下剋上の兄ちゃんやな
 

迷子、というものは厄介である。
特に自分では迷子だと気づいていない場合は尚更に。
「あんな、あんな。うち遠山銀音言います、よろしゅうな!」
「……迷子、か?」
思い切り面倒なものに絡まれたと顔をしかめたのは、日吉若だった。
「迷子やないもん、」
その言葉に銀音は面白くなさそうに反論した。
「見知らぬ場所で道が分からなくなったら迷子だ」
「……み、見知らない道やないもん」
どうあっても迷子じゃないと言い張る銀音に溜息をついて日吉は歩き始める。
「なら、困ってないみたいだから俺は帰らせてもらう」
「え、あ…」
銀音はそんな日吉の様子に首を傾げる。
「兄ちゃんどないしたん?」
「……」
「なあなあー」
「…お前、ムカつくな」
「へへ、」
「褒めていないからな」
まともに相手をしても疲れるだけだと悟った日吉は銀音へと目を向けた。
「…で、何だ?」
「んーと、な。東京ってどっちや?」
「……此処はもう東京だ」
「えー?でも真田達おらんもん」
「…一口に東京と言っても広いからな、いないのも納得出来る」
待ち合わせ場所も決めていないのかと銀音を見遣る日吉。
「兄ちゃん?どないしたんか」
「…何でお前は俺に着いて来ているんだ」
「やって、知らん人に着いてったらいかんって柳生に言われたんやもん」
「じゃあ俺に着いて来るのも駄目だろ」
「兄ちゃんは落ち着くからええんや」
キラキラとした目を向けて来る銀音に同級生である長身の男を重ね、日吉は踵を返して銀音の正面に立つ。
「…馬鹿にも程があるな。仕方ない、駅までなら連れて行ってやる」
「ホンマ!?おーきに兄ちゃん!」
ピョンピョン跳びはねる銀音に若干身を引きながら日吉は駅への道を歩き始めた。




















「そういえばお前の制服、この辺りじゃ見掛けないものだな。何処から来たんだ」
「んー…立海や!」
「立海…あの王者立海か」
「おうじゃ…って何や?」
「…………下剋上だ」
言葉の意味を分かっていない銀音に何を言うでもなく見つめ、小さく呟く。
「げこくじょー?」
「…もういい、とにかく駅にもうすぐ着くから連絡を入れておけ」
「おん!」
日吉の言葉に銀音は素直に頷き携帯を取り出すと電話を掛け始める。
「……(、予定が狂ったな)」
これから打ちに行く予定だった筈なのにすっかり遅くなってしまった為、日吉は無表情のまま時計を見た。
今からストテニに行っても場所は開いていないだろう。
「(仕方がない、か…)おい、連絡が取れたなら俺はもう行く」
「んー…此処で待っとればええんやな。え、兄ちゃんに?分かったで!」
はい、と軽い調子で手渡される携帯。
画面を見る限り、まだ通話状態のようだ。
「…もしもし」
『もしもし。うちの部員が迷惑を掛けた、謝罪と礼を言わせてもらう』
落ち着いたトーンで話す相手に日吉も丁寧に返事をする。
「いえ、あのまま迷子でいたら大変でしたでしょうし」
『いや、恐らくは放っておいても匂いなりなんなりを辿ってこちらに来ていた筈だ』
匂いって何だ、と内心ツッコミをいれながらはあ、と曖昧に返す。
どうやら思った以上に野生児らしい。
『しかし、こうなった以上は迎えに行かないとまた銀音は行方不明になる。…すまないが、俺が着くまで銀音のことを見ていてはくれないだろうか』
「…………………」
『勿論用事があって無理ならば構わないが…銀音のことだ、大人しくその場にはいないだろうからな』
そう言われてしまえば断りにくい。
どうやらまだまだこの野生児から解放されないらしいと、日吉は再び溜息をついた。



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