あなたの抱きしめてくれる腕は、こんなにも暖かい
 

放課後。
切原に言われて、テニスコートが見える穴場へと市は足を踏み入れた。
『こっちっスよ、織田先輩!』
「ちょっと、待って…」
『見た目通りに体力ないっスね…』
呆れ気味にいう切原は知らない。
市が本気の時は体力が底無しだという事を。
更に言うならBASARA3の時の様な壊れっぷりさえ発揮する時がある事を。
「ごめんなさい……」
『! あ、謝らないでくださいよ織田先輩!』
しゅんとして頭を下げて謝った市を見て、顔あげてください!と頼む切原。
勿論切原が見える人はこの場にいないので、傍から見れば市は変人である。
まあ周りには誰もいないので、全く関係ない話ではあるが。
「此処、何があるの……?」
『此処はテニスコートが見渡せる穴場っスよ。人も来ないから話をするには持ってこいだったんで……』
「そう…」
確かに言われた通り、よく見えるとテニスコートを見ながら市は思った。
「あ、ジャッカルと幸村さん……」
少ない人数が入っているコートに見知った姿を見つけて目を瞬かせる。
『そうっス。あのコートはレギュラー専用コートなんで、幸村部長やジャッカル先輩もいるっスよ』
横に並んで寂しげにレギュラーコートを見つめる切原。
『あれが真田副部長に、柳先輩。そこに幸村部長を入れて立海三強っス。それからダブルスペアの仁王先輩と柳生先輩、ジャッカル先輩と組んでる丸井先輩』
つらつらと一人一人を指差して説明して、ぎゅっと拳を握った。
『それから、俺が入って立海レギュラーが完成するっス』
「切原さんが?」
『そうっス…』
その場に腰を下ろして、ぽつりと呟く。
『…なんでか分からないけど、あそこには』
「すんません、補習で遅れてましたー!」
「赤也ー!補習などたるんどるぞ!!!!」
「いってええぇぇ!!!!」
『〈俺〉がもう一人いるんス……』
そう言った切原の視線の先には、自分がいた頃となんら変わりない部活の姿。
ただ、そこにいる〈切原赤也〉が他の者に代わっただけで。
「…場所を、奪われた?」
『……そうっス。俺がこんな風になったのは一週間も前でした』






―――――――

〈一週間前〉

『ん…(朝…、部活に行かないと真田副部長に怒られる……)』
目覚ましがなって目が覚め、俺は目覚ましに手を伸ばした。
『……?(あれ、確かに此処にあった筈だよな…?)』
「んー…もう朝?」
『!?』
自分の隣から聞こえる声に驚いて、バッとそちらを向いた。
『なっ……、おっ俺!?』
寝ぼけた自分が起き上がったとこだった。
「あー…なんか、声低い?てか、こう……下半身にいわk…ってえ゙」
音を立てて固まる自分にようやく掴み掛かり話を聞こうとした。
『何でっ……え?』
スッと手が通り抜ける。
しかもよく見たら体が透けていて、慌ててテニスのフォームを見るために置いてある全身鏡の前に立った。
『そんな…嘘、だろ?』
そこに映っていたのは半透明の自分の体。
「うおおぉっ!?私男になってるー!!!!!?」
ひいぃぃ!と叫ぶ自分に苛立つが、どうやらこちらが見えてないらしい。
「てか、待て待てー…とりあえず鏡鏡…」
鏡の前に来て、そいつが言った事は訳の分からない言葉だった。
「……テニプリの切原赤也?」
『っ、何で名前知ってんだよ!?』
「マジで?成り代わりとか…神様が甦らせてやるーとか言うから了承したけど…切原かー」
『……?成り代わりって、何だ…』
何を言ってるかさっぱり分からない。
見えてないし声も聞こえてないらしく、ぶつぶつと状況把握らしき事を呟く自分。
「アンタ潰すよとか言うワカメ…どうせなら普通にトリップしてにゃんにゃ…ゲフンゲフン」
今死語が聞こえたような気もするし、色々危ない発言が聞こえた。
つーかワカメ言うな。そんな事を思いつつ、聞こえない相手に喋る気も起こらない。
「成り代わりって言っても、既に中学終わってるっぽいしなー…原作終了してるし、」
原作とかどっかの本になっているような言い方をするこいつに違和感を覚える。
「ちっ、原作前なら原作変える為に色々出来たのに」
ここで、切原の中で危険信号がなる。
(コイツは、危険だ)
「まー、なんとかなるか。そういえばこの体に入る前にいた切原はどうなってるかなー?」
『…!』
「消えたとかかな、やっぱり。私がこの世界に来たせいで消えたなら変わりに彼の人生を全うしよう」
うんうん、と勝手に納得して言う自分に苛立つ。
『っざけんなよ! 返せよ、俺の体だ!』










―――――――

『それからずっとこの状態で過ごしてたっス。部活の先輩の誰かなら気付いてくれるかも知れない…って考えもしたけど、あの〈切原赤也〉は俺そっくりに動いてて…俺が見えるかも知れない、とも思ったっス……』
「でも誰も…見えなかったし、気付かなかった……」
『っス』
部活の声が聞こえてくる中、二人は沈黙した。
『……何で、俺だったんスかね』
「…………」
『俺はまだ先輩達と楽しくテニスしてたかった…っ』
それは心の底から搾り出された声だった。
「…泣いて、良いよ」
そっと抱きしめて、市は囁いた。
誰も見ないから。辛いのを溜め込まないでと意味を込めて。
『っ、どうして…気付いてくれなかったんスか!あれは俺じゃないのに……っ』
段々と声が大きくなっていく。
それに伴い、涙が出て来る。
それは地面を濡らす事なく、光の粒子になって消えていく。
『なっで…、やっと……やっと先輩達と沢山テニス…できっのに…』
「うん…」
『返せ…っ、俺の居場所を返せよ……!』
声をあげて泣く切原。
「大丈夫…市が何とかするわ…」
きゅっと力を少しだけ込めて呟く。
その目は、ずっとテニスコートにいる〈彼女〉を見つめていた。
「切原さんの、居場所…市が取り戻すから……」



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