おーきに、二人とも
 

「あーっ!」
「む、何だ遠山か」
部活もない休日。
銀音は街で真田を見掛けて、声を上げた。
それに若干煩そうに顔をしかめながら真田は話し掛けた。
「えーと……真田や、真田!」
「ちゃんと先輩くらい付けんか!」
たわけが、と怒る真田に怯む様子もなく銀音はじゃれついた。
「なあなあ真田ー、スポーツショップって何処にあるん?」
「直す気はないのか……、スポーツショップならこの先の通りにある」
一日部活で見ていただけで何となくこんな性格だと諦めもついてきたのか、シワを寄せるだけに留めながら真田は場所を教えた。
「んーと、おーきにっ!」
にっこり笑う銀音はぴょんと跳びはねて、走り出そうとした。
「あ、待てっ前を見て走らんか!」
「へーきやへーき…ふぎゃっ!」
こちらを向いたまま走る銀音に真田は注意したが、その甲斐もなく銀音は頭から店の柱に突っ込んだ。
「だから言っただろう……大丈夫なのか?」
近寄り安否を問えば、銀音はヨロヨロと立ち上がった。
「うー……めっちゃ痛い…」
額が赤くなっているのを確認した真田は、仕方なしに近くにある薬局に銀音を連れて行った。
「あのような場所では走るな」
「やって……ラケットのテープ欲しかったんやもん」
買ってきた痛み止めを塗りながら真田は言う。
「テープ?ああ、グリップテープのことか」
既にボロボロになっているグリップテープを見て納得した真田。
「(なかなか使い込んでいるみたいだな……)遠山、もう痛みはないか?」
「おん、ちょいジンジンするだけや」
リュックをしょい、銀音は笑った。
「真田、おーきにな!お礼に飴ちゃんプレゼントするな」
ゴソゴソとリュックにぶら下げていたウサギの巾着から飴を取り出して真田に渡すと、銀音は駆けて行った。
「だから走るなと言っているだろう!……全く」
真田は手渡された飴を見た。
『元祖塩飴』
「……………」
とりあえずそれをポケットに入れて真田は歩き出した。




















「お好みー焼きそばーどんとこいータコ焼きめっちゃ好きやよーっ」
グリップテープを買い、銀音はストテニで歌を歌いながらグリップテープを巻いていた。
「いっちゃん好きなん金ちゃんやー」
巻き終えた銀音はラケットを軽く振る。
「……っし、出来たでー!」
わーい、と万歳しながら銀音は跳ね上がった。
「て、何で今日に限っていないん……?」
不満そうにストテニを見渡す銀音。
何故か人が全くいないのだ。
いたらいたで色んな意味で目立っていただろうが、そんなものを気にする銀音ではない。
テニスが出来ない方が苦痛だったのか、膨れっ面だ。
「今日は周介、部活ゆうとったし…今からじゃ大して出来んのかー」
設置されている時計を見れば既に昼過ぎである。
「お腹減ったわー…」
ぐうぐうとお腹を鳴らしながら銀音はしゃがみ込んだ。
現在の所持金128円。
ギリギリお握りが買えるか買えないかくらいである。
「グリップテープ買うんやなかったかな…けどないとテニス出来んし……」
立つ気力もなくなった銀音は地面に大の字で寝転がった。
「アカン…何か雲が食べもんに見えてきた」
タコ焼きー…と小さい声で言っていると。
「…遠山、何をしている?」
先程会った真田が何故かいた。
「あ、さなだやー」
動く気力がない銀音はいつもとは違う気の抜けた笑顔で真田に話し掛けた。
「大丈夫なのか?」
近寄って来ながら、何処か心配そうな声で真田は聞いた。
「お腹空いて、動けん…」
「食の管理が出来んのか、貴様は」
眉間のシワを増やし、真田は銀音を俵のように抱えた。
「とりあえずそこのベンチに座っていろ」
ベンチに銀音を下ろして、真田はかばんに入れていたカロリーメ〇トを取り出した。
「こんなものしか持っていないが、食べろ」
「おーきに……」
のろのろと動き始めてカロリーメ〇トを受け取り、口元まで持っていくと。
「はぐぁぐっ」
凄い勢いで食べ始めた。
その様子を眺めていた真田は自分の分のカロリーメ〇トを食べ始めた。
「っごっそうさんでした!」
食べ終わりいくらか回復した銀音は笑顔で言った。
「真田は命の恩人やなっ」
真田が食べ終わった途端に銀音は真田にじゃれついている。
「命の恩人は大袈裟だろう」
若干呆れ気味の声色ではあるものの、自分から引きはがす訳でもなくそのままにしている真田。
満更でもないらしい。
「そういえば真田は何してたん?」
「用が済んでな。少し打ちに来たところだった」
「真田も打ちに来てたんかー…あ、せや!少し打ち合わん?」
名案だとばかりに銀音は言った。
「それは構わんが……」
その提案に真田は渋る。
先程まで空腹でとはいえ倒れていた銀音と打ち合うのは抵抗があった。
「な、な、やろーや!」
「なっ、おい遠山!」
すっかり元気一杯といった様子の銀音に引っ張られて、コートに立った。
「……まったく、一球だけだからな」
「おんっ」
嬉しそうに構えた銀音にサーブをする真田。
そこから始まったラリーはなかなか終わらなかった。






















「む、もうこんな時間か」
「わあー真っ暗や…」
二人は熱中し過ぎてボールが見えなくなるまでラリーを続けていた。
汗の量が二人共凄い。
「……(遠山の動きが昨日と違った。昨日は冷静なプレーをしていたが…今日のプレーはパワープレー、いや本能のままに動いていたかのようなプレーだった)」
「?真田、どないしたん?」
汗をタオルで拭いながら銀音は首を傾げた。
そんな銀音を真田は見つめた。
「遠山、お前は……」
ぐうぅ〜。
盛大なお腹の鳴る音に真田は固まった。
「うー…アカン、また腹減ったわ……」
バタリとその場に倒れた銀音に興が冷めた真田は溜息をついた。
「だから反対だったのだ。……たるんどるぞ、遠山」
「やって、テニスしたかったんやもん……」
「立てなくなるまでテニスする馬鹿が何処におる」
「そんなん知らんもん」
動かない銀音を肩に俵担ぎして真田はコートから出た。
「さなだー…うちん事、遠山って呼ばんといて…」
顔だけ動かして、銀音は真田の顔を見つめながら言った。
「何故だ」
「金ちゃんと被るんや、ややこしゅーて…」
そこまで言ってお腹を鳴らす銀音。
その場の空気ぶち壊しである。
「金ちゃんとやらが誰だかは知らんが…俺はお前の名を知らないからな」
「遠山銀音やで、うー…タコ焼きー」
ぐったりしている銀音に身動きが取れない真田は考える。
「(誰かに連絡を取らんと動けんな…)……ああ、蓮二。今手が空いていないか?」
『弦一郎か。大丈夫だ、…何があった?』
真田が携帯で柳に連絡を入れればすぐに柳は電話に出た。
「何かあったと言えばあったのだが…その、銀音が空腹で倒れてな。何か食べさせようにもその場から動けないから買いに行けないのだ」
『……そうか、今何処に?』
「最近出来たストリートテニス場だ」
『ああ、分かった。何か食べ物を持ってそちらに向かおう』
「すまんな、蓮二」
『構わない。そちらに着いたら幾つか聞きたいからな』
それでは、と柳は電話を切った。
「少し待っていろ」
「おん、」
銀音をベンチに下ろして真田はラケットを回収した。
暫くその場で待ち続ければ柳が片手に手提げを持ちやって来た。
「家にあったものですまないがお握りを貰ってきた」
スッと手提げからお握りの入ったケースを取り出しながら柳は言った。
「いや、こちらこそすまなかったな」
「んー…何やか美味そうな匂いが…」
ベンチでぐったりしていた銀音が匂いに反応して身じろぐ。
「遠山、」
「………あ、柳や。どないしたん?」
「弦一郎に頼まれて遠山にお握りを持って来た」
「ん、おーきに」
柳が口元にお握りを一つ差し出すと口を動かして銀音はムグムグと食べ出した。
「……(鳥の雛のようだな)」
などと考えている柳を尻目に銀音は黙々と食べ進める。
「蓮二、何をしているのだ…」
呆れたような声で言った真田に柳はお握りを一つ渡した。
「弦一郎も遠山にあげたらどうだ?」
「なっ…何をっ!?」
「見ての通り遠山は空腹のあまり口以外まったく動かしていない。となれば俺達が口元にお握りを差し出さなければならないだろう?」
正論とばかりに言い連ねられ、真田は反論が出来なくなった。
「それともあんなに腹を空かしている遠山を放置していくのか?」
「それは……」
ちらりと銀音の方を見る真田。
心なしかこちらをキラキラした目で見つめている気がした。
「……やれば良いのだろう?」
「任せたぞ、弦一郎」
内心面白がっていた柳はこっそり携帯のカメラでその様子を撮っていた。
写真とムービーの両方を撮り終えた柳は二人を見つめた。
「予測していなかったな…遠山のことを弦一郎が名前で呼ぶ確率は限りなく低かった筈だが」
先程の電話の際、銀音のことを名前で呼んでいた真田を思い出して柳は思考する。
「(最初に二人が話したときは遠山はよく分からないが弦一郎はあまりよく思ってなかった筈だ)」
食べさせ終えた真田は少し元気を取り戻した銀音に引っ付かれている。
「(それとも遠山のあの真っ直ぐ過ぎる純粋さに惹かれたのか…)」
いずれにせよ不思議な魅力に弦一郎も惹かれたと捉えていいのだろう、と柳は銀音にくっつかれながらこちらに近付いて来る真田に結論付けて思考を打ち切った。
「蓮二、助かった」
「いや、俺の方で気になっていたことがあったからな。気にするな」
「柳、お握りおーきになっ」
「ああ、有り合わせのもので悪かったが…」
「ごっつ美味かったで!」
えへへ、とはにかみながら銀音は言った。
「ところで蓮二。聞きたいことと言うのは?」
「ああ、大したことない。いつから遠山のことを名前で呼んでいるのか気になっただけだ」
「そのことか。……銀音に頼まれたんだ」
「頼まれた?(いつもの弦一郎ならばそれくらいで名前を呼ばない筈だが)」
「ああ、何でも銀音の弟と被るらしいからな」
「確か関西に弟がいると言っていたな」
「おん、双子の弟やからややこしゅうなるん」
ヒョコッと真田の肩に掴まり顔を覗かせながら銀音は言った。
「そんでな、金ちゃん―――弟なんやけどめっちゃテニス強いねん。やから全国大会んときに同じ遠山やとよう分からなくなるし…」
「我等立海が全国まで行くのは当たり前だが、その弟は全国に来ると言い切れるのか?」
柳は疑問に思ったことを聞いた。
「おん、やって金ちゃんは約束破らんもん」
真っ直ぐな目をして銀音は言い切った。
「そうか。………ならば、俺も遠山のことを銀音で呼ぼう」
「?」
くしゃりと銀音の髪を撫でながら柳は言った。
「おんっ、ありがとな柳」



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