空の蒼さと溶け合って
 

「日吉さんは幽霊とかって苦手……?」
「いえ、好きです」
きっぱりと答えた日吉になら平気かと、市はスッと腕を動かした。
『織田先輩、やっぱこれ心臓に悪いっスよ……』
「立海の、切原…?」
黒い手がうごめき、切原が実体を持つ。
感覚に慣れないのか切原の顔は若干引き攣っている。
日吉は日吉で切原を見て一瞬驚き呟くが、すぐに冷静さを取り戻した。
「織田紅は切原だったって訳ですか…」
「ええ、そうよ…憑依させて切原さんに実体を使ってもらっていたの」
「憑依?道理で…織田さんと姿がそっくりだった訳ですね」
納得した声を出した日吉だったが、ふと疑問に思った日吉は切原のことを聞いた。
「そういえば切原が何で幽霊に?」
「……それは、」
流石に込み入った内容を伝えられる程、日吉はこの件に関わりを持っていない。
躊躇いを見せた市に何かを察したのか日吉は追求しなかった。
『そういや日吉、さっきは何で別れたあとにこっちに戻って来たんだ?』
「ああ、どうせなら連絡先を交換しておこうと思ってな。強いやつと戦えるのは下剋上のチャンスだからな」
疑問に思っていたのか切原が日吉に聞いた。
さらりと答えた日吉に成る程と切原は苦笑した。
『ま、日吉にそう言われるなんて思ってもみなかったけど』
「それはこっちの台詞だ。まさか切原だとは思わなかったからな」
「……でも今の切原さんとは携帯の番号は交換出来ないよ?」
二人の話に市が加わった。
その言葉に日吉と切原は顔を見合わせた。
「それなら、織田先輩。携帯の番号とアドレス交換しましょう」
『日吉、何言ってんだよ』
「切原と連絡を取るなら織田先輩を通すのが一番早い。だからだ」
「うん、赤外線で良い……?」
交換する二人を見てつまらなそうな顔をする切原。
『ちぇっ、俺の方が先に知り合ったのに』
未だに体に戻れていない切原は勿論携帯の番号を交換出来ていない。
それがどうやら不満らしい。
「切原さん、体に戻れたら市と番号交換しようね…」
『! はいっス!』
「単純だな」
日吉がボソッと呟いた言葉は切原には聞こえなかったようだ。
「……じゃあそろそろ帰りましょう。駅まで送りますよ」
立ち上がった日吉が言った。
「そうね、もう暗くなるし…」
それに釣られて立ち上がった市は携帯の時計を確認しながら頷いた。
「それじゃあ、切原さん。実体化解除するね……」
スッと日吉の目から切原が見えなくなる。
「原理はよく分かりませんが、凄いですね」
「そうかしら、気付いたときには出来てたからよく分からないわ……」
市の横を歩きながら日吉は聞いた。
既に森の中に来ている。
「気付いたときには、って…物心ついたときからですか」
「ええ、」
そんな会話をしながら気付けばストテニに戻ってきた二人は駅への道をゆっくり歩く。
「にしても切原が見えないのは厄介ですね、」
「気配が感じられるなら、きっかけがあれば見えるようになると思う……」
「きっかけ…例えば?」
「悪霊に襲われたり…市みたいな見える人と一緒にいることで次第に見えるようにもなるみたい……」
周りに幽霊が見える人がいない為、詳しくは分からないので市は考えながら話す。
「成る程…霊感がある人といることで自分の霊感を目覚めさせるという訳ですね」
市の話に結論付けて、日吉が言った。
「うん……でも、市の周りに幽霊が見える人はいないから本当にそうなるかは分からないけど……」
「そうですか、」
何処か残念そうな声で日吉は言った。
「此処までで平気よ……」
駅に着き、市は日吉に言った。
「それじゃあ、気をつけてください織田先輩」
駅から背を向けて日吉は歩きはじめた。
「送ってくれて、ありがとう…」
「俺が勝手にやったことですから」
足早に歩いて人混みに紛れていった日吉。
『あいつ、何だかんだ言っていいやつっスね』
「そうね、けど……」
『けど、何スか?』
「憑かれてる、ような……」
『げ、憑かれてるって…幽霊っスか!?』
現在の自分と状態が変わらない幽霊に嫌そうな顔をする切原。
「でも、日吉さんに憑いているというより……」
眉根を寄せて市は考えるが、上手く言葉に出来なかった為首を横に振った。
電車が来た為、市は口を閉じて電車に乗り、空いていた席に座り携帯を開く。
そして、メモを開いた。
中には今までの考察が纏めてあり、箇条書でパッと見たら大まかなことが分かる様になっている。
『それ、日吉に送るんスか?』
そんな切原の言葉に頷くことで答えて、市はメールの作成画面を開いた。


















家に着いた市は、携帯にメールが着ていることに気が付き携帯を開いた。
日吉からのメールで、何かあれば協力する旨が書かれていた。
もう一着は財前からのものだった。
今度立海に練習試合をしに行くと書かれており、その際にマネージメントをしてくれないかと書いてあった。
日吉にはありがとうと、財前には了承のメールを送り市は仁王に電話を掛けた。
『もしもし、織田か?』
「ええ、こんばんは仁王さん…」
『何だかさん付けやと慣れないんじゃが』
「もう癖だから直せないわ……」
ふふっ、と市が笑うと仁王はプリッと言う。
『それで、何か用か?』
「ええ…さっき、氷帝の日吉さんに会って」
『氷帝の日吉?それでどうかしたんか』
「切原さんの状況がばれたの…」
『…………は?』
素で驚いた仁王が間の抜けた声を出す。
『ちょ、ちょお待て』
「…?」
『ばれたって、赤也のことは見えん筈じゃろ』
「調度憑依のときを見られて……」
『それだけならごまかせる筈やろ?』
「日吉さん、武芸を嗜んでいて…そういった気配に鋭かったの……」
そう伝えれば、仁王は携帯の向こうで溜息をついた。
『まあええ。日吉はそれを聞いてどうこうするようなやつじゃないぜよ』
「うん……それともう一つ…」
『? 何じゃ』
「四天宝寺との練習試合、聞いてる……?」
『は? いや、聞いとらんが』
「さっき四天宝寺の知り合いからメールが着てて…」
ざっとメールの内容を伝えると、仁王はプピーナと答えた。
『ちゅうことは…また幸村が黙っとるって訳じゃな。何も言われてない』
「そう、」
『まあそれは了解じゃ。けど、それと連絡に何が関係あるのか分からんぜよ』
「市、ジャッカルと仲が良いし幸村さんとも話しをしたりするから……」
『……ああ、そういうことか。要は織田がマネをすることがばれると面倒…ってとこかの?』
途中まで聞いて納得したのか、仁王が口を開いた。
「ええ、マネージメントが出来ると分かったら多分市はテニス部に関わらなくちゃいけなくなりそうだから……」
『そうじゃな、織田は俺らに興味を持っとらんから打ってつけの人材になるナリ。……まあそこら辺については俺に考えがある』
「考え…?」
仁王の言葉に市は首を捻る。
『ああ、俺の詐欺の力見せちゃるよ。……詳しいことは明日にでも話すぜよ』
「そうね…もう遅いし」
既に12時を過ぎていると気付いた二人は電話を切った。
市と一緒に部屋に来ていた切原は既に寝ている。
「あ、予習やってなかった……」
ついつい話に夢中になっていた市はようやく予習をやっていなかったことに気がついたが、もう遅い為予習を諦めた。













朝一番に学校へと市はやって来ていた。
朝一番と言っても、既に朝練に来ている部活が数多くあるが。
「仁王さん、」
「お、来たか。織田」
あのあと仁王からのメールが着て、指定された通りに市はこんな時間から学校へと来ていた。
切原は起きなかった為、留守番である。
「部活出なくて平気なの……?」
「ああ、平気じゃ。今日は遅れるって柳生に言ったしの」
ラケットバックの中からウィッグやら化粧品やらを取り出しながら仁王は言った。
「それじゃあ織田。練習試合んとき、ばれんようにするには何が一番か分かるか?」
「え、と…髪型を変えたり、服を変えたり…?」
「ま、概ね正解じゃ。ようは他人になること。少し違和感を感じようが、他人であればそれは気のせいだと思って終わる。まあマネをするだけやから、見た目と喋り方なんかに気を使っとれば平気ナリ」
一通り道具を出し終えた仁王が市を見る。
「まあ、そん為には四天宝寺のやつらの協力も重要になってくる筈ぜよ。そっちの方は織田が連絡取って何とかするしかないがの」
「大丈夫、それだったら…財前さんと小春さんと一氏さんしか市のこと知らないから……」
「十分多いぜよ。…まあその3人ならフォローなんかも出来そうじゃな。良かったの、忍足謙也に知られとらんで」
「? 忍足さんって…?」
「ああ、気にせんでええ。あいつについてはあんま言うことないしの」
そこまで言い、仁王はウィッグを手に取った。
「これでええか、」
ウルフカットの紺色のウィッグを市に当て、仁王は確認する。
「あとは、化粧で印象を変えて……」
化粧品を手に持ち仁王が市に化粧を施す。
「……、完成じゃ」
化粧品を仕舞いながら仁王は市に鏡を手渡す。
「何か、男の子みたい……」
「ボーイッシュな感じにしてみたからの。口調を変えたりせんと」
「人前に出るときは切原さんに頼めたら一番楽よね……」
「まあ、そうやな。けどそれだと面倒になりそうじゃ」
徐々に口調などを決めていきながら仁王は市の化粧を落としていく。
「――――それじゃあ俺は部活に行ってくるぜよ」
「ええ…」
ラケットバックを肩に掛けて仁王は歩いて行った。
『あーっ何で置いて行ったんスか、織田先輩!』
「切原さん…」
調度こちらに走ってきた切原に市は驚いた。
『起きたら先に行くって手紙しかなくて驚いたっスよ!!』
「ごめんなさい…仁王さんに早い時間に呼ばれていたから……」
『仁王先輩に?』
「ええ、練習試合のときどうするか……」
教室に向かいながら、市は切原に事情を説明した。
『ふーん…仁王先輩が…』
「うん。…ただ、仁王さんの様子が少し気になって……」
『様子って…仁王先輩にも何かあったんスか!?』
「そうじゃなくて…何だか疲れてるみたいだったから……」
顔色が少し悪かった仁王を思い出し、市は後ろを少しだけ振り向いた。



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