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※ヤクザワカの一話目。続きが思い浮かばなかった。供養。

 目がチカチカするくらいのシャンデリアがキラキラと輝いている。こういうお店は何度来ても苦手なので恐る恐る足を踏み入れると、ドアマンの黒服さんがニッコリと笑いながら「いらっしゃいませ」と話しかけて来た。場違いな私を訝しんでいたとは思うけど、それを顔に出さないのは教育が行き届いている証拠なのだろう。私が名前を告げると黒服さんはハッと顔色を変えて「お待ちしておりました」とまるでお姫様をエスコートするかのようにとある席に案内してくれた。

 そこでは大人数でどんちゃん騒ぎをしていて、その中に何人か見知った人がいるけれど、いつもの精悍な(言っちゃえば人相の悪い)彼らとは違って赤ら顔で女の子たちにデレデレしている。普通ならそこに目が行くはずなのに、実際に目を惹かれるのは中心で何人もの可愛い女の子をはべらせてニヒルに笑う男だった。

 ここは夜の街の中でも一際輝くネオンを発するキャバクラ。このお店のオーナーであり、今関東で勢力を拡大し始めている任侠界のとある組の若頭候補でもあるその男の名は今牛若狭という。

 あまりの場違いさにこのまま回れ右して帰りたいけど、役目を果たすために逃げるわけにもいかず、ど派手なハーフアップの背中に声をかけた。

「若狭くん」
「あ?」

 若狭くんは名前を呼ばれたのに気がついて耳についた赤い球のピアスを揺らしてこちらに振り向いた。

「ああ、オマエか」

 自分で呼んでおいてそれってどうなの…。言っておくけど私は彼の都合のいい女でもなんでもない。結婚が決まっている婚約者同士で、さらに言えば政略結婚する相手。つまり本当だったらもう少し丁重に扱ってもらわないとおかしい立場なのに、適当すぎないかな。

 文句の一つも言いたいけど、私たちが不仲であるという噂を立てられても面倒だしグッとイラつきを飲み込んだ。そんな私に声をかけたのは若狭くんではなく彼の隣に座る可愛らしいキャバ嬢さんだった。

「いらっしゃいませ。もしよろしければお席とお飲み物を用意させますが」
「いい」

 私に声をかけたはずなのに断ったのは若狭くんだった。

「そうですか?あの、失礼ですがこちらの方は」

 顔に笑顔を貼り付けているけど、目の奥には私への敵意が光っている。ほんの少しだけピリッとした空気をものともせずに私の未来の旦那(仮)は自分にしなだれかかるその女性をベリっと引き剥がした後「嫁」と一言だけ言って、指に挟んだタバコを深く吸い、紫煙を吐きながらそれを灰皿に押し付けた。

「今日は用あるから帰るワ。次はオマエらの中で一番売上いいヤツ指名するから」

 多少、いやかなりガラが悪いけれど端正の一言では足りないくらいの顔立ちをした店のオーナーが、色気たっぷりの流し目でそう言えば女の子たちは目の色を変えた。この男の指名=一夜の約束なのはこの界隈では有名な話らしくて、一晩でも、そしてあわよくば日常的にこの特A級の男に抱いてもらえるならとキャバ嬢たちはこれから躍起になってNo.1争いをするのだろう。その結果この店の売上は上がって、そして若狭くんの組への貢献度も上がる。

 自分のことを理解した上で一番効率良く使う方法を知っているからこそ、この若さで何の後ろ盾もなく若頭候補まで昇り詰めたのだろう。それだけでなく周りの舎弟たちの機嫌取りも忘れないのは流石の一言に尽きる。

「オレの奢りだからオマエらは楽しんでいけ」
「「うっす!若狭さん、お疲れ様でした!」」
「ん」

 でも婚約者の私がそれを素直にすごいと思えないのは、自分も彼が組長になるための歯車の一つとして使われていることを知っているからだ。

 無言で私を引き連れてお店を出ると、若狭くんは私が乗ってきた組の車に無言で乗り込んだ。車が発進するかしないかのところでまた一本タバコを口に咥え、そしてこちらに視線を寄越す。火をつけろという催促なのはわかっていたけど私はキャバ嬢じゃない。若狭くんから渡されているライターを差し出すと、彼はそんな私を鼻で笑った。

「相変わらず可愛くねぇな、ちったぁ旦那に媚びて気に入られようとかねぇのか?」
「だったら可愛い女の子たちにもっとチヤホヤされてればよかったのに」
「あんな鼻が曲がるとここれ以上いれねぇよ」

 その一言でようやく合点がいった。いつもお店でパッと目についた子をお持ち帰りする彼だけど、今日隣にいた子も相当な美人だったのになんで私を呼ぶ必要があったのか謎だったのだ。でもその理由はどうやら隣に付けた子の香りがお好みじゃなかったようだ。

 若狭くんは選んだ子が気に入らない時、私という存在をダシにしてアフターを蹴っている。バサッと切らないところが彼の商魂なんだろうけど、本当に我が婚約者ながら意地が悪いと言うか性格が悪いというか…。

 今日の獲物を逃したというのに、若狭くんはなぜか機嫌悪くなさそうな顔でライターで火を灯した。そのライターは前に聞いたところうん十万もするようなお高いものなのに、使い終わったら無造作にポイと車のシートに投げられてしまった。

 自分も役目が終わったらこのライターのようにポイと捨てられるんだろうなと思ったら素直に媚びる気にもならない。まあ私にこのライターほどの価値があるのかは知らないけど。

 漏れ出そうになるため息を堪えて流れる景色に目を向けると懐かしい景色が広がっていた。思わずこぼれた「あ…」という声を拾った若狭くんが私のすぐそばまで来て外を見る。助手席のヘッドレストにタバコを持った右手を置いて左手は私の腰のすぐそば。抱きしめられる一歩手前くらいの距離にどくりと胸が鳴るけど、知らないふりをした。

「何?」
「え、と。昔住んでたところの近くだから懐かしくて」
「へー」

 へー、か。その返事を寂しく思って、若狭くんも昔この辺りに住んでたでしょ、と言うために彼の方を向くと、その垂れた紫色の瞳を細めてゆっくりと顔を近づけてきた。慣れないこの距離間に金縛りにあったように動けなくなった私の唇に若狭くんはキスを一つ落とす。離れていった彼の表情はなんだかいつもよりも優しい気がして「若狭くん…?」と彼の名前を呼んだ。けど、帰ってきた言葉は「今からホテルでも行くか?すぐ近くにうちの店あるけど悪くねぇよ」といういつもの女たらしな返答で、現実に引き戻された私は彼の胸を押し返した。

「私は若狭くんのセフレでも性処理係でもないんだけど」
「知ってんに決まってんだろ。オマエはオレの嫁」

 嫁じゃなくて駒でしょ。その言葉を飲み込む私に若狭くんは「今日の相手いなくなったしな」と最低なセリフを口にする。

「そうかもしれないけど、私たちは別にそういうことしなきゃいけないわけじゃないでしょ!?」
「今はな。オレが組長になればどうせ後継産むことになんだから別に今からヤろうが後からヤろうがどっちでもいいだろ」

 ほんと、最低。さっきのキャバ嬢の女の子たちみたいにどうせ捨てられるのわかっててわざわざ抱いてもらおうなんて私には思えない。無言で若狭くんの体を押し返し続けると、若狭くんは
「ま、でもそれまではお互い好きにしようっつったのはオレの方か」
と言って一瞬にして私から興味が失せたようにさっと離れて反対側の窓の景色を見ながらタバコの続きを吸い始めた。

 ほんと、最低。なのにこんな男のことが好きだなんて、私が一番どうかしてる。




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