自分を好きな女の子に塩対応な角名くんに好きなことは悟られちゃいけない





「ナマエさんって角名さんのこと好きなんですよね?」

女の子は可愛らしい笑みを浮かべてわたしの隣に座る角名くんに向けてそう言い放った。



当初うちの部署で考えていたはずの忘年会の人数があれよあれよという間に人数が膨れ上がったのは、もちろんうちの会社きってのイケメンが集まるバレーチーム・ライジンのメンバーが珍しく飲み会に参加するから。そのライジンが忘年会に来ることになったのは、偶然社内で研修中にペアになって以降割と仲のいい同期の角名くんを、先輩から知り合い誘ってと言われていたから誘ってみたからなんだけど。その時確かに「じゃあ他の奴にも声かけてみる」と言っていたけど、まさかチームの人がこんなにも来て、それに付随して他部署の女の子がこんなにも増えるなんて誰が思っただろう。

ライジンの人たちは開始直後から女の子に囲まれていて、もちろんそれは角名くんも同じ。うちの会社一番の美人と評されている人やアイドルみたいに可愛い今年の新人の子が両脇を固めている。それを見てもやもやするのはもちろんわたしが彼のことが好きだから。

だけど角名くんは両隣の子たちからのアピールをサラッとかわしてチームの人たちに話しかけていて、わたしはほっと胸を撫で下ろした。

よかった、いつも通りだ。

角名くんは自分を好きな女の子に対して塩対応をすると有名だった。多分あれだけモテてるとそういうのが煩わしく感じるのだろう。そしてそれを知ってるわたしはその子たちに対して冷たくしてる角名くんを見て安心してしまうのだ。わたし、性格悪いな。自分は冷たくされるのが怖くて告白する勇気もないと言うのに。でも恋ってそういうものだから仕方ない。

しばらくしてみんながバラバラと席を移動し始めると角名くんの隣が空いた。誘った本人な訳だし隣に行ってもいいよね?と言い訳をして彼の隣を陣取る。

「おつかれさま」
「うん、つかれた」

角名くんは小さくため息をついてグラスに残ったビールを煽って、そして好意を感じないわたしが隣にきたことで気が抜けたのか首元できっちりと結ばれていたネクタイを少し緩める。こんなことになるとは思ってなかったけど、誘った身としては流石に申し訳ない。

「大人気だったね」
「来るの、ナマエの部署の人だけじゃなかったっけ」
「知らない間に増えてたみたい。ごめんね」
「別にあんたが謝ることじゃないよ。でもこの後はちゃんとそこいてね」

女避けのためなんだから勘違いしちゃいけない。その戒めとして仕方なく感のある「はいはい」を返したというのに角名くんは「うん」と目を細めて笑う。

本当に勘違いしそうになるからやめてほしい。それでわたしは話題を変えた。研修中にお互いハマってたソーシャルゲームの話とか、最近見た面白い動画とか。「これ知ってる?」と角名くんが自分のスマホを取り出したからわたしがそれを覗き込む形で一つの画面をのぞく。友人だから許される距離なのだけど、そんなのを角名くんを狙う女の子たちが許してくれるはずがなくて、「角名さん、料理きましたよ」という言葉でそれを遮られた。

料理を取り分けたお皿を差し出してきたのは角名くんと同じ部署で、最近仲がいいと噂になってる子だった。最初は「ナマエさんもどうぞ」とわたしにも料理を渡してくれたから、こんないい子だったら角名くんも好きになるのかもななんてまた性格の悪い自分が出る。でもしばらく3人で話していたらそういえば、と唐突にその話を切り出されて、彼女が純粋にいい子ではないことがわかってしまった。

「ナマエさんって角名さんのこと好きなんですよね?」

それは間違いなく友人として仲良くしているわたしを切り落とそうとする行為だった。確かに友人とは言え、好意を持ってるかもしれないわたしがそばにいるのはこの子からしたら気持ちのいいものじゃない。それはわかるけど、でもまさかこんな形で知られることになった身としては頭が真っ白で、そして否定するのが遅れた。

「へえ、そうなんだ」

角名くんの冷たい返事で我に帰って、そしてそのままさくっと音を立ててナイフが胸に刺さる。まるで興味のないそのトーンにショックを受ける必要なんてないのに。だって角名くんはわたしのことを同期としか思ってないことは知ってたし、むしろ女避けに使われてたぐらいなんだから。わかってるのに鼻の奥がツンとするのはやっぱりわたしが角名くんのことが好きだから。

「そんなわけないじゃん」って否定すれば少なくとも今までみたいに友達でいられるかもしれない。そう思うのにうまく言葉が出てこない。

そんなわたしを勝ち誇ったように見つめる女の子に負けて、今更ながらの否定の言葉を紡ごうとしたけど、その前にわたしの手にこつんと何かがぶつかった。

なに?と無意識にそちらを見つめると、あたたかいそれは間違いなく角名くんからすらりと伸びた手で。そしてその手はゆっくりとわたしの手を握った。

なに、これ。どういうこと?

テーブルの下でのことだし、角名くんは何食わぬ顔でその女の子と会話を続けているから彼女は今何が起こってるか知らない。けど失恋したと思ったそばから鳴り始めるわたしの心臓は本当に現金で、手から伝わる彼の熱にわたしの体温も一気に上がっていく。

たまらず彼を見上げればテーブルに肘をついていた彼は視線だけをこちらに寄越して、そして───

「ッ」

ニッと口角を上げて、そして角名くんの指はわたしの指をつたってそのまま優しくて指を絡めてきた。

絶対に真っ赤になってるわたしの顔を見て優しくふっと笑うと、小さく、本当にわたしにしか聞こえない声で問いかけてきた。

「抜けよ?」

それまでだって死ぬほど早鐘を鳴らしてたというのに、真っ直ぐにわたしを見つめる瞳にまたどくんと心臓が鳴った。

ずっと好きだった人にそんなこと言われて断れる人はいるんだろうか。わたしがぎゅっと手を握り返すとそれだけでOKを見抜いた角名くんがすっと立ち上がった。手は繋がれたままだから必然的にわたしも立ち上がることになる。

急に手を繋いで立ち上がったわたしたちに女の子の目は点。「俺たち先に抜けるね」という言葉に彼女は何かを言いかけたけど、角名くんはそれを聞かずにわたしのカバンを持って歩き始めた。


  ◇◇◇


お店を出てしばらくわたしたちは無言だった。でも手は繋がれたまま。

これってどういうことなんだろう。これで女避けのためだなんてオチは流石にないよね?だって角名くんはわたしが自分のことを好きだってもう知ってるんだから、そんな勘違いさせるみたいなことしないよね?

ぐるぐると同じことを考え続けていたら知らない間にわたしの顔を盗み見てたらしい角名くんが声を上げて笑った。

「なに百面相してんの」
「いや、だって。……これってどういうこと?」

「どうって、こういうこと?」と角名くんは繋いだ手を上にあげた。

ほんとうに、手繋いでる…。

わかってたはずなのにあの角名くんと手を繋いでるだけでまるでそれが自分の手じゃないみたいに感じる。

「あの、」
「ナマエは誰に対しても同じ態度だったから好かれてるなんて思ってなかった。だからあの子に感謝しなきゃ」
「それは、だって、角名くんが」
「俺が?」
「自分のこと好きな子に対して冷たくするって噂だったから…」

嫌われたくなくて。

最後まで言わなくても角名くんはわたしの言いたいことはわかっていたらしく、「俺に冷たくされたくなかったんだ?」とニヤリと笑う。

「……好きな人に冷たくされたい人なんていないよ」
「うん、でも好きな子に冷たくする男もいないよ」
「あの、えっと、」
「だから、あんたは別に何をしても俺に冷たくなんてされないから心配しなくていいよ」

角名くんはわたしを引き寄せて、そしてわたしの頭の上に自分の顎を乗せた。

「っ、す、なくん!?」
「あー、ごめん、めっちゃ浮かれてるかも」
「あの、角名くんってわたしのこと、好きなの?」
「ふはっさっきからそう言ってるじゃん」

そうだけど。でも言ってるようで言ってない。

わたしのちょっとした不満を感じ取ったのか、角名くんはすっと体を離して、そしてわたしの顔を覗き込んだ。

「好きだよ」
「っ」
「あんたは?」
「あの、」
「俺にだけ言わせるのはなし」
「わたしも、好き、です」
「うん」

嬉しくて死にそう。だけど角名くんの顔が信じられないくらいに近くて、また死にそう。思わずぎゅっと目を瞑ったら唇に柔らかいものが触れて、そしてすぐにちゅっと音を立てて離れていく。

「っな、え、は!?」
「あれ?違った?目瞑ったからキスしていいのかと思った」
「ち、ちがう、今のは!」
「まあいいじゃん。これからいっぱいするんだし」

恋人になって、そしてこれからいっぱいそういうことをする。付き合ったら当たり前だけどさっきの今でまだこれが夢かもしれないと思ってしまうわたしはまるで何も知らない女の子みたいに角名くんからさっと目を逸らした。

どうしよ、わたし絶対顔赤い。だってそんなの想像しちゃうに決まってる。

「ねえ」
「うん?」
「家まで送ってっていい?」
「……うん」

普通を装ってうなずく。ぱちりと合った角名くんの目の奥に知らない熱がこもっていて背筋がぞくりとした。

「そういう無防備なとこかわいーけどさ、俺付き合ったからには我慢しないからね?」

「いいよ」なんて付き合ってすぐは言えないし、多分しばらくわたしは可愛い子ぶってしまうと思う。だってずっと片想いしてたんだし。でも本当に好きなんだから嫌だなんて言うわけないじゃん。








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