「ねえ蓮二、苗字とは上手くやってるの?」
「それなりに、な」
「ふうん。…あ、じゃあデートは?」
「…………」
「へえ…してないんだ。確か苗字の休みは明々後日だったな……よし、蓮二」
「……何だ?精市」
「明々後日の苗字の休みにデートでもしなよ。場所は…あ、そうだ。跡部から無料券貰ったんだよね、テニスコートの。だから苗字とテニスでもやって来たら?」
「精市、流石にデートにテニスは…」
「あはは、やだなあ。デートなんだから男らしいところでも見せてくればいいじゃないか」
「……………」










「名前、明々後日の休みだが…よかったらテニスをしてみないか?」
「………え?」
気付いたらテニスデートの約束をしていました。
ラケットは用意しておく、とだけ電話口で言われ私は戸惑いながら了承した。
何故か電話の向こうから幸村編集長の笑い声が聞こえる。
……それにしても何が起きているのだろうか、悲鳴やら叫び声やらが聞こえてくる。
その中にあの不憫な同僚の声を聞いた気がしたけれどそれを聞く前に電話は切られた。
「何だったんだろう……」
とりあえず今日は寝ることにした。
そうして三日後の今日、蓮二さんと駅前で待ち合わせしていた。
メールで動きやすく汚れてもいい服と書かれていたのでこの際だからとテニスウェアを買ってしまった。
…張り切り過ぎだと呆れられてしまうかもしれない。
そんな心配を余所に蓮二さんはやって来た。
芥子色のジャージ。
それは幸村編集長が自分の机に飾っている写真に写っていたあのジャージではないだろうか。
「すまない、待たせたか?」
「大丈夫、私も今来たところだから。……それよりそのジャージって」
「ああ、これか。これは母校のテニス部のものだ。中高大と一貫していて使っていたものだったからな、テニスをするときにはつい着てしまうんだ」
ちょっと照れたように笑う蓮二さんは肩に掛けていた二つのリュックのうち一つを私に差し出した。
「これって……」
「ラケットだ。以前俺が使っていたものだが…大きな傷も汚れもない。嫌でなければこれを使ってくれ」
「ありがとう、使わせてもらうね」
「ああ。それから名前、似合っている」
さらりと褒めた蓮二さんは私の斜め前に立って歩き始める。
私は顔が熱くなるのを感じながら慌ててリュックを肩に掛けて蓮二さんを追い掛けた。
バスに乗り蓮二さんと二人掛けの席に座る。
私が窓際だった。
流れる景色を眺めていると蓮二さんは私に声を掛けてきた。
「すまないな、今日は休みだったのに」
「いえ…テニスは初めてだから、楽しみなの。むしろ誘ってくれてありがとう」
笑顔で私はお礼を言った。
前から気になっていたのだからこちらからお礼を言いたかったのだ。
私のお礼の言葉に蓮二さんは目を開けた。
「……ふむ、データだな」
蓮二さんはそう言って私の頭を軽く撫でた。










テニスコートがある施設に着くと蓮二さんは綺麗な装飾がされたチケットを受付に渡した。
そのチケットを見た途端に受付の人の対応がとても丁寧になった。
「………」
「これは…凄いな」
あれよあれよという間にコートに案内され、私達は唖然とした。
飲み物も無料で時間も無制限で無料。
そんなチケットを私とのデートで使ってしまってよかったんだろうか。
そんな思いを込めて私は蓮二さんを見ると、私が言いたいことが分かったのか蓮二さんは苦笑混じりに言った。
「気にするな。俺は名前とテニスがしたくて此処に来たんだからな」
ネットを張っている従業員を見遣り、私にラケットを取り出しながら言った。
「まずはラケットの持ち方からだな」
少し意地悪そうに言う蓮二さんに頷き、私も蓮二さんから渡されたリュックを開いた。
中には殆ど新品と変わらない状態のラケットが入っていた。
それと蓮二さんの持つラケットを見比べると、蓮二さんの持つラケットは使い込まれているのがよく分かる。
きっと蓮二さんは学生時代をテニスに情熱を注いできたんだろう。










「ああ、基本はそのような感じだ」
軽くフォームを教えてもらい、緩くボールの打ち合いをする。
蓮二さんはつまらないのではないか、と些か不安になる。
「名前、あとでミクスド…ダブルスで試合をしてみないか?」
そんな私の様子に気がついた蓮二さんはそう言って近くにいた従業員にその旨を伝えてくれた。
「名前。俺は一緒にこうしてテニスをしているのが楽しい。…名前はつまらないのか?」
「そんなこと、ないけど…」
「なら気にするな。せっかくだから楽しまなくてはな」
頭を撫でながら蓮二さんは優しく笑った。
暫くして従業員が男女のペアを連れて来る。
この施設に働いている、試合をする従業員らしい。
蓮二さんの顔を見て一瞬驚いたような顔をしたあと、お手柔らかにと笑った。
試合を始め、こちらがサービスゲームを取った。
蓮二さんは力強くボールを相手コートに入れていく。
私がミスをしても蓮二さんがフォローを入れてくれて、私は試合が楽しくてしょうがなかった。
6‐2で勝ち、私は蓮二さんに抱き着いてしまった。
「…あ!ごめんなさい」
「いや、構わない。…それにしても」
ちらりとスコアの方を見て蓮二さんは笑った。
「まさか最後、名前がスマッシュを決めるとはな」
「何だか楽しくて、体が動いてて……」
「その感覚を忘れるな」
蓮二さんはそう言って、飲み物を持って来ると一言言い残しその場を離れた。
私も私でコートの横にあるベンチに座り、息を整えていると誰かが近寄ってくる音がした。
「蓮二さん、お帰りなさ……」
そこに立っていたのはニヤニヤと笑う複数の男だった。
生憎従業員も今はこの場を離れていていない。
「あの、何か用ですか?」
「お姉さんさ、一人なんだよな?一人なのにこんないいコート使ってるならさ、俺らに貸してよ」
「………」
「なあいいだろ?慈善活動だと思って、さ」
「お断りします」
きっぱりと断ると男達は私の腕を掴んだ。
「い…っ」
「ほら、お姉さんみたいな初心者ですってやつが使うよりも俺らに使われた方がコートも喜ぶって。な?」
「そうそう、お姉さん」
徐々に込められていく力に涙が出そうになったとき、涼しげな声が響いた。
「残念だが、俺がいるので彼女一人で此処のコートを使っている訳ではないな」
ラケットを片手に無表情の蓮二さんはそう言って私の腕を掴んでいる男の手を握り締めて振りほどいた。
「っ…蓮二さん!」
「大丈夫か?これで冷やすといい」
スポーツドリンクのペットボトルを差し出しながら蓮二さんは男達を見た。
「…ところで、何か用か?」
「このコートを譲って欲しいんだよねー。お兄さんさ、いいっしょ?」
「…答えはNOだ。お前達と話している趣味もない、此処から出て行ってくれ」
蓮二さんの言葉にキレた男達は聞くに堪えない暴言を発する。
そんな様子の男達に呆れたように溜息を吐くと蓮二さんは一つ条件を提示した。
「ならばこの俺に勝てたら此処のコートは譲ってやる。こちらは俺一人で相手をする。そちらはシングルスでもダブルスでも構わない」
馬鹿にされていると思ったのか男達は顔を怒りで赤くした。
「それとも、俺に勝てないと思っているのか?」
その蓮二さんの挑発に男達は見事に乗っかってしまった。
そこからの展開は速かった。
シングルスで相手をしていた相手を十数分で下していく。
最後に残った二人はダブルスで挑んできた。
二人相手にはきついのだろう、蓮二さんは徐々に追い詰められていった。
男達が勝てるとニヤニヤと笑い始めた途端。
「かまいたち」
早過ぎて捉えることが出来ない球を蓮二さんは打った。
「…なるほど、いいデータが取れた。だが、この柳蓮二が勝つ確率は100%だ」
そこから蓮二さんはどんどんと追い上げていった。
「嘘だ…だって」
「俺達が最初はリードしていた、とお前は言う。……残念だったな、俺は敢えてデータを取る為にこれまでのゲームを捨てていた。だが、データを取る意味は殆どなかったな」
蓮二さんは試合に勝った。
悔しそうにしながら男達は走り去って行った。
「蓮二さん……」
「名前、すまないな。俺がいなかったからこんな目に」
「ありがとう、助けてくれて」
蓮二さんの申し訳なさそうな顔を見たくなかった。
だから私は少し大きめな声でお礼を言った。
そのまま私達は施設を出て帰ることにした。
再びバスに乗り、揺られる中私は蓮二さんに寄り掛かり寝ていた。


───
デート編。
最初の幸村が強引過ぎました。
幸村は面白がっていたりそうじゃなかったり。
立海メンバーが揃って近状報告している会が夢主の電話の向こうで行われていました。
そして立海ジャージに愛着がある柳。

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