あなたは一体、何者なんですか?
 

「一回、切原さんの体に入っている子と話がしたいわ……」
そんなことをぽつりと呟いた市は早速手紙を使って呼び出した。
『織田先輩、』
「近くで見ないとどう対処して良いか分からないから……」
そうして、その日の昼休み。
誰も来ないように黒い手を駆使した市と、〈彼女〉が屋上で対面した。
「こんにちは……」
「え、あ…どうも」
戸惑い気味に挨拶を返した〈彼女〉は小さな声で、無意識のうちに呟いた。
「BASARAの、お市……?」
その呟きが聞こえたのは〈彼女〉のすぐ傍に立っていた、切原だけだった。
「…? 今、何か言った……?」
「い、いえっ!何でもないっスよ!」
取り繕うように切原と同じ喋り方をする〈彼女〉は話題を変えた。
「それで…何か用っスか?」
「用って程ではないの…この間、落とし物を拾ったから渡そうと思って……」
スッと市は自分の家にあったハンカチを差し出した。
「え? あ、すみません!」
勿論そんなことは知らない〈彼女〉は慌てて受け取った。
「渡すのが遅れてごめんなさい……」
「いやいやっ、良いっスよ!」
「なかなか人目に付かずに渡すチャンスがなくて……」
困ったような顔で市は〈彼女〉に頭を下げた。
なかなかの演技っぷりに切原は拍手する。
「別に良いですって!こーやって返してくれたんスから」
「そう……」
市はそこで、一旦口をつぐんで問い掛けた。
「例えばの話………自分の居場所を誰かに奪われてしまって、どれだけ叫んでも誰にも気付いてもらえなかったらどうする……?」
「え?え…あ、いや…俺だったら恨むっス」
戸惑いながら答えた〈彼女〉に、市は更に尋ねる。
「どうして?」
「だって、そこは俺にとってなくちゃならない場所なんスよ。そんな場所を奪われたら、俺だったら恨むし憎むっス」
「そう……じゃあ反対に」
そこまで聞いて、市は最も聞きたかったことを唇から紡ぎ出す。
「もし、貴女が誰かの居場所を奪ってしまったら?幸せな誰かの居場所を、他でもない貴女がその人から奪ってしまったら……どうするの?」
「あ……」
〈彼女〉はそこで漸く自分が何をしているのか気付いた。
市はただ、それを静かに眺める。
「お、れ…わた……ちが、う……」
混乱している〈彼女〉の横をすり抜け、市は言葉を残す。
「……答えは、今度聞かせてね?」
そのまま振り向きもせずに、市は屋上の階段を降りて行った。



















「仁王さん、」
「織田か。どうやった?」
「〈彼女〉は、やっぱり…違う世界から来ているみたい……」
人のいない中庭で、二人は三人座れるベンチに座って話す。
真ん中には実体化していない切原が座っていて、二人の話を聞いている。
「そういえば、ぼんやりとじゃが赤也が見えるようになってきとるぜよ」
『ほ、ホントっスか仁王先輩!』
「まだ何を喋っているかまでは分からんがの」
興奮気味の切原に苦笑混じりに返す仁王。
「でも、仁王さんが見えるようになるなんて…思わなかったわ……」
「俺もじゃ。そもそもきっかけも何か分からん」
「ええ……でも、気をつけて…切原さんが見えるようになってきているなら、多分他の幽霊も見えるようになると思うから……」
「それは勘弁してほしいナリ…」
『でも、嬉しいっスよ!仁王先輩と話せるようになるってことっスよね!』
「ん?今、何となく赤也の言葉が聞こえたような気がするナリ」
『マジっスか、仁王先輩!』
「あー…大マジじゃ」
ワシャワシャと切原の頭に手をやり、仁王はにやりと笑った。
『っ…仁王先輩ーっ』
感極まり、切原は仁王に抱き着いた。
「男に抱き着かれて喜ぶ趣味はないんじゃが」
『感動に水を差さないでくださいよ!』
しれっと言って、切原を回避した仁王に切原は若干泣きそうになりながら言った。
「良かったね、切原さん……」
『はいっス!』
笑顔で頷く切原に市は少しだけ笑った。
『あーっ、今織田先輩笑った!』
「……え?」
『あんまり笑わないから、織田先輩の笑顔って貴重なんスよ』
よっしゃ、と切原が喜ぶ。
「そう、かしら……」
自覚がない市は自分の頬を抑えながら聞いた。
『そうっスよ!ね、仁王先輩!』
「そうじゃな、織田が笑ってるところをあまり見たことがなか」
同意を求めた切原に仁王は頷いた。
「笑ってるつもりだったんだけど……」
『もっと笑ってくださいよ』
ニコニコと笑いながら切原が言う。
「頑張る……」
「その意気じゃよ、織田」
「うん……」
予鈴がなり、3人は別れる。
教室に向かう途中、〈彼女〉の姿を見つける。
市はばれないように息を殺してそこを抜ける。
『織田先輩、』
「なぁに、切原さん……?」
切原は人がいなくなったのを確認すると声を出した。
『さっきあいつが言っていたこと聞きましたか?』
「あいつ?」
『俺の体に入ってるあいつっス。織田先輩を見て、〈BASARAのお市〉って言ったんスよ』
「ばさら……?」
『俺、あいつが怖いっス。俺らの知らないことを知っていて、俺らしか知らない筈のことまで知ってて』
小さな声で切原が言った。
「………」
『織田先輩、俺は………』



















「こんにちは…日吉さん」
『こんにちは。どうしたんですか、』
練習試合の前日、市は日吉に電話をした。
「明日、立海と四天宝寺と練習試合だって聞いた……?」
『ええ、跡部さんが言っていたので』
「跡部さん…?」
『氷帝の部長です』
淡々と返事をして、日吉は口を閉じた。
「そうなの…。」
『それで用件って何ですか?』
「もしかしたら協力してもらうかもしれなくて」
『協力…ですか?』
「ええ、マネージメントをしなくちゃならなくて……名前や姿を変えるから…」
『その時に俺の知り合いかなにかを名乗る…ってことですか』
「うん……マネージャーがいない四天宝寺がいきなり接点のない臨時マネージャーを入れたらおかしいから……」
『成る程。良いですよ、別に』
簡単に了承し、日吉は挨拶をして電話を切った。
「切原さん、電話終わっ……切原さん?」
『んあ……さなだふくぶちょ…やなぎせんぱ…』
いつの間にか寝ている切原に市は驚いた。
寝言を言う切原に市はソッと囁いた。
「お休みなさい、切原さん……」
市は部屋から出てソファで寝た。














「織田、早いの」
「ええ……ごめんなさい、こんなに早くにお邪魔して」
「別に平気じゃき」
欠伸をかみ殺しながら仁王は言った。
「ジャージは向こうで用意するって言われたわ……」
「おー、なら化粧だけじゃな」
慣れた手つきで化粧を施す仁王。
「そういえば赤也は?」
「まだ家にいるわ……」
「ちゅーことはまた寝坊か」
「ええ……」
「ああ、織田。これを付けんしゃい」
ぽんと仁王が手渡したのは、バンダナだった。
「これは…?」
「そういったもんを付けるとグッと印象が変わるナリよ」
「そうなの……」
バンダナを頭に巻き、市は鏡を覗いた。
「本当…知らない人みたい」
「そうやな、全く真逆のイメージでやったけえ」
「凄いのね………」
「慣れとるだけじゃ。……ほら、もう時間になるんじゃなか?」
化粧品を仕舞い、仁王が聞いた。
「本当……行かなきゃ…」
スッと立ち上がり、市はラケットバックを手に持つ。
「ありがとう仁王さん……」
「構わんよ」
「それじゃあ、また後で仁王さん」
「気をつけんしゃい、日吉濃」
偽名である日吉濃の口調になった市に、仁王も同様に応えた。



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