優しさに触れたらそこで終わり
 

「聞いてんのかよぃ、織田」
「聞いてるわ……」
もうすぐお昼休みが終わるのに解放してくれない丸井に少し苛立つが、手首を掴まれていてはどうしようもない。
「次…体育なの……」
「だからどうしたんだぜぃ」
キョトンとした顔で見つめられる。
(早く着替えに行きたいのに…)
溜息をつき、一瞬手の力が緩んだのを感じた瞬間にパッと手を外す。
「市…着替えなきゃいけないから……」
今まで休まずに授業に参加しているのだ。
評価を下げるのは勘弁したいと思いながら、頭を下げて歩き出す。
(もう、会いたくない……)
この十数分でとても疲れた市はそんな事を考える。
しかしそれは無理だろう。
隣の席はジャッカルだ。
確実に話し掛けられる。
これからの学校生活に思いを馳せながら、教室に戻り体育着を手に持ち更衣室に向かった。













「ふぅ…」
何とか時間に間に合い、ホッと一息つく。
男子の方は既に試合が始まっていて、女子はこれからバレーボールの試合をするグループ以外が応援している。
(今日は…A組と合同だった筈……)
A組にはテニス部レギュラーが二人いる。
確か……。
「(奇術師と、紳士……だったような…)」
間違って覚えているのに気づかず、試合を行う為にコートに入る。
騒がしい男子の応援に若干苛立ち、婆裟羅を使いたくなるが我慢してボールが来るのを待つ。
相手のチームにはバレーボール部のキャプテンと部員が何人か入っている。
彼女達はバレーボールになると容赦がない。
鬼畜コーチに鍛えられたバレーボール部は手加減を知らないのだ。
他の人はそれを取ろうとするとどうなるか分かっていた為、避ける。
しかし、今だに学校へと馴染めていない市がそんな事を知るよしもなく。
――ゴィン。
普通なら有り得ない音を響かせ、ボールが腕に当たる。
それを気にした様子もなくトスを上げ。
周りは唖然としながらボールを返した。
それに何故か本気になったキャプテンがバシッとボールを叩きつける。
……ここまでは普通だった。
問題はその後だ。
跳ねたボールが市の頭にぶつかり、半端じゃない威力を持ったそれに。
市は頭から倒れた。「織田さん!?」
慌てて駆け寄ってくるチームメイトに、相手チーム。
応援している女子は、男子に釘付けで全く気付いていない。
「大丈夫、しっかり…!」
「どうしよう、意識を失っちゃってる」
オロオロした表情で市を心配していた彼女達は、近づいてきた人に気づいた。
「大丈夫、織田さん?」
心配そうな顔をして立っていたのは、幸村精市だった。
「あ、幸村君…!どうしてこっちに?」
周りの女子は顔が赤くなりつつ聞く。
応援している女子はこちらに気づかない。
「俺、調度試合なくて見てたから」
市を見て、今だに意識が失ったままである事を確認した幸村は、ひょいと市を抱き上げる。
そう、お姫様だっこで。
その瞬間、周りが悲鳴を上げる。
それと同時に試合をしていたジャッカルが悲鳴で気づき。
体育の先生がタイムを取る。
「…先生。俺、織田さんを保健室に連れていきますね」
「あ、ああ…」
にっこりと微笑み体育館から出ていく幸村に、暫くフリーズして。
「あー…じゃあ授業の続きやれ」














「…ここ………」
(いつの間に、保健室に………?)
天井を見つめながら考える。
そんな彼女に声が掛かる。
「織田さん、目が覚めたんだね」
「市、倒れたの……?」
「うん、そうだよ」
くすりと微笑む幸村精市に首を傾げて市はベッドから上半身だけ起き上がる。
「貴方が運んでくれたの…?」
「うん、調度近くに居たから」
「そう、ありがとう……」
礼を言い、時計に目を向ければもうすぐ授業が終わる時間だと気付いた。
「ごめんなさい…市に付き添っていたから…授業に出れなかったでしょう…」
「別に平気だよ。多少の融通は聞くから」
だから謝らないで?と小首を傾げる幸村精市にこくりと頷く。
「ありがとう…幸村精市さん…」
「フルネームじゃなくて良いよ」
「え…苗字じゃないの……?」
「…ハハハッ、織田さん面白いね。幸村が苗字で精市が名前なんだ」
一瞬驚きで固まるが、直ぐさま声を出して笑い幸村は訂正した。
「そうなの…幸村さん」
幾度か名前を繰り返して覚えたと一人納得した市はベッドから下りた。
「もう少し休んでいても平気だと思うよ?」
「ううん…市、授業には出たいから……」
小さく口元を緩ませて笑うと、幸村は僅かに目を見開く。
「ねえ、織田さん…」
「なあに?」
真剣な顔をした幸村は声を低めに問い掛ける。
「3年位前、病院にいなかった?」
「市、多分いないわ……」
「…そっか、ごめんね織田さん。変な事聞いちゃって」
「ううん…それじゃあ市、行くね…」
パタパタと足音を立てて走って保健室を出て行った市を見ながら、幸村は思う。
(…確かに俺は会った筈だ。織田さんにそっくりな女の子に……)
「いつか確かめなくちゃいけない、」
そう呟き、幸村は保健室を出て行った。



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