こんなこと、望んでなかった
 

「ちっ、何がどうなってやがんだよ」
「跡部、とりあえず落ち着き。暫くは休めると思うさかい」
「なあ、何でこんなことになってんだよ」
「俺が知る訳ないだろ、向日」
「…俺、眠いC」
「寝たら駄目ですよ、芥川先輩!」
氷帝学園高等部男子テニス部レギュラー達は数日前から奇妙な現象に囚われていた。
眠るとこの誰もいない可笑しな校舎へと来ているのだ。
悪夢とでも言うのかこの校舎にいる時間は二、三時間。
けれどその場所で過ごすのは恐怖の時間であった。
最初のうちは何もない校舎でただ時間を潰せばよかったのだが、最近では悪霊や妖怪などの魑魅魍魎が現れる始末。
確実に彼らの精神は削り取られ、無論休んだなどという感覚もなく疲れを持ったまま授業に部活とどんどんと疲労が蓄積していく。
このままではいけないと理解はしているものの何の解決策も見出だせず。
とうとう今までは二、三時間耐えればよかった筈のこの時間は裕にそれを越えていた。
「…此処に来て、もう十時間か」
逃げ込んだ教室に掛けてある時計を確認して宍戸は言った。
「樺地、今のうちにしっかり休んでおけ。ジローが寝ちまったしな…」
「ウス」
跡部の言葉に樺地は頷き椅子を引いて座る。
そんな様子を眺めながら鳳はぽつりと呟いた。
「……日吉、大丈夫かな」
その言葉に自然と全員の表情が暗くなる。
――日吉は今までの悪夢にはいなかったのだ。
今日の悪夢で初めて、日吉はこの校舎へと足を踏み入れた。
曰く「俺は対策はしっかりしてたので生半可な力じゃ引きずり込めないんですよ」と向日に聞かれたとき鼻で笑うようにして答えたらしい。
そんな日吉はすぐに行方知れず。
……いや、囮になったというべきなのか。
『…あれくらいなら、俺一人で対処出来ますよ。跡部さん達は何処かに行っていてください、邪魔なので』
しれっと言ってのけ、全員を逃がした日吉。
逃げるなんて出来る訳がなかったのに、全員が瞬きをする瞬間には日吉と襲って来ていた悪霊の姿はなかった。
「やっぱり、俺探しに…っ」
「いや待て、単独行動は危険だ。まずは此処で体を休めてからだ。日吉だって自分の力量を見定められる筈だしな」
このような状態だというのに冷静に判断を下し、跡部は自信満々といった様子で椅子に座る。
「せやなあ。日吉は俺らん中じゃ腕も立つし、オカルト関係にも滅法強いし。あんまり気にせんで此処から出る方法考えた方がええかもしれんな」
「って言ってもよ、いつもならもう出れてる筈だろ?」
「そうそう、宍戸のいう通り、ゆーし何か良い方法でもあんのかよ?」
「……って言われてもなあ。打つ手無しやろ」
忍足の言葉にやっぱりといった顔で頷く向日。
「とにかく日吉と合流しないことには…、っ!」
「どうしたんだ、長太郎」
「…宍戸さん、あの影」
鳳は教室の前にあるドアを指差す。
全員が釣られるようにそちらを見るとユラユラと不安定に揺れる影が見えた。
「日吉、…じゃねえな」
ガンッ。
ガンガンガンッ。
跡部の呟きに呼応するかのようにドアが揺れはじめる。
段々とドアは歪み始め今にも開けられてしまいそうだ。
「…跡部」
「ああ、分かってる。お前ら、全員後ろに移動してろ。アレが入って来た瞬間後ろのドアから逃げろ」
「! 跡部は、どうするC?」
気配を感じて起きていた芥川の言葉にフッ、と跡部は自信満々に答えた。
「決まってんだろ、アレの正体を暴いて消す」
「跡部、そんなことが出来んのかよ…!」
「出来るか出来ねえじゃねえ。やらなきゃ俺らはゲームオーバーなんだ、アーン?」
ガンッ!
一際大きな音がして、ドアが外れた。
「――…今だ、行け!」
鋭く放たれた言葉に全員が咄嗟に反応をした。
「跡部!」
勿論一番近くにいた忍足は跡部の腕を掴んで走り出すのを忘れずに。
「てめぇ、忍足…何で俺を置いて来ねえんだよ!」
「アホ、跡部がおらんかったら誰が部長すんねん!」
言い合いながら走っていると後ろから悪霊が追って来る。
「チッ、振り切れるか?」
「振り切んだよ!」
スタミナがこの中では少ない向日が僅かに息を切らしている。
それだけではない。
他のメンバーも連日の疲労の蓄積で息が切れ始めている。
このままではまずい――そんな思いが跡部の脳裏に過ぎる。
そして。
「―――…開け、根の国」
不意に、そんな声が耳へと飛び込んで来た。
それは聞こえたことが不思議なくらい、小さな声だった。
カツン、カツン。
ゆっくりとした足音が響く。
跡部は足を止め、振り返った。
そんな跡部に驚きながら他のメンバーも足を止め振り返る。
そこには、見たことがない女子が立っていた。
「……貴方が哀しいからって、人を閉じ込めてはいけないわ…それは理(ことわり)に反するの………」
黒い手によって拘束された悪霊に静かに語りかける女子…織田市は指揮を取るかのように腕を振る。
……腕は静かに悪霊を捕らえたまま沈んで行く。
「恨むなら、市を恨んでね…」
寂し気に呟き市は振り向く。
「お前は…」
戸惑い気味の氷帝メンバーに市は首を傾げる。
「……?貴方達、だあれ…」
「それはこっちの台詞、なんだけどよ」
宍戸が気まずそうに言う。
助けて貰った身とはいえ、この場所では易々と信じる訳にもいかなかった。
「……織田市よ」
暫く間を置いたあとに答えた市に全員の目はいかぶしげなものに変わる。
元々そのような性格だとは知らないから、尚更に。
「織田先輩、来ていたんですね」
そこで、聞き慣れた声が掛かる。
「日吉さん…ええ、聞いていたから様子を見に来たの………」
「日吉、知り合いなの?」
「鳳か。…織田先輩はストテニで知り合ったんだ」
鳳の言葉に日吉はそう返すと市の隣に並ぶ。
「おい、さっき様子を見に来たと言ったな。此処には外から中に入ることも、出ることも出来ない筈だろ」
跡部の言葉に市は緩く首を傾げ、言う。
「…市は、無理矢理入って来たの」
「無理矢理、か」
「織田先輩はこういった事態に強いですからね。俺が連絡しておいたんです」
「ってことは、日吉。お前業と今日の悪夢に入って来たんか?」
「…俺が下剋上したいのは万全な状態の跡部さんですからね。いつまでもそんな状態でいられると困るんですよ」
日吉は顔を背けながら言うと、表情を引き締める。
「…織田先輩、さっきまで図書館で俺は何か手掛かりがないか探していました。そのときに見えたんですが、この校舎の入り口、捩曲がっていますね」
「ええ…あの入り口を抜けられればこの悪夢から解放されるのだけれど……」
「入り口、っていうとあの変な感じがするドアのこと?」
芥川の問い掛けに市と日吉は僅かに驚いた表情をする。
「感じられるんですか、芥川先輩」
「感知能力だけみたいだから、危険な目に合う可能性は低いみたいね……」
安堵の表情で言う市にそうですか、と日吉は返すと歩き始めた。
「とりあえず跡部さん達も来てください。入り口まで移動しましょう」
「ああ、」
促されて全員で移動を始める。
けれどこの状況で話をする者もおらず、黙々と歩みを進める。
そして、不意に跡部がその沈黙を破った。
「…おい、織田と言ったな。一つ聞きたいことがある」
「聞きたい、こと……?」
「お前は何者なんだ」
跡部の言葉に自然と市に視線が集まる。
「別に詳しく聞きてえとかじゃねえ。ただ、俺様の眼力で見たら訳が分からなかっただけだ」
「……市は、」
「着きましたよ」
答えようと口を開いた市に被せるように日吉が口を開く。
「…チッ、まあいい。とにかく今は外に出るのが先決か。おい樺地、ジローを背負ってやれ」
「ウス」
眠そうに目を擦る芥川を樺地に任せ、跡部は後ろに視線をやる。
佇む悪霊を睨みつけるかのように。
今は市に怯えて近寄らない悪霊達だが、市がこの場からいなくなったらどうなってしまうのか。
それは考えもしたくなかった。
「…………」
無言でドアを見た市は足元に手をやる。
そして、影から何かを取り出そうとした。
「…おい、何だよそれ」
「双頭薙刀よ…」
宍戸の引き攣った表情に淡々と答え市はドアに向かって構える。
「…奮え我が背」
薙刀を振り抜きドアを破壊する。
「…物理的だ」
ポカンとした様子で向日が呟くと市は振り返り、首を傾げる。
「………通らない、の?」
「そないに簡単にドア壊されたら驚くやろ」
「…織田先輩、早くしないとまた」
「ええ…分かっているわ……」
厳しい視線をドアに向けていた日吉の言葉に市もドアへと視線を向ける。
「早く通らないと、また閉じてしまうわ…そうなったら出口は別の場所に移動してしまう……」
「、ああ」
氷帝メンバーは恐る恐るといった様子で足を踏み出す。
一瞬見えたのは咲き誇る彼岸花達。
そして………。














「おはようございます、跡部さん」
「ああ、今日は随分ゆっくりだったじゃねえか、アーン?」
「…ちょっと後始末を」
ぼかすように答えた日吉は直ぐさま着替えに向かう。
――日吉以外のレギュラー達は悪夢について覚えていない。
何故なら、市がそう誘導したからだ。
『悪夢のことなんて、覚えてない方がいいのよ………』
そう呟いた市はやはり寂し気だった。
「…(織田先輩、少なくとも織田先輩が助けたという事実は変わりありません。それまでを隠す必要はないのに……)」
溜息を一つ吐き、日吉は目を閉じた。


―――
キリリク48000優奈様より『緋色でホラー展開で学校に閉じ込められて緋色主が助けに来る(学校は何処でも可)』でした。
学校は何処でもいいとのことでしたので、オカルトに強い日吉君がいる氷帝にしました。
期待に添えてますかね?
…あんまりホラーは書いたことがないので書けてなかったらすいません。
優奈様のみお持ち帰り可能です。



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