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※1の続き。

 父の会社は祖父が立ち上げて急成長を遂げた輸入業社だけど、父にはあまり商才がなかったのか祖父が亡くなってすぐに会社が傾き始めた。そこからは今までの一般人相手の商売は表向きに留め、ヤクザや海外マフィアを相手にした裏の稼業に手を出すようになって、今ではそちらが主な収入源になっている。私はそんな会社で受付嬢をしている。

 もちろん父が黒い仕事をしていることは知っていたし、私が笑顔で迎え入れた人たちが裏で痛い目を見たことがあることも知っている。だから仕事柄恨みを買うことはあるだろうなと思っていたけど、まさか身の危険を感じることがあるとまでは思わなかった。

「本物かわいいじゃん、ラッキー」

ニヤニヤと下卑た笑みを浮かべながら近づいて来る男に眉を顰めながらその人を避けて歩こうとすると、「無視はよくねぇんじゃねぇの?」と私の後ろからもう一人現れて逃げ場がなくなった。

「…何ですか?」
「気ィ強いとこもいいなぁ。どこまで持つかしらねぇけど」
 一人の男はそう言うと私の腕を掴んだ。パッと振り払おうとしてもその力が強くて振り払えない。

「やめてください、大声出しますよ」
「やめてくださいだってー。そんなちっせぇ声でいっても誰もこねぇって!あと身体震えてるから無理してんのバレバレ。まあ恨むんなら自分の父親恨めよ?」
「口軽すぎ。後で怒られてもしらねぇぞ」
「大丈夫だって。ンな口叩けねぇくらいにするから」

 そういえば最近危ない組織と手を組むことが決まったと聞いたような気がする。受付嬢の私には関係ないと思っていたけど、こうして仕事が遅くなった日くらいはもう少し用心すべきだっだ。

 今更後悔しても遅くて、男たちは私を羽交締めにした後笑いながら近くに泊めてあった白いセダンに私を連れ込もうとする。必死に逃げようともがき続けたけど大柄の男二人がかりじゃ太刀打ちできない。後部座席に押し込められてもう無理だと絶望し始めた時、後部座席に私を押し込んでいた男の頭を誰かが掴んで車の車体にガツンと打ち付けた。

 ガッと普通じゃ聞かないようなうめき声の後、白目をむいて私の上に男が倒れ込んだ。何が起こっているのかわからない私が息を呑むと男の人が車の中を覗き込んだ。

「気絶してんなって。張り合いねぇなぁ」

 その男の人は気絶したらしい男を私の上から退けた後、私を羽交締めにしていた男を車から引っ張り出してお腹に蹴りを入れたあと、その髪を無遠慮にグッと掴んで自分の顔の近くまで持ち上げた。苦痛に顔が歪む男の口の中に銃を突っ込んで
「首謀者誰か言えば助けてやるワ」
と笑った。暗くて顔はよく見えなかったけど、そんな中でも整っていることだけはわかって、自分は何一つおかしなことをしてないとでもいう様子で淡々とそんなことをやってのけるその男の人に鳥肌が立つ。

 私を襲った男が頷いてボソボソと何かを言うと、すぐに男の人はお腹に思いっきり蹴りを入れて男を気絶させた。髪をツートーンに染めているその人は私の腕を引っ張り上げて車から降ろすと、気を失った男を後部座席で寝ている男の上に投げ入れてドアを閉めた。

「ありがとう、ございます…」
「ん」

 男の人は私の謝辞を軽く流してどこかに電話をかけた。その人はここの場所を説明したあと、あとは片付けておけと物騒な指示をして電話を切ってまだ呆然とする私を見た。

「オマエ、ミョウジんとこの娘だろ。自分の親の仕事知らないわけでもねぇだろうし、一人でこんな時間に出歩くのはやめな」

 ミョウジは私の苗字でもあり会社の名前でもある。私がどうしてそれを、と言う顔でその人を見上げると
「ンな情報、この世界じゃ手に入れようとすりゃどこからでも手に入る。ミョウジはうちの得意先だから色んなとこに目つけられてるし」
と無感情の目で私を見る。

 うち、というと父が最近懇意にしているというヤクザだろうか。銃を持ってる時点で正義のヒーローが助けに来てくれたとは思わなかったけど、そういう関連で襲われたのならば命が危なかったと言うこと。ようやく自分が本当に危ない目に遭って、そして助かったんだと言うことを実感して足が震え始めその場にへたり込むと、その人はめんどくさそうに頭をかいて見た目通り柄悪く私の前にしゃがんだ。

「大丈夫か?」
「すみません…あの、すぐ歩けるようになると思うので。気にしないでください…」

 私のその言葉を無視して私の手を引っ張り上げて倒れないように腰に手を回す。

「半分はうちのせいだしな。乗り掛かった船だし今日は家まで送ってやるわ」

 腰の手に思わず身を固くするとハハッと笑われた。

「こういうの慣れてねぇの?」
「ま、まぁ」
「ふーん。ま、そっちの方が男はそそられるけどな」
「…」

 見た目通り遊んでそうな男の人だと思った。極道の人は怖くて敵に容赦がなくて、女好きが多いらしい。そういう人たちとはお近づきになりたくないと思っていたのに、彼の髪が私のおでこに触れるのも腰に手を回されるのも嫌じゃない。

 もう家は目の前というところで「家、そこです」と私が足を止めると男の人は腰に回していた手を離した。関わらない方がいいと思っているのになんだか離れ難くて、せめて名前だけでも知りたい、顔だけでもちゃんと見たいと思ってしまった。

「あの、よかったらうちでコーヒーでも…。お礼させてください」

 ありがちな誘い文句を吐いたらその男の人はまるで嘲笑するように
「男の誘い方知ってんのな」
と薄く笑った。そう言われて自分の顔がカッと熱くなるのを感じた。そういうつもりじゃなかったなんて言っても信じてもらえるわけがないし、多分心のどこかでそれでもいいと思っていたのは確かで。だから何も言えないままその場に立ちすくんでいると、その人は
「オレは良いけど。後悔すんなよ?」
と今度は私の肩に腕を伸ばした。

 その時、電話が鳴った。鳴ったのは男の人のケータイで、その人は小さく舌打ちをしてその電話に出るとどうやら誰かに呼び出されたようで「アンタからの誘いはまた次にとっといて」と足早に帰って行った。

 これでよかった。そう思うのに残念なのは、彼が私の初恋の人に似ていたからだ。もう10年以上も会ってないから声も顔もだいぶ朧げになっていたし、月が雲に隠れていて暗かったから彼の顔もなんとなく整っていたくらいにしか見えなかったけどそのどちらも似ていて、ガラの悪いところもそっくりだった。

 彼は中一の時同じクラスで、当時私はクラス委員をしていたから彼をよく探しに行かされた。とても自由な人で、不良だなんだと本人には文句を言っていたけど、好きなものを好きと言って、やりたいことをやる彼に私は憧れてた。中二になる前に彼がなんとかって名前の暴走族にのめり込むようになるとめっきり学校に顔を出さなくなって、私の淡い初恋は終わってしまったけど、彼は時折思い出す私の特別な存在だ。

 まあでもさっきの人は女癖の悪そうな人だったから告白をバッサバッサ断っていた女嫌いの彼とは違う人だと思うけど。でもその面影を重ねてなのか、それとも吊り橋効果で一目惚れをしてしまったのかわからないけど、それからしばらく彼のことを思い出さない日はなかった。

 友人に付き合ってもらった飲み会の帰り、前回の反省を活かしてタクシー乗り場でタクシーを待っていたら、あの派手なハーフアップが視界の端に映った。その人は先日私にしのようとしたように女の人の肩に手を回していて、そのままラブホ街に向かって行った。

 先程友人に「危ない男って惹かれるけど、その人は手に負えなさそうな男だから忘れた方がいいと思うよ」と言われた忠告を思い出して、その通りだったなとため息をついた。友人が先程誘ってくれた合コンに『参加させて』とメールを送ってタクシーに乗り込んだ。

 彼が父が最近専属契約を結ぶようになった極道一家の若頭候補で、私の新たに決まった婚約者で、そして初恋の人だったと言うことを知ったのは、その翌週のことだった。




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