神に愛されし者の見解
 

「こんにちは、織田さん。どうかしたの?」
幸村は部活の休憩時間を利用して中庭の花壇に水やりしに来ていた。
そこでふと見知った姿を見つけ、咄嗟に声を掛けた。
「こんにちは幸村さん…今日は提出するプリントを持って来ていたの……」
そんな幸村の声に足を止め、市は手に持っているスクールバックを見せた。
「へえ、休日なのに学校まで来るなんて面倒だったよね」
「今日必ず提出しなければならないものだったから…」
「珍しいね、織田さんがギリギリまでプリントを提出しないなんて」
驚いたように幸村が目を瞬かせると市は首を傾げた。
「昨日の放課後に渡されたものだったから…」
「放課後?俺は貰ってないけど…」
「市、一応転入生だから……」
「ああ、そういうこと」
不思議そうな顔をした幸村は次いで言われた言葉に納得して一つ頷いた。
すっかり馴染んでいる市は一応つい先月の始業式に転入してきたばかりだ。
まだ書かなければならない書類があったのだろうと納得した幸村は更に声を掛けた。
「そういえば織田さんは部活はどこに入るの?うちの学校は全員部活に入らなくちゃならない決まりになっているけれど」
立海大附属高校は校則で部活動への所属が基本的に義務付けられている。
申請してそれが通れば部活動への参加は免除されるのだが、その代わりに落第点――俗に言う赤点の点数が部活動所属者よりも高めに設定されるのだ。
それゆえに大体の生徒が活動を殆どしていない部を探したりして部活動へと所属をしている。
「ううん…参加しないわ……」
「え、参加しないの?」
「ええ…どうしても部活動へは参加出来そうにもないから…」
「そう、か。残念だな」
少しだけつまらなそうに幸村は言う。
「…?」
「もし織田さんが部活動を決めてないんだったらマネージャー頼んでみてもいいかな、って思ってね」
「……市、そういう試すようなこと嫌いよ…」
「………え、」
市は僅かに眉を潜めながら、しかしきっぱりと言い切った。
「変化を望んでいないのに、何故自らそれを崩そうとするの…?それに幸村さんは自分を犠牲にし過ぎていて、今にも押し潰されてしまいそう……」
遠回しな表現をする市に幸村は唖然とする。
「市、貴方を見ていると誰か泣いている気がするの…」
幸村の隣、何もない場所を見つめ市は呟く。
「もう、顔も覚えてはいない〈誰か〉にそっくりな気がするの…」
言いたいだけ言うと市は踵を返す。
「あ、織田さん……」
無意識の内に声を掛けていた幸村は息を呑む。
その後ろ姿が遠く感じたからだ。
目の錯覚か、幸村の目には市の足元に影がないように一瞬だけ見えた。
「…幸村さん、市貴方みたいな人は嫌いじゃないわ」
小さく呟かれた言葉は幸村には届かなかった。
ただ呆然とした幸村だけが取り残された。













「あれ、幸村部長どうしたんスか?」
「……赤也、」
後ろから声を掛けられ、幸村は振り返る。
「織田さんは…彼女は何?人ではないみたいに遠く感じる」
感覚が鋭いが故に、幸村は市の特異性を僅かに感じ取っていた。
だからこそ幸村は市を今まで完璧に受け入れるでもなく探りを入れて接していた。
「知らないっスよ。だって織田先輩は織田先輩ですし」
その言葉を幸村は羨ましく感じた。
何処までも底抜けに市を信じている後輩の素直さが、とてつもなく輝いて見えた。
「幸村部長だって、幸村部長でしかないんです。どんなにバケモンみてえに強くてもそれは変わんないんで」
切原の切原たる所以はこの考え方である。
本質を見ることもそうだが、一番の強みはあるがままの姿を受け入れる柔軟性。
それを持つからこそ、一人だけ年下の切原がレギュラーとして彼らと共にあれるのだと、幸村は再び実感した。
「…赤也に敵わない日が来るなんてね」
「へ?」
「何でもないよ」
そう首を傾げた切原に不敵な笑みを浮かべ、幸村は告げた。
切原のようにあるがままを受け入れることを決意して。



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