すばらしきバッドタイミング
 

仁王に人払いを頼んで3日目。
今日、市は切原の身体に入っている〈彼女〉を追い出す。
「市からの呼び出しだと来てくれなさそうだから……」
「まあ、あれだけ警戒バリバリしとるしの」
再び仁王に頼った市は申し訳なさそうに目尻を下げた。
「ああ、そんな顔しなくてもよか。俺も可愛い後輩の為に協力しとるだけやけ」
市の頭にポンと手を乗せながら仁王は言った。
「……でも、」
「織田、俺は正直感謝しとる。俺らと何ら関わりを持っておらんかったおまんさんが、ここまで親身なって赤也のことを助ける為に動いてくれとるんやからの」
「………」
仁王の言葉に、市は黙って耳を傾ける。
「ほれ、ちゃんとあれは呼び出しちゃるきに。早う行きんしゃい」
仁王はけだるそうにコートへと歩いて行った。



















「赤也、準備は平気…?」
『はいっ、少しキンチョーするっスけど…』
「そう…」
2人は屋上の給水タンクの上に座り、〈彼女〉を待っていた。
『にしても、仁王先輩何て言ってあいつを屋上に来させるつもりなんスかね』
「分からないけど…あまりいい予感はしないわ……」
市が言った言葉は外れていなかった。
「よー〈赤也〉、」
その頃、コートで仁王は〈赤也〉に声を掛けていた。
「何スか仁王先輩」
「まーくんから〈赤也〉にお願いがあるんやけど」
「…嫌な予感しかしないんスけど?」
「屋上におるやつにこれ渡してくれんかの」
「は?てか自分で行ってくださいよ」
仁王は飄々とした態度でそれを受け流した。
「……随分と赤也の真似も上手くなったの、」
「何か言いましたか、仁王先輩」
「いや、何も言っとらんよ。そうやの、おまんみたいなワカメには出来ん仕事やったななんて言っとらん」
「思いっきし言ってんじゃないっスか!」
「等々耳までワカメでも詰まったんか」
「いつかぜってー潰してやる!」
仁王の挑発に乗った〈赤也〉は仁王から箱を受け取った。
既に赤目に成りかけている。
「屋上にいる、って誰なんスか」
「そうやの…すぐに分かるじゃろ」
「はあ?」
「ピヨッ」
ごまかし、仁王は柳生の元へと歩いて行く。
「あ、ちょっ…仁王先輩!」
「体弱いやつやけん、早う行ってこんと倒れるぜよ」
ひらひらと手を振り、仁王は笑った。
「後はお前さん次第やの、織田」
「仁王君、何か言いましたか?」
「いや、何でもなかよ。今日の練習中、入れ代わらんか?」
話を逸らし、仁王は何事もなかったようにコートを見つめた。


























「仁王さん、ちゃんと成功したみたいね………」
市は屋上へと上がってくる気配に目を開いた。
『あいつ一人みたいっスね』
切原が屋上の扉を睨むように見つめる。
「……こんにちは、切原さん」
「え、あの時の……!?」
屋上へと入って来た〈彼女〉に、市は真っ直ぐに目を向けて言った。
「何で、仁王先輩がアンタと……」
「…知り合いだからよ」
『うっわ、仁王先輩知り合いって……かっわいそー』
本人が聞いたらショックだろうなーと切原は呟いた。
「まさか、他の先輩もそうやって…!」
「? 何のこと……?」
「しらばっくれないでくださいよ先輩!だから赤也が……」
「赤也が、何……?切原赤也は貴女でしょう?」
「あ………」
切原の手を握りながら市は〈彼女〉に視線を送り続ける。
「貴女は切原赤也じゃないの…?」
「それ、は………」
言葉に詰まる〈彼女〉。
「……私は、切原赤也じゃない」
ぽつりと、その声が空しく響いた。
「…それで?貴女は切原赤也じゃないなら、本物は何処にいるの……?」
『、織田先輩……』
不安げな声に、市は大丈夫だと伝えるように手を握り直した。
「本物、……この体の中で眠ってる」
その言葉に、市と切原は目を見開いた。
『っ!何言ってんだよ!俺は此処にいんのによ!』
「……、それは本気で言っているの?」
「そうに決まってる。……だって、私が呼び掛ければ小さい声だけど答えてくれる」
自信満々に言った〈彼女〉に、切原がキレかかる。
『誰がっ!俺はてめぇの中になんているかよ!』
「どうしてそう思ったの……?」
市は切原の手を離さないように握りしめ、淡々と聞く。
「………たから」
「……?」
「元はと言えば、アンタがいなければ赤也は!こんなことにはならなかった!」
『言うに事欠いて……!織田先輩に何言ってんだよ!それに俺の名前を気安く呼ぶな!』
「赤也、」
『…何スか、織田先輩』
怒鳴る切原に呼び掛け、笑う市。
「市に任せてね………?」
『でも…っ』
「市も、腹が立ったから…」
こちらの会話が聞こえていない〈彼女〉を静かに睨みつけ、市は呟いた。
「ねえ、切原さん……」
「何、だよ」
雰囲気の変わった市に気圧されたように〈彼女〉が口を開いた。
「市、貴女が言ったことでいくつか聞きたいことも、訂正したいこともあるの……」
「訂正、って……」
「貴女の中に、切原赤也はいないわ…」
「何でそんな酷いことが言えるの!」
「……だって、赤也は市の隣に立っているもの」
「…………………………え?」
その言葉に、〈彼女〉は思考を停止させる。
「……そんな、じゃあ私に話し掛けて来た赤也は…」
「幻想、まやかし。どう言うかは違うけど、貴女の作り出した幻よ……」
黒い手を発動して、切原を実体化させながら市は言った。
「そ、んな……」
『俺の名前、気安く呼ぶなよ』
キッと睨みつけながら切原は言った。
「どうして?だって……」
「…そもそも、人は死ぬのに理由はないわ……」
混乱仕切った〈彼女〉にゆっくり語りかける。
「まして、他人に取り憑く為になんて絶対にない……」
「!」
「貴女が死んだのは、元から決まっていたこと。誰かは知らないけど、面白がってこんなことをしただけ……」
僅かに後退りする〈彼女〉に市は近寄った。
「赤也に体、返してあげて………」
「、あ………」
ガタガタと震える〈彼女〉に、市は首を傾げる。
「う、そだ……違う。だって〈神様〉が言ってた…私は死ぬ筈じゃなかったから蘇らせてやる、って…」
「………貴女のことは、知らない。でも貴女が死んでしまったのは、寿命よ……」
「違う、違う違う違う違う違う違う違うっ!」
否定を繰り返す〈彼女〉に、一歩ずつ歩み寄る。
「あんたがいるから、あんたがいるから私は死んだんだ!あんただって自分の兄を殺した癖に!」
その言葉に、市は足を止める。
「市が、…兄様を?」
『お前っいい加減にしろよ…!織田先輩が止めるから、黙ってたけどさっきから聞いてたらそうやって自分は悪くないみたいな言い方するだけじゃねーか!』
切原が怒鳴る。
『うだうだと言って、人に責任転嫁して楽しいのかよ!』
「っるさい!」
〈彼女〉がその一言に怒鳴り返し、切原のことを突き飛ばした。
「赤也!」
滅多に大声を出さない市が声を上げ側に座り込む。
「大丈夫……?」
『っつー…こんくらい平気っスよ』
たらり、と血を肘から垂らしながら切原は笑った。
「実体化してるから、怪我を……」
市は呆然とした顔で立ち尽くす〈彼女〉を見つめた。
「…………是非も無し」
ふらりと立ち上がり、市は口元だけをにやりと持ち上げた。
「あ、………」
『織田、先輩…?』
「余の前でそのような振る舞い、片腹痛いわ……!」
市は完璧にキレていた。
その様子にその場は静まり返った。
「赤也が、二人…?」
キィ、とドアを開け呆然とした面持ちで、レギュラー達が入って来た。
ただ一人、仁王だけが楽しげに笑っていた。



前へ 次へ

 
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -