あんなにも輝いていた筈だったのに。
 

翌日。
市は私服で再び四天宝寺高校に来ていた。
「…やっぱり、こんなに澱んでいるなんて可笑しいわ………」
既に授業が始まっていて人気がない校内に入る。
静かに歩みを進め、職員室の前に立つと市はドアを開けた。
「…転入届けを貰いに来ました」
声を掛けると中にいた教師が一斉にこちらに顔を向けた。
初老の教師がこちらに歩み寄り市に転入届けを手渡した。
「手続きにどれくらい掛かりますか…?」
「届けを出してくれれば次の日からでもいいですよ」
緩いのかそんなことを言う教師に市は転入届けを手に頭を下げて職員室を出て行った。
さりげなく黒い手を使って辺りに漂っていた澱んだ黒を握り潰しながら。










「謙也さん、大丈夫……?」
「おん、何とかな」
昼休みになって人目に着かない裏庭に来た謙也に市は声を掛けた。
若干顔色が悪いような謙也に市は首を傾げながら手に持っていたお弁当を手渡した。
「はい、これ…謙也さんに作ってきたから……」
「スマンな、織田」
お弁当を受け取り笑う謙也に市は首を振った。
「市、さっき転入届けを貰ってきたわ……」
「……そか、ええんか?織田」
「ええ…市が出来ることは手伝うもの……」
自分の分のお弁当を影から引っ張り出しながら市は頷いた。
「今のところ市は職員室にいた先生にしか会っていないわ……謙也さんは何かあった?」
「…俺のところに美里が来たわ。ベタベタベタベタと何処の納豆やっちゅー話や」
お弁当のおかずを口に入れながら謙也は言う。
「せやから払ったんやけど…完璧に取れとるか?」
「ええ、取れてるわ…」
謙也から澱んだ黒が纏わり付いているのは見えずに市は頷く。
そんな市の様子に謙也は安心したように息を吐いた。
「良かったわ、俺はあないに美里にベタベタしたないし。…それに、他のやつやってきっと」
箸を動かすのを止めて屋上の方を見るように謙也は視線を上の方へと移した。
屋上の方からは笑い声が響き渡っている。
「…謙也さん、今はご飯を食べて何が起きているのか考えなきゃ…。そして、何をするべきなのか…決める為に栄養をしっかり取って頭が働くようにしないと………」
「織田…そう、やったな。スマン織田。俺もちょっと参っとったみたいやわ」
苦笑気味に謙也は謝ると再び箸を動かし始めた。
市も箸を動かしてご飯を一口、口に入れた。
「おおっこれ美味いな!どうやって作ったんや?」
「それは出汁が手作りなの…」
二人は和やかな雰囲気でお弁当を食べた。










「部活、か……」
はあ、と謙也は溜息を吐いた。
前はあんなにも楽しみだった部活の時間は謙也にとって苦痛になっていた。
「謙也はん、今日はワシと乱打しまへんか?」
「銀…せやな、今日は銀と練習するわ」
他のレギュラー達が美里に話し掛ける中、銀が控え目に声を掛けると謙也は一瞬だけ他のレギュラー達を見たあと了承するとラケットを片手に銀と共にコートに向かった。
そこに溝が出来てしまったように謙也達と白石達は別れてしまっていた。
「今日も千歳はんは来まへんなあ」
「千歳、今のテニス部におるのが辛いんかもしれんな」
一度だけ美里と会ったとき、千歳は辛そうに顔を歪めた。
すぐさま立ち去った千歳をそれから見掛けることは殆どなかった。
会ったとしても街をフラフラと歩いているところくらいだ。
学校内では一度も見掛けなかったのだ。
「美里が来て、皆随分変わってもうたな」
「そうやな…人は変わるものや、けど白石はん達の変わり様は何かが乗り移ってはるような…そんな何かを感じるんや」
銀も何か思うところがあるのかそんなことを言うと暫く沈黙が走る。
「……練習、しよか銀」
「そうやな。いつまでもこないに話しとる訳にはいきまへんしな」
謙也の言葉に銀は頷き、二人は乱打を始めた。



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