銀色サラブレッド
 

「そういえば自己紹介、してなかったよね。私は橘杏、よろしくね」
「織田、市よ……」
「ねえ市ちゃんって呼んで良いかな?私の事も名前で良いから」
「ええ…」
自己紹介をしながら道を歩く。
色々な話題を出しながら、杏は笑顔でスポーツショップへの道を歩いて行く。
「市ちゃんはテニスこれから始めるんだ?」
「うん、知り合いがやってるの見て……やってみたいと思って」
「そっかぁ、じゃあ今度ストテニで練習しようよ」
「その時はよろしくね……?」
「こっちこそ!」
そこまで話したところでスポーツショップに着き、中へと入った。
「ラケットはこっちでシューズは入ってすぐ。後は…」
丁寧に場所を教えた杏は時計を見て慌てた様子で言った。
「まずい、兄貴に怒られちゃう。これ、私の連絡先!後で連絡ちょうだいね。それじゃ、またね!」
軽い足取りで走って行った杏を見送り、市は周りに誰もいないのを確認し切原に話し掛けた。
「切原さん、いつも使ってるラケットの種類は……?」
『へ?あ、これっス』
指差した物を手に持ち、市はじっとラケットを見つめる。
「ラケットは、何個持つものなの……?」
『普通は予備を2、3本持つもんスけど…』
「そう、」
同じ系列の色違いのラケットを持ちお店の人に手渡す。
「ガットを張替えますか?」
「ええと……」
ちらっと切原を見た市は言葉を濁す。
『俺が言った通りのを伝えて欲しいっス。――――』
言われた通りにお店の人に伝えれば、張替えを始めてくれる。
『でも良いんスか?自分のじゃなくて俺に合わせて……』
「使い慣れてるラケットの方が良いでしょう………?」
『そりゃそうっスけど、』
「これも必要よね……?」
『あ、それはこっちのグリップテープで…じゃなくて!俺ラケットに触れられないじゃないスか!』
切原は話しに流されそうになったが、慌てて話しを元に戻した。
そんな切原を見て緩く首を傾げて市は言った。
「憑依、すれば平気よ…?」
『憑依って…織田先輩にスか!?』
「ええ……それなら、切原さんもテニスが出来る筈…」
ボールの缶と、シューズを手に持ち市は笑顔で言う。
「靴は何センチ?」
『え、あ…』
こうして切原は市のペースに乗せられて、着々とテニス用具を買っていった。










「おはよう、ジャッカル……」
「おう、おはよう市」
次の日。市と切原は学校へと登校してきた。
帰る際に、市に連れられて織田家へ行き、一泊した切原は少し疲れていた。
『何であんなに空気がおどろおどろしいんスか……』
「多分、兄様が……」
『え、織田先輩兄弟いたんスか!?』
「ううん、一人っ子よ……」
「いきなりどうしたんだ市?」
「独り言だから…」
近くにジャッカルがいるのを忘れて会話をしていた二人は口を閉じた。
「?そうか。あ、そういやさっき……」
さして気にした様子もなく部活であった出来事を話すジャッカルに相槌を打ちながら、横目で切原を見つめた。
『………』
切原は無言で窓の外を見つめて、拳を握りしめていた。
「――で、赤也が遅刻してきてよ。あ、赤也っていうのは部活の後輩で」
ガタン、音を立てて市は席から立ち上がった。
「市?」
「ごめんなさい…ちょっと具合が悪いから保健室、行って来る……」
「え?ああ、おう」
気をつけろよ、の一声に反応をせずにさりげなく切原の手を取って、市は教室から出た。
『織田先輩、』
「屋上に、行きましょう……」
『…っス』
頷いた切原を引っ張り、階段を上った。
「……………」
『……あの、織田先輩』
「切原さん。ジャッカルの話し……」
『いえ…なんかこっちに気を使わせたっスね。すんません』
「ううん…市が嫌だっただけだから…」
俯き謝る切原に首を横に振って自分の本心を市は告げた。
「切原さん、昨日言った憑依について覚えてる……?」
『はい、織田先輩の家に行って説明してもらったんスから大丈夫っス!』
話を無理矢理変えた市に、切原は乗り質問に答える。
『それをすると織田先輩の体を借りれるんスよね?』
「そう、見た目を切原さんと同じには変えたら問題になるからそこまでは出来ないけれど……」
『それは仕方ないっスよ、俺はもう一人いるんスから』
「でも体の作りを男の物に変えて、身長と体重くらいは同じに出来るわ……」
『ええっ!?……会った時から思ってたっスけど、織田先輩凄すぎっスよ…』
冷や汗をかきながら切原は言った。そんな様子に市はきょとんとした表情で言った。
「市は凄くないわ…出来る事を精一杯やってるだけだもの……」
これくらいしか出来ないし……、と考えながら市は呟いた。
『そうなんスか?』
「ええ…それに、凄いのは切原さんだと思う…」
『俺、っスか…?』
「そうよ……だって」
「すまんのう」
そこまで言いかけたところで上から声が掛かった。
「おまんさん、誰と話しちょる?」
貯水タンクの上から覗き込むような形で、銀の髪をした男がこちらを見ていた。
「………、誰…」
『、におうせんぱい…』
「俺の事知らんのか?仁王雅治じゃ。で、何もおらん場所に向かって話しとったみたいじゃが、何がいるぜよ」
「……関係ない」
「関係なくはないナリ。さっきから後輩の名前が出とるしのう」
仁王はにやりと笑みを浮かべて言った。
『…まずいっス、ね。仁王先輩は感が鋭いし』
「……………」
「答えんのか?早う言いんしゃい」
答えあぐねる市に痺れを切らしたのか、飛び降りてきた仁王。
「なあ、切原がそこにおるんじゃろ?」
笑顔を向けたまま仁王は近寄る。「昨日も話しとったみたいやからのう」
「…………」
『織田先輩、逃げた方が…』
その言葉にぴくりと反応した市の腕を掴み、仁王は一気に無表情になる。
「逃がさんぜよ」
「離して……」
「まあ待ちんしゃい」
無表情のままで見下ろす仁王は、屋上の奥へと引っ張る。
「別に取って食おうって訳じゃなか。ただ、赤也と何話しとったか聞きたいだけじゃけえ」
その場に腰を下ろして、仁王はまあ座りんしゃいと隣を手で示した。
「………」
「警戒せんでよかよ」
言われるままに腰を下ろしてじっと見つめれば、にやりと仁王は笑う。
『織田先輩…どうするんスか?』
少し心配そうな声を出した切原の腕をそっと撫でて市は仁王を見つめながら口を開いた。
「…切原さんと話してたって、どうして思ったの?」
「昨日、コートが見えるとこで一人で話しとる奴がおるのに気付いてのう。こっそり覗いてたんじゃ」
「悪趣味……」
「知っとる。…じゃけえ、そん時に言っとった〈テニプリ〉とか、〈原作〉とかよう分からん事ばかりナリ」
口を尖らせる仁王。
そんな様子に切原は苦笑する。
「ついでに今言っとった憑依なんかも聞いておった」
「………」
「それから、これは俺の感なんじゃがのう。あれは赤也なんか?」
「あれ、って……」
「今頃悲惨な目に合っとるじゃろうな、あれは」
ほれ、とテニスコートのあたりを指さす仁王は的確に〈切原赤也〉を示していた。
今は老け顔で黒い帽子を被った男に叱られていた。
「たるんどるぞ、赤也!」
こちらまで声が聞こえてくる。
そんな様子にくつりと笑い仁王はこちらに目を向ける。
「確かにあれは赤也によう似とる。性格、喋り方…まるで本人のようにじゃ」
『………』
「けど、やっぱり何処かズレが生じとる」
詐欺師の俺は騙せんぜよと皮肉げに笑った。
「なあ。違うんか?」
「……あれは、切原さんじゃない」
「やっぱりのう」
「でもよく分かったわね……」
「詐欺師だからじゃ」
切原の手を握りながら市は小さく微笑んだ。
「それで、……あの人が切原さんじゃないって分かったなら…どうするの?」
「赤也に戻って来て欲しい」
不意に標準語で、真剣な顔で仁王は言った。
「…どうして?」
「俺ら立海は、誰一人欠けても王者にはなりえん。見た目だけが赤也でも、あいつは赤也じゃなか。それじゃ意味がないぜよ」
『仁王、先輩……』
「その内、全員気付く時が来る。やって、俺らの後輩は赤也だけじゃしの」
見えてはいないけど、この場に切原がいると分かっていて仁王は本心を語った。
「…、切原さん照れてる」
「ホンマか?そりゃー嬉しいぜよ」
『ちょっ、織田先輩…言わないでくださいよ!』
「ふふっ……」
和やかなムードが漂い、自然と3人で笑った。



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