稲荷崎で新しい彼女候補が見つかったらしいから、遠恋中の私は多分捨てられる








「この後会う予定なんやろ?」
「うん、なんか、緊張するわ」
「大丈夫やって!ええなー、あの角名くんが彼氏かぁ」

スナ、と言う言葉に反応してわたしは声の主の女の子たちの方に目を向けた。

「まだ決まったわけやないし!」
「でもこの間自分が日直の時、角名くん課題運ぶの手伝ってくれてたやん?治くんが言うてたけど角名くんって興味ない人にはめっちゃ塩らしいで」
「…そうやったらええけど」

友人からのからかいとも取れる応援に頬をピンク色に染めるその子はとっても可愛い子だった。化粧はしてるけどナチュラルメイクだから元の作りがいいのは明白だし、服のセンスも流行りを取り入れてるのに着られる感じがしない。方言も相まってまるで自分と違う生き物みたいに思えて、きっとこういう子と一緒に撮った動画はインスタにあげたくなるよなぁとひとごとのように思ってしまった。

そんなわたしは、背伸びしたメイクは新幹線に乗ってここに来るまでの間に汗で残念なことになってるし、服装は彼が好きだと言っていたブランドのユニセックスのパーカーにスカートで流行りとは?って感じ。まあ化粧と違って服装は変ではないと思うけど彼がここのブランドが好きなことはインスタか何かで言ってたからファンの間では有名な話。つまりわたしは推しの好みに合わせてこれを着てきたちょっと痛いファン、といったところ。

なんとなく気まずくなってすぐに視線を逸らそうとしたけど、その前にその友達の方と目があってしまった。交わされた視線は一瞬ですぐに二人は目の前で繰り広げられる試合でブロックを決めた「角名くん」に声をあげて喜んでいたからわたしの考えすぎなのはわかってるんだけど、なんとなく「角名倫太郎に恋しても無駄だからね?」と言われたような気がしてしまった。多分自分でそう思ってたからそんな気になってるのだろう。

だって昨日彼に送ったラインが未だ既読にならないような人間が、彼に好かれてるだなんて思えないから。

大勢の観客に応援されて、女の子たちにかっこいいって言われて、今から他の女の子と会う予定を入れてるらしい彼が自分の彼氏だなんて思えなかったから。

わたしは彼のインスタに最近よく登場する双子の片割れさんがサービスエースをとって勝ちが決まった瞬間、送った『明日試合見に行くね!がんばれ!』というラインを消して、そしてまだまばらな帰る観客に紛れて駅へと向かった。


それはわたしたちが高校二年生の、稲荷崎高校バレーボール部が何度目になるかわからないインターハイへの切符を手に入れた日のことだった。



◇◇◇



わたしが倫太郎と付き合い始めたのは中学二年の時。お互い体育館を使う部活だったから顔は知っているけどそれだけだったわたしたちが話すようになって、さらに付き合うようになるだなんてことが起きたのは倫太郎が打ったサーブが変に跳ねて歩いてたわたしの頭に当たったというありきたりな出来事がきっかけだった。

「いたっ」

別に大して痛くなかったけど突然襲ってきた衝撃に反射的に出てしまった言葉を聞いて倫太郎が「あー、ごめん、大丈夫?」と気まずそうに謝ってきた。

「あ、ごめんなさい、大丈夫です」
「なんであんたが謝ってんの」
「いや、反射で痛いって言っちゃったので。本当はそんなに痛くないです」
「ああ、わかる。そういう時なんか痛いって言っちゃうよね。つか同い年だよね?なんで敬語?」
「そうだと思ってたけどもし違って本当は先輩だったら気まずいかなって思って」
「とりあえず敬語使っとけ精神(笑)」

揶揄うように笑った倫太郎が少し意外だった。背が高くて顔も整ってた彼はバレー部のレギュラーを取る前からめざとい女子に人気で目立っていたからもちろんわたしだって彼が同い年なことくらい知ってた。でも無表情なことが多い彼はなんとなく近寄り難い雰囲気で女子と話すのは好きじゃないのかなって勝手に思ってたのだ。けど彼は意外と社交的だったらしい。

とは言え倫太郎はもう一度「ごめん」と謝って練習に戻って行ったし、わたしも自分の練習に急いで戻ったからきっと人気者の彼と話すことは同じクラスにでもならない限りないだろうなと思っていた。だから翌朝、体育館で行われた集会でたまたますれ違った時に「あ、頭大丈夫?」と話しかけられた時は結構驚いた。

「大丈夫だよ。でもその聞き方なんか変かも?」

わたしの返事に倫太郎はおかしそうに笑った。

「たしかに。頭もう痛くない?」
「ふふ、うん、最初から痛くないよ」
「ん、ならよかった」

ちょっとボールをぶつけてしまっただけのわたしをこうして気にかけてくれるなんてかっこいいのに性格のいい人だな。チョロいわたしはたったこれだけで角名倫太郎のことが気になるようになってしまった。

次に会ったときはわたしから挨拶してみよう。でもウザいかな。校舎内はなんとなくハードル高いけど部活の時だったら「おつかれ」くらいは普通だよね?

話しかけるだけでもわたしには大騒動。嫌いな数学の授業なんてまるで聞かずにそんなことばっかり考えて、ようやくよし!部活ですれ違ったら話しかけよう!と決意したころには授業は終わってて、「ここテスト出るからちゃんと覚えておけ」という先生に顔が青くなった。でもまあ部活の時にたぶんおそらくきっと角名くんと話せるし?それできっと勉強のやる気でるでしょなんて楽観的に考えてたら次の移動教室でまさかの向こうの教室の前ですれ違ってしまった。

なんでこんなに会うの。今じゃない今じゃ。

きっとそれまでだってこうしてすれ違っていて、認識したから気がついただけのことだろうにまだ心の準備ができてなかったわたしは神様を恨んだ。まだ恋と言うには早いけど彼の顔を見た瞬間ドクンと心臓が跳ねて、さっきまで頭の中で考えてた角名くんへの挨拶は全部吹っ飛んだ。そしてわたしは結局ぺこりと頭を下げることしかできなかった。

まるで親しくない顔見知りに会った時みたい。いや、それは正しいんだけども。

まあ人見知りなわたしにしては頑張ったなとそのまま横を通り過ぎようとしたらわたしとは違ってやっぱり社交的な倫太郎はわたしのぺこりに気がついてくれたらしく「今日女子どっちのコート?」と話しかけてくれた。ほんと、今も昔もわたしは彼の社交性を少し分けてもらわなきゃいけない。

「えーと、たしか北側だったと思う」
「ありがと。今日コート準備俺の番だったから助かった」
「間違えると後でめんどくさいもんね」
「ん」

これでなんとなくこれからは話しかけてもいいんだなってわかって、それからはすれ違ったらちゃんと挨拶できるようになって(ちゃんと、の定義は人それぞれなので。もちろんわたしは緊張しまくって吃ってた)、二年になって同じクラスになると元々顔見知りだったこともあってクラスの男子の中じゃ仲のいい方になって。その頃にはすっかり気になる男子から好きな男子に変わってて、でも校内どころかバレーの大会で他校の女の子に声をかけられてるらしい倫太郎にわたしが告白するだなんて大それたことはとてもじゃないけど考えられなかった。

だから他の子と同じように倫太郎と隣の席になって仲良く話す女の子に嫉妬して、林間学校で同じ班になりますようにって神様に祈って別の班になって安易に神様を恨んで、だけど林間学校の夜に先生の目を盗んで男女混合で怖い話大会したときに隣の席になって触れ合う肩に死ぬほどドキドキしてわたしの心臓の音が倫太郎に聞こえてないか心配して。そんな風に角名倫太郎に片想いするたくさんいる女の子の一人でしかないわたしはやっぱり告白なんてできなくて、気がつけば二年生も終わりに近づいていた。

それでわたしが倫太郎に片想いしてることをいち早く、なんならわたしよりも先に気がついた友人が見かねて最後の学期末に仲間内でこんなことを言い出したのだ。

「ねー、次のテストで一番成績悪かった人が罰ゲームってのはどう?」
「罰ゲームってなにするの」
「わたしたちみんな好きな人いるじゃん?負けたら告白する」
「えー、教科は?総合点?」
「いや、ここは数学で」
「「あー、いいね」」
「……」

これは今考えてもある種のいじめだったような気がする。だってみんなわたしが数学苦手なの知ってたし。それに超人気の角名倫太郎が、女子からの告白断ったことしかないあの角名倫太郎が、わたしの告白受けてくれるなんて思うわけないじゃん?だからあれはさっさと告白して叶わない恋なんて諦めて次に行けっていうみんなからの圧だったと思ってる。

結局罰ゲームは多数決で決行されることになり、そして案の定負けたわたしはテスト後に時期遅れのバレンタインを倫太郎に渡すことになったのだ。

交換して以降事務連絡以外に使ったことのない連絡先に初めて「今日の部活終わりとかって時間ある?」って打つときには死ぬほど緊張した。この20文字に満たないありきたりな文章を数えきれないくらい見返して、友達にも変じゃないか確認してもらって、「いや早く送りなよ」って言われてようやく送って。

日頃からスマホ中毒な倫太郎だからいつもの連絡と同じようにすぐに既読になって、そしてすぐに「あるよ」とだけ返ってきた。

「渡したいものあるんだけど、よかったら裏門に待ち合わせさせてもらってもいいかな?」

大丈夫!?これで大丈夫!?またしても何度も確認をお願いするわたしが鬱陶しくなったのか「だから大丈夫だって」と友人が代わりに送信ボタンを押した。

「ちょっとーーー!」
「これまだ告白じゃないんだからさぁ」

この時倫太郎がわたしの告白の意図を読んでたかどうかは知らないけど少しして返ってきたのは「多分俺のほうが終わるの遅いから終わったら連絡する。待ち合わせは裏門でいいよ」。

それを見た友人は「思った以上に女慣れしてるよね、角名倫太郎。いい男じゃん」と言った。わたしもそう思った。

その日の部活はどこか上の空で先輩に「体調悪いなら帰りな?」とまで言われてしまったけど、帰るわけにはいかない。倫太郎が絶好調にスパイクを決めてるのを横目になんとか部活を終えて、いつもは帰るだけだからと適当に着替えるだけのところを念入りに鏡を覗いた。それが意外と時間がかかっていたのかもしれない。結局思ったよりも早く来た連絡にわたしは慌てて部室を飛び出ることになった。

「ごめんね、お待たせしました」
「今来たとこ。むしろ急がせた?」
「ううん、ちょっと部室でのんびりしてて。ごめんね」
「いいよ」
「うん…。それで、あの、渡したいものなんだけど」
「あー、うん」
「えっと」

わたしの手には紙袋が一つ。渡したいものなんてそれに決まってるんだから早く渡せばいい。で、一言「好きです」って言うだけ。でもそれが言えないのが乙女心。わたしがしばらく「えっと」を繰り返していたら男子バレー部の一団がやってきて「あれ、角名じゃん」と話しているのが聞こえた。

多分このとき裏門からみんなが帰るのを知ってたから倫太郎は早めに待ち合わせ場所に来てくれたんだと思う。でもわたしがとろとろしてたから結局鉢合ってしまって、なんだか申し訳ない気持ちになった。

でも倫太郎は意外と普通に「おつかれ」と彼らに手を振っていて、それがいかにも女子からの告白なんて慣れてますって感じで、あーならさっさと言えばいっかってわたしをふっきれさせた。

「これ、もらってほしくて」
「なに?」
「遅くなっちゃったけどバレンタイン」
「…バレンタイン?」
「わたし角名くんのこと好きで。もう少ししたらクラス変わっちゃうから話せるうちに告白したかったんだ」

返事なんて期待してなかった、というのは嘘だけど、「ごめん、好きじゃない」って言われるくらいならスルーされる方がマシかもって思っちゃって。それで「返事は大丈夫だから!」と踵を返して逃げたんだけど、まさかのまさか。倫太郎に手を掴まれてわたしは逃亡に失敗した。

「いや、返事くらい聞いて欲しいんだけど」
「え、でも」
「てかなんでクラス変わったら話さない前提?俺普通にこれからも話しかけるつもりだったし、あんたが俺のこと好きなら付き合いたいんだけど」
「………へ?」

聞き間違いかと思った。でも見たことのないはにかんだ顔で「だから付き合おうよ」なんて言われたらもういろんな意味で絶句。

なかなか現実が受け入れられなかったけど陰で見てたらしい男子バレー部の面々に大声で揶揄われるとようやく実感できて、「あー、うるさ。帰ろ、家どこ?」とわたしの手を取って歩き始めた倫太郎にじわじわと喜びが襲ってきた。歩いてる最中ずっとにやける顔をどうしようか悩んでたことをよく覚えてる。というか頭がショートしてたからそれ以外その帰り道のことは全く覚えてない。



バレー部の男性陣に見られてたけど、倫太郎が箝口令を敷いたのかわたしたちが付き合ってることはそれほど広まらなかった。倫太郎の活躍で男子バレー部は全国まで行くことになったから向こうの部活の終わりは遅くて一緒に帰れないし、わたしもそれなりに部活に打ち込んでいたからデートをする時間なんてなかった。それにすぐにクラス替えして違うクラスになっちゃって前よりも話す機会が減ったから、友人たちにも「…本当につきあったんだよね?」って聞かれるくらい。そりゃバレないよね。

だから女の子たちからの倫太郎への告白もなくならなくて、正直言うとわたしも「あれ?本当は付き合ってないのかも…?」なんて思ったりもした。

でも古今東西いい男っていうのはそうやって女が悩むタイミングでちゃんと連絡をくれるもので。

「今日部活休みだよね?一緒に帰んない?」

体育館が使えなくてお互い部活が休みの日。一緒に帰れたらなぁって思ってたから友達との予定も入れてなくてもちろん二つ返事でOKした。

緊張して待ち合わせ場所に行けばそこにはもう倫太郎がいて、わたしは気がついたら走って彼のところに向かっていた。

「ごめんね、お待たせ!」
「…」
「どうかした?」
「あー、告白された日のこと思い出してた」
「な、なんで」
「あの日もこんな感じだったなって。じゃ、行こ」

確かにあの日も待たせてたっけ。あれ、もしかしてわたし感じ悪い…?

ちょっと心配になったけど倫太郎は何考えてるか顔に出ないし、この後それどころじゃなくなったから結局未だにその意味はわかってないのだけど。

「角名くんはどこか行きたいとこある?」
「ナマエがないならスポーツショップ行きたい」
「……」
「え、やだ?」
「やじゃないよ…。じゃなくて、名前…」
「彼女だし名前で呼ぶのが普通かと思ってた」
「え、じゃあわたしも名前で呼んでいい…?」
「うん」
「倫太郎、くん」
「呼び捨てでいいよ」
「……倫太郎?」
「うん、なに?」
「ふふ、ううん、スポーツショップ行こ!」
「ん」

名前一つでこんなに盛り上がれるわたしはだいぶ安上がりな女なんだけど、嬉しかったんだから仕方ない。

スポーツショップのあとはコンビニで買ったアイスを食べながらベンチで少しだけお話し。

「これ気になってたんだけどこの間売り切れてたから買えてよかったー」
「へー。美味しい?」
「うん。わたしの好きなYouTuberさんがおすすめしててね」
「ふーん」

そうしたら倫太郎はわたしの手をぐいっと自分の方に向けてわたしが食べてたアイスをぱくり。口元についたそれを拭った指を舐めたあと、「たしかにうまいね」とわたしの手を離した。

「……」

間接キスでドキドキするような歳じゃないじゃん。そうは思っても好きな人とのそれはどうしたって気になってしまう。わたしがしばらくじっとアイスを見つめていたら「溶けるよ」ってちょっと笑ってきたから絶対にわたしが意識してたのわかってた。

「倫太郎のも美味しい?」

なんだか悔しくてそう聞けば全然余裕そうにわたしに「食べる?」とアイスを差し出してくる。意を決してわたしがそれを舐めて「おいしいね」って言ったら倫太郎は少しびっくりしたみたいな顔をしてたから多分この時わたしは初めて倫太郎に勝てた。

なんて、本当は後日倫太郎がチューペット好きなことを知って、あの日確かコンビニに売ってたことを思い出して聞いてみたら「あれ二人で食べる前提じゃん?」って言われて。

「え、ごめん」
「じゃなくて、次一緒に食べればいっかって思った」

……次、かぁ。その一言に胸を躍らせるわたしは結局負けたんだけども。いや、恋愛ごとは別に勝負じゃないんだけども。幸せならなんだっていいんだけども。

だからその時わたしたちが一緒に歩いてるところを見た人がいたのにそれでもわたしたちが付き合ってるって噂にならなくて、きっとそれだけわたしと倫太郎が釣り合わないって思われてるからなんだろうなって現実を突きつけられても倫太郎が次があるって思ってくれるならそれでいいやって、この時はそう思ってた。


わたしたちがすれ違い始めたのはいつからだろう。倫太郎が稲荷崎からスカウトされて兵庫に行くことが決まった時?いや、あの時は確かに寂しかったし、別れを決意したけど。でも倫太郎は「連絡して?俺もするし」って笑ってたから、わたしも笑って「いってらっしゃい」ができた。

じゃあ一年前のインターハイでベンチ入りした時かな。

でもあの時はインターハイ後の休みに会いに来てくれて。あんまり時間なかったからデートはランチして少し街を歩くくらいしかできなかったけど、その帰り道は多分付き合ってた中で一番幸せだった。

久々に会えた倫太郎は中学の時よりも背が伸びて逞しくなっててずっとずっとかっこよくなっていた。話せば電話よりも何倍も楽しくて、今までだって好きだったはずなのに改めてどころか自分が想像してた以上にわたしは倫太郎のことが好きなんだなって思い知らされた。だから当然別れも寂しくて。少し遠出をしてたから電車に乗って帰るのだけど乗る電車がやってくるホームへと進む足取りはどんどん重たくなっていった。

隣に立つ倫太郎はいつもの何を考えてるかよくわからないすまし顔で、最高にかっこいいけどこんな時ばかりは少しこのポーカーフェイスがムカついた。少しは寂しがってよって思った。

それで二重の意味で小さくため息を漏らしたあと彼がいるのとは反対の、電車がくる方に視線を向けた。電車はまだ来なかったけど、そちらには一組のカップルがいて。どうやらわたしと同じように女の子が彼氏との別れを惜しんでいるようで、女の子が男の子にぎゅうっと抱きついていた。彼氏はそれを抱きしめ返して、そして泣く彼女にキスをした。

二人がわたしたちと同じように遠距離恋愛をしてるかどうかなんてわからないけどまさかこんな公共の場で人様のキスを見るだなんて思いもしなくて無駄に心臓がドキドキした。なんか見ちゃいけないような気がしてパッと視線を戻したら倫太郎はわたしの方を見ていた。

タイミングがタイミングなだけになんとなく気まずくて視線を逸らそうとしたけど倫太郎に「ねえ」と話しかけられてまた彼の方に視線を戻させられた。

「なあに?」

なんでもないふりをしてそう言ったけど倫太郎はやっぱり澄まし顔で、だけどとんでもないことを言った。

「あれ、する?」
「へ?」
「俺たちも」

すると倫太郎はわたしの髪をいじって、それから少しだけカサついた親指でわたしの頬を撫でた。

「っ!」

倫太郎が言うあれがキスのことだと分かると自分の体温がかぁっと熱くなるのを感じた。

「や、その」

したくないと言ったら嘘になる。付き合ってまだ手しか繋いでないことに少しだけじれったさを覚えていたくらいだったから、もちろんわたしだって倫太郎とキスをしてみたいと思ってた。今までと違って彼が今どんなところにいるのかわたしは全然知らないし、一年でインターハイ常連校のベンチ入りメンバーなんてモテるに決まってる。だからやっぱりわたしが倫太郎の彼女でいいのか不安で、だからこそわたしが倫太郎の彼女なんだってわからせて欲しかった。

だけど、今ここで…?そんなん、恥ずかしくて死ぬ……。むりむり、絶対無理。

わたしがわかりやすく狼狽えて視線をあちこちに彷徨わせると倫太郎はプハッと吹き出して笑った。

「うーそ。こんなとこでしないよ。どんな反応するか見てみたかった」
「……!バカ!意地悪!!」
「うん、でも可愛かったから言ってよかった」

倫太郎の可愛いと言う言葉の破壊力に、二度目のバカ!は言えなかった。

ちなみにわたしのファーストキスはその後、倫太郎がわたしを家まで送ってくれることになって、家に着く少し前にさらっと奪われた。

「ふえ、?」
「ごめん、ムード考えようと思ったけどお預けキツイし」

そう言って一度目の軽い口付けとは違うもう少し長いキスをお見舞いして来るんだからそう言うところが角名倫太郎だと思った。この日わたしは間違いなく世界で一番幸せな女だった。


でもわたしが倫太郎の彼女だって胸を張って言えたのは多分このあたりまで。

春高に向けて死ぬ気で練習をする稲荷崎にいる倫太郎はもちろんこっちに帰って来られないし、連絡だって前みたいに返す余裕は無くなった。

春高が終わって三年生が卒業すると倫太郎はレギュラー入り。春高終わりに休みはあってこちらに返ってきたけど中学メンバーで集まろうって話になったらしく会えたのはほんの少しだけ。駅のホームで彼氏に抱きついていたあの女の子みたいなことができないわたしはキスがしたくてもねだれなくてせいぜい手を繋ぐくらいが関の山。バイバイする時にひょっとしたら倫太郎はキスをしてくれようとしてたのかもしれないけどちょうど人が来てしまってできなくて。気まずいまま「またね!」と手を振った。


稲荷崎高校バレー部の特集が全国テレビで放映されたのはそれからすぐのことで、期待の新人として宮兄弟とともに紹介された倫太郎のインスタのフォロワーは一気に増えた。

それまでは倫太郎があげるストーリーにたまになら反応してもいいかなって彼の友達がするようにいいねやコメントをしたりしてたけど、フォロワー数とかいいねの数に圧倒されて気がつけばインスタを開くのを躊躇うようになっていった。

だから、わたしたちがすれ違い始めたのはきっとこの時なんだろうな。

送ったラインに「おはよ。返信中に寝てた。遅くなってごめん」と謝られることに逆に申し訳なさを覚えて、たまにできた時間にする電話に出てくる知らない名前に勝手に不安になって。

そういう時にこそ気がついちゃう。そう言えば倫太郎はわたしのことを好きだと言ってくれたことは一度もなかったなって。倫太郎は倫太郎なりにちゃんとわたしと付き合ってくれてたと思うし、もちろんわたしは幸せだったけど、でも高校生になってみんなの恋愛話を聞いて、男の人は別に好きじゃなくても付き合えるし、なんならそれ以上のことができてしまうことがわかってしまった。そうしたら倫太郎もそうだったのかもしれないなってどうしても疑ってしまう。

だって好きだったらインスタ更新するよりも先にライン返すかなって。わたしだって倫太郎の知らない環境にいるんだから少しは興味持ってくれるかと思って出した話題をさらっと流さないかなって。

だけど近くにわたしよりもずっと可愛い子がいるんだったらそっちが良くなるのは当然だよね。だからきっとわたしは近々フラれる。というかラインが既読にならないくらいなんだからひょっとしたら自然消滅ってやつなのかもしれない。

でも、しょうがないよね。わたしが倫太郎みたいな人と付き合えてたこと自体が奇跡みたいなものなんだし。だから、仕方ない。

そう思うのにどうしたって視界が涙で滲んでしまってわたしは足を止めた。

なんでわたしは分不相応な人のことをこんなにも好きになってしまったんだろう。後悔したってもう遅いし、幸せな記憶があるからこそ別れは辛い。一緒に食べたアイス美味しかったな。まだチューペット半分こできてないのにな。

でももう無理だから。向こうも、それにわたしも。

わたしがとろとろしていたから気がつけば会場から駅に向かう人は増えていた。こんなところで止まっていたら邪魔だよね。さっさとわたしも帰らなきゃ。

でも予定していた新幹線の時間にはまだ当分ある。だったら美味しいスイーツでもやけ食いしようかな。倫太郎に少しでも見合う女の子になりたくて甘いものは結構我慢してたし、美味しいもの食べたら少しはこの地にいい思い出ができるかもしれないし。

それで「神戸 スイーツ」とでも検索しようとスマホをタップしていたら神様の悪戯とでもいうタイミングで電話がかかって、タップとスワイプを繰り返していた指はそれに勝手に出てしまった。

今誰とも話す気にはなれないのにやってしまったと後悔した後、相手がわかるとさらに凄まじい後悔が襲ってきてじわじわと心臓の鼓動が早くなっていく。…もちろん、嫌な意味で。

「今どこ?」

スマホを耳に当てると久しぶりの声。相手は少なくとも今日は絶対にかかってくることはないと思ってた倫太郎だった。

「来てるんでしょ?ごめん、返事返せなくて。少ししたら時間あるし会お」
「ライン…」
「ん?」
「既読になってなかったから見てないかと思ってた」

こんなこと言うつもりなかった。これじゃラインが既読になるのを気にして待ってた鬱陶しい彼女じゃん。倫太郎と別れるにしても残念ながらまだ倫太郎のことが好きなわたしは心のどこかでまだ嫌われたくないと思ってしまってる。それどころか。

「ごめん、色々あって。通知では見てた」
「じゃあライン消したのも見てないよね?」
「見てなかった。てかなんで消したの?」
「……行けなくなっちゃって。ごめんね」
「そっか」
「うん」

こんな嘘までついて本当にわたしはバカだ。会って、もうこれで終わりにすればいいのに。でも電話の向こうの倫太郎は思ったよりもいつも通りだったから、心のどこかで今急いで会いにいけばあの子との予定はなくなって、まだわたしと付き合い続けてくれるんじゃないかなっていう期待を持ってしまっていて。そんなの一瞬のことで、わたしはすぐに帰るしあの子はいつも一緒にいられるのから関係ないのにね。でも今会いにいったらわたしはみっともなく倫太郎に縋ってしまう気がする。だから、会えない。

「これからインハイだからあんまり時間取れなさそうなんだけどさ、」
「うん、そうだよね。優勝おめでとう。インハイ、頑張ってね」
「え、ああ、ありがと」
「うん」
「……なんかあった?」
「あの、」
「ん?」
「無理、しなくていいからね」
「は?なに、無理って」
「倫太郎も試合後で疲れてるでしょ?ごめんね、行けなくなったってちゃんと連絡すればよかったのに」
「…ナマエってよく謝るよね」
「え?」
「前はそれもかわいいなって思ってたけど最近結構多いしちょっと気になってた」

前は、か。きっとすれ違う前のことなんだろうな。でも倫太郎だって謝るの増えてるんだよ。気づいてないと思うけど。やっぱりわたしたちはもうダメなんだなって現実をなんだか突きつけられた気がして、「あのさ」と何かを言おうとする倫太郎の言葉をわたしは謝罪の言葉で遮った。

「ごめんね」
「は?」
「わたし、なんか疲れちゃって。倫太郎の彼女でいるのもう無理みたい」

電話の向こうで息を呑むのがわかった。

「は、ちょっと待って」
「いっぱい謝っちゃってうざいかもしれないけど、ごめんね。試合終わりとかにこんな話したくないだろうに」
「じゃなくて」
「ずっとすれ違ってるなって思ってたし。やっぱりモテる倫太郎とわたしじゃつりあわなかった」
「つりあわないって何?俺のこと嫌いになった?」

何でそんなこと聞くの。連絡くれなくなってたのも、学校の女の子といい感じなのも、倫太郎の方なのに。

そんなわけない、なんて絶対に言えない。だからわたしはまた嘘をつこうと思った。「うん」って。

だけどちょうどその時体育館で全ての試合が終わったことを告げる放送が流れた。電話の向こうからも同じものが聞こえてきたからきっとこちらで聞こえるこの音も倫太郎の耳に届いてるだろう。だから倫太郎はもう一度同じ質問をしてきた。

「…今どこ?」
「……」
「ここにいるよね。そこにいて、今から行くから」
「会わない方がいいと思うし、もう帰るから」
「だからなんで勝手に会わない方がいいって決めんの」

少し怒ってるような倫太郎に反射的にごめんねと言おうとしたのを堪えた。

だけどこの後あの子と会うんだということを思い出して言うつもりのなかった一言を口にしてしまった。

「チューペット、半分こできなくて残念だった」
「は」
「バイバイ」

倫太郎は多分何かを言おうとしていた。でもこれ以上話すのはもうわたしには無理で。あの子と付き合うの?とか、そんなことは死んでも聞けないし、知りたくもない。

それでわたしは電話を切って、足早に駅へと向かった。途中で切ってしまったから万が一かかってくるかもしれない電話を今度は間違えて取ることのないようにスマホの電源を切った。



◇◇◇



「で、別れたの?連絡は来なかった?」
「……あの後連絡先消しちゃった。わたし友達じゃないと受け取れないようになってるから来たかどうかもわかんない」
「え、いいの?」
「そもそもわたしとつりあわない人だったから夢見てちゃだめだったんだよ」

まだ猶予はありそうだったのに最後は自分で別れを決めた。なのに結局家で泣き腫らしたわたしの目は、翌朝にもわかる人にはわかるくらいに腫れてた。だから昨日兵庫に試合を見に行ったことを知ってる友人がすぐに「どうしたの」と聞いてくれて、そして最後には「これで前に進めるね。頑張ったね」とわたしの背を撫でてくれた。

「うん」
「あんなハイスペックな彼氏がいたんじゃなかなか次に行こうとは思えないかもしれないけどさ、新しい出会いあればまた違うと思うしまた誘うね」
「うん、ありがとね」

当分恋は無理なことはわかっていたけど、友人が男子とカラオケに行くとか、ボーリングに行くとか、気を遣って色々誘ってくれるからせっかくだしと何回か行ったし、そこで連絡先を交換とかもしてみたけどやっぱりまだそんな気にはなれなくて「今度二人でどっかいかない?」って誘われても「またみんなで会おっか」ってていのいい断り文句しか返せなかった。

唯一ラインが続いていたのは中学から一緒だったけど、今年初めて同じクラスになって話すようになった鈴木くん。同じ中学だから話も合うし、お互い恋愛感情がないから気軽に話せて楽しかった。そんな彼に「そういや今度同中で集まるんだけど、ミョウジさんも行かない?」って誘われたら行ってみようかなって気になって、わたしも久々に同中の友達に会いたいしみんなを誘って行くことにした。


「よお」
「あ、鈴木くん」
「誘った割にあんま話せてなかった」
「ね。今日は誘ってくれてありがとね」
「むしろ来てくれてありがとな」
「いえいえ!」

プチ同窓会みたいな集まりはみんなでバーベキューをして、そのあと花火をする流れらしい。最初の方は仲のいいグループで集まって会話してる子たちが多くてわたしたちも同じように近況報告し合って、もみろんわたしも別れた話を聞いてもらった。自分から倫太郎にさよならしたくせにまだ引きずってうだうだしていたから、こうしてみんなに会って話して少しスッキリできたから今日は来てよかったなって鈴木くんには感謝しかなかった。だから「そういやバーベキュー終わったら花火まで少し時間あるけど時間ある?よかったらスタバでも行かねぇ?確か新作気になってるって言ってたよな」って誘われて初めて気がついたら彼からの好意に、少しだけ前を向き始めたわたしは行ってもいいかなって思った。


…でも、わたしにとって大きすぎる存在だった倫太郎はそんなに簡単に消えてくれないらしい。

「角名じゃん、久しぶり!」

そう言う同級生の声が耳に入った。まさかと思ってそちらを見ると、周りよりも頭ひとつ分飛び出る長身ですぐに倫太郎が本当にいることがわかった。インターハイで夏休みは潰れるからその前に一度帰省していたんだろう。中学の集まりなんだから彼にだって連絡が行くだろうし、たまたま帰っていた彼がここにくるのは別に変なことじゃない。

でも遠目に見るだけで胸が裂けるくらい苦しくなって、やっぱりまだ失恋の痛みは全く癒えてないのを実感させられた。

別れたわたしがいたらきっと倫太郎は気まずいだろうし、これから彼が女の子に囲まれる姿も見たくなくてさっと視線を逸らした。でも少しして鈴木くんがわたしの少し後ろに目を向けて「おー、角名元気?久しぶり」だなんて言い出すものだからわたしの体は固まった。

「久しぶり。そっちも元気にしてた?」
「おー。つかインハイ決まってたよな?この間テレビ見た。すっかり有名人じゃん」
「俺は別に普通だよ。同級生は有名人だけど」
「あ、宮兄弟な!双子で強いとかマジすげー」

あまりに普通に繰り広げられる会話に倫太郎は鈴木くんに用があったんだって思って、それでそっと二人の間から抜けようとしたんだけど、倫太郎はわたしの手を掴んで、そして「待って、ナマエ」と言った。

わたしは特段男子と仲のいいタイプじゃないから、普通名前を呼び捨てで呼ばれることはない。だから鈴木くんはすぐにピンと来たらしい。

「え、二人ってもしかして付き合ってんの?」

倫太郎がなんでわざわざ別れたわたしのところに来て、そしてわたしの名前を呼んだのかわからない。でも「元カレ」とも言いにくくてわたしが黙っていたら倫太郎はあまりに普通に「うん」と答えた。

「マジか。知らなかった」
「別に隠してなかったけど。でも俺がナマエのこと好きなの知ってる奴は結構いたかも」
「へー。あ、ごめん邪魔して。じゃあまたな」
「また」

まだ付き合ってるだとか、倫太郎がわたしのこと好きだとか。倫太郎が何を言ってるのか全くわからなくて、ずっと「は?」って感じで、鈴木くんがいなくなってもわたしは口をぽかんと開けていた。

倫太郎は掴んでいたわたしの手を手のひらに変えて、そしてわたしに何も言わずに歩き始めた。

「あ、の、」
「あっちに公園あったからそこ行こ」
「や、待って。だってわたしもう角名くんと別れたよね?」

その言葉に倫太郎は足を止めて、不機嫌を隠さずにわたしを見下ろした。

「何、角名って。俺まだ別れたつもりないよ」
「…」
「自分の言いたいことだけ言って切って、それでさよならって都合良すぎ」
「でも、」
「好きな男でもできた?鈴木?それか最近よく話に出てたやつ?」
「……は」
「だったらそう言ってフッて欲しいんだけど。最後あんなこと言われて諦めれるはずないじゃん」

諦めるって、何?だって諦めるのはわたしの方じゃん。どんどん連絡が少なくなっていって、お互い謝ってばっかりで、それで倫太郎には可愛い彼女候補ができて。

「…やめてよ」
「何?」
「だって!連絡をあんまり返さなくなったのは倫太郎だよ?ライン返せなくてごめんばっかりで、謝るのが増えたのも倫太郎じゃん。忙しいから返事返させるの申し訳なくて送らない方がいいのかなって思ってたよ。それに…」
「それに、何?」
「稲荷崎で彼女できたんじゃないの?」
「は?」
「この間の試合の日、女の子会う約束してたんでしょ?わたしたまたまその子の隣の席で、多分付き合えるみたいに言ってたの聞いた。それでもう無理だって思って別れようって言ったのに、なんでそんなこと言うの」

あの日以降もう泣かないって決めてたのに簡単に視界は歪む。でも倫太郎には見られたくなくてわたしがさっと目を逸らしたら、倫太郎はわたしの方に手を伸ばしてきて、そして初めてキスをした日わたしの頬を撫でたのと同じ無骨な指が、今度はわたしの目尻に溜まる涙を拭った。

「泣かせてごめん。でも確かにあの日呼び出されたし告白されたけど、断ったよ。それに結構キツく断っちゃったからもう話もしてない」
「え…」
「ナマエのこと追いかけたかったのに呼び止められたからイラついて感情制御できなかった」

想像してた答えと全く違うものが返ってきて止まりそうになかった涙はぴたりと止んだ。

「わたしのこと、追いかけようとしてたの?」

なんで、とわたしが一言付け足すと倫太郎は拗ねたような、面白くないような、彼にしてはわかりやすいぶすっとした表情で「そんなん好きで別れたくないから意外になくない?」と答えた。

「好き…?」
「もしかして俺がナマエのこと好きじゃないとか思ってた?誰が先に話しかけたか覚えてないの?」
「ボールが当たった時のこと?でもそれは」
「確かにボール当てちゃったのはわざとじゃないけど、わざわざ次の日まで謝るなんてこと他の人にはしないよ」

………へ?

「移動教室の時話せるかと思ってわざわざ廊下出たし、話題見つからなくてどっちのコート使うか知ってんのに聞いたりしてた」
「え、」
「だから好きになったのは俺の方が先だし、俺が頑張ったからナマエも俺のこと好きになったんだと思うけど」

そんな、バカな。だって、ずっとわたし倫太郎に片想いしてて…。

「林間学校で怖い話した時とか俺無理やり隣行ったじゃん。普通気付かない?」
「え!?」
「ほんと鈍い。そんなんだからあの時ナマエの隣狙ってた男にこっそり手握ってくるとか言われるんだよ。絶対阻止するって思って間に入ったからキツかったでしょ」

倫太郎との距離が肩が触れ合うくらい近くてドキドキしたことしか覚えてない。まさか、だって、そんなことあるなんて思いもしなかった。

「…倫太郎の隣になれたことが嬉しくて、何にも頭に入ってなかった。倫太郎モテてたし、誰にでも優しいからわたしの告白受けてくれたのだって彼女欲しいタイミングだったのかなって思ってて…。それに一度も好きって言われたことないし」
「それは、ごめん。こっちの事情っていうか、男の事情?好きって言ったら色々止まんなそうだったから」

最初本当に意味がわからなかったけど、「男って好きな女前にしたらそんなもんだから」っていう倫太郎の言葉でそれがどう言う意味かわかってしまって、なんだか急に恥ずかしくなってきてわたしは口をきゅっとつぐんだ。

「それに連絡の件も。バレー部に俺と好きなタイプ似た奴がいるから興味持たれたくなくてナマエのライン見ないようにしてた。けど帰ったらマジで疲れて返信しながら寝てたから悪いなって思ってた」
「わ、わたしなんかに興味持つなんてないよ」
「持つよ。侑、ナマエの顔ストライクだし」
「侑って倫太郎のインスタによく上がってる人だよね…?あんなすごい人が興味持つとか絶対にないから。それにもし仮に持ったとしても別にその人とわたしが話すわけでもないんだから」
「俺、結構独占欲強いみたい。別に侑がナマエに手出すなんて思ってないけど、興味もたれるのも嫌だった。でもそれがナマエを不安にさせてたってわかったからこれからは気付いたらすぐ返すし、ちゃんと好きって言う」

だから彼女のままでいて欲しいんだけどと倫太郎はわたしをぎゅうっと抱きしめた。その温かい体温にどうしたらいいのかわからなくてまた泣きそうになって、代わりに倫太郎の背中を抱きしめ返した。

「…ごめん、わたし全然自分に自信なくて。ずっとつりあわないって思ってたから」
「つりあわないとかないよ。俺、ただの高校生なんだけど。でも俺も言葉足りなかった。遠距離なんだからちゃんとお互い言わなきゃダメだよね」

本当にわたしはまた倫太郎の彼女になれたんだって、ちゃんと倫太郎に好かれてるんだって嬉しくてまた泣きそうで、それがバレたくなくてわたしは倫太郎の胸に顔を押し付けた。でもそれをベリっと剥がされて、思わず目を白黒されるとそこにはいつもみたいなアンニュイだけど少しだけ意地悪そうな彼がいて。

「俺が悪かったけど、でも今回何も聞かずに俺の気持ち決めつけて逃げたのは怒ってるよ」
「う」

それを言われると本当に弱くて頭が上がらない。シュンとしてわたしが俯けば、倫太郎はそれを許さないとばかりにわたしの顔を上げさせた。そして、またとんでもない爆弾を投げてきたのだった。

「あと好きって言うってことは多分色々我慢できなくなると思うから先に言っとくね」




「……え?」




◇◇◇



「ん、ちょ、りんたろ」
「ん、なに」
「もう、だめだよ」
「ん」

インターハイを終えてこちらに帰ってきた倫太郎が、家族みんな出かけてるからと家に招待してくれて、今はその倫太郎の部屋にいる。で、部屋に入ってからずっとわたしは彼の膝の上にいて、お腹に手を回してわたしの肩に顔を寄せてすうって吸ってきて。それだけでもうこっちは死にそうなのに次は向かい合わせになってのキス。背が高いからわたしは倫太郎の膝に乗ってるって言うのにちょっと膝立ちになってる。それを支えるためにわたしの腰をグッと抱くからもっと倫太郎が近くてもうほんと、心臓は止まる寸前。なのに倫太郎はキスをやめてくれない。

「ようやく会えたのに充電させてくれないの?」
「だって」
「それにナマエはちゃんと好きってわからせないとまた勝手にどこか行くかもしれないし」
「……もう、行かないってば」
「じゃあナマエは俺と会えなくて寂しくなかったの?俺は寂しかったし、こうやって触りたかったよ」
「…うう」

ずるい。そう言われてダメなんて言えるわけない。それで黙ったわたしの腰を抱き寄せて、そしてまた口付けをする。初めは自分の形のいい唇でわたしのそれを食んで、それから薄く開いたわたしの歯列を彼の熱い舌が割ってくる。絡められたそれに思わず「ん」と声が出ると、またその声ごと食べるみたいにキスされて。

しばらくそれが続くとわたしの頭はぼうっとしてきて、体が熱くなっていく。なにもわからないままわたしが広くてがっしりとした倫太郎の背にぎゅうっと抱きつくと、倫太郎の手はわたしの背中から脇の方に伸びて、そしてピタリと止まった。

「?」

それと同時に倫太郎はわたしから体を離して、そしてはぁーっと大きなため息を一つついた。

「…チューペット、買いに行かない?」
「え、と、いいけど」
「ん」

この流れでなんで?って思ったけど、お互い立ち上がって部屋を出る時に「あー、早く大人になりたい…いつまで待てばいい?」なんて言う倫太郎に、ほんと、顔から火が出るんじゃないかってくらい恥ずかしくなった。

「待てには限界あるから」
「う、ん…」

あまりの供給過多にそういうことに慣れてないわたしが度々フリーズするから倫太郎もそういうことはわたしの心の準備ができてからって待ってくれてる。そういうところが本当に優しくて大好きなんだけど、でもやっぱり供給過多なのは間違いない。

なんて、本当は今さっきだってものすごく流されてしまいそうだったんだけど。でも倫太郎がわたしを大切にしてくれてるのがわかるから、ちゃんとその言葉に甘えて後少し心の準備をさせてもらおうと思う。




ちなみにチューペットを買いに行って、帰り道懐かしのベンチで食べた後の話だけど。


「そういやナマエの写真インスタ載せていい?」
「……えっ!?」
「どうせ学校の男子に彼氏いるって言ってないでしょ。鈴木みたいにナマエが俺と付き合ってるって知らずに口説いてくるやついるから牽制する」
「ええ!?待って、あんなフォロワーいて彼女載せるってどうなの!?炎上するよ!!」
「知らないよ。これ俺の趣味のツールじゃん。好きに使って何が悪いわけ?」
「や、だって」
「ナマエは俺が自分のだって言いたくない?」
「う」
「俺は言いたいよ。ナマエが俺のだって」
「うう」

今も昔も、やっぱりわたしは倫太郎に勝てないらしい。

「…こんなのが彼女って思われても知らないよ?」
「ってことはオッケーね」
「待って!ちゃんとメイクして服も可愛いの着てる時の写真にしてね!?」

この時倫太郎は「わかった」って、そう言ったはずなのに、その後スマホ触り始めて。で、わたしのスマホが震えた。それは倫太郎のインスタの更新を知らせるものだった。

『ようやく一緒に食べれた』

その一言を添えてあげられた写真はつい先ほど念願叶ってチューペットを半分こして食べてる時に「記念に撮っとこ」と言われて撮ったやつ。

「ちょっとなにこれ!?言ってた話と違う!!」
「だってこれが一番かわいいじゃん」
「そ、そんなわけない」
「あるよ。いつものナマエが一番かわいい」
「……」

そんなこと言われて怒れる?これだから角名倫太郎は。別に恋愛ごとは勝負じゃないけど、やっぱりわたしの完敗だった。








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