「もーっ何なのよあのおじさんは!」
目の前に怒りながら歩いている女の子がいた。
このシュテルンビルドに来て数日。
すっかり私はこの都市を満喫していた。
今日もエリザさんに頼まれた買い物をして帰る途中だったのだ。
……ふむ、今手元にある買い物袋には冷凍のものなどすぐに冷蔵庫に入れなきゃならないものはない。
怒っているこの女の子の後ろの木に隠れている鏑木さんのことも気になるし、話し掛けてみるかな。
「こんにちは」
「え、あ…こんにちは」
…何で驚いた顔をされたんだろう。
普通に挨拶をしただけなのに……あ、普通はいきなり知らない人が話し掛けては来ないか。
失敗しちゃったな。
まあいいや、鏑木さんがグッジョブサイン出してるし。
「そのままでいると変な男にナンパされるよ」
着ていたカーディガンを肩に掛けながら言うと自分の格好に気がついたのか女の子はカーディガンで体を隠すようにした。
…うん、その反応が正しい。
今の露出度じゃ変なのに声を掛けられてしまう。
そんな短いスカートと体のラインを強調するデザインの服じゃなあ……。
実際チラチラと見てる人がいたし。
あ、勿論鏑木さんを除いて。
むしろあの人の視線は年頃の娘を心配するお父さんだった。
うん、全く問題ない。
「…ありがとう」
「どういたしまして。…そのカーディガンはあげるよ、暑いかもしれないけど我慢してね」
ウインクを一つしながら言うと女の子は瞬きをした。
「え、でもこのカーデ…有名なブランドのやつじゃ」
「どんなに高い服だろうと似合う人が着た方が服が喜ぶよ」
「それ、何か違う気がする」
クスリと笑う女の子は私の顔をまじまじと見つめた。
「…もしかして何か付いてた?」
「あ、いえっ!…日系の方なんですか?」
「日系…ああ、うん。日本出身です」
「やっぱり。私の知り合いにも一人、日系の人がいて」
「へえ…」
「いっつもハンチング帽を被ってる馬鹿みたいにヘラヘラしてるおじさんなんだけど」
……そのおじさんは後ろで苦笑してるよ。
鏑木さん…何を仕出かしたんだろうか。
「って、ごめんなさい。つい話しちゃった」
「あ、ううん。構わないよ」
ハッとした表情で謝る女の子に私は頭を振った。
なかなかに素直な子だ……いや、素直だけど好きな人が出来たらその人につんけんするタイプかな。
実際そのおじさんとやらのことを悪いように言いながらも頬を僅かに赤らめているし。
「……あ!でもそんなに悪い人でもなくって…」
おまけに自分以外に悪く言われるのは嫌だからフォローを入れている。
…青春だねえ。
でも相手が相手だし、なあ…。
しかも後ろの鏑木さんは全く話が聞こえてないのか不思議そうにしてるし。
「そっか。君にとって凄いだらし無いように見えるけど決めるときはきっちり決めて、頼れるナイスガイってことなんだね」
「ち、違っ」
「照れない照れない」
「もう…」
女の子みたいな子は久々だからついからかってしまった。
…自重しなくては。
青春してる子を見るとついつい構いたくなっちゃうのはもう既におばさん思考になっているからなんだろうか。
凄い複雑だ。
「そういえば自己紹介もしてなかったね、私は川上リン」
「私はカリーナ。カリーナ・ライル」
「カリーナさんね、よろしく」
「さん付けなんていいわよ。…私もリンって呼ぶし」
「そう?じゃあカリーナって呼ぶよ」
やったね新しく友達が出来たよ。
……いや、そんなに喜ぶ歳でもないけど。
これからカリーナは用事があるらしくまた会う約束をして立ち去って行った。
「…鏑木さん、何やってるんですか?」
「お、リンー。悪いな、あいつの話に付き合ってくれてよ」
「まあ暇だったんで。…というかカリーナとどんな関係なんですか」
「どんなって……客と商売の相手?」
「………最低です、不潔です、見損ないました」
「誤解だっての。…あいつ、アイドル志望で俺の行き着けのバーで歌ってんだよ」
「ああ、そういう。紛らわしい」
「おいおい…」
何だそういう関係だったんだ。
言い方が本当に紛らわしい人だ。
でもそれは確かに心配になるよね…バーで歌ってる、か……。
「鏑木さん、今度そのバーに連れて行ってもらってもいいですか」
「バーに?……リン、未成年だよな?」
「え」
「え?」
「私、成人してますが」
「……はあああ!?」
「いやこっちの台詞なんでもけど」
道理で私に対する扱いが子供に対するような感じだと思ったら……。
同じ日系なら察して欲しい。
日本人は欧州等の外国から見れば童顔に見えることを。
私はその中でも更に幼く見られていたが。
旅行に一人で外国にやって来る未成年はいないだろうに。
デリカシーのない大人は嫌われますよ、鏑木さん。
カリーナの気持ちが分かった気がした。
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