なのに疚しいことなどありゃしない
 

コートに着き、市は救急箱を手に取った。
「少し染みるよ」
「はい、っス…」
消毒液が染みて、ビクッと体を揺らす〈彼女〉。
市はそれを気にせずに絆創膏を張り、立ち上がった。
「はい、終わり」
「ありがとうございましたっ!」
「いえ、仕事ですから。それじゃあ私は戻ります」
直ぐさま離れた市はほんの少しだけふらついた。
「日吉、?」
それを近くにいた謙也が見て、心配そうに近寄った。
「あ、確か…忍足君」
「確かって酷いわ」
「ごめんごめん」
あはは、と笑い市は謙也に聞く。
「調子はどう?」
「なかなかや、まあ…あの切原の様子が気にかかるけどな」
「切原君の?」
「せや。あいつ、あんなやつやったか?」
「……さあ、どうだろう」
市は知らないフリをした。
「学年が違うから、関わったことがなくてね」
「そか。まあ学年違うと分からんかもな」
「それより、どうしてそう思ったのか聞いていい?」
「あー……日吉って、幽霊とかそういった話って信じる方なんか?」
「そりゃあ信じるよ」
「即答やな…」
「若とよく話すからね」
「成る程な」
納得した声を出した謙也に、市は聞いた。
「で、幽霊は分かったけど…」
「ああ、すまんな。俺幽霊は見えんけど、〈色〉が見えんねん」
「色?」
聞いたことがない例えに市は首を傾げる。
「せや。最近…て言うても2年くらい前からやけど、人の胸元辺りに色のついた光が見えるようになったんや」
「色のついた光…」
「おん。最初見たときは頭おかしくなったんかと思て焦ったわ」
「まあそうなるよね」
「クールやな、自分…」
苦笑しながら謙也が言う。
「そうかな?」
「そうやで。まあ、人によって色って違うんや」
「人によって、ね…」
「おん。それで、切原の〈色〉が前会ったときと違う気ぃしてな」
「気のせい、ってことは?」
「あらへん。最初俺もそう思てそれとなく見とったけど、完璧に違うっちゅーんが分かったんや」
市はそれを聞いて考える。
「…練習試合が終わったら、少し時間を貰える?話があるから」
「おお、ええで。今日はこっちに一泊する予定やし」
「ありがとう。それじゃあ私は仕事に戻るね。向こうで白石君がこっち見てるし」
「ま、まず…すまんな日吉。俺早う行かんとヤバいわ」
慌てた様子で駆け出した謙也を見送り、市は切原がいるところまで戻った。
「赤也、」
『あーっ遅いっスよ、織田先輩!』
「ごめんなさい……」
『別に良いっスけど…』
面白くなさそうな顔付きで切原は言う。
「次の休憩は…」
『あと10分っス』
「ドリンク、まだ終わってない…」
『それならさっきあの手がやってたっスよ』
「そうなの?ありがとう…皆……」
『気になってんスけど、何人くらいいるんスかこの人達…』
「10人以上はいると思う…」
『織田先輩、怖いっス』
「大丈夫、皆優しいから……」
ドリンクの入ったカゴをコートの端に置き、市は歩く。
『…俺、さっきあからさまに敵意向けられたんですけど』
複雑な表情で切原は呟いた。















「すまん日吉、部のやつらついて来てもうた」
「構いないよ、全員に聞いてもらっても平気だし」
「先輩、もうええんとちゃいます?」
「そうだね」
市はウィッグを取って化粧落としでさっと化粧を拭った。
「え、は……え?」
「こんにちは………日吉濃、こと織田市です…」
一瞬の静寂。
そして、次の瞬間四天宝寺のメンバー(財前、一氏、小春、石田を除き)から声が上がった。
「日吉って名前じゃなかったんかいな!」
「驚いたとよ」
「んーっ全然雰囲気違うな自分」
「立海の生徒だってばれないようにしなくちゃいけなかったから……」
そう告げ、市はラケットバックを肩に掛けた。
「此処だと、他の人の目につくから……」
黒い手を使ってこの辺りに人が来ないようにしているが、体力の消費が激しいので市は移動を促す。
「仁王さんも来る……?」
「当たり前じゃ」
傍の木に隠れていた仁王に呼びかけ、市は歩く。
「仁王もおったんか」
「まあの、織田のウィッグや化粧をしたんは俺やけえ」
さらり、と白石の言葉に返して仁王は市の後ろを歩き出す。
「織田、あいつらには…」
「変装していた理由の一部は伝える…けど、赤也のことは言わないつもりよ……」
「…いつの間に名前呼びになったんじゃ?」
「さっき………」
市は答え、どんどん進んで行く。
気付けばこの辺りにある筈がない森に出た。
「ここは…」
「市のお気に入りの場所に行く為の道…」
彼岸花が咲く開けた場所に出て、市は立ち止まった。
「織田、やったっけ…」
「ええ……」
一番最新に口を開いたのは白石だった。
「日吉、ちゅーのは」
「…日吉さんとは、知り合いだから、名前を借りたの…」
「本人の了承済みじゃけえ」
「最初に言ったけど、立海に市みたいにマネージメントが出来る人がいるなんて分かったら大変だから……」
「別にそれくらい構わないと思うばい」
「今、少しだけテニス部には直接関われないから…」
言葉を濁し、市は言う。
「……また、〈あれ〉絡みなんか?」
「一氏さん…」
「市ちゃん、あまり相談せんから心配なんよ」
「小春さん…大丈夫、〈あれ〉絡みじゃないから……」
「〈あれ〉、て何や?」
「幽霊っスわ」
「光?」
「織田先輩、昔っから見えるて聞きました」
そこの先輩らから、と呟いた。
「じゃあ…」
「謙也さんの〈色〉について、聞きたくて…」
『あーっ、狡いっスよ!俺のことはさっきまで名前で呼んでないのに、忍足さんのことはすぐに名前で呼んで!』
「…え、切原?どうしてこないなとこに…」
「何言っとるんや、謙也。此処に切原はおらんやろ?」
「いや、そこにおるんやけど」
『え、……忍足さん見えてんスか?』
「見えてって……切原何言うてんのや。当たり前やろ」
「謙也さん、……今赤也は幽霊状態だけど…」
市が言うと、謙也は固まった。
「俺、幽霊見えん筈やで!?」
「織田と会って触発されたんじゃろ」
「素質はあったわ……」
「要は、そこに切原がいるんか?」
白石が聞く。
「ええ……少し、待って」
『ちょっ……まさかあれ使うんスか!?』
「ええ……」
『や、嫌っスよ!あの感覚苦手なんスから』
「大丈夫…慣れるから」
『慣れたくないっスよ!』
「…なあ、切原嫌がっとらん?」
「ピヨ」
「問答無用……」
「織田先輩、酷いっスよ…」
〈黒い手〉によって実体化した切原が呟いた。
「ホンマに切原や……」
「じゃあ、さっきのは…?」
「秘密………」
市は動き始める。
「もう遅いわ…帰りましょう」
市は話を終わりにして歩いた。



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