えっと、まだまだ負けへんでー!
 

神奈川に着いて3日目の朝。
銀音は男子の制服を着ていた。
「んー…何や動きづらいなぁ」
若干不満そうな口ぶりで言った銀音はリュックをしょい込み、家を飛び出した。
目指すは立海大附属中学校。
今日から中学生になる。
「王者ってどんくらい強いんやろ?」
楽しくなるとええなと考えながら銀音は走る。
途中、柳生や仁王を見掛けるが銀音は走り抜ける。
「おはよう、二人ともー!」
声だけ残して走り去った。

















人が増えてきて、学校が見えた為銀音はさらに速度を上げて走る。
後ろから人をスイスイと避けて追い越し、門を越えて立ち止まる。
「―――――っ、あんじょうよろしゅー!!」
大声で叫んだ銀音はそのまま校舎へと向かった。
勿論その場にいた人達から視線が殺到していたが、銀音はそれに気付かなかった。
中には勿論テニス部もいて、顔を見合わせる者もいた。
「あいつ、ラケット持ってたよな」
「ああ、どうやら今年も赤也みたいなやつが来たな…」
ガムを噛む少年と、色の黒い坊主頭の少年がそう呟いた。


















入学式も終わり、授業の簡単な説明などが終了して放課後。
既に入る部活を決めている人達は入部届けを片手にそれぞれの部活の活動場所に向かった。
「うー…テニスコートって何処や?」
勿論銀音も例外ではなかったのだが…。
見事に広い敷地に迷子になっていた。
「こんなことやったらちゃんと話聞いとくんやった…」
とぼとぼと歩く銀音は校舎を案内されてるときに話を聞いてなく、何処に何があるかを把握していなかった。
「お、遠山じゃ」
発見、と言いながら近付いて来たのは仁王だった。
「お前さんが来んから探しに来たナリ」
「仁王ー…」
泣きそうな銀音の声にポンポンと頭を軽く撫で、ひょいと持ち上げる仁王。
「軽いぜよ、ちゃんと飯食っとるんか?」
「食べとる…」
脇に抱えられ、銀音は答えた。
仁王はプリッと言いながら歩き出す。
「テニスコートって何処なん?」
「こっちじゃ、こっち」
スタスタと歩く仁王に抱えられたまま、銀音はテニスコートに着いた。
勿論周りから見られている。
「仁王君、何処に行っていたんですか…おや、遠山君」
「あ、柳生や!」
仁王に近寄って来た柳生に、笑顔で飛び付く銀音。
「二日ぶりですね」
「おんっ、二人もテニスやっとったんやな!」
離れた銀音は入部届けを振り回しながら言う。
「入部届けはあっちで出すんじゃよ」
「はーい」
ピョコピョコと跳ね回りながら提出しに行った銀音を見送る二人に糸目の少年が近寄った。
「柳生、仁王」
「おや、柳君。どうかしましたか?」
「彼とは知り合いか?」
糸目の少年――柳蓮二が問い掛けた。
「はい、一昨日お会いしたんですよ」
「なかなか強いやつじゃよ」
「ほう…ならば、データを採らせてもらおう」
興味を抱いた柳に苦笑いをする柳生と、ピヨと鳴く仁王。
「そんじゃあこれがジャージな」
「おーきに、ガムの兄ちゃん!」
「で、こっちがユニフォームだ」
「おーきに、ハゲの兄ちゃん」
「ぶっ」
銀音の言葉にガムを噛んでいる少年――丸井ブン太が吹き出した。
「ハゲじゃなくて剃ってるだけだ、」
「そうなん?」
キョトンとした顔で聞いた銀音に困った顔になる坊主頭の少年――ジャッカル桑原。
「そ、そうだぜぃ…ジャッカルは髪を剃ってるんだよ」
未だに笑いが収まらないのか笑いを含んだ声でフォローをする丸井。
「そうやったん…」
「お、おう…」
じっと見つめてくる銀音にたじろぐジャッカル。
「あんなあんな、うち遠山銀音言います!」
「え、ああ…俺はジャッカル桑原って言うんだ」
「よろしゅうよろしゅう、桑原!」
にぱっと笑う銀音に苦笑気味に頷くジャッカル。
「俺も俺も。俺は丸井ブン太、シクヨロ遠山!」
「しくよ…?」
「シクヨロな、シクヨロ。よろしくって意味だから」
「シクヨロー丸井!」
「おー、てか先輩付けないと真田に怒鳴られるぜぃ」
「真田って誰や?」
「あー…すぐに分かる」
ジャッカルの言葉にあまり関心なさ気に頷く銀音。
「ほら、とっとと着替えないと駄目だぜぃ」
「……なあなあ、ジャージは着るけど中は他のじゃ駄目なん?」
「多分駄目じゃないか?」
「えーっ!」
「まあ許可さえ取れれば平気だと思うぜ」
とりあえず着替える様にと部室を示された銀音は部室に向かった。
ごそごそと金太郎から貰ったタンクトップにジャージを羽織った銀音はラケットを握り、コートに立った。












「おー、似合っとるの遠山」
「おーきにっ」
「ですが、中に着ているタンクトップは……」
「これだけは絶対譲れないんや…」
しゅんとした顔で言う銀音にですが……と続けようとした柳生。
「全員集合!」
集合の合図が掛かり、遮られた。
「ほら、並ぶぜよ。やぎゅー」
「え、あ…はい」
心配そうに銀音を見つめた柳生は列に並んだ。
「これより部活動を始める!今日から仮入部、本入部の者もいるがいつもと変わらん練習をするからそのつもりで部活動に励むように!」
黒い帽子にシワの寄った顔で指示する彼――真田弦一郎。
その声に全員が力強い声で返事をした。
「それでは、一年生は学校の周りを10周!それが終わった者は球拾いと素振りを交互に行う。素振りは50回を3セット、その都度交代しろ!二年生と三年生は柔軟運動をしっかりした後にラリーの練習を、レギュラー陣は一通りのアップ、その後は各自球出しと基礎練習だ!」
指示を出し終えた真田の声に従い、それぞれが動き出す。
「――む、そこの赤い髪の一年生!」
呼び止められて、銀音は振り向く。
「何や?」
首を傾げて近寄る銀音に眉根を寄せる真田。
「何故ユニフォームではないものを着ている」
「大切なもんやからや!」
笑顔で言う銀音に更に眉根を寄せる。
「部活動のルールは守ってもらう、すぐに着替えて来い」
部室を指差す真田に首を横に振る銀音。
「嫌や!うちは他んルールなら破らんけど、これだけは譲れんのやっ」
銀音の脳裏に浮かんだのは双子の弟の姿。
「駄目だ!規則は規則だ、守れんなら部活動に参加するな」
「それは嫌や!けどこれは約束の証やから絶対脱がん!」
「っ、貴様は…………っ」
「弦一郎、」
キッと睨みつけた銀音に手が出そうになる真田を止めたのは柳だった。
「蓮二か」
「此処は俺に任せてくれないか」
「しかし……」
「弦一郎は指示を出さねばならないだろう」
「…うむ、ならば任せる」
渋々引き下がった真田と入れ代わり、柳が銀音を見つめる。
「…さて、聞きたいことが幾つかあるが……まずは名前を聞かせてくれないか」
じっと見上げてくる銀音に口を開いたのは柳だった。
「…遠山銀音や」
「遠山か、何故遠山はその豹柄のタンクトップにこだわる」
ノートを片手に問い掛ける柳を見つめて、銀音は言った。
「あんな、これは大阪におる弟に貰ったん」
「大阪?随分遠いところに住んでいるんだな、」
「うちだけこっち出て来たさかい」
「なるほど、」
ノートに書き込んでいく柳は納得したような声を出した。
「ではその弟に貰ったものであるタンクトップはテニスをする際に必ず着ているのか?」
「おん、」
「そうか……ならば条件付きで弦一郎を納得させてやろう」
ふむ、と考えながら柳は言った。
「ホンマ!?」
「ああ、条件は試合を俺とすることだ」
「試合を?」
そんな簡単で良いん?と聞く銀音に柳は頷いた。
「データが欲しいからな、その変わりの条件として最も良さそうなものを提案させてもらった」
「構わんけど…練習し終わってからやないと出来んよ?」
「大丈夫だ、とりあえずは今指示されたことを終わらせてこい」
「おん、」
外周しに行った銀音を見送り、柳は真田に近付いた。
「弦一郎」
「む、蓮二。どうだった」
「どうやらあのタンクトップは離れた場所にいる弟から贈られたものらしい」
「離れた場所から?だからといって……」
「そう言ってやるな、弦一郎。あのタンクトップは遠山にとってテニスをする際に大切なものらしいからな」
それから、と柳はノートを開きながら言った。
「遠山と試合をすることにした」
「遠山…あいつとか」
名前にピンと来ない真田だが、先程の一年生だろうと当たりをつけた。
「ああ、柳生と仁王がまあまあ出来ると褒めていたからな」
「だからといって蓮二が相手にする必要は……」
「いや、少し気になることがあってな」
柳の視線の先にはグングンと先に走っていた他の一年生を追い抜く銀音。
「持久力、更にはバランス感覚もある、足首にパワーアンクルが嵌められている」
「何……?」
「恐らくは常日頃から付けているものだな、走り方に癖もない」
分析しながらノートにデータを書いていく柳。
「弦一郎、基礎練習が終わったあとに1セット頼む」
「…仕方あるまい、」
まだ納得出来ていないものの頷いた真田。
そこで話しは終わり、それぞれ練習を始めた。















「97…98…99……100!」
ブンブンと素振りをする銀音。
他の者は走り終わっていない為、一人で素振りをしていた。
そんな銀音にチラチラと視線を送るレギュラー以外のテニス部。
「あと50やな……3…4…」
また50数えながら素振りを始める銀音。
フォームもばっちりである。
「お、もう遠山のやつ終わってるなー…」
「ホントじゃ」
「ん?誰なんスか、遠山って」
「ほらあそこで一人で素振りしてるやつだよぃ」
「へー…ただ単に早いだけじゃないっスか」
興味なさ気に言うワカメヘアー――切原赤也。
「つーか何でいきなり柳先輩試合やるんスかね、」
「聞いてなかったんですか、切原君」
呆れたような声色で柳生が言う。
「参謀はあそこにおる遠山と試合するんじゃよ」
「へー…って、はぁ?」
「先輩に向かって聞く口じゃないナリよ」
「ちょっと待って下さい…一年生と柳先輩が試合ぃ!?」
「別に普通だろ、去年お前だって真田と試合したんだからな」
「そりゃーそうかもしれないっスけど……」
ジャッカルの言葉に反論出来なくなった切原。
どこと無く不満そうにしながら、銀音を見つめた。
「……50!」
素振りが終わり、キョロキョロ周りを見る銀音に切原はいかぶしむ。
「糸目の兄ちゃーん!」
どうやら柳を探しているらしいと気付いたが、切原はその態度にムッとした。
名前を知らないならしょうがないかもしれないが、名前を知っている先輩達も呼び捨てだ。
「遠山、俺はこっちだ」
「糸目の兄ちゃんや!」
「糸目の兄ちゃん?……ああ、名前を言っていなかったな。柳蓮二だ」
「柳?」
「そうだ」
やはり先輩を付けない。
「あいつ…」
「なあなあ、柳ー。試合は何処でやるん?」
「そこのコートだ」
話が進んで行き、二人はコートにつく。
「サーブ権は遠山にやる」
「おーきにっ」
笑顔でお礼を言った銀音はボールをついた。
「ザ・ベスト・オブ・1セットマッチ遠山サービスプレイ!」
「行っくでー!」
ブンブンとラケットを降りボールを高く上げた。
「あんなに高く上げた!?」
「あそこまで高く上げるとボールを打つのが大変になる筈ですが……」
「いや、これは…」
「っどりゃあああ!!」
自分も飛んで、スマッシュのようにサーブを打った。
「くっ……(なんてパワーボールだ…)」
ボールを捉えて柳は打ち返す。
そのボールを楽しげな顔で打つ銀音。
「柳がパワーで圧されている…!」
「2日前に見たときよりもスピードもあるしの」
驚きの声を上げたジャッカルに続けて、仁王が付け足す。
「(ふむ…深くて良いボールだ、だが……)後ろががら空きだ」
柳が後ろのライン際にボールを打った。
「あの位置からは追い付けない、対角にあるラインです………なっ!」
眼鏡の位置を直しながら柳生が言葉を発するがすぐに驚きの声を漏らす。
「んっ……ぎぃ!」
銀音はボールが跳ねてきているときにもう構えていたのだ。
難無く打ち返してきた銀音に一瞬だけ柳は動揺した。
「(遠山か、彼はとんでもないな……)」
そう心の中で呟き、柳は試合に集中した。





















「だあーっ、負けや!」
夕暮れの中、コートに大の字になって銀音は言った。
「柳ごっつ強いんやなー」
「遠山もなかなかのテニスだった」
にへら、と笑う銀音に柳は汗を拭いながら言う。
「もう部活も終わる時間になってるぜぃ…」
「お、ホントだな。にしても…三強の一人、柳にあそこまで喰らいついていくとはな」
「末恐ろしいやつじゃな」
「6-2とはいえ柳君にデータを採らせなかったみたいですしね」
銀音と柳の試合について話し合うレギュラー陣。
そんな中、真田は銀音に近寄っていった。
「遠山、と言ったか」
「! おん。何や?」
「………王者の名に恥じぬのなら、その格好については許可する」
渋々といった様子で許可を出した真田は足早に部室に向かった。
「っちゅーことは…」
「ユニフォームについてはお咎めなしってことだな」
「あ、丸井やー」
「よっ、にしても…凄いなお前」
「柳が強うて楽しかったんよ」
「なんかかみ合ってねぇんだけど…」
ガムを膨らましながら丸井が言った。
「丸井先輩、」
「ん?おー赤也」
「誰や?」
「切原赤也、お前の一つ上の学年だよぃ」
「切原ゆうん?うち、遠山銀音言います、よろしゅうな!」
「遠山、ね…まあよろしくな」
銀音はジッと切原を見つめた。
「何だよ、……ってうわっ!?」
ぴょんと切原に飛び付き銀音は笑った。
「切原ー、肩車してやー」
「はあっ!?何でだよ…」
「なあえーやろー?きーりーはーらー」
「だあっ、もう引っ付くなよ!」
ぎゃいぎゃい騒ぐ二人にテニス部全員が注目する。
「まさか赤也に懐くとはのう…狡いナリ」
「まあな、なんつーかペットにじゃれつかれてるようにしか見えねえけどよ」
仁王の言葉にジャッカルが補足するように言う。
「…そろそろ着替えないと弦一郎が怒り出す確率」
「さっさと着替えんか!!!!」
「………100%」
「げっまずい……スンマセン副部長っ!」
「えー、肩車は?」
「今はそれどころじゃないっての!」
「遠山、貴様も着替えて来い」
「おんっ、真田…えっと…ふくぶちょー」
言いにくそうに銀音が取って付けた様に言った名称に眉を潜めた真田だが、何を言っても無駄だと理解したのか溜息を吐くに留めた。



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