見えるようで見えない反面世界
 

「織田、何しよるん」
仁王はそう声を掛けた。
「……仁王、さん」
何処かぼんやりとした目を仁王に向け、市は口を開いた。
今は授業中。
真面目な市がサボりをするように思えないのだが、何故か屋上でフェンスの外の景色を見ていた。
「とりあえず此処に座りんしゃい」
仁王はポンと自分が座っている横を叩いて言った。
「うん……」
小さく頷き、控え目に市は座った。
「……で、どうしたんじゃ」
「……、あの子の魂が消えたの…」
「あの子、言うんは赤也に憑依しとった?」
「ええ…」
市の言葉に、仁王は眉根を寄せた。
「……ただ単に帰った、訳やなさそうやのう」
「そう…いきなり掻き消えたの、反応が…」
「反応?そんなもんまで分かるんか」
目を瞬かせ仁王が問う。
「ええ、一度触れた魂だもの…」
「ほー、そりゃあ凄いのう」
くつりと笑う仁王に市は何も言わずに見遣った。
「本当に一瞬で消えてしまったから、おかしいの……」
市のその言葉に仁王は真面目な顔をした。
「…有り得んこと、なんか?」
「ええ……魂は、輪廻するの…」
「輪廻、ねえ………」
ふうん、と興味を示したように仁王は呟く。
「ちゅうことは、消えるいうんは可笑しいっちゅうことか」
「その筈よ…ただ、彼女はこの世界の人ではなかったから、」
「織田には詳しいことは分からん、てことか?」
「ええ……」
申し訳なさそうに肩を落とす市の頭を軽く撫で、仁王は言った。
「…まあしょうがないじゃろ。分からんモンは」
「そうかもしれないけど………」
「織田、何でそんなに気にするんじゃ」
「それ、は……」
困ったように戸惑う市は暫く迷ったあとに言った。
「…何だか懐かしかった、の」
「………懐かしかった?」
「ええ…何処かで会ったことがあるような、そんな感じの何かが彼女のすぐ近くにいたみたいで………」
「…よく分からんのう」
クシャリと髪を掻き上げながら仁王は言う。
市の言うことは感覚の話だ。
いくら霊感がある仁王といえど、市の感じた感覚を理解出来る訳ではないのだ。
まして市のそれは霊感があるないの問題ではないように感じられた。
「…まあ、いつまでもグダグダと考えてても仕方がなか。とにかく怪しい思うたんは忘れんしゃい、ええな?」
「……ええ」
渋々といった様子で頷いた市を仁王は静かに見遣った。
「(…織田は何を見てるんかのう)」
柳がデータで人の動きを予測するのなら、仁王は人の仕草や言動で相手の心の移り変わりを見ている。
仁王は自らが近付いて言葉を交わす人をその仕草や動作を見て選ぶのだ。
仁王には市という存在の在り方が全くといっていいほど理解が出来なかった。
人の在り方を理解する、などということは普通出来ない。
だから仁王も全てを理解しようなどとは思わないし、そもそも理解する気もない。
ただしある程度は見ていれば分かることもあるし、言ってくれれば理解も出来る。
…共感は出来ないかもしれないが。
ともかく仁王は待っていた。
いつか市が話してくれるのをずっと。
でも気付いてしまった。
市が何も言う気がないことに。
今も、これからも。
誰にも何も言わずに消えてしまうような感覚。
それは仁王が最も嫌う感覚。
幸村が死んでしまうんじゃないかと、いきなり目の前からいなくなってしまうんじゃないかと思ったときの感覚によく似ていた。
それでも仁王は市へと手を伸ばすことはしない、出来なかった。
仁王から手を伸ばしても意味はないことを感じとっていたから。
市から手を伸ばして来ないと今までと何も変わらないのだ。
頼るということを市がしない限りこれ以上仲良くなることも仲悪くなることもない。
「(…なんて、)俺も丸くなったのう」
「……?仁王さん、どうかしたの…?」
「別に、何でもなか」
不思議そうに見つめてくる市に気付かないフリをして立ち上がると、仁王は伸びをした。
ふと気がつくと目の前には半透明な男が立っていた。
切原が幽体化していたときのような男に仁王は視線を合わせた。
白と赤を基調とした着物に赤の袴。
凛々しい顔立ちの黒い長髪の男だった。
「お前さんは…」
『………市を、頼む』
それだけ言って男は姿を消した。
「今のは、一体…」
「…仁王さん、何かあったの?」
「何を、言うとるんじゃ。今幽霊が…」
「……?市は見ていないわ………」
その言葉に仁王は僅かに目を見開くもののすぐにいつもの飄々とした顔に戻った。
「……プリ」



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