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※続きが思いつかなかった竜胆のレンタル彼女の話。


「出張行ってくるけどオレがいない間他の男と話さないで」
なんていつものごとく不可能な要求を突きつけてくる竜胆くんに
「うんうん」
と適当な相槌を打った。

 絶対に今私が忙しいことを分かってるだろうに
「あー。やっぱ無理…今日のターゲット勝手に死なねぇかな」
と言いながら後ろから私を抱きしめて肩口に顔を埋めてきた。ものすごいカラーリングしているくせにちゃんと手入れされているからふわふわと気持ちのいい髪が私の頬にかかる。それがくすぐったくて身を捩ると、今度は私の顔を覗き込んできた。眼前まで迫る竜胆くんの死ぬほど整った顔に彼のしたいことがわかってスッと自分の口の前に手のひらを出すと、案の定その掌に唇を当ててきて、なんならそのまま私の手を取ってちゅっちゅっと音を立ててキスを繰り返す。

「竜胆くん…ちょっと、ダメだって」
「ん…無理…可愛い、好き」
「……」

 さすがにこれ以上は…と竜胆くんを強く押したけど、時すでに遅し。そろそろキレるだろうなぁと思っていた私の上司の三途さんの堪忍袋の緒が思ったよりも早く切れたらしく、
「ウゼェ!マジで出禁にすンぞ!さっさと行けクソ弟ォ!」
としっかりと実弾が込められた銃口を竜胆くんに向けた。

「恋人いない三途クンがオレらのこと羨ましくて吠えてんのウケんだけど」
「ア゛?」

 本格的にはじまりそうな喧嘩の気配を察知して
「竜胆くん、早く行って早く帰ってきてね」
とその背中を押せば、
「じゃあさっさとやってくるからナマエはイイコで家で待ってろよ?」
とほんの少し拗ねたように言う。もちろん「やってくる」は漢字に変換すると「殺ってくる」になる。

「今日の任務スクラップじゃないよね?交渉だから、交渉。なんでもかんでも殺せばすむって話じゃないからね?」
「そうだっけ?殺せば話早ぇと思うけど」
「とにかく!早く行かないと終わるものも終わらないよ!」

 まだぶつぶつ言う竜胆くんの背中を押して事務室から追い出したあと、機嫌の悪い上司に
「ミョウジ!テメェの彼氏の躾くらいちゃんとしとけや!」
と当たられて顔が歪んだ。

 そんなのレンタル彼女の仕事じゃない…。

 もちろんそんなことは言えないので
「すみません」
と謝ってうずたかく積まれた書類に目を戻してため息をついた。機嫌の悪い三途さんと徹夜か、つら…。

 レンタル彼女。それはモテない男が女の子とひとときの夢を見るために開発された(?)システムであり、楽しくデートをしてもらう代わりに対価を支払うと言うものである。多分。詳しく知らないからそういうことにしておく。

 どう考えてもモテてモテてモテまくっててそんなの全く必要のない竜胆くんのレンカノをやることになったのは、一年前の出来事がきっかけだった。

     ◇◇◇

 私が働く梵天という名の犯罪組織の幹部を努める男たちは怖いくらいに顔がいい。だから事務で働く数少ない女の子たちはよくこう言う話題になる。

「推し?」
「そう。ウチの幹部みんなイケメンでしょ?みんなが誰派か集計してるの」

 そう私に話しかけてくるのは灰谷兄弟の弟・竜胆さんの部下の女の子。わざわざ別の事務室から私を訪ねてきたかと思えばまさかの話題に声がひっくり返りそうになった。マジでここに三途さんがいなくてよかった。いたらついに私も三途さんの秘書をクビになって風俗に落とされるところだった。(三途さんの秘書は今まで続いた試しがなくて、私の一年が最長らしい。ちなみに本当に風俗落ちしてるのかは知らないけど、そういう噂が飛び交ってる。)まあ三途さんいたらこんな話題ふってこないよね。っていうか暇なの?

「私は竜胆さん推し!一緒にいられるだけで幸せなんだよねっ」
「そうなんだね」

 私の目の下のクマが大変なことになってることに気付いているのかいないのか知らないけど、そんなことどうでもいいとばかりに、竜胆さんはねー、なんて話し続ける女の子に殺意が湧いてくる。こちとら三徹明けなのにまだ仕事抱えてるんですけど…?けどもちろん無視は出来ない。いくら反社と言えど女子の世界はなかなかにシビアなのだ。入社して二年。まだ職場の女の子との関係をブチっと切るには早すぎる。

 この手の話題、苦手なんだけどなぁ。

 そう思いながらも興味ありげに「うんうん」と頷いた。ちなみに私には特に推しとかいない。イケメンはそろってみんな目の保養。たとえお薬キメキメ、ボス以外ノイズ、私に三徹を強要してくる鬼上司だとしても、あの綺麗な顔を見れば許しちゃうんだからこわい。でも今そんなことを言ったら完全に空気読めないやつである。なので困ったら同調。これ、女子の鉄則。

「わかるー。私も同じ」
「え!?そうなの?どこが?」
「えーっと、可愛いところかな!」

 顔がいい筆頭の私の上司・三途さんを始め、灰谷兄弟のお二人辺りはランキングの上位を争う常連。でも私が覚えてる限りではいつも一番は竜胆さんだった気がする。理由はわかる。たしかに彼は可愛い。

 竜胆さんはたまに三途さんを訪ねてくる。でも性格が合わないとタイミングも合わないみたいで、竜胆さんが来るのは大抵私一人の時である。それで時には私が対応したり、時には三途さんが来るまで暇つぶしに付き合ったりしているから、彼が可愛いとわかるくらいには付き合いがある。

 私の彼氏もよく「女ってなんでも可愛いっていうから意味わかんねぇ」と言うけど、なんでもかんでも可愛いって言うわけじゃない。女は意外とその線引きが厳しくて可愛いものしか可愛いと言わないし、さらに言えばその可愛いものに群がる。だから竜胆さんが一番なのは割と納得していた。

「そっかぁ。ナマエちゃんも竜胆さん推しだと競争率高くなっちゃうなぁ」
「竜胆さん人気だもんね?」
「そうなんだよねー。どっちが勝っても恨みっこなしね」
「ハハ…」

 それからも続く竜胆さん話をそろそろ切り上げたいと思っていた時、
「なんか楽しそうな話してんじゃん」
と良く通る声が私たちの会話を止めた。それは今しがた私たちが話していた話題の中心人物、灰谷竜胆さんだった。
「オレも混ぜて?」
「あ、やだぁ!竜胆さん、聞いてたんですかぁ?恥ずかしいですよぉ」
「オレの話だろ?」
「そうですけどぉ。本人を前には言えません…」
 そう言って顔を赤くする女の子は先ほどよりも声のトーンが上がっている。これが恋する女の子なんだと微笑ましく見ていたら、その流れをブチっと断ち切るように
「そういや頼んでたあの仕事どうなった?」
と竜胆さんに話しかけられた。
「あ、さっき終わって今三途さんに投げてるところです」
「ふーん。先見ときたいから今から教えてくんね?」
「わかりました」

 急に仕事モードになった竜胆さんに女の子は残念な顔をしながら「先に戻ってますね」と言って部屋を出て行った。

 私がデータを見せようとパソコンを叩いていると、竜胆さんは私の背後に回って私をまるで閉じ込めるみたいに両手を机に置いた。パソコンを覗き込むためなんだろうけど顔が近すぎて心臓がバクバクする。

 やめてよ私イケメン耐性ないんだから。三途さんだって上司なのにまともに正面から見れたことないのに。
 そう思っても竜胆さんはデータを見ようとまたグイッと前に出て、彼の逞しい胸が私の背中に当たる。なんとか意識しないようにして、
「これです」
と目的のページを見せると、
「どれ?」
と竜胆さんの吐息が私の耳にふぅっとかかった。
「ひぇッ!」
「ごめん、くすぐったかった?」
「いえ…大丈夫です…!」

 なんか…いい匂いする…!やばい、私三徹明けなのに…!
「あの、ここなんですけど…」
「うん」

 説明を始めて3分。たしかに結論は伝えたけれどまだ軽くしか説明してない段階で、
「ありがと。もう大丈夫」
と竜胆さんは早々に切り上げた。

「もういいんですか?」
「こんだけ聞けば十分。つかさァ」
「はい?」
「オレのこと推しってホント?」
「え…」

 やば。聞かれてた。ていうかそういうの慣れてそうだからいちいち話題に出すなんて思わなかった。

「推し…ですかね?」
 私が疑問形で返せば竜胆さんはプハッと笑った。
「その答えは新しいな」
「すみません。推しです」
「ミョウジちゃんって珍しく三途ンとこ長くいるしアイツの女かなんかかと思ってた」
「そんなこと言ったら三途さんに風俗に売り飛ばされます」
「その噂根強いよな」

 そう言って笑ってるけど、その答えでは噂が本当なのか嘘なのかわからない。結局どっちなの…?

「違うんならこの後飯でも行かねぇ?」
「ご飯ですか…?」
「近くにうまそうな寿司屋できたんだけど、そこ気になってンだよね」

 お寿司…。竜胆さんが言うくらいのお店だから相当なお店なんだろうな。

「でも彼女さんとかに申し訳ないですし」
「オレ今彼女いねぇし。それともミョウジちゃんの彼氏に怒られる?」
「…怒りはしないと思います」

 向こうも女の子と一緒にいると思うので。
 もともと今日は彼氏と会う予定だった。なくなったけど。なんか彼氏のこと思い出すと腹たってきて竜胆さんについて行きたくなる。でもなぁ。三徹明けだし。良い匂いのする竜胆さんの隣歩くのはなぁ。頭の中でうーん、と悩んでいたけど、
「ならさぁ、可哀想なオレに付き合ってくんない?良いとこの寿司一人で行くとかマジないから頼むわ」
ととてもアラサーとは思えない上目遣い(※私より背が高いくせになんで上目遣いになるのかわからない)で頼んでくるから
「行きます」
と答えざるを得ない。
「じゃ、仕事終わったら連絡して」
竜胆さんはサラサラと机の上のメモに電話番号を書いて、私からスッと離れた。

 それからはなんでもない世間話を少ししていたら三途さんが帰ってきた。
「あ?灰谷弟?またなんかやらかしたンかよ」
「ちげーワ。ウチのNo.2がトロいからミョウジちゃんに色々聞いてただけ」
そう言うと竜胆さんは三途さんにべーっと舌を出して去って行った。

 三十路近い男がべー?ほんとあざとい。
 竜胆さんの出て行った扉がバタンと閉まるとの同時に視線をパソコンの画面に移した時だった。
「オイ」
「はい?」
「わかってると思うけどアイツはやめとけよ」
「…はい?」
「兄貴と一緒で下半身ゆっりぃ男だかンな」

 三途さんがこちらを見ながら私に忠告した。無表情なところが私を本当に心配してくれてるのが表れている気がして、もしかして部下思いなのかもしれないと意外すぎてつい
「心配してくださったんですか?今まで鬼上司って思っててすみません」
と口からこぼれた。すると顔に青筋を立てた三途さんが
「あ゛?生意気な口はこれか?」
と私のほっぺたをつねろうとしたので急いで仕事に戻った。

     ◇

 仕事が終わって三途さんに「お疲れ様でした」と声をかけたけど返事がない。それどころか椅子の背もたれにだらんと背を預けてピクリとも動かない。もしかしてお薬キメすぎて死んでないよね?と心配になって見に行けば、スースーと小さく寝息を立てて寝ていた。

 まぁ四徹してればね…。
 私に三徹を強要する鬼だけど、自分はもっと身を粉にしてるから何も言えないんだよね。どんだけボス命なんだか…。
 ロッカーに置いてあったブランケットを三途さんにそっとかけて事務室を後にした。

「ミョウジちゃん」
「あ、竜胆さん」
 事務所を出て竜胆さんに連絡をしようとしたら、ちょうど竜胆さんも終わったところだったみたいで後ろから声をかけられた。
「ちょうどでしたね」
「三徹っつってたから、こんくらいかなって思って出てきたけどヤマ当たったわ」
「なんかテストみたいですね」
「テストとか懐かしいな。確かにオレ昔からヤマ当たる方だったかも」
「竜胆さんがちゃんと勉強してテスト受けてたことが一番驚きです」
 純粋に驚いてそんな失礼な言葉がポロッと出てしまったけど、竜胆さんは視線を上に上げて指を折り始めた。
「竜胆さん?」
「テスト受けたの3回」
そう言ってニヤリと笑った。そりゃ失礼なはずない。

 んじゃ行くかと一歩を踏み出した竜胆さんの後を追うように歩き始めた。
「ミョウジちゃんって何でウチきたの?」
「あ、私元は別の会社の事務受けてたんです。知らなかったんですけど、そこってうちの息がかかったとこだったんですよね。その会社は落ちちゃったんですけど、なぜかここで拾ってもらえて」
「拾ってもらえて、ね。フツー嫌がんねぇ?」
「最初はちょっとアレでしたけど、給料いいですし、そういう考えは持つのやめました」
「さすが三途の下についてるだけあンな」
「三途さん、お薬キめてるときはアレですけど、普段は割と良い上司ですよ」
「……」
「…竜胆さん?」

 急に黙った竜胆さんの方を見ると、その視線は少し先にいるカップルに注がれていた。ラブホから出てきたばかりでまだ余韻でも残ってるのかイチャイチャし続ける二人にお盛んなことで…と冷たい視線を浴びせていたら、口付けから離れた二人のうち、男の方は私の彼氏だった。

「あ…」
 もうずっと前から浮気してるってわかってたはずなのに、いざその光景を目の当たりにするとくるものがある…。
「アイツ、ミョウジちゃんの彼氏だろ?」
「まぁ…」
「ふーん。こんなカワイイ彼女いて浮気とかありえねぇな」
 普段だったら浮気し放題と噂の竜胆さんに色々と思うところはあったと思うけど、流石に今はそれどころじゃない。
「結構前から浮気してるので…まぁいつ別れるのかなって感じです」
 そう強がって言えば、竜胆さんは私の手をぐっと引っ張った。
「じゃあこっちから今フってやろうぜ」
「え?」
「浮気するような男、こっぴどくフってやんねぇと気が済まなくねぇ?」
 竜胆さんは震える私の手をぎゅっと包み込むように握って私を彼氏の方へと誘った。そして竜胆さんは私の彼氏と一緒に歩いていた女の子にわざとぶつかって、
「あ、悪い。大丈夫か?」
と女の子の顔を見た。女の子が10人いれば10人とも振り返るような美貌の持ち主に顔を覗き込まれれば、先ほどまでイチャイチャしていた男を忘れて女の子は竜胆さんに見惚れていた。私の彼氏はそれを面白くなさそうに見ていた後、その相手が竜胆さんであること、そしてその隣にいるのが私であることを認識して目を見開いた。竜胆さんに対して何か言えるはずもなく、とりあえず
「ナマエ、なんでお前こんなとこいんだよ」
と私に当たってくる。

 このクソ最低な男を今までほんの少しでも好きだと思ってた自分が恥ずかしいけど、なによりも私だって竜胆さんの考えてることわからないわ!と言ってやりたい。

「オレの女のこと呼び捨てにすんのやめてくんねぇ?」
「え?」

 は?

「つかナマエはこいつのこと知ってんの?誰コイツ」
 そう言って私の方をいたずらっ子のように見てくる竜胆さんにようやく彼の意図がピンときた。
「知らない人です。行きましょ?」
 私はにっこりと笑って竜胆さんの手を引いた。竜胆さんは私の腰に手をまわして、
「あんま妬かせんな?他の男に名前で呼ばれてるかと思うとソイツ殺したくなんだけど」
と言って元彼を睨みつけながら私の髪にチュッとキスをして流れるようにエスコートした。私もなんだか楽しくなってきちゃって、竜胆さんにしなだれかかると
「オイ!ナマエ!」
と元彼は私の肩を掴もうとした。でも竜胆さんはそれよりも早くその腕を取って動けないように背中側に回した。

「いッ」
「なぁ、オマエ今何しようとしたかわかってんの?まじで死ぬ?」

 演技のはずなのにその威圧感で周りの気温が数度下がったように感じた。そして竜胆さんが少し力を入れると骨がミシリと鳴るのが聞こえてきた。もう少しすれば折れるかもしれない。すると元カレは顔を真っ青にして
「すみませんでした!!!」
とほぼ泣きながら謝った。そこでようやく竜胆さんが腕を離すと元彼は地面に額を擦り付けて
「すみませんでした!」
と土下座した。
「二度と顔見せんな」
 竜胆さんは無表情で元彼の頭を足で踏みつけて額を地面にグリッと押し付けた後、何事もなかったようにかわいい顔をして
「んじゃあ行くか」
と笑った。竜胆さんのことがほんの少しだけ怖くなって、そしてそれ以上に好感度が爆上がりした。


「見た?アイツの顔」
 そう言って笑う竜胆さんに、私も胸がスッキリして
「見ました!最高でした!」
と返した。
「ありがとうございます!もう未練もさっぱりなく終われました。本当になんてお礼言っていいのか」
「オレも最近ストレス溜まってたからストレス解消になったし。今から寿司付き合ってもらうんだからそれの礼ってことで」
「じゃあ今日のお寿司は私に奢らせてください!」
「いや、女に奢らずとかねぇから」
「でもそれじゃあなんか申し訳なくて…」
「んー。じゃあさ、一個頼んでいい?」
「なんですか?」

 竜胆さんはにっこりと笑ってこう言った。

 オレのレンタル彼女になってくれねぇ?

    ◇◇◇

レンタル彼女契約事項

一つ、職場、日常のあらゆる場面で彼氏彼女として振る舞うこと。

一つ、この関係は誰にも秘密であり、お互いの家以外ではこの関係について言及しない。

一つ、お互いが本気で嫌なことはしない。




※このあとうっかり夢主が口走って三途にレンカノしてることがバレて三途に口説かれるけど、竜胆がレンカノとか嘘に決まってんじゃん?って言うところまでは決まってた。どっち落ちにするか悩んでる間に終了。







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