抱かれたい男No.1の灰谷竜胆と運命の番だった件4





「お前仕事舐めてんの?」
隣で一緒にグラビアを撮影していた長身の男性の声が響く。
撮影会場はシーンと静まり返る。
「あ、あの」
「モデルはちゃんと服見せないと意味ないから。着てる服が可哀想」
これだから素人は、とため息をつかれてしまった。

「すみません…」

やってしまった。最近人気のデザイナーさんのブランドのパンフレット撮影という今までのアイドル路線とは毛色の違う大きな仕事。少し考えれば今までのグラビア撮影とは違うってわかったはずなのに。甘かった。

「おい八戒。言い方考えろ」
「だってタカちゃん」
「ごめんねミョウジさん。こいつ口悪くて。まだ初めてだからコツとかわかんないだろうし、こんなんだけどプロだから八戒に見せ方聞くといいよ」
「は、はい。すみません。頑張ります」
「謝るだけなら誰でもできるし」
「八戒!」
すると柴さんはシュンとしてオレ悪くないのに、と休憩スペースの方へと歩いて行った。
「ホントごめんな。」
「いえ、柴さんの言う通りです。私何も考えずに立ってて。恥ずかしいです」
「今回はこっちからお願いした仕事だし、モデル経験がないこともわかってる。少し時間かかるかもしれないけど、一緒に頑張ろうな」
「…はい!」
三ツ谷さん、優しい…

弱冠19才にして自分のブランドを立ち上げた三ツ谷隆さん。売り出してすぐに世間の目に留まり、わずか3年で海外でも名の知れるところとなった新進気鋭のデザイナー。そんな彼のブランドで、過去の作品から最新の服まで紹介するパンフレットを作成することとなり、そこにありがたくも女性モデルとしてお声がけ頂いたのは、先月のことだ。なんで自分を、と思いながらもこのブランドは私もなかなかお値段的に手は出ないけど、ずっと気になっていたので、二つ返事で引き受けた。なのに昨日から始まった撮影はご覧の通りの有り様なので申し訳なさでいっぱいだ。

優しい三ツ谷さんに甘えていてはいけない。これは仕事であり、こちらとしても新しいファンを獲得するチャンス。柴さんの言う通り、なんとかしないと。

今回一緒にモデルの仕事をすることになったのは、柴八戒さん。彼は世界の第一線で活躍するスーパーモデルで、高身長に抜群のスタイル、それに整った容姿を持っている。彼は雑誌のインタビューでいつも三ツ谷さんの服を褒めて、私服もそのブランドのものを着ていると言うので筋金入りの三ツ谷さんオタクだ。
そんな彼と私が釣り合うはずもなく、もう本当に残念な私の出来に、ついに柴さんがキレたのがついさっきのことだ。

「柴さんにコツを聞きたいんですけど、教えてくれますかね」
「ん?あー、あいつ女の人と喋んねぇから」
「はい。未だ挨拶も返してもらったことがなかったので、さっきは話しかけられて驚きました」
「あれはオレも驚いた」
「三ツ谷さんと柴さんはお付き合い長いんですか?なんか気心知れてるって感じですけど」
「あいつとは幼馴染みたいなもん。小さい頃近くに住んでてさ」

そんな他愛もない話をしていると、休憩所に来ない三ツ谷さんを柴さんが呼びにくる。
「タカちゃん!そんなやつ放っておいて早く!」
「おい!」
とおそらくそんなやつ発言を怒りに三ツ谷さんは柴さんの方へと向かった。



竜胆さんとケンカして早一週間。あのW熱愛報道は、各事務所が早々に否定して、いいお友達と聞いています、というよくある文句で納められた。

私はどうしたらいいのかわからず結局まだ連絡はできていないし、竜胆さんからも来ていない。
勢いのまま色々と言ってしまった。後から冷静になって考えると、竜胆さんは私の心配をしてくれていたのに、私はあかりさんのことを持ち出して論点をずらしていた気がする。正直竜胆さんに言われてムカついたことは何個かあって、それについて言いたいことはあるけど、何よりも先に、三途さんとはこれ以上関わるのはやめて、竜胆さんにあかりさんとのことを聞こう、そう決めたんだけど…

私は新曲の準備とはじめてのモデルの仕事でてんやわんやで、竜胆さんはドラマの大ヒットで映画化が決まったり、梵天の仕事で忙しそうで、見事にすれ違っている。このままいくと自然消滅かな、ぐらいの勢いだけど、それを許してくれないのがヒート。
私の次のヒートは来週の予定だけど、来週の竜胆さんの予定はテレビを見るに生放送の歌番組とか梵天のライブとかで埋まってそうだ。本人には確認できてないけど。

でもそれよりも今は仕事。まだきてないヒートのことはとりあえず後回しにして、モデルのことをなんとかしなくちゃ。私はこの世界に竜胆さんと会うために入ったのではない。自分の夢を叶えるためにきたんだから。気持ちを切り替えるために首を振る。

そして意を決して柴さんに話しかける。どうやら三ツ谷さんとのお話は終わったようで、たしなめられた柴さんは少しムスッとしている。

「あの柴さん」
「…」
「ご迷惑をおかけしてすみません。私モデルの仕事をしたことがなくて、服をどう見せれば良いのかイマイチコツが掴めなくて。よかったら教えて頂けませんか?」
「…」
「あ、あの」
「…」

また喋らない柴さんに戻ってしまった。こうなったら自分で考えよう。とりあえず服を見せる方法を学ぶべく、置いてあった昔のパンフレットを見る。そこに映るモデルさんたちは洗練された立ち方で、服の見せたいポイントを押さえている。立ち方はちょっとやそっとじゃどうにかなるものではないので、服を観察してみようと、ハンガーラックにかけられた煌びやかな衣装に手をかける。

どれも生地がしっかりしていて、選び抜かれたものだとわかる。細部まで作り込まれた刺繍や飾りは、一つ一つ三ツ谷さんが丁寧に時間をかけて施したことがわかる。

「これは?」

縫い目が少し拙くて生地も安っぽいものを見つける。それを手に取って見てみると、拙さの中にも想いの込められた温かみを感じた。どうやら小さい女の子用の服のようだ。

よく見ると、他にも子供用の服が何点かあって、少しずつ大きくなっている。まるで女の子の成長の記録のクローゼット。大きさと共に服の作りもどんどん良くなっている。なんで子供用の服があるんだろ?と不思議に思い見つめていると、

「あ、それは着ないで撮影するだけだから」
と三ツ谷さんに話しかけられる。
「これってもしかして三ツ谷さんの昔の作品ですか?」
「ははっ作品ってほどのものじゃないけどね。昔妹に作った服でさ。今回のパンフはオレのクロニクルって事で、はじめて作った服とかも載せんの」
今見ると色々拙さすぎて載せるのはずかしーけどな、と笑う顔は妹思いのお兄ちゃんだ。
「素敵ですね。きっと妹さんにとって自慢のお兄ちゃんなんだろうな…」
「うち貧乏で服買う金とかなかったんだけど、アイツら可愛い服欲しいとか言うからそれならって思って服作り始めて、いつのまにか趣味になってたんだよな」
「本当に素敵なご家族ですね…妹さんは何人いらっしゃるんですか?」
「2人。今回持ってきたのは上の妹の服で、お古で悪いけど、ミョウジさんにも着れそうなの2着ぐらい着てもらう予定だから」
「え!?そんな大切な服お借りして大丈夫ですか!?」
「だいじょーぶ。ルナ、あ、上の妹ルナって言うんだけど、ルナミョウジさんのファンだから喜んでた」
「え!本当ですか!?嬉しいです!!何か良かったらお礼とかさせてもらってもいいですか?」
「お、じゃぁサインとかもらっていい?」
「喜んで!」
「ラーメン屋みたいだな」

三ツ谷さんの話を聞いて、この服を絶対に世の中の人に見てほしいって思った。服にはきっとこうやって一つ一つエピソードがあって、でも全てを文字で伝えられない。モデルはその伝えられない思いとかを一緒に着て、みんなに見てもらうための存在なのかも。

柴さんの服が可哀想っていうの、きっとそれを伝えたかったのかも。うん、きっとそうに違いない。

「私、この服みなさんに見てもらいたいです。頑張ります!」
「なんか吹っ切れたみたいだな」
三ツ谷さんは笑って私の頭を撫でた。

なんか、お兄ちゃんみたい。いいなぁこんなお兄ちゃん。こんなお兄ちゃんがいたらうちももう少し違う家庭だったのかも。

なんてありえない妄想をしていたら、私たちの間に柴さんが割り込んできて、
「何タカちゃんに色目使ってんの!寄るなメス豚!」
と言いながら私にグルルルルと威嚇をしてきた。

「八戒!」
「だってタカちゃん」

「メス豚…」
そりゃ柴さんに比べたら豚だよね、と落ち込んでいると、三ツ谷さんにまた怒られて私よりも落ち込んでいる柴さんがこちらを睨んでいる。
「またお前のせいでタカちゃんに怒られた」
私のせいなのかな、と思いながらも先程ヒントをくれた柴さんにお礼を、と思い向き直る。
「柴さん、あの、ありがとうございました。私三ツ谷さんの服、みんなに見てもらえるように頑張ります」
「…」
まただんまり柴さんになっちゃったかと思い、会話を終了させようとしたら、
「そんな簡単にできるようにならないと思うけど、少しでもタカちゃんに迷惑かけないようにちゃんとやれよ」
と言われた。
少しはATフィールド無くなった、のかな?



「お疲れ様ー、今日はここまでにしとくか」
三ツ谷さんの声で私は肩の力を抜いて、お疲れ様でしたと返す。

今日で五日目の撮影。最初よりはカメラマンさんに注意される回数も減って、少しは見れるようになってきた、かな。そうだといいな。

隣に立つ柴さんからムスッとした視線を感じる。
「す、すみません。今日もご迷惑をおかけしました」
「…」
「お疲れ様でした」
柴さんは私にはほぼ無言なので、挨拶をして帰ろうと思ったのだが、彼に背を向けたところで声をかけられた。
「今日は悪くなかった」
「!ありがとうございます!」
「いつもよりはマシってだけだから」

柴さんはそう言うと私たちの様子を遠くから見ていた三ツ谷さんのところに小走りで駆け寄った。
「タカちゃん、ご飯行こ」
三ツ谷さんは大きい図体ながら子犬のような柴さんの肩を叩いて
「大人になったな八戒」
といい笑顔で迎える。仲良いな、この2人。私はスタッフさんたちにお礼を告げ、最後に三ツ谷さんに挨拶をして帰ろうとした。
すると、
「あ、ミョウジさん!ちょっと話したいことあるからメシでもどう?」
と誘われてしまった。どうやら三ツ谷さんに誘いを断られたらしく、柴さんに尋常じゃない恨みを持つ瞳で睨まれた。そんなに睨まなくても…
「あ、はい。わかりました」
話ってなんだろ?



三ツ谷さんと来たのは、個室の焼き鳥屋さん。
タカちゃんオレも行っちゃダメなの?とうるさい柴さんを置いてくるのは大変だった。正直私は3人でもよかったけど、三ツ谷さんがどうしても、と言うので2人で来ることになった。一体どんな話なのか、もしやあまりにダメすぎて降板、とかだったらどうしよう、と心臓がドキドキする。

「ミョウジさんは未成年だっけ?」
「はい。私に気にせず飲んでくださいね」
「ありがと。じゃ、お言葉に甘えて」
と三ツ谷さんは生ビールを頼む。
「ミョウジさんも好きなの頼んで」
「はい」

ドリンクが来たので先に乾杯をする。
「あの、お話ってなんでしたか?」
ドキドキしながら聞く。
「そんな怖い顔しなくても悪い話じゃないから大丈夫だよ」
「あ、はい」
「話は食べ物が揃ってからゆっくりしよう」
「あ、はい」

食べ物が揃い、美味しい焼き鳥に舌鼓を打ちながら三ツ谷さんが話し始めるのを待つ。
「じゃぁ本題なんだけど…」
「はい」
なんかこのパターンであかりさんから嫌な話聞いたから心臓が嫌な感じでドキドキして疲れる。三ツ谷さんがカバンをガサゴソしていて、一体何を…と思っていると、色紙とペンを渡される。
「サイン、もらっていい?」
「…あ!ルナちゃんのですね!もちろんです」
「わりぃな。ついでに下の妹の分もいい?」
「はい!お名前聞いてもいいですか?」
「ありがと。マナで頼むわ」
「マナちゃんですね」
ルナちゃん、と書こうとしたところで気づく。
「ルナちゃんとマナちゃんって何歳ですか?」
「ルナが19で、マナが16」
「ルナさん、年上でした。すみません、ちゃん付けで呼んでました」
ルナさんへ、と書いてサインを書く。2人分書き終わって三ツ谷さんにどうぞ、と渡す。
「2人とも喜ぶわ。ありがとな」
「こちらこそです!大切なお洋服借りちゃって」
「それはオレがお願いしてる方なんだからいーの」
そう言ってビールを一口飲む。
「それでちょっと聞きたいことがあるんだけど…」
「はい、なんですか?」
「すごく聞きにくいことだから、答えたくなかったら答えなくていいんだけど」
「?」
「ひょっとしてミョウジさんてオメガなのかなって」
「…どうしてですか?」
まさかこんな話をされるとは思わず、また別の意味で心臓がドキドキと痛くなる。私は何かバレるようなことをしてしまったのか。

「ごめん、急にこんなこと聞かれたらビビるよな。実はさ、ルナがオメガなんだよ。」
「え!?」
「アイツ首輪してるからそれを隠すための服が必要で、あんまり可愛い服がないってごねるからオレが作るようになったんだ」
「そうだったんですか!だから三ツ谷さんのブランド、女性ものは首が隠れてるのが多いんですね」
私が三ツ谷さんのブランドに注目してたのは、私でも着れそうなハイネックとか首周りにボリュームのある服が多いからだった。
「男物は八戒用に作ってたやつが元だったから普通なんだけど、女物はどうもルナベースに考えちゃってな。実は今回の話をミョウジさんに持って行ったのは、ミョウジさんがルナと体型似てて服が着れると思ったのと、オメガなんじゃないかと思ったからなんだ」
「え?」
「気付いたらのはルナなんだけど、よく自分と同じような服着たりしてるし、ルナはそういう勘鋭いからひょっとしてって。もし自分と同じオメガなら、アイドルをしてるなんて尊敬するって。紗南ちゃんが頑張ってるなら自分も頑張れるとか言ってさ。だからミョウジさんにお願いしたくて」
ルナさんの言葉に目から自然と涙が流れる。
「オメガの家族がいる身としてオメガがどれだけ大変かわかってるつもりだから、少しは助けになると思う。あと八戒がアルファだから先に言っといた方がいいかと思って。ちなみにオレはベータな」
「…」
「言いたくなかったら言わなくていいからな」
三ツ谷さんはもうわかっている。それでも私に選択の余地をくれる、優しい人だ。
「…。私はオメガに希望を与えたくてアイドルになりました。オメガでもアイドルになれるんだって。だから、ルナさんにそう言ってもらえて、凄く嬉しいです」
三ツ谷さんを見つめて言う。
「私、アイドルになってよかったです」
「ルナだけじゃなくて、オレからも礼を言うよ。ルナは昔オメガだからって夢を諦めたんだ。それからのあいつは結構荒れてさ。でもオメガでも頑張る松崎さんを見て、自分も頑張らなくちゃって前を向くようになった。松崎さんはうちの恩人だよ」
そう言われて涙が止まらなくなる。
「泣くなって」
「うぅ」
「ははっミョウジさん泣き顔も可愛いな」
「み゛づや゛さん!ルナさんにお礼を伝えてください!私これからも頑張ります!」
「はいはい」
と言って頭を撫でてくれた。三ツ谷さんがお兄さんすぎてやばい。

「今回の撮影長引きそうだし、これからもうちのブランドは松崎さんにお願いしようと思ってるから出来るだけオレもフォローするよ」
「!ありがとうございます!ご迷惑にならないように頑張りますのでよろしくお願いします!」
三ツ谷さんは笑ってよろしくな、と言ってくれた。


◇◇◇


ここ最近仕事に没頭していたけど、そろそろ本当に竜胆さんとのことをどうにかしないといけない。モデルの仕事は難しいとか、柴さんの心のATフィールドがほんの少し薄くなったとか、昨日の三ツ谷さんの話をして、アイドルになってよかったって言いたい。でも時が経つにつれてどんどん連絡し辛くなっていって…

三ツ谷さんに元気をもらった次の日。ようやく柴さんからのお小言もなく撮影を終えれた。仕事が終わってしまうとつい竜胆さんのことを考えて落ち込んでしまう。帰る準備をしていると、三ツ谷さんと柴さんが不思議な会話をしているのが聞こえてきた。

「お、今日まだ残ってるって。八戒行くか?」
「スゴアク?」
「そー。スマイリーもアングリーもあるらしい」
「行く!」

え、いったいなんの話してるの?スゴアク?スマイリー?よくわからないけど、とりあえず挨拶をしに二人に近づくと、

「あ!松崎さんも行かない?」
と誘われる。
「え?」
「なんでタカちゃん!二人で行こうよ!」
「まぁまぁ」
「あの…どこにですか?」
「ん?ラーメン屋。うめぇぞ」
「ラーメン屋…」
実の所ラーメン屋さんは昔家族で行ったっきり行ったことがない。
「…」
「無理にとは言わないけど」
「いえ、行きたいです!ご一緒させてもらってもいいですか?」
柴さんはがっくり肩を落としたので二人の時間を邪魔して申し訳ないな、と思ったけど、ラーメン屋さん行きたいし。

3人で歩いて向かう。もう外は真っ暗で、良い子は眠る時間だ。普段海外にいる柴さんが日本にいると言うことで、今雑誌からテレビまでみんなで柴さんを取り合いしていて、日中はそちらの仕事が入ってしまっている。私も新曲のレコーディングとかあって日中はなかなか動けないので、撮影は夜遅くに少しずつ進められている。期限のないパンフ撮影らしく、のんびりとやれていて、その分いいものにしようとみんなで一致団結してやっているので、このチームは居心地がいい。

ラーメン屋さんに向かう最中、三ツ谷さんを真ん中にして両脇に私と柴さんという布陣で歩いているんだけど…

「スゴアクってお店知ってる?」
「実はラーメン東京で食べたことなくて疎いんですけど、有名なお店なんですか?」
「いつも行列でさ、なかなか行けねぇんだけど、たまに連絡くれて早めに店閉めてオレらのこと呼んでくれんの」
「あ、お知り合いのお店なんですか?」
「そ。昔やんちゃしてた頃の仲間」
「へー!三ツ谷さんにもヤンチャしてた頃があったんですね!」
「八戒もな」
「柴さんはあんまり意外じゃないです」
そこで今まで黙っていた柴さんがわたしと三ツ谷さんの間に入ってきて、
「ちょっとタカちゃんとくっつきすぎ!」
と威嚇してきた。

最近夜ご飯をたまにこの3人で食べに行くけれど、大体いつもこうなる。別にくっついてないのに、柴さんって独占欲強い。いいな、仲よしカップルは。

「八戒、ミョウジさんに少し慣れてきたよな」
と三ツ谷さんが笑うので、そうか?と首を傾げていると、
「着いた。ここがスゴアク」
立ち止まった先には般若と能面の間に【双悪】と書かれた厳ついのれん。
こ、これでスゴアクって読むのか。うーん、やんちゃしてただけある。
のれんを分けて中に入ると、
「三ツ谷、八戒!らっしゃーい」
と元気よく声をかける顔の印象は違うけどそっくりな二つの顔。
「双子…?」
「ミョウジさん、二人がここの店主のスマイリーとアングリー。見てわかると思うけど、双子」
「そうなんですね!はじめまして、三ツ谷さんたちに仕事でお世話になってます、ミョウジナマエです。今日は私までお邪魔してしまってすみません」
「いいよ!!」
ん?なんか怒り気味にいいよと言われたけど、どっちなんだろう。困惑した顔をしていると、
「アングリーは怒って見えるけど怒ってないから大丈夫だよ」
と三ツ谷さんのフォローが入る。
なるほどアングリー…?

「ミョウジナマエって、あれだろ、三途の彼女」
「「は?」」
三ツ谷さんと柴さんが私を見てくる。
「なんかニュースでやってたけど」
スマイリーさんがニコニコしながらとんでもないことを言い出すので、固まってしまった。
「違います!」
「なんだ、違うのか。ついにあの三途にも彼女ができたか思ったんだけど」
「違いますけど…三途さんとお知り合いなんですか?」
私がそう聞くと、三ツ谷さんが答える。
「ん?そーそー。オレら高校の時の族の仲間。マイキーと三途は中学生だったけどな」
「え!佐野さんも!?」
族とは、暴走族のことだろうか。
「梵天って大体そんな感じだぜ。マイキーと三途はオレらと同じチームだったし、鶴蝶と灰谷兄弟とココとモッチーは隣のシマのチームでよくケンカしてた」
とスマイリーさんが教えてくれる。
「そ、そうなんですか」
竜胆さんも昔やんちゃしてたんだ。全然知らなかった。あ、昔喧嘩してたから竜胆さんと三途さんって仲悪いのかな?あかりさんのことといい、私全然竜胆さんのこと知らないな…


「しかし三途はマイキーのこと好きだよな」
「だな。しかしマイキーを追いかけて芸能界入りするとは驚いたワ」
スマイリーさんと三ツ谷さんが昔を懐かしむように話し出す。
「三途女子に追いかけられるの嫌いだからね。まぁあの顔なら仕方ないのかもしれないけど」
「八戒といい勝負」
「タカちゃん。オレは別に」

へー。三途さんって佐野さんを追って芸能界に入ったんだ。嫌いなこと我慢してまで着いていくなんてどんだけ好きなの。まぁそんな三途さんも何故か今は私のストーカーみたいになってるけど…本当になんで?
と一人で首を傾げていると
「で、注文は?」
とアングリーさんに聞かれた。

スマイリーが白とんこつでスパイシー、アングリーが黒とんこつでマイルドと説明を受けて、
「じゃぁスマイリーでお願いします!」
「お、チャレンジャーだな」
と三ツ谷さんが笑った。

三ツ谷さんはアングリー、柴さんはスマイリーをそれぞれ頼んだ。待っている間も昔の面白い話がたくさん聞けてとっても楽しかった。

「いただきまーす」
早速出来立てのスマイリーをいただくと、
「か、からーーーい!」
見た目に反した辛さに水が進む。
「だろ?オレも辛くてなかなかスマイリー頼めないんだよな」
と空いたグラスに水を注いでくれる三ツ谷さん。この気遣い、お兄ちゃん通り越してお母さんだよ。
そしていつもの
「タカちゃんこいつに甘くない?」
柴さんの嫉妬。
「…柴さんって本当に三ツ谷さんのこと大好きですね。ひょっとして三ツ谷さんがデザイナーだからモデルになったんですか?」
「…悪い?」
あ、そうなんだ。三途さんといい柴さんといい、そんな好きになれる相手がいるなんてすごいな。
「いや、悪くないですよ。きっと三ツ谷さんの服を1番に着こなせるのは柴さんだと思いますし」
「…八戒でいい」
「え?」
「柴って呼ばれ慣れてないから八戒でいいよ」
と言いながらそっぽを向いてしまった。
「あ、じゃぁ八戒さんって呼ばせてもらいます」
三ツ谷さんはそんな私たちをニコニコと見つめていた。ついにATフィールドが消えた、のかな?

「「「ごちそうさまでした」」」
「うまかっただろ?」
「めっちゃ美味しかったです!うちここから結構近いのに今まで知らなくて損しました。次はアングリー食べにきます!」

「「まいどー」」
とお二人に見送られて私たちは店を後にする。
「結構遅いし送ってく」
とお母さん節を炸裂する三ツ谷さんに、えー、コイツなら大丈夫だよ、とごねる八戒さん。
「あ、私の家本当にすぐ近くなので大丈夫ですよ。ありがとうございます。気をつけて帰ります!」
「本当に?」
「はい!ダッシュします」
「じゃぁ本当に気をつけてな」
二人に手を振って反対側に歩き出す。こう言う時はいつも竜胆さんに電話をしていた。

連絡を取らなくなって二週間。
とりあえず一度会って話さなきゃ、と思い腰を上げて
“近いうちに会えませんか?”
とラインを送る。なかなか既読にならなくてモヤモヤしながら歩いていたら家に着いた。

テレビをつけると生放送の番組に竜胆さんとあかりさんが二人で出ていてまたさらにモヤモヤしてテレビを消した。



翌日は仕事がお休みなので学校に行く。夜からはまた撮影だけど。
授業を受けながらも頭は全く違うことを考えている。
昨日竜胆さんから、
“明日朝イチで北海道だからまた連絡する”
と返信があった。
そういえば今はツアー中だっけ…竜胆さん忙しいんだな…このまま連絡がなかったらどうしよう、と窓の外を見ながらため息を吐いていたら、先生に普段いないのに余裕だな、と当てられてしまった。

授業もおわり、さぁ帰ろう、そう思った時にちょうどスマホが震える。見るとサムネイルに三途さんの名前。なんか嫌な予感するから後で見よ、と思うと、窓の外で女子の黄色い声が響き渡る。嫌な予感は当たったと早くも肩を落とす。ラインを見ると

“今校門にいるから早く来い”

あの人バカすぎる。この間スキャンダル(じゃないやつ)を抜かれ、ようやく収まったというのに。
でもそれよりも前に言いたいことがある。

あの人なんで私の学校知ってるの!?怖いよ!!


よし、こうなったら私じゃない人を待ってることにして、私は裏口から帰ろう、そう思ったら知らない男子に話しかけられる。
「ミョウジさん、あの、外で待ってるから早く来いって校門で伝言を頼まれまして」
「…」
「…あの、よかったら握手してもらってもいいですか?」
「!も、もちろん!」
「応援してます!」
「ありがとうございます。これからも頑張りますね!」
ネクタイの色を見ると後輩の子のようだ。どうやら私の貴重なファンみたいなのでファンサを忘れない。三途さんよくもそんな子に伝言を頼んだな!
窓から校門を見ると、人だかりがすごい。その中心には桃色の背の高い男の人が立ってて、笑って女の子たちに手を振っている。その前には赤色のいかにも外車ですって車が停まっている。

“裏口から出ます”
と三途さんに連絡をして、急いで向かう。

私の方が先について待っていると、赤いランボルギーニが横につけられる。

いや、わぁランボルギーニだぁ、乗ってみたかったーーーと現実逃避するしるしかなくない?

「乗れ」
「…」

本当は乗りたくないけど、この場を早く離れないともっと大騒ぎになるので仕方なく車に乗った。

「おせぇ!お前のせいでくそめんどくせぇファンサさせられただろ!」
車を発車させた三途さんが何故か切れていて意味わからない。
「勝手に来て勝手に怒るのやめてください。本当に情緒ジェットコースターですね…それで何の用ですか」
できれば、どころか、本当に会いたくなかった。竜胆さんとケンカ中に三途さんと会うとか、もうどんな言い訳もできないレベルでやばいと思う。なんとかして早く帰らねば。

「彼女に会いにくるのは普通だろ?」
「は?違いますけど。というかこの間ようやく消えた噂に火をつけるの止めてもらっていいですか」
「そっちのがおもしれーじゃん」
「私は面白くないです!あ、面白いといえば、私三途さんの昔話一つ知ってますよ」
仕返しとばかりに仕入れた話をする。
「は?」
「中学生の時女の子に間違えられて痴漢されたんですよね!相手ボコボコにして逆に警察に連れてかれたって聞かましたよー。しかも佐野さんが迎えに来るまで帰らないとか言って警察を困らせたんですよね」
ダメですよ、警察の言うこと聞かないとと笑って話すと、三途さんの顔が一気に赤くなる。
「なっ、ば、お前なんで知ってんだ!」
「三途さんがやんちゃしてた時のお仲間に会って聞いちゃいました」
「…三ツ谷か?」
「年上なんだから呼び捨てにしちゃダメですよ」
「アイツコロス」
「大丈夫です。三ツ谷さんだけじゃないんで」
何が大丈夫なんだ、とボソボソ言う三途さんを横目に、私はふと、竜胆さん、ライブで北海道行ったんだよね?この人なんでいるの??のいうことに気付いてしまった。
「あの…そういえば今日ライブじゃないんですか?」
「ライブは明日」
はい!?竜胆さん、もしかして嘘ついてた??私とは会いたくないってことかな…こんなふうにまた三途さんと会ってるような女嫌だよね…
落ち込む私を見て三途さんはニヤリと笑う。
「お前、弟と喧嘩してんだろ」
「…なんでですか?」
「そりゃわかんだろ。お前見てりゃ」
「…」
「誕生日に他の女と会うなってちゃんと言ったのかよ」
「…言ってないです」
「だからお前はオレの方が合ってんだよ。オレは他の女とぜってー会わねーし」
「ものすごい自信ですね」
「他の女といるくらいなら一人で抜く」
「…聞きたくなかったです」
「聞けよ。オレがお前で抜くと」
「いやーーーーー!やめてください!!何バカなこと言ってるんですか!」
「うるせーな。別にバカなこと言ってねぇだろ」
「…三途さんって本当に私のこと好きなんですか?」
「は?」
「だって…好き好き言われすぎてとても本当のこと言ってるように聞こえない」
「ちゃんと言ったらオレと付き合うのかよ」
「それはないですけど」
「おい」
「…私と竜胆さん、運命の相手なんです」
「運命?」
「はい…だからその…」
「お前って竜胆以外のフェロモン感じねぇんだろ」
「え?な、なんでですか?」
「お前にフェロモンぶつけても反応ねーし」
「え!いつぶつけたんですか」
「今まで割と」
「今まで割と!?そういうのやめてくださいよ!」
「で?」
流された…三途さん怖すぎ…たしかに自衛足りてないかも…
「…まぁそうですね。私中途半端なオメガなので」
「それで運命ねぇ」
「はい」
「ふーん。運命なんてそんなもんか」
「え?」
「普通に喧嘩するし、普通にオレみたいなのに付け込まれるし。ただフェロモンがわかるだけとか噂に聞くほどのもんでもねぇな」
「…」
「そんなん言われてもオレには関係ねーな。オレにとっちゃお前が運命だし」
「…はい?」
「まぁオレもこんな体質だから結構苦労してて。それなのにアルファってだけで女が群がってきてうぜーし。そんなやつらこんな自分のフェロモンに酔うようなやつって知ったらどうせ逃げてくんだろ。」
「うーん、人によると思いますけど」
「口挟むな。そうなんだよ」
「はぁ」
「でもお前はこんなんってわかっても逃げていかねーし、同情もせずに今日も頑張りましょうねとか綺麗事言ってくるし。最初はただのレアなオメガってからかってただけだったけどな」
…まさかあの初めて発作の時の話!?むしろ同情とかしといた方がよかったの!?やっぱり三途さんってわからない。
「これまでオレにはマイキーしかいなかった。でもお前ならそばにいても悪くねぇって思ったんだよ」

そう言いながら三途さんはタバコに火をつけて吸い始める。

「さっきの話からすると竜胆に今日は会えねーとか言われたんだろ。そんな嘘つくやつはやめてオレにしとけ。お前オレになら遠慮なんてしねぇだろ」
「三途さん…あの」
「返事は今は聞かない。今日はしかたねェから家まで送ってやる」
「はい…」


家の前で車を停めて、三途さんは真剣な顔をしてこちらを見る。
「オレはアルファとして欠陥品だけど、お前もそうってんならお似合いだろ。オレにはお前が必要だからオレの運命はお前だと思ってる。だからオレを選べ」
私、竜胆さんに運命とか関係なく好きって言って欲しいんだよな。でもきっとそれは難しくて…三途さんはそう思ってくれてるんだ。なんてぼんやり考えていたら三途さんの綺麗な顔が近くまで迫っていて、
「ぎゃーーー!」
と顔を叩いた。
「ってーな!」
「何するんですか」
「まだ何もしてないだろ」
「しようとしてました!」
「この国宝級イケメンの顔殴りやがって」
「自分で言わないでください!」
「…まぁいいわ。お前の家もわかったしまた来る」

…しまった!!やられた!!流れでつい…こういうところが隙だらけって竜胆さんに言われるんだよな。
でも竜胆さん嘘つくし…三途さんには告白まがいなことされるし…どうしたらいいんだろ。






もどる











「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -