データでは測れない存在〈柳side〉
 

県大会が終わり、いよいよ関東大会に向けて本格的に練習が始まった。
部内の空気もいつもよりも厳しく感じるな。
「…しかし、この状況はどうにかならないものか」
俺はコートを取り囲む女子達を見てそう呟いた。
常日頃からのことではあるが、流石に関東大会からはなかなか強い学校もあるからな。
負けることはないとは思うが、練習に集中出来ないのはいけない。
実際、平部員も気が削がれているしレギュラーもこの金切り声に今ひとつ集中仕切れていない。
何か良い手はないものか。
「柳君、少しよろしいですか?」
「…ああ、すまない。少し考え事をしていた」
少しぼんやりしてしまったようだな。
柳生に返事をする。
「何か用か?」
「銀音君のことですが…」
「銀音がどうかしたか?」
「それが、先程から姿が見えないのです」
銀音なら朝練には出ていたからな、学校には来ているのだろうが……。
あいつはテニスが好きだから無断欠席は有り得ないだろう。
だとすると一体……?
「姉ちゃんら、静かにせんの?」
「応援だから声出さないと意味ないじゃない!」
「えーでも、うち耳痛いで!」
………、あの声は銀音か?
「柳生、どうやら向こうにいるようだな」
「本当ですね…しかし、銀音君は何をなさっているのでしょうか」
あの会話からすると、面倒な話をしているみたいだが。
揉めているらしい声に俺は人知れず溜息をついた。
銀音の性格は分かっていた筈だがこれ程突っ掛かるとは…。
有り難いには有り難いが。
「やーかーらー、もう少し声小さくしてほしいんや!」
「きちんと応援してるじゃない!」
……まずいな、弦一郎の眉間にシワが寄り始めている。
このままでは収拾が着かなくなる。
「柳生、俺は銀音のところに行ってくる。弦一郎を抑えておいてくれ」
「はい、分かりました。しかしあまり長い間は抑えておけませんよ」
「ああ、分かっている」
銀音と女生徒の元に向かう。
「何の騒ぎだ?」
「あ、柳君…この1年生が私達の応援にケチつけるのよ。私達の応援、嬉しいわよね?」
…確か彼女はファンクラブの一人で伊東と言ったか。
接点は全くないのに、何故こんなに馴れ馴れしい。
それから、勝ち誇った顔をする伊東にきっと俺が同意すると践んでいる確率82%。
残念ながら同意しないがな。
「…素直に応援してくれる、というのは嬉しいな」
「やっぱりそうよね、1年の癖してでしゃばり過ぎよ!」
何を勘違いしているのか伊東は銀音を馬鹿にしたように笑う。
「、やって…煩いんはホンマやろ!」
伊東の勢いに銀音はビクッと肩を揺らした。
「何よ、柳君がこう言ってるのよ!」
「だが行き過ぎた応援は迷惑だ」
「え……」
「聞こえなかったのか?これだけ周りが騒がしくては練習に身が入らない。現に全体の集中力が低下気味だ」
良い機会だ、しっかり釘を刺しておかないとな。
「そんな…っ私達はただ応援したくて」
「だから応援は嬉しいと言っている」
困惑気味な伊東。
「……それから、他の者にもしっかりと伝えてくれ。行き過ぎた応援は迷惑だ、と」
…この様子だともう平気そうだな。
「行くぞ銀音。弦一郎が先程怒っていた」
「えー、真田怒っとんの?うち行きたくない」
「仕方ないだろう、……フォローは入れてやる」
銀音の頭を軽く撫でると銀音は俺に飛びついて来た。
「銀音、自分の足で歩け」
「嫌や、柳にくっついとる!」
………、銀音は危機感がないのか?
俺は男なんだが。
「柳からええ匂いするー」
いや、危機感0だな。
確実にほっといたら危険な気がする。
見た目も悪くない…というより良い。
将来年上にモテるタイプだ。
勘違いされるような行動ばかり取りそうで見てられないな。
「なー柳ー、うちお腹空いたんやけど」
「もうすぐ部活が終わるからな、そのあとなら何か食べられるだろう」
「ホンマっ?やったら頑張るで!」
「銀音、少し落ち着け」
おっしゃー!とはしゃぎ回る銀音を窘める。
しかし、伊東は今だにあの場所を離れないな…。
「柳、どないしたん?」
「ああ、いや。何でもない。それよりも早く行かねばな。弦一郎が今にもこちらにやって来そうだ」
「ホンマや!真田ーっうち真田と試合したい!」
走っていく銀音にゆっくりと歩いて着いていく。
「なっ、駄目に決まっているだろう!」
「えー何でや?」
「まだ基礎練習の時間だからだ」
「でもうち終わってもうた」
「弦一郎、少し打ち合ってきたらどうだ?」
「む、蓮二…」
弦一郎に声を掛けた。
「しかし、他の者の指導が」
「それなら心配ない。俺が見ておこう」
弦一郎を納得させて俺はラケットを持つ。
「それに新しくデータが欲しかったところだからな、問題ない」
俺の言葉が耳に入ったらしい赤也が少しだけ引き攣った笑みを浮かべた。
………どうやら、赤也の弱点を克服する為の練習からやった方が良さそうだな。
「赤也、次はお前がコートに入れ」
「! …っス」
「あーあー、赤也ドンマイ」
「そんなに言うなら代わってくださいよ丸井先輩!」
「嫌に決まってんだろぃ」
「ひっでー!」
「…何なら丸井も構わないが?」
「げっ…」
「ふっ、冗談だ」
「柳の冗談は真顔で分かりにくいんだよ…」
丸井の言葉を受け流し、俺は赤也へとボールを出し始めた。
先程の伊東の様子を思い返しながら。
…少し気になるな。
後で手回しをしておくか。
それから、精市にも連絡を入れておいて…。
頭の中で予定を組み立てながらボールを出し続けていると。
「柳、せんぱ…っボール出すス、ピードが早いっスよ…!」
気づかぬ内にどんどんボール出しのスピードが早くなっていた様だ。
赤也が少し息切れを起こしていた。
「……ふむ、これくらいで息を切らすのか。体力の増強用にランニングをメニューに追加しておこう」
「ええええ!酷過ぎっスよ、柳先輩!」
「何か問題があるか?」
「……いえ、ないっス(柳先輩の開眼!)」
何か失礼なことを考えている確率は79%だな。
「それから、コントロールが良くなってきている」
「マジっスか!?」
「ああ、後は……」
直していく点を教え、他の者の練習を見ていく。
「次は……」
「蓮二、代わるぞ」
「弦一郎、もう終わったのか?」
「うむ、しかし…銀音はまだまだ試合したりないらしい」
「…弦一郎、顔が嬉しそうだぞ」
「そんなことないが」
「一試合やりたいなら休日にメニューに練習試合を入れておく」
本人は気づいてないが楽しそうだな。
歯ごたえのあるやつと試合するのが好きな弦一郎にとって『たまらん』相手なんだろう。
推測を立てつつ、俺はコートの端に行く。
「あー、柳や!」
「銀音か。そのうち怪我するから止めた方がいい」
飛びつく銀音に注意する。
「柳はええ匂いするから飛びつきたくなんねん」
「それは光栄だな」
さらりと流して俺は引き離した。
「次は銀音、お前がコートで練習する番の筈だ」
「え、あーホンマや。じゃあ行ってくるで!」
コートに一直線に走って行く銀音に俺はノートを開いた。
銀音のデータをしっかり取らなくてはな。



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