人と話すのが苦手だった銀音は顔を真っ赤にさせながら伝えた。
笑顔で「ありがとう」と受け取ってくれた彼女にいい人だと感動しながら銀音は立ち去ったのだった。
「真田君、ひろ君から聞きました。マネージャーの件、精一杯頑張りまきゅっ…ます」
隣の席の真田にそう告げると一瞬肩が揺れ、「うむ、幸村には言っておこう」と真田は笑いを堪えた顔で言った。
そうしてマネージャーになった銀音は初日だから仕事を教わり、無理しないように気をつけながら仕事をこなした。
柳生からのフォローもありレギュラー達とも打ち解け、平部員達とも友好的な関係を気づいた。
そんな銀音の様子に他の女の子達も仕事をちゃんとやってるし、と渋々ではあるが納得をして特に態度を変えることもなかった。
「真田君から、聞きました。テニス部のお手伝いをしてくれるって。その、よろしくお願いします」
この一言を不用意に言ってしまったが為に五十嵐小夜を孤立させてしまうのだが、銀音からしてみれば何でそんなことになったのか全く分かっていない。
「田中さん、最近五十嵐さんはどんな感じなの?」
「あ、はい。重い物を持つと危ないからって、ドリンクやタオルを皆さんのとこに、持って行ってくれるんですよ」
「………他の仕事は?」
「え、確か皆さんの体調を見る為に、コートにいます?」
「何それ、押し付けられてるよ田中さん!」
「私幸村君に言ってくる!」
「じゃあ私は柳君に、貴女は柳生君に言いに行くわよ」
なんて大事になってしまい、銀音は幸村に誤解だと伝える為に幸村を探し始めた。
「あ、あの…幸村君っ」
ようやく見つけて声を掛けると調度話し始めようとしていた五十嵐小夜がいて。
「…………」
「……………」
「ああああ、あのっ!ごめんなさいっ」
いたたまれなくなった銀音は体が弱いのも忘れて走り去ったのだった。
こうして五十嵐小夜からは完璧に敵扱いされるようになり、よくちょっかいを掛けられるようになるのだが、その度に逆ハーへの道が遠ざかって行くのを五十嵐小夜はまだ知らなかった。






(絶対に貴女になんか負けてやらないから!)
(……何の話でしょうか?)



―――
麻丸様リクエスト『庭球短編で転生主がトリッパーのフラグをバキバキ折るお話』でした。
転生主「病弱、少し空気が読めない、人を信頼し過ぎている」トリッパー「愛されたい、性格が少し悪い、要領が悪い」
な感じです。
本当はもっとはっちゃけた転生主にしようかとも考えましたがあえてこんなポケッとした感じの転生主にしました。


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