百聞は一見に如かず



有り得ない。
幽霊なんている訳が、ない。
私──風見沙耶は自分の目で見たものしか信じないのだ。
人から言われたことでも自分の目で見なければ本当のことかは分からないからだ。
百聞は一見に如かず、とはよく言ったものだ。
だから正直滝さんが言う幽霊など信じてなんかいない。
……そりゃあ確かに頭が痛くなったり肩が重くなったり原因不明の病気で生死の境をさ迷ったりもしたけど。
でもそれはそれだ。
そんなのは体が弱いからとかいくらでも理由は付けられる。
…まあ弱くはないけど。
とにかく受け入れたくないのだ、幽霊がいるだなんて。
だって認めたら私はその存在に怯えながら生きて行かなきゃならないじゃないか。
それが嫌なんだ、見えもしないモノに怯えて生きていくなんて馬鹿馬鹿しいにも程がある。
「おはよう沙耶、宿題やって来たー?」
「……あ」
「そんなことだと思った」
「ヤバいよ、課題出したの根知なんだから忘れたなんて言ったら煩いよ!」
数学の根知は何かと付けて嫌味を言うタチの悪い教師だ。
課題をやってないなんてなったら相当嫌味を言われるに違いない。
でも今からじゃ写すのも終わるかどうか…。
「…あ、いたいた。風見さん、落としてたよ」
ガラリと教室のドアを開けて、滝さんが入って来た。
手には私の数学のノートがあった。
「え………」
何で滝さんがそれを持っていたんだろう。
「ごめんね、誰の物かを見る為にノート見させてもらっちゃったよ」
申し訳なさそうに滝さんは言うとすぐさま教室から出て行った。
肩にはテニスバックが掛かっていて朝練のあと教室に向かわずにすぐさま届けてくれたのが窺える。
「ちょっ、滝さんにノート拾ってもらえるなんて沙耶狡いんだけど!」
興奮気味の友達、芦尾操(あしおみさお)を宥めながらノートを開くとそこには課題の範囲の部分が綺麗に解かれていた。
「これって…」
「何だ沙耶やって来てんじゃん!びっくりさせないでよねー」
…私はやってないのに。
多分滝さんが持って来たなら滝さんがやって来たんだと思うんだけど。
何で滝さんがやる必要があったんだ…。
どちらにせよ滝さんに話し掛けなければならなくなった。
滝さんが私の課題を代わりにやってくれたのなら、お礼をしなくてはならないのだ。
おかげで根知の嫌味から逃れられるんだから。
ノートに挟まっていた紙切れを見ながらそう考えた。
『風見さんのクラスに課題があるって聞いたから勝手に鞄開けさせてもらったよ。一応全部解いておいたから根知には何か言われるってことはないと思う。あと俺はこれから放課後まで多分移動教室なんかが重なるから捕まらないと思うよ』
先読みしたかのようなその紙を、クシャリと潰した。










「…あれ、放課後に来てくれるなんて思わなかったんだけどな」
「……お礼も言わないなんて不誠実な人にはなりなくないもので」
「律儀なんだね、風見さんって」
クスリと笑う滝さん。
…別に律儀とかじゃ、ない。
人として当たり前のことをしている筈なんだけどね。
「ありがとう、助かったよ」
「いいえ、どういたしまして。…俺も暇だったからやっただけだしね」
小さく呟かれた言葉に私は聞き返したけれど滝さんは何でもないと頭を振ってノートにつらつらと書き込んでいく。
「あ、座りなよ。立ってるの辛いでしょ」
目の前の席を指しながらにこりと笑う滝さんに、私は頷き椅子を引いて座った。
「それで、何か聞きたいことがあるんじゃないかな?」
滝さんの見透かすような瞳に、何故かゾクリと首筋が冷えるような気がした。
「……このネックレス」
「あ、それ?うーん…もう効力が切れ掛かってるみたいだけど。心霊スポットか何か行ったの?」
「…行かないけど」
「ふうん。…やっぱり結界が緩んできてるのかな」
髪の毛先をくるくると弄りながら滝さんは呟いた。
「うーん…でも今日は張れないか。それとも日吉にでも声掛けてみようかな」
滝さんはそう言いながら私の首に下げてあるネックレスをそっと手に持って、ギュッと握り締めた。
「…うん、これでOK。明日の朝までは持つと思うよ」
特に変わった様子が見られないネックレスから手を離して滝さんはにこりと笑んだ。
「さて、俺はそろそろ部活に行かないと。跡部に怒られちゃうからね」
悪戯っぽく笑いながらノートを片手に滝さんは立ち上がった。
「風見さんも早めに帰った方がいいよ。暗くなってからだと余計変なのが増えるから。それと明日の朝、屋上に来てね」
ひらひらと手を振って滝さんは教室から出て行った。
「…行っちゃった」
ポカンとしながら私は滝さんを見送ったあと、慌てて家へと歩き始めた。
もうすぐ暗くなる。



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