短編 | ナノ



「宍戸、最近テニスどうなんだ?」
「絶好調だな、長太郎とのダブルスも上手くいってるし」
「そっか、良かったな」
宍戸はモテる。
そりゃあ長髪だった頃もモテてたけど。
髪を切ってから更にモテるようになった。
前みたいな自信に満ちてた宍戸より、今の努力家で兄貴肌な宍戸は女子からも、後輩からも人気だ。
「李紅が羨ましいよ、宍戸君の傍にいれて」
なんてよく言われる。
それは当たり前。
宍戸とオレは幼なじみで、悪友。
ちっとも女の子らしくないオレなんか、恋愛対象にならない。
一番傍にいられるならそれでも良いかと思ってた。
「宍戸、オレはもう一番じゃないんだな…」
後輩の長太郎。
宍戸は、長太郎といることが多くなった。
長太郎が良いやつだっていうのは知ってるし、宍戸がテニスで負けたくないからって遅くまで練習しているのは知ってる。
「……潮時、かもな」
中学生、女と男。
いつまでも男らしい、なんて出来やしない。
周りの女友達には彼氏が出来始めた。
段々可愛くなる。
男子は凛々しくなる。
中途半端なオレと違って。
それでも、宍戸が髪が長かった頃は安心していられた。
髪が長かった頃は、どちらかと言えば華奢なイメージがあったから。
「オレも、しおらしく生きる時期か…」
宍戸と一緒に伸ばした、ポニーテールの自分の髪を見て呟いた。














「おはよう、宍戸君」
「え、あ……片岸、か?」
オレ…私は次の日から男子の制服を着るのを止めた。
髪も下ろして、前は嫌だった毛先のふんわり感をアピールする。
口調も可愛らしく、今までみたいに喧嘩だってしない。
私は、女子だから。
これで良いんだ。
「お前、どうして…」
「あ、ごめんなさい。私日直だからもう行かないと」
でも、もう宍戸とは一緒にいられないんだろうな。
宍戸は初だから、あまり女の子に近付かない。
宍戸の言葉を遮り、私はクラスに小走りに走った。
「おはようございます、皆」
「えっ、嘘…李紅!?」
「どうかな、イメチェンしてみたんだけど…」
「可愛い!何で今まで女の子の格好しなかったのー!」
ワッとクラスの友達が近寄って来る。
あまり話したことがない子もこっちに来て話し掛けてくる。
「今度さ、一緒に私服で出掛けようよ」
「良いの?あんまり女の子らしいの持ってないから買い物一緒に行っても良い?」
「大歓迎だよ!可愛いの選んだげる」
きゃっきゃっと騒ぐ。
まだ少しだけこんな話をしている自分に違和感を感じたけど、何だか嬉しかった。
女の子らしくなんて窮屈だし、大人しくなんて性に合わない。
そう思ってたから。
余計に嬉しかったんだ。
「あ、もうHRだ」
「えー、せっかく話してたのに」
「終わったら話そうよ、ね?良いよね李紅ちゃん」
「うん、話そう」

















「な、なあ…」
「あ、どうしたの宍戸君?」
休み時間、宍戸がクラスに来た。
私の周りに集まっている女子に少しだけ圧倒されたような顔をした宍戸に私は尋ねた。
「お前、さ……どうしたんだ?」
「何が?」
私が即答すると、宍戸は口をつぐんだ。
「…質問がないなら、私話に戻るね」
宍戸から顔を逸らし、私は女の子達の話に戻る。
「そうかよ…」
宍戸の声は、少しだけ悲しそうだった。
「……良いの、李紅ちゃん?」
私と宍戸のことを見て、友達が聞く。
「うん、……用事ないみたいだったから」
くだらないことですぐ、私は宍戸のとこに行ってたけど。
用事がなくても宍戸とは話をしてた。
悪友。
私にはもう、宍戸の悪友でいられる自信がないよ。
好きだから。
いつか宍戸が好きな子が出来ても、友達として一番にいられるなら良いって思ってた。
……今でも思ってる。
でも、きっと宍戸の一番はテニス部だ。
楽しげに、テニスのことを話す宍戸が好き。
テニスをしている宍戸が好き。
それでも良いって。
それを含めて好きなんだ。
でも………それと同時にテニスが憎かった。
テニスがある限り私は友達としても1番じゃないから。
……正直、悪友としか思われないのは嫌だ。
「…もしもし、蓮二」
私は従兄弟に電話を掛ける。
少しでも、おしとやかになる為に。
「うん、……少し女の子らしくなりたくて。だから舞とかやろうかなって。蓮二は良いところ知らない?」
『……良いのか、李紅?』
「何が?」
『…いや、李紅が良いなら構わないが。それなら幾つか候補がある』
「本当?ありがとう、蓮二」
『これくらいは構わない。ああ、それから日本舞踊で構わないのか?』
「他に舞ってあるの?」
『ああ、古くから日本にあるものと、明治以降に入って来たものがある』
蓮二の説明に頷き、私は日本舞踊を選んだ。
『あまり無茶はするな』
「無茶なんかしないよ、」
最後に蓮二に言われた言葉にドキッとした。


















蓮二に紹介してもらった日本舞踊は、厳しいものだった。
でも、立ち振る舞いとかが学べた。
男らしい、なんて段々言われなくなっていった。
「李紅ちゃん、今度さ…」
でも、それに比例するかのように宍戸と話さなくなった。
少しだけ後悔した。
宍戸は先へ先へと歩いて行く。
私は宍戸を後ろから眺めるだけになった。
私がテニスコートに近寄ることもなくなった。
















「……手紙?」
放課後の下駄箱。
カサリ、という音に私は手を止めた。
私の下駄箱に入っていたのは、ラブレターだった。
「…どうしようかな」
結局、私は断った。
宍戸が好き、それは変わらないから。
次の日の休み時間。
「…あのよ、片岸」
「宍戸、君?」
宍戸に声を掛けられた。
「お前、それ……止めろよ」
「止めろって、何を?」
「無理に、女らしくすんな」
宍戸のその言葉を聞いた瞬間、私の中の何かが崩れた気がした。
「…宍戸、に何が分かるの」
「は?」
ギュッと、私は手を握りしめた。
「もういい、……期待した私が馬鹿だった」
「片岸………?」
いかぶしげな宍戸を見ることもなく、踵を返した。
「おい、待てって!」
宍戸が私の腕を掴んだ。
「他に用、ないんだよね?だったら離して」
「そりゃ、ねえけど……」
宍戸の手が一瞬だけ緩んだ。
「、お前らしくないのは調子狂うんだよ…」
ぽつりと呟かれた言葉に、私は止まった。
「今、なんて」
「お前が女の格好して、距離掴みにくくなったのもそうだけどよ。俺は前の片岸の方が断然良い」
「え、あ…うん?」
「こんなこと言うのに時間すげえ掛けちまった。俺、激ダサだな」
あ……、宍戸は全く変わってなかった。
そうだった、宍戸とずっと一緒にいたのにこんな簡単なこと忘れてたなんて。
「宍戸、……俺の方が激ダサだよ」
「! そんなことねえって」
「いや、確実に俺の方が激ダサだろ」
「……やっぱりお前はそうじゃないとな!」
そう言って笑った宍戸の顔は昔と変わらなかった。

世界はただ回る