短編 | ナノ



戯言混合
姫ちゃん成り代わり


「むー…また負けたですよ柳さん」
「お前の考えていることは予測済みだからな」
「でもおかしいですよ、李紅ちゃん裏の裏の裏をかいた筈です」
「ふっ…俺はその裏の裏の裏の裏をかいただけだ」
「何だか納豆いかないです」
「片岸、納豆じゃなくて納得だ」
李紅の言葉に訂正を入れる柳。
ここは幸村が入院している病院の一室。
偶然知り合った変わった少女、李紅の相手を柳はしていた。
「あ、そういえば聞いてくださいですよ!明日李紅ちゃんに師匠が出来るですよ」
「そうか、」
「楽しみですですよ」
ウキウキした顔つきで言った李紅に柳は僅かに口元を緩ませる。
「あっ柳さんは明日来るですか?李紅ちゃん、待ってるですよ!」
「そうだな、明日は部活も早く終わる。ケーキでも持って来よう」
「本当ですかっ?だったらショートケーキが食べたいですよ!」
嬉しそうにはしゃぐ李紅の頭を撫でる柳。
正直に言うと柳は李紅が何故この病院に入院しているのか、全く知らなかった。
見たところ何処か怪我をしている訳でもないし、点滴などを受けている様子もない。
端から見ていると健康そのものなのだ。
けれどそのことを尋ねようとは柳は全く思わなかった。
李紅のデータだけは取る気が全くと言っていいほど欲しくはならなかったからだ。
そして聞いてしまえばこの空間を共有出来なくなると何処かで感じていたのかもしれない。
だから柳は彼女に対して尋ねることは決してしなかった。
























「片岸、望み通りショートケーキを買って来たぞ」
「……お、やあっと来たか」
「…どちら様ですか?」
翌日、柳は李紅の病室へと向かえば見たことのない全身が赤い女に会った。
赤い髪に赤い瞳、服は赤のスーツでカミナリの形をした髪止めを付けている。
スレンダーな体型の女性だった。
「あー?アタシは人類最強の請負人の哀川潤。まあ李紅の里親?みてえなモン」
そう言ってシニカルに笑った哀川は柳を下から上まで一瞥した。
「へえー中学生か」
興味がなくなったのか常ならば李紅が寝転がっているベッドに寝転ぶ哀川。
「片岸は何処に行ったんですか?」
「ん?何だよ、お前結構心配症か?だーいじょうぶだっての、遊馬も付いてっし」
「はあ…」
カラカラと楽しげに笑う哀川にどう答えればいいか分からなかった柳は曖昧に返事をした。
今までこんな人間を見たことがない柳にとって新鮮な人であるのは間違いないのだが複雑な気分になった。
「…お、そういやさ柳君だっけ?李紅からよく聞いてっからさ。『李紅ちゃんに凄い優しいですよ!』って」
李紅の声を声帯模写しながら哀川は言った。
「そんでさ、そんな柳君にアタシからお願いがある」
「………、何でしょうか」
何となく身構えてしまった柳を見て哀川はまた笑う。
「んー、いやさ。李紅のこと、頼んだわ」
「は?」
「お、ここにきてやっと開眼したな。てっきり目を開くと目を見た相手が石になるのかと思ってた」
「何故このタイミングで片岸のことを?」
「いや何て言うの?アイツ、お前に会って〈変わった〉んだよ」
「変わった…ですか」
「そう。〈変わった〉……って言っても本質的なとこは変わってない気もすっけど」
「そうですか」
「アタシや遊馬が面倒見てもいいんだけどさ…それは何か違うんだよな。柳君に会って変わってなかったらアタシらも連れてくんだけどさ、いい方向に変わった李紅を無理に連れてく訳にもいかない訳だ」
少しだけ寂しそうに笑った哀川は立ち上がった。
「―――――――」
小さな声でつぶやくと、哀川は出て行った。
入れ違いに入って来た李紅に柳はケーキを渡しつつ哀川の言ったことの意味を考えたのだった。
「あいつには今度こそ、普通の女の子として生きて欲しいからな」

託された心