短編 | ナノ



「………どうして、傷付けるの?」
放課後の教室。
赤く夕焼けで染まる中、私と赤也は話していた。
私は机の上に座り。赤也は壁に寄り掛かりながら。
「うっせえよ、」
「赤也が何を思ってそういったプレースタイルでいるのかなんて知らないけど、」
「黙れ」
「辛くない?好きなテニスで相手を傷付けるのってさ」
ああ、まただ。赤也が傷付いた顔をする。
でも、私は話すのを止めない。
取り返しの付かない事をする前に、赤也を止めなくちゃいけないから。
「赤也、」
「―――るさい……黙れよ!」
「っ!」
ガタンと音を立てて、机が倒れる。
赤也は私の衿元を握り締めて、持ち上げていた。
「アンタに何が分かんだよ!何も知らねえ癖に、」
「……っ、知ってる、よ」
赤く充血した目をした赤也に声を振り絞り、私は言う。
「だ…て、赤也は努力、して…から」
息をつくのも難しく、それでも伝えたくて。必死に口を開く。
「悩んでたのも、……知ってた」
ずっと自分のプレースタイルに疑問を抱いて、それでも変われない事。
悩み続けていたのを横で見続けていたから。
赤也の微かに震える手に自分の手を当てた。
「なら、…何でそんなこと言うんだよ!」
「…っ、人のテニス、じんせ……壊し、て後悔す…る赤也、が見たくな……」
そろそろ意識が飛びそう、と頭の隅で考えながら赤也を見つめた。
「………片岸、」
「けほっけほっ」
スッと手を離されていきなり入ってきた空気に咳き込む私に、赤也は動かずに立っていた。
「…わりぃ、お前が何も考えずにんなこと言う訳がないのに…」
「いや、今回のは私が悪いから」
立ち上がり、私はラケットバックを手に持ち赤也を見た。
「赤也」
「…何だよ?」
「試合、やろうか」
















「どうなっとるんじゃ、」
「確かにな。何故赤也が女子と試合しているのか分からない。そんな確率なかった筈だ」
「それも女子が優勢だろぃ?」
「たるんどるぞ!」
「何かあったのかもしれないよ。皆、暫く見ていようよ」
「確かに気になりますしね」
「それは構わねえけどよ……」
小さめな声で会話するレギュラー陣。
先程、遅れるといって後から来た切原が女子を一人連れて来て、コートを一つ使わせてくださいと試合を始めたのはさっきのことだ。
一本決まるにも長い間ラリーが続き、今だにワンセットも終わっていない。
「赤也、何遠慮してるの?」
ポイントを取った李紅は言った。
「私が女だから?だから遠慮してるの?」
「ちがっ……」
「違わないよ、だっていつもよりボールのキレも悪いし…それに、気持ちが」
ポンポンとコートにボールをつき、上に上げた。
「テニスをやる時の気持ちじゃないよっ!」
その言葉と同時にサーブを打った。
「…彼女、詳しいね」
「うむ…まるで見透かしているようだな」
「……あながち間違ってはいないと思うぞ。精市、弦一郎」
「どういうことだい、柳」
「彼女は赤也の幼なじみだ。テニスを始めたのも彼女が先らしい。そして……」
赤也にテニスを教えたのも彼女だ、と締め括り柳はコートを見つめた。
「言ったよね、赤也。どんな相手にも本気でやらなくては相手に失礼だって。本気でやらないのは侮辱だよ、」
スラスラと李紅は言いながらボールを打つ。
「まあ、私も今の赤也には全力なんて出さないけどね。全力で相手してない赤也に全力で挑むつもりはないから」
スマッシュを決めて、李紅はラケットを回した。
「次、コートチェンジ」
入れ代わる時に、レギュラー陣に気付いた李紅は近寄る。
「ごめんなさい、頼みがあるのですが………」













「ほら、立ちなよ」
ボールに当たって倒れた赤也に私は言った。
「ほら、立てって言われとるぞ赤也。『立ちなよ、ワカメ野郎』ってな」
ピクッとその言葉に反応して赤也は立ち上がる。
体を赤くして。
「お前も赤く染めてやろうか………?」
「やれるものならどうぞ、」
先程よりも赤也のボールが重く、早い。
そして…執拗に顔や足首、手首を狙ってくる。
その全てを返しているが、今だに諦める気はないのか当てようとしている。
「ひゃははははは!!!!!!」
「赤也、」
小さく呟き私はラケットをギュッと握り締めた。
もうこれ以上誰かの選手生命を奪ってほしくないから。
「これでどうだあぁぁあ!!!!!!」
「…………」
私はラケットを構えるのを止めて目を閉じた。
コートの外から騒然とした声が響く。
物凄い音を立てて、ボールが私のラケットを持った右手に当たった。
「……っい、」
カランカラン、とラケットが落ちた音だけが響いた。
「…、片岸……」
呆然と呟き、赤也は固まった。
気付けば、赤也の体の色は元に戻っていた。
「大丈夫かよぃ!?」
「しっかりしろ」
周りの声が聞こえる。
「…大丈夫、です」
立ち上がり、ラケットを持つ。
勿論、右手に。
「さあ、続きをやろうよ赤也。まだまだ試合は始まったばかりなんだから」
「……………」
「赤也、」
「…無理言うなよっ!」
叫ぶように赤也が言う。
「俺、傷つけたくないんだよ!」
「傷つけたくない?私は傷つかないよ」
「嘘つくんじゃねー…っ!」
「嘘なんかついてないよ、だって赤也とのテニスで傷つくことなんか一つもないし。これは事故だった」
きっぱり言い切り、構えた。
「早くサーブしてよ」
私は難しい言葉を言って赤也の悩みなんか解決出来ないし、するつもりもない。
結局は赤也自身が乗り越えなきゃいけないことだと思った。
だから、この試合がその助けになれば良い。
赤也と私を繋いでくれているのは今はもうテニスだけだから。
ああ、でも…もうそれも終わっちゃうのかな。
私の腕、どうなるか分からないし。
いや、そもそもこれは私が赤也の為に最後にしてあげることか。
「赤也、存分に楽しみなよ!本気でぶつかり合おう!」
ボールに食いついてくる赤也に声を張り上げた。
今は悪魔化について考える余裕もないみたいだ。
それで良いんだ。
無心でボールを追いかけていれば、自ずと結果はついて来る。
悪魔化する暇がないくらいテニスを楽しめば、きっと。
悩みだって解決するような気がするから……。















「楽しかったよ、赤也」
「俺も、楽しかったよ片岸」
握手をし合い、コートから出る。
「男子テニス部の皆さん、コートを借りてすみませんでした」
「いや、構わないよ。おかげでいい試合が見れたからね」
穏やかな笑みを浮かべた部長の幸村先輩が言う。
「では、私はこれで。赤也、じゃあね」
「! また、月曜日にな!」
「…またね」
月曜日と言われて少し言葉に詰まったが、何事もなかったように手を振る。
最後まで言う気がなかった。
引っ越すのは随分前から決まってたことだったけど、やっぱり言い辛かったし。
「沖縄は、遠いな…」
向こうに着いたらとりあえず謝りの手紙を送って。
携帯は番号を変えとかないとね。
もう関わることはないんだから。
「さよなら、切原」

もう、そこまで別れは来ていた