きみとぼくのあいだ
 

もしかしたら、なんて考えもしなかった。
だって私をこっちに連れて来た〈神様〉はそんなこと言ってなかった。
ただ、死ぬ筈じゃなかった私が死んでしまったからこの世界に生き返らせることは出来ないけど他の世界に連れて行ってやる。
なんて言ったくらいだし。
最初、赤也になってて驚いたけど〈神様〉が言っていたのはこのことかくらいにしか感じなかったし、まして赤也の居場所を奪ったなんて考えもしなかった。
「違う…私、は奪ってない」
そうだ、気付いてないだけで赤也は私の中にいるんじゃないだろうか。
レギュラー達には話せない辛いことがあって、疲れてしまって。
その代わりに私がここにいるとか。
そうに違いない。
だって、そうじゃなきゃおかしいもの。
そうだよね、赤也?
私は奪ってなんかないよね?
――――そうだな。
ああ、ほら赤也が応えてくれた。
私は奪ってない。
私は赤也の味方だもの。
辛い目に合ったから私を呼んだんだよね?
――――ああ、そうだ。
ほら違う。
BASARAのお市が言ったことなんか全て嘘なんだ。
……?
何でBASARAのお市がテニプリの世界にいたの?
おかしい、ありえない。
じゃああれは異端?
あれが赤也を傷付けた?
……ふふふ、なぁんだ。
あれのせいなんだ。
私は何一つ悪くない。
あれを消せば、赤也が戻って来れる?
――そうだ、あれがいなくなれば…。
なら、私が消したげる。
赤也には私が必要だもんね?
私は赤也の居場所を奪ったんじゃない。
赤也の居場所を守る為に死んで此処に来たんだ。














「光、臨時マネの件どないなったん?」
大阪から東京への新幹線の中、金髪の男子――忍足謙也が聞いた。
「何ですか、謙也さん。気になっとるんですか」
「あっ、当たり前やろ!」
「安心してください、女子です」
「ちゃうわ、アホ!何処が安心出来んねん!」
「…まあヘタレな謙也さんには到底話し掛けられませんわな」
「少しは八ツ橋に包めや!」
ぎゃあぎゃあと騒ぐ二人(実際は一人だけだが)を他のメンバーは見守る。
「にしても、光が女子推薦するなんて思わんかったな」
「あら、蔵りんどないして?」
可愛らしい口調の女子(?)――金色小春が聞いた。
「やって、光は女子が好きやあらへんやろ」
「キーキー喧しいやつが嫌なだけですわ」
騒ぐ謙也を相手にするのが馬鹿らしくなったのか、ピアスを付けた男――財前光はこちらに来て言った。
「ねえひかるん。もしかして、頼んだのって……」
「半分当たりですわ、まあ向こう着いたら紹介するんで」
「半分言うと…想像しとるやつと同じではあるって訳やな」
「おーい、そこ3人だけで話さんといて」
財前と小春、それから小春にベッタリとくっついている男子――一氏ユウジの話に包帯を巻いた男子――白石蔵ノ介が割って入る。
「白石部長、何ですか」
「3人とも知り合いなん?」
「そうやね、多分知り合いや」
「多分って……」
「あ、メール来ましたわ」
携帯を開く財前。
そんな財前の携帯を両側から小春と一氏が覗き込んだ。
「あら、やっぱり」
「こんだけやると印象変わるな」
「変わり過ぎやと思いますよ」
「盛り上がっとるとこ悪いけど、何の話や?」
「まあ向こう着いたら分かりますわ」
話を切り上げて、財前は音楽プレイヤーで音楽を聞きはじめた。
小春と一氏も二人でいちゃつき出す。
「白石、なんなんやろうな?」
「さあ、分からんけど…3人がこう言うんやからすぐ分かるやろ」
謙也と白石はそう話すと、窓の外を流れる風景を見つめた。


















「おはようございます、今日は臨時マネージャーとして皆さんと行動する日吉濃です」
東京駅。
ここで四天宝寺と合流する手筈になっていた市は会ってすぐに挨拶をした。
「日吉さんな。俺は部長やっとる白石蔵ノ介や。今日一日よろしく頼むで」
「よろしく、白石君」
「俺は忍足謙也や。日吉っちゅーやつと氷帝の日吉と何か関係あるんか?」
「よろしく。若は従兄弟です」
白石と握手をして、謙也には手を差し出したが顔を赤くして拒否されたので市は手を下ろした。
「久しぶりですわ、濃さん」
「財前君、一年半ぶりくらいかな」
「濃ちゃん、ちゃんと食べとるん?」
「そうや、また痩せとるとちゃうか?」
「一氏君、小春ちゃん」
メールを見て今回の変装について理解している3人が近寄る。
「それじゃあこっちの電車で神奈川まで行きましょう」
ラケットバックを背負い直しながら市は言った。
「あれ、日吉さんテニスやっとるん?」
「はい、まあ最近始めたばかりですが」
さらりと応えて市は歩き出す。
「ああ、それから。私が立海生ではなく四天宝寺生ということで進めてください」
「? 何でばい」
下駄を履いた天然パーマの男子――千歳千里が聞いた。
「マネージメントが出来るなんてばれたら面倒じゃないですか」
「ああ、成る程な。つまりは女子に目ぇ付けられんようにっちゅー話や」
「謙也、何か使い方違う気ぃするんやけど」
「流石浪速のヘタレスターっすわ」
「だ、誰がヘタレスターやねん!俺は浪速のスピードスターや!」
ぎゃあぎゃあ騒ぐ謙也を無視して歩き始める四天宝寺メンバー。
「すんません、煩くて」
「構いませんよ、貴方は?」
「副部長を務めとる小石川健二郎です」
「小石川君、よろしく」
「ワシは石田銀や」
「よろしく、石田君」
挨拶をし終え、神奈川へと向かった。

















「高校もでかいなぁ」
「マンモス校ですからね」
上から四天宝寺のジャージを羽織った市が応えた。
「コートはこっちです」
コートに着き、四天宝寺と立海が挨拶をする。
「今日はよろしく頼むわ、幸村君」
「こちらこそ、お手柔らかに」
部長同士が挨拶を終え、それぞれ練習に入る。
「じゃあ私はドリンクとタオル用意してきます」
市はタイミング見計らい声を掛けた。
「君が四天宝寺の臨時マネージャー?俺は立海の部長の幸村精市。今日一日一人で大変だと思うけど、よろしくね」
そう言って練習に行った幸村を見送り市は動き始めた。
「…誰も見てないわね……」
周りを見渡し人の気配がないのを確認した市はドリンクの粉とボトルを手に持った。
分量を量って水と混ぜ、呼び出しておいた黒い手に渡す。
するとその黒い手がボトルを振り始めた。
「ふう……」
30分程して、全てのボトルに水とドリンクの粉を入れ終えた市は出来上がった分のドリンクを冷蔵庫に仕舞った。
「あ、ありがとう…」
黒い手は全て振り終え、スッと消えていった。
『織田先輩!すみません、寝坊しました!』
ダッと駆け寄ってくる切原に市は挨拶をした。
「おはよう、切原さん。平気よ……まだ試合も始まってないから…」
ドリンクを全て冷蔵庫に仕舞いながら市が言う。
『でも……』
「切原さん、タオルは何処にあるの……?」
『あ、それならそこの端のロッカーに入ってるっス』
「ありがとう……」
タオルを取り出し、市はタオルをコートの方に運んだ。
『俺、代わるっスよ!』
「平気だよ」
部員の姿が見え始めたので、市は口調を日吉濃に変える。
『な、何か織田先輩が敬語じゃないと違和感があるっス…』
「そうかな?」
タオルを置き、市はその場を離れた。
「休憩10分前にドリンクを持って行けば良いから…」
腕に付けた時計を確認しながら市はボールを磨く。
『織田先輩、誰も見てないんで実体化して手伝います!』
「……さっきから見ている君、誰?」
切原の言葉に答えず、市は少し離れた木を見つめる。
「…ふむ、ばれたか」
カサ、と音を立てて三強の一人、柳蓮二が現れた。
「よく分かったな」
「武芸を嗜んでいるので、」
「そうか。…お前は氷帝の日吉の知り合いか?」
「ええ、といってもあまり顔を合わせる機会がなかったので殆どお互いのことを知りませんが」
「成る程」
ノートに書き込む柳を市は一瞥してボールを磨く。
「日吉、お前はマネージメントの経験があるのか?」
「いえ、それほどはありません」
「そうか、すまないな時間を取らせた」
「構いませんよ、別に」
パタリとノートを閉じて柳が言った。
そんな柳に市は何事もなく言葉を返し、立ち上がる。
「そろそろ休憩ですよね?私、ドリンク取って来ます」
スタスタとボールのカゴを持って部室に向かう市を、柳は無言で見送った。















「ドリンクです」
ドリンクをコートに運び全員に回す。
「おーきに」
「ありがとう」
などとお礼を言いながらそれぞれが受け取り飲み始める。
「飲み終わったらそこのカゴに入れておいてください」
言いたいだけ伝えると市は新しいボールをコートに置き、転がっているボールを回収する。
「手伝います!」
「ありがとう」
立海の1年生に声を掛けられ、ボールを拾うのを手伝って貰う。
「もう平気だから、練習に戻りなよ?」
ある程度回収し終わり、1年生にそう伝えて市はボールを持って部室に歩き出した。
『織田先輩、大丈夫っスか?』
「ええ…」
『顔、真っ青なんスけど…』
コートから少し離れた辺りで、切原が話し掛ける。
市は少し迷い、口を開いた。
「少し、変な負のオーラに当てられて…」
『負のオーラ?』
不思議そうに首を傾げて、切原は復唱した。
「誰からは、余り特定する余裕がなくて…」
『だったら、俺が変わってその間に調べてみたらどうっスかね』
「でも……」
『大丈夫ですって!余り先輩達とかに関わりませんし』
渋る市に切原は笑顔で答える。
「なら…少しだけ、お願いするわ……」
スッと入れ代わり、切原は移動を始める。
「(織田先輩、体力あんまないのに無茶するから…てか、体が女子だから慣れねえ)」
顔を青くしていた市を思い出しながら切原はボールを仕舞う。
タオルとドリンクを回収に向かうと、切原も少しだけ嫌な空気を感じた。
「(何だよ、これ……っ)」
何処からか分からないが寒気がして、その場から逃げ出したくなる。
他の人はそんな様子もなく、試合をしている。
『……りはら、さ…きり……ん……赤也、』
「っ!?」
切原は突然はっきりと聞こえた声に息を飲んだ。
『良かった……聞こえたみたいね…』
「織田、せんぱ……」
『人がいるから、ドリンクとタオル持って移動しましょう……?』
促されて、切原は言われた通りに動く。
『この辺りで、良いわ…あの空気に当てられたみたいだから……もう代わった方が良いわ…』
「は、い……っ」
スッと入れ代わると切原は少し気が楽になった。
「大丈夫、切原さん…?」
『何とか…』
「ふふ、良かった……少しあのオーラに飲まれ掛けてたから…」
『え、』
「あのままだと切原さんの体に悪いし……ごめんなさい、名前で呼んでしまって…」
頭を下げた市に慌てる切原。
『気にしてないっス!それにお礼言わなきゃいけないくらいですから!』
「でも…」
『名前で呼んで貰えて嬉しかったっスよ』
「切原さん…」
『赤也で良いっス』
笑顔で切原が告げると、市は頷いた。
「あ、でも…」

「市の名前は呼ばない方が良いわ…」
『どうしてっスか』
「…何かあったときの為の保険よ……」
『保険って……』
「日吉、すまないがコートに来てくれんか?」
「はい、分かりました」
調度近くに来た真田に話を遮られる。
市は頷きコートへと真田と歩く。
「真田さん、何か用あったんですか」
「うむ、うちの2年生が怪我をしてな。応急処置を頼みたい」
「応急処置ですね、分かりました」
「頼んだ」
言いたいことを言うと真田はコートに戻って行く。
「赤也、赤也は此処で少し休んでて…」
『え?でも……』
「本調子じゃないのに、赤也をあのオーラを放っている人の前になんて連れて行けないわ……」
市はコートの脇に座っている〈彼女〉を見つめた。
『もしかして、怪我したのって…』
「多分だけど……」
頷き、市はコートに歩き出した。



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