柳さんとの擬似恋愛が始まって三週間過ぎた。
未だに恋人らしい振る舞いはあまりしたことはないけど、休日は一緒に過ごしたり名前で呼び合ったりと傍から見ればなかなか恋人らしい過ごし方はしていたのではないだろうか。
仕事以外のときは敬語なしにもなったし。
…この話を幸村編集長にしたら大爆笑された挙げ句「応援してるよ」なんて言われた。
………何を言っていたんだろうか。
柳さん…いや、蓮二さんと過ごす時間はわりかしゆっくり流れる。
二人で本を読んだり甘味処でお茶をしたりするくらいなのだが雑談というほど雑談する訳でもなく二言三言話すのみだ。
……これで恋愛小説なんて書けるのだろうか。
「名前、明日の休みだが」
「あ、はい。何でしょう?」
「また敬語になっているぞ、名前」
「あ、ごめんなさい。…それで明日の休みが?」
「名前が良ければ家に来ないか?最近外食ばかりだったから久々に料理を作りたくなってな」
「蓮二さんの手料理…!?」
「俺が料理をしては可笑しいか?」
「そんなことありません!」
蓮二さんが僅かに眉を下げるのが分かり私は慌てて首を横に振った。
まさか蓮二さんが自宅の方に誘ってくれるなど思いもしなかっただけなのだ。
それと同時に蓮二さんの手料理を食べることになるなんて、と驚いてしまっただけだったのだから。
その旨を伝えると蓮二さんは暫し沈黙したあと口元を緩め、綺麗な笑みを浮かべた。
「そうか。それならば名前に喜んでもらえるようなものを作らなくてはな」
……あ、何だか蓮二さんのやる気のスイッチを入れてしまったみたいだ。
「明日の18時過ぎにこの仕事場で待ち合わせで構わないか?」
「はい。…でも支度などの準備は?」
「それまでに下拵えは済ませておくから問題はない」
蓮二さんはそう言うと「今日はもう遅いから駅まで送ろう」と上着を羽織りながら言った。
…そんなちょっとした動作ですら洗練されたものに見えてしまう。
「名前、帰らないのか?」
「ごめんなさい。…ちょっと荷物を鞄の中に入れてもいい?」
「そうだったな。…あとこれも明日の仕事のときでいいから、精市に渡しておいてくれないか?」
「はい、分かりました」
蓮二さんが大きめの茶封筒を私に手渡してそう頼んだ。
受け取ると大した重さもなく私は首を傾げた。
「それは以前精市から頼まれていた資料だ。…一応言っておくが、それは次に書く作品のプロットではないからな」
蓮二さんの言葉に私は頷き、その茶封筒を鞄へと入れた。










約束の時間になり、私は蓮二さんの仕事場の前に立ってインターホンを押した。
少し物音がしたあとに蓮二さんが出て来て戸締まりをした。
「蓮二さん、本当は今日忙しかったんじゃ……」
「それはない。思った以上に早く下拵えが出来たからな、こちらに来て掃除をしていただけだ。……さあ、そろそろ行くぞ」
蓮二さんが私の隣に立って歩き出す。
私の歩調に合わせてくれる蓮二さんに本当に優しいなと思いながら私は無言で歩く。
時折風景で何か綺麗なものや変わったものがあれば少しだけ話した。










蓮二さんの家はデザイナーズマンションだった。
何でも中学からの友人がデザインしたものらしく値段も安めにしてくれているとか。
シンプルなんだけど何だかだまし絵を見ている気分になるマンションだと思った。
境界線が曖昧というか何というか…そんな私の様子を蓮二さんは面白そうに見ていた。
「今から夕食を作る、名前はリビングで待っていてくれ。リビングにある本は自由に見てくれ」
リビングまで案内して湯呑みと饅頭を一つ乗せたお皿を私の目の前に置くと蓮二さんはキッチンの方へと入って行った。
…私が本を好きなことを見越して言葉を残していく辺り流石だ。
私はリビングを軽く見渡した。
本棚とテーブル二つに椅子、ソファにパソコンが置かれている机とテレビ。
ベランダに繋がる窓の近くの棚にはトロフィーや賞状、それに写真立てが置かれている。
写真立てには髪が肩の辺りで切り揃えられている少年と眼鏡を掛けたツンツン頭の少年がトロフィーと賞状を持っている写真が飾られていた。
お茶を一口飲み、私は本棚に置かれている本の背表紙を眺めた。
有名な著者の本から見たこともないようなマイナーな本。
綺麗に並べられた本の中には一冊も恋愛小説の類いは置かれていなかった。
……これは確かに蓮二さんが恋愛小説は書けないといったのも納得出来る気がする。
気を取り直して私は本棚から気になった本を抜き出した。
少し古い文庫本サイズの本。
それは蓮二さんが最初に書いた小説だった。
この小説だけは既に絶版になってしまっていて手に入れるのが難しいのだ。
私もこの小説を集めることは出来ずに、半ば諦めていた。
まだ調理をしている音がするキッチンを見たあと、私はソファに座りこの小説を読み始めた。
「───名前」
本に集中していた私は肩に置かれた手の感触と声に意識を現実に戻した。
目の前には蓮二さん。
テーブルの上には大根と蒟蒻と竹輪麩の煮物に焼き鮭、茄子の浅漬けに茶碗蒸し。
まだ出来たばかりのようで湯気が立っている。
「簡単なもので悪いが出来たぞ」
肩から離れていく手を何となく残念に思いながら蓮二さんが引いてくれた椅子に座る。
蓮二さんは一旦キッチンの方へと戻り白米に漬け鮪と刻み海苔を乗せた海鮮丼を持って来た。
「口に合うかは分からないが…」
冷えたお茶を入れながら蓮二さんは笑った。
「いただきます、」
私は箸を持ち焼き鮭に手を付けた。
塩が濃すぎず美味しい。
こういったものを焼く焼き加減だけで案外料理が上手いかが分かったりするらしい。
煮物も薄味ながらも味が染み込んでいて箸が進む。
「蓮二さん、美味しいです」
「そうか。…ああ、味が薄かったら言ってくれ」
「調度いいくらいですよ」
「名前、また敬語になっているぞ?」
ふ、と笑う蓮二さんも箸を動かし始めた。
食べ終わるまで無言で過ごし、食器の片付けを手伝ったあとに蓮二さんに駅まで送ってもらって帰った。


───
ぎこちないながらも恋人やってる柳さんと夢主。
柳さんは料理をそつなくこなします。
夢主は栄養が取れればいいやな感じなので料理はあまり出来ないです。
そして柳さんの家は分かったかもしれませんが仁王がデザインしたマンションの一室です。

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