#07

ボンヤリと辺りを見回す。
見慣れない天井だ。
…僕は、何で此処にいるんだろう。
「起きましたか、有里様」
「………」
エリザベスだ。
何でエリザベスが此処にいるんだろう。
というより、僕は確かニュクスの……。
………ニュクス、の。
そこで蘇る記憶。
…そうか、僕は封印の楔から抜け出してしまったんだ。
なら早く戻らなくちゃいけない。
僕が封印してないとニュクスに触れたがる〈アイツ〉がまたやってくる。
「有里様」
エリザベスの声がする。
ごめん、戻らなきゃ。
まだ駄目なんだ、ニュクスを守らなきゃ。
二ュクスを、…綾時を守らなきゃならない。
「………」
僕の重たい口はそれすらを伝えようとはしない。
ずっと誰かと喋るなんてなかったから、口の動かし方を忘れてしまったのかもしれない。
「有里様…っ」
あのエリザベスが泣いている。
そんな気がした。
「生きてください、私は…私のお客様である貴方が、」
そのあとに続く言葉は分からない。
エリザベスの口からは嗚咽のような声が上がるだけだ。
「………」
エリザベスの声がする方に意識を向ける。
……?
動く?
僕の体はもう無かった筈なのに。
まるで僕は生きているみたいだ。
二ュクスと共にあるとき、僕は自分の葬式をボンヤリとしたヴィジョンで見ていたのに。
戸惑いが隠せない。
どういうことなんだろう。
…駄目だ、考えが纏まらない。
眠、い……。










「……」
再び意識が浮上した。
景色は変わらない。
見知らぬ天井があるだけだ。
ただ今回はエリザベスの気配はなかった。
「…あ、起きてた?」
ガチャリ、とドアが開く音と共に声がした。
「えーと…初めまして」
「……」
気まずそうな声と共に覗き込まれた。
視界に初めて天井以外が写される。
…少しだけ記憶にあるその声と髪。
………そうだ、あのときの。
ずっと誰も来る筈がないあの空間にエリザベスと一緒にやってきた女の子だ。
あのときのベルベットルームを連想させるような青い服ではないけれど、すぐに分かった。
あのとき、見ず知らずの彼女が〈アイツ〉からの攻撃を受けそうになって咄嗟に楔から抜け出したんだ。
それで〈アイツ〉を追い払って。
それから……それから?
どうなったんだろう。
この辺りの記憶が曖昧だ。
「…あ、夜ご飯の準備してくるからまだ休んでていいよ」
沈黙に耐え切れなくなったのかもしれない。
女の子はビニール袋を両手一杯に持ちながらいなくなった。
暫くすると包丁で何かを刻む音が聞こえる。
その間に一度起き上がって部屋を見渡す。
カレンダーを見つけて確認する。
…二年。
僕が封印の楔になったときから二年近く経ってるのか。
…皆はどうしてるかな。
柄にもないことを考える。
……何だか感傷的な気分になってる。
「……どうでもいい」
口から出た言葉が僕の中に浸透する。
そう、どうでもいいんだ。
だってもう皆と顔を合わせることなんて考えられない。
頭の中では分かってても認めたくなんかないことだ。
自分から封印の楔になったくせに僕は、皆が…。
「よっし出来たー!我ながら綺麗に盛り付けられたわー」
そんな言葉と共に女の子が戻ってくる。
「あ、アレルギーとかないよね?」
そんな風に聞かれて、僕は反射的に頷いていた。










「ほらお食べよ」
「いただきます」
「………」
どうしてこうなったんだろう。
何故か僕はエリザベスと女の子と鍋を囲んでいた。
…鍋だ、まごうことなき鍋だ。
「鍋はやっぱつつき合うものだから仲良くやろう」
なんて言ってる女の子。
…違う、そうじゃないんだ。
「何か食べたいのあったら言ってね、取るから」
「…………」
「美味しいですね、泉李様」
「…ベスさん食べるの早っ!」
いそいそと具をよそってくれるけど生憎僕は食べるのが面倒だ。
…荒垣先輩が寮にいた頃はよく食べてたような気がする。
あの人の料理は美味しかったから。
「…………」
「…ちょっと口開けてみ?」
口を開けるくらいなら、と口を開くと少し冷まされた白菜を口に入れられた。
「はい噛んでー」
…美味しい。
よく味が染みていて噛めば噛むほど味が出てくる。
食事って、こんなに美味しいものだったっけ…?
味は荒垣先輩が作ってくれたものの方が良かったけど、荒垣先輩が作ってくれたものと同じくらい温かかった。
「…ほら、次ね」
白菜を飲み込んだのを見計らって差し出される椎茸。それも口にする。
ああ、何で。
僕は女の子の方を向いた。
「…しい」
「そっか、よかった」
女の子が笑った。

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