『拝啓、人識君へ。今まで短い間でしたけどありがとうございました。とっても楽しかったんです。けど、駄目だったんです。家族は早蕨のお兄さんに殺されて、家族に誘ってくれたお兄ちゃん…双識さんはやっぱりすぐに私を助ける為に怪我をして死んでしまって。他の家族には殆ど会ったことはなかったけど、人識君と離れていたこの期間に潤さんから他の家族はいなくなってしまったことを聞きました。今は潤さんと〈約束〉をしてしまったから、復讐も出来ません。それに、潤さんがちゃんと懲らしめたとも聞きました。人識君、知ってて何も言ってくれないんですね。家族なのに、…って言っても人識君は双識さん以外の家族は家族だと認めてないって言ってたけど。それでも、人識君は私のお兄ちゃんなんです。いつもたまたまだって言いながら遠くのコンビニまでわざわざ行って手首がない私の為にお握りやサンドウィッチを貰って来てくれたり、拾ったなんて言って私に義手を持って来てくれたり。嬉しかったです、本当に。でも、やっぱり寂しいんです。人識君はどんどん先に行っちゃって、私は潤さんに依頼して人識君に会おうとしてるのに会うことだって出来ません。……潤さんや玖渚ちゃん、人識君の〈鏡の向こう側〉さん達は私によくしてくれました。でも、やっぱり私は家族に会いたいんです。だから……私は賭けに出ることにしました。玖渚ちゃんがくれた機械…何でも別の世界に行けるらしいんです、まだ研究段階で一方通行だからもう戻って来ることは出来ないそうですけど。でも人は死んだら他の世界に巡るんだそうです。私の中の零崎の気配をベースに、機械の探査装置を使えば或いは…。とにかく、人識君には色々お世話になりました。この義手も、人識君にお返しします。人識君、大好きでした。可愛い可愛い妹の舞織より』
「……か、はは。何だよこれ」
力無く斑模様に染まった髪に赤い瞳、可愛らしい顔の右半分が禍禍しい入れ墨で中和されている背の低い青年──零崎人識、俺は呟いた。
「何って…見たまんまだよ」
何処までも赤い、髪も瞳もスーツでさえも赤で揃えられた女──哀川潤、〈人類最強の請負人〉にして〈赤き制裁〉は言った。
「何で、伊織ちゃんがこんな手紙を残してんだよ。…可笑しいだろ、兄貴が必死になって守った命なのに」
「…別に無駄にした訳じゃねえよ、アタシからしたら何で零崎君がまいっちをほったらかしにしていなくなっちまったのかの方が不思議でしょうがないし」
「元々、伊織ちゃんと一緒にいる気はなかったんだよ。実際適当なとこで別れるつもりだったしよ」
かはは、と飄々と笑う俺を赤色はギロリと睨みつけた。
「ああ゙ん?零崎君よお、何か勘違いしてんじゃねーの?まいっちは、お前がいなくなって一瞬だけ泣きそうになったんだよ」
「!」
「あの島から零崎君がいなくなったとき、まいっちは無理矢理に笑ってた。それこそ、こっちが心配するくらいに泣きもしなければ怒りもしなかった」
「…嘘、だろ?伊織ちゃんは俺がいなくなったくらいで泣くたまじゃねえし」
「本当に、零崎君は分かってねえな。…まいっちは、頼れるのは零崎君しかいなかったんだよ。無桐の家族はいない、零崎ももう零崎君とまいっちしかいない…。〈約束〉させたアタシも悪いけど、まいっちは正直〈呼吸〉の我慢し過ぎでいつ倒れても可笑しくない状況だったんだ。無条件に安心出来る家族がいる訳でもない、警戒していないと駄目だったまいっちはもうボロボロだった」
赤色の言葉に俺は何も返せなかった。
知らない事実に、黙るしかなかったからだ。
いつも笑顔で辛いことなんかねーって顔をしていた伊織ちゃん。
俺は伊織ちゃんの泣く姿が見たかった、なんて曲識のにーちゃんの店に行ったあと、思ったりもした。
……いや、あんなのは〈欠陥製品〉に言わせれば戯言だ。
だって結局はこうやって見た訳でもねえのに動揺しちまった、ってことはそういうことなんだろ。
「伊織ちゃんは、今どうしてんだよ」
「……もう、くーたんの機械を使って別の世界に行ったぜ。アタシは前のまいっちからの依頼を…いや、変更された依頼をしに来ただけだし」
「…依頼っつーと、この手紙に書いてあるやつのことか」
「おう。…アタシがまいっちから受けた依頼はその手紙と、この義手を零崎君に返すことだよ」
「本当に、義手まで俺に返して来たのかよ。両手首から先がない伊織ちゃんにゃ、義手が必要不可欠だってのによ」
全く、傑作もいいところだぜ。
兄貴に頼まれたから俺は伊織ちゃんが生活出来るように一緒に居続け、そして離れた。
あの戯言遣いなら、この状況を何と表すんだ。
『戯言だ?』それとも『関係ない』なのか。
……いや、可能性の話はなしだ。
そんなものは戯言遣い…〈欠陥製品〉の仕事だろ。
俺の根本を履き違えるな、俺は──。
「…なあ、零崎君。零崎君はさ、これからどうするんだ?アタシは依頼を一応終えたから戻るけど、零崎君は今本当の意味で一人になってんじゃん。零崎君をアタシの側に置いとけば生きてるってことがバレちまうだろ?」
その言葉に、俺は答える。
全く、〈欠陥製品〉といたからか俺も丸くなったもんだぜ。
──まあ、傑作だな。














「……うなー、まさか私がまた学校に通う日が来るとは思いませんでしたよう」
文字通り身一つで別の世界に乗り込んだ私──零崎舞織、いや無桐伊織ははあ、と溜息をついた。
こちらに来る際、最低限の生活は保証してやるぜ!なんて潤さんが言うからどんなボロボロのアパートが待ってるかと思えば、そうですか高級住宅地にある一軒家ですか。
…最低限の生活の基準が絶対に違いますよね。
何はともあれ、伊織ちゃんは別世界に〈やり直し〉しに来たのでした。
…人識君、絶対怒ってますよね。
それよりも気になるのが人識君、私がいなくて生きていけるんでしょうか。
正直一緒にいる間もヒモでしたし。
妹にお金をたかるお兄ちゃんって一体…とまあつらつらと意味のないことを考えながら目の前にある校舎を見上げる。
立海大附属高校。
今日から私が通う場所。
私が〈やり直し〉をする場所。
…もう逃げないって決めたんです、私は零崎をしっかりと背負って生きていくと。
全てから逃げ続けた私が唯一出来ることはそれしかないんですから。
『…やっぱり君は変わってるよ。僕が言うのも何なんだけどね。まあ、零崎の妹だって言うしそれも当たり前かもしれないけど。……なんて、戯言か』
そんな声が聞こえたような気がした。
なんて、傑作ですよう。



証/朱資
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