君と僕の馴れ初め
 

俺の隣の席のやつは、普通のやつだ。
つい二日前に席替えをして隣同士になったけど、名前を知ったのは席替えをして丸一日経ってからだった。
担任の出欠の確認のとき、に控え目な声色で返事をした。
見た目の第一印象は、言ったら悪いんだろうけど暗そうだった。
長い髪を後ろに流して制服も着崩すでもなくピッチリと着込んでいて、クラスで話し掛けられることも殆どない。
いつも本を読んでいる。
そんなところしか見たことがなかった。










「───あ、」
週に一度の部活のない水曜日。
やっぱり俺は自主練をして、走り込みをしていた。
既に暗くなっていて、辺りには人もちらほらとしか見えない。
蒸し暑い中を走っていて、ふと前の方から人が歩いて来るのが見えた。
電柱の明かりで見えたその顔に、俺は声を漏らした。
確証があった訳じゃねえ。
でも、相手も俺の声に反応して「あ…」と声を漏らした。
そいつは、俺の隣の席に座っている田中だった。
学校で見るのとは違いショートパンツに長袖のブラウス。
髪を後ろで纏めていて、右手にはコンビニの袋を下げていた。
あの暗いやつは何処に行ったと思うくらい田中は違うやつに見えた。
「田中、だよな?」
「…うん、そうだけど」
頷いた田中の声は学校で聞く声とは違い力強い印象を受けた。
「だよな、勘違いだったらどうしようかと思ったぜ」
笑いながら言うと、田中は少し驚いたような顔をした。
「私も気付かれるとは思わなかった」
「そうか?」
「そうだよ、」
田中は俺の言葉に面白そうに笑うと、近くの公園を指差した。
「少し話していかない?」










「はい、あげる」
コンビニの袋からパ〇コを出して割ったものを一つ渡される。
味は人気のあるチョココーヒーだった。
「サンキュー」
ブランコに腰掛けながら二人でパ〇コを食べる。
「にしても、まさかこんなところで会うとは思わなかったぜ」
「それはこっちの台詞だって。宍戸君もこの辺住んでるの?」
「いや、もう少し南に行った方」
「そっか」
聞いた癖にそんなに興味がなかったのか、田中は特に詳しく聞かないでパ〇コを吸う。
それから俺達は少ない時間でいろいろ話した。
好きな食べ物や学校のこと、テニス部の話。
テニス部の話のときは、田中は聞き役に徹していた。
「それじゃあまた明日学校で」
「おう、また明日」
次の日学校に行き朝練の後に教室に行くと田中はあの暗く見える格好で席に座っていた。
黙々と本を読む姿に少し安堵しつつ俺も席に着いた。
昨日の夜の田中は夢だったのかと思いつつ、俺は田中に向かって口を開いた。
「おはよう、田中」
「おはよう宍戸君」
俺が挨拶をすると田中は本をめくる手を止め、俺を見ながら挨拶を返した。
毎日、会話は朝の挨拶しかしなかった。
次の週の水曜日、俺は何となくまたあの公園に足を向けていた。
そこにはやっぱり田中がブランコに座っていた。
「よう」
「こんばんは」
走っていた俺に、コンビニの袋からペットボトルのスポーツドリンクを取り出して渡しながら田中は挨拶した。
「少し話していく?」
田中の言葉に、俺は了承して隣のブランコに腰掛けた。
学校では朝の挨拶だけ、水曜日の夜は公園で話す。
何となくそんなルールが出来上がっていた。









もうすぐ最後の大会が始まる。
三年間、全国で優勝する為に今までやって来た。
クラスの女子から「頑張って」と言われながら席に着く。
やっぱり田中は変わらず席に着いて本を読んでいた。
「おはよう田中」
「おはよう宍戸君」
そこで会話は途切れた。
けれどいつもとは違って田中はこちらを見たままでいる。
「…田中?」
「…………何でもない」
ふい、と田中は顔を本に戻し黙った。
その態度に俺は首を傾げながら授業の準備を始めた。
授業中、田中は俺にルーズリーフを渡してきた。
『夏休み、大会なんだよね。応援してる』
几帳面そうな字で書かれたその言葉に、俺は返事を書いてルーズリーフを返した。
『おう、ありがとな』

───
キリ番68000柚様リクエスト『宍戸さんかジャッカルで短編』でした。
今回は宍戸さんで書かせていただきました。
テーマは自由ということだったので『少しずつ歩み寄る二人』です。
完璧にテーマ無視してます。←
柚様のみお持ち帰り可能です。



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