旅行会社に連絡がつかない。
此処に来て私は、漸くことの重大さに気がついたのだ。
「嘘、でしょ…?」
震える私の手。
無意識の内に避けていた事実は、それだけ大きなダメージを与えたのだ。
きっかけは、ついさっき。
最近よく顔を合わせる鏑木さんに聞かれたことが原因だ。
『そういや、リンは旅行でこっちに来てたんだよな?いつまで滞在予定なんだ?』
『いや、それが知らないんですよ。明確な話を聞いていなくて』
『そうなのか?だったら、旅行会社に問い合わせた方がいいんじゃねえかな。仕事のことだってあるし、それに今は紹介された場所に滞在してる訳じゃないってことは向こうからの連絡もつかないだろうしな』
そう言った鏑木さんに同意して私は帰宅後、電話を掛けた。
しかし電話は無機質な録音された声のみが流れるばかりで。
何度掛け直そうが変わりはなかった。
ああ、どうして今まで避けてきたのだろうか。
もう少し早くに気がついていれば。
…否、気がついていても意味はなかったかもしれない。
イワン君と話が若干噛み合わず、ズレていたときに気がつくべきだったのだ。
そうすれば少しは心構えも変わっていただろうに。
慌てて私は、エリザさんに尋ねた。
私の世界では常識であることを。
そして、学校から帰ってきたテオ君に見せて貰った地図帳で、私はこの場所がそもそも異世界である可能性に行き着いてしまった。
こんなにも栄えている都市だ、海外だろうが有名だろう。
まして、この場所には企業を背負った本物のヒーローがいるのだ。
知られていない訳が、ない。
気がつけばエリザさんとテオ君に心配そうに見られていた。
私は不自然じゃないように取り繕い、部屋へと戻った。
そしてそこで漸く、一筋の涙を流すことになった。
帰れないのかもしれない、否、きっと帰れない。
それは思いの他、私にダメージを与えている。
柄ではないが、流石にこれは許容範囲を超えてしまった。
思い浮かぶのはあの謳い文句。
『貴方を憧れの世界に招待します』
特に考えたこともなかったのだ、あの文章が本当に違う世界へと招待することを言っていたのだと。
常識的に考え、そのことを否定してしまったのだ。
そもそも、いくら町おこしだからって、商店街の福引きに普通そんなものを混ぜるだろうか。
…否、まさか商店街の皆さんも本当にこうなるとは思いもよらなかったのだろう。
私自身、こうして見知らぬ都市に来ていなければ信じもしなかった。
商店街の福引きの商品にしたのだって安かったから、かもしれない。
けれどどちらにしたって、もう私には関係がないことだ。
一つ後悔してしまっているのが、此処に来る前、テンションが高くなっていて友人にその話をしてしまったことだろう。
電話越しとはいえ、らしくない私だった。
せめてもう少し、いいことを話した最後の会話がよかったと言うのは我儘だろうか。
そうやってツラツラと現実逃避しようと考え続けた。
けれど、部屋の外から聞こえる心配そうな2人の声に意識を引き戻される。
……このことは、少し置いておこう。
今の私ではきっと受け入れることに時間が掛かる。
せめてもう暫く、時間を掛けてじっくり受け入れたい。
無心になりたい、今、無性に体を動かしたくなった。
2人に断りを入れて、私は家を出た。
近所にある広い公園。
そこで空手の型をなぞり、人気がない広いところで素振りをしよう。
そうすることで、私は落ち着きたかったのだ。









「ふっ、はっ!」
短く息を吐く。
常日頃から私はこうやって行き詰まったときに体を動かしていた。
何も考えず無心に型を浚う。
そうすることで精神を統一してきた。
だから、今回も…。
そう考えて型を浚うのに全く心は落ち着かない。
「…はあ」
自然と漏れる溜息に私は一度動きを止めた。
思った以上に動揺していたらしい。
こんな状態で空手の型を浚うことのほうが駄目だ。
そう思って一度帰ろうとすると、不意に視線を感じた。
「…………」
「………」
そちらを振り返ってみればそこにはキラキラとした目で私を見ている緑の短髪に花のヘアピンを着けた、黄色のジャージを着た女の子がいた。
「…ええと?」
どうすればいいのか分からなくて曖昧に笑う私にその子は満面の笑みを向けて言った。
「凄いや!」
「…凄い?」
彼女の言葉に私は首を傾げた。
何が言いたいのか、それが分からなかった。
「僕、その型を初めて生で見た!」
「型…って、空手?」
「そう、それそれ」
相変わらずキラキラとした目を向けながら女の子がもう一回見せて欲しい、と催促してくる。
「一回通しでいいなら…」
「うんっ、お願いします!」
再び元いた場所に立ち、力を自然に移動させるように型を浚う。
先程よりも何だか心が安らいだような感じがした。
「ありがとう、お姉さん!」
「お粗末様でした」
「おそ…?」
首を傾げる女の子に敢えて笑うことで流す。
「お姉さん、強いんだね」
「…そんなことない、かな」
「でも動きが何年もやらなきゃ出来ないくらい滑らかだったよ?」
僕も頑張らなきゃ、と小声で呟く女の子は何かに気がついたように声をあげた。
「そうだ、僕はパオリン。ホァン・パオリンって言うんだ」
「私は…川上リン、よろしくねパオリンちゃん」
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