引ったくりの被害に遭った。
この街小さいものから大きなものまで犯罪に遭う確率が高い、高過ぎる。
この街に来てから二週間、退屈はしないけど命はいくらあっても足りない。
「引ったくりっ待て…!」
あの中にはエリザさんから頼まれたテオ君へのお土産が入っているのだ、絶対に取り返さないといけない。
ただ引ったくりの方はこの辺りの地理を把握しているのか道から道をどんどん走って行く。
少しずつ距離が開きそうになったとき、誰かが引ったくりの前に立ち塞がった。
大柄なオールバックの男の人。
そのがっしりとした体つきからは想像が出来ないほど俊敏に動き引ったくりを捕らえた。
「……っと、大丈夫だったか?」
「え、はい。ありがとうございました」
荷物を私に渡しながら彼は微笑んだ。
「それは良かった、あー…次からは気をつけろよ?」
鼻の頭を掻きながらそう言った彼に頷き、別れようとした。
「……って、おい!」
一瞬気が緩んだらしい彼の手から引ったくりが逃れて逃げ出そうとする。
狭い道の関係から逃れるには私の横を抜けた方が逃げられる可能性が高いのだと踏んだのか私へと向かってくる引ったくり。
「逃げろ!」
そう声を掛けてくる彼も引ったくりを再び追おうと走り始める。
……しかし私もいい加減腹に据えかねていたのだ。
このシュテルンビルドに来てから軽犯罪を含めいくつの犯罪の現場に居合わせたのかなんて考えたくもない。
それだけでも苛立つ要因になりえるのに、既に捕まったというのに再び逃げようとする引ったくり。
いい加減にしろよ、と小さく口の中で呟き私は実力行使に出た。
向かって来た引ったくりの勢いを利用して下へと受け流す。
そして引ったくりの首筋に思いっきり手刀を叩き込んだ。
「ぐう……っ」
相当力が篭ってしまったのだろう、引ったくりが呻き声を上げた。
「全く…大人しくお縄についていただけませんかね?私、自分の罪を認められない人が嫌いなんですよ」
今の私の額には青筋が浮かんでいただろう。
正直なところ、引ったくりには悪いけれどもこれは大半が八つ当たりだ。
「あ、この人は警察に突き出した方がいいですよね?」
そんな私と引ったくりの様子をぽかんと見つめていたオールバックの彼は慌てて頷き電話を始める。
その様子から警察に連絡しているのだろうことが分かる。
「お手数おかけしました」
暫くして警察が来て引ったくりを連れて行った。
「いや、こっちこそ悪いな。俺が手を緩めなければ……」
「仕方ないですよ、起きてしまったことは。………ええと」
「ああ、アントニオ・ロペスだ」
「ロペスさんですね。川上リンです」
「名前でいいぞ」
「ではアントニオさんで。私のこともお好きに呼んでください」
「じゃあ、リンと呼ばせてもらうな。……リンは日系なのか?」
「はい、日本人ですよ」
大体の人は尋ねるときにアジア系かと尋ねるのにアントニオさんは日系と尋ねてきた。
もしかして誰か知り合いにいるのだろうか、なんて考えていたのに気付いたのかアントニオさんは口を開いた。
「俺の知り合いに日系のやつがいてな。顔立ちが何となく似てるからもしかするとって思ってな」
「あ、そうでしたか」
アントニオさんの言葉にやはりと思いながら私は頷いた。
「そういえばさっきの引ったくりを取り押さえていたやつは何なんだ?」
「先程の、ですか?あれは空手…ですかね」
相手を受け流してからの手刀ですし、空手の型ではないんですよね先程のは。
「カラテ、と言うと」
「武術の一種ですね。己の体が武器となる、体術です」
日本でポピュラーな部類に入る空手は柔道とはまた違った体の使い方をする体術だ。
柔道を『柔』とするなら空手は『剛』とでも言うのだろうか、相手の力を利用して投げる柔道と自身の力で捩じ伏せる剛を兼ね備えた空手。
私は対極の位置に存在しているのではないかと考えている。
……女が習う体術であれば柔道の方が適しているのではないか、と思うが如何せん私はヒーローのように自らの力で誰かを助けるだけの力が欲しかった。
男女の体格差があるいえ、柔道であれば相手の体重、体格差すらも利用して相手を投げることが出来るのだ。
女である私は空手で誰かと向き合うとき必ず急所に一撃、渾身の力で掌底を叩き込む。
練習や試合では寸止めだが実際襲われたときに急所に一撃(首や顎など)を入れているのだ。
女である私が空手で強くなるためには相手に必ず大きなダメージを与えられる場所を狙い、尚且つ相手からの攻撃を受けないようスピードとスタミナが必要になってくるのだ。
……とまあ、長々と考えていたけれどもアントニオさんに伝える必要はないように感じたので口を開いた。
「……あ、もうこんな時間に。すみませんが今日はこれで失礼させていただきますね」
頭を軽く下げるとアントニオさんが慌てたように頭を上げさせた。
「こっちこそ引き止めてすまなかったな」
苦笑混じりにそう言ってアントニオさんは軽く手を振りながら歩いて行った。
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