絡まっては空回り





「今牛さんのことずっと好きでした。付き合ってください」

結構可愛い子だった。つーか、ワカに告白してくる子はみんな可愛い。でもワカは一瞥もくれずにその子の横を通り抜けた。
あ、と切なげに声を上げてワカに声をかけようとするけど取り付く島もないうちの特攻隊長に結局何も言わずに涙を流して去っていった。

「返事くらいしてやれば?」
「…なんて?」
「そりゃごめんとか他に好きな女がいるとか?」
「それ真ちゃんがフラれた時に言われてるやつでしょ」
「ちっ…がわねぇけど…!」
「返事すんのめんどくせぇし」

ワカはいつもこうだ。本人曰く、どうでもいいヤツと話す時間がもったいないらしい。

まぁワカには特別な女の子がいて、その子にベタ惚れらしいから仕方ねぇけど。どんなにいい女がいても「うちの姫の方が可愛いし」なんて言うくせに、「どんな子?」と聞いても「秘密」としか言わない。どんだけ独占欲強いんだよ。しかも名前すら教えてくれねぇから、その時流行ってたドラマで好きになった女優の名前からとって勝手に“タカコ”と呼んでた。あのワカが可愛いって言うくらいなんだから相当だろってみんなで「タカコ、マジであの女優のタカコとかだったりしてな!ワカなら年上の女優が彼女でもおかしくねぇ!」なんてバカなことを言って笑ってた。まぁそれくらいワカの彼女へのハードルが上がってたって話。

一度その“タカコ”を垣間見たのは、町で黒龍の連中とたむろってた時のことだ。オレや武臣たちと話していたワカが急にピタと動きを止めた。

「ワカ?」
「ちょっと外すワ」

そう言って向かったのは遠くからこちらを見ていた一人の女の元で、流石韋駄天と言いたくなるくらいの速さだった。ワカの足がめちゃくちゃ早ぇのは知ってたけどマジで速かった。一瞬だし遠目だし、オレらの目から守るようにワカが立ち塞がったからよくわかんなかったけどあれはめちゃくちゃかわいい。

あの女に冷たいワカがすっとんでくぐらいだからすぐにあの子がタカコだとわかった。やっぱワカぐらいの男にはその辺には絶対にいない可愛い子がいるんだよなと妙に納得した。

「あれがワカの彼女か」
武臣も同じことを思ったようでポツリと呟いた。
「だよな。やっぱタカコかわいいな」

しばらくしてワカが戻ってきた。
「あの子がワカの姫だよな?」
「まぁね」
「ようやくタカコ見れたわ」
「だからタカコじゃねぇ」
「だって名前教えてくんねぇし」
「別に知らなくていいでしょ」
「ワカって独占欲つえーよな」
「まあ真ちゃんのことも他の奴に真ちゃんって呼ばせねぇけど」
「おー。ありがとな」
「どういう返事、それ」

ワカが本当に心を開いてくれている証のようでそれはそれで嬉しい。けどなー、そんなに大切な女くらい紹介してくれてもいいと思うんだけど…。

「…いつか会わせてもいいけど。絶対好きになんないでよ」

あ、やべ。声に出てた。って…

「え!?マジで?」

いくらオレでも友人のカノジョを好きになったりしねぇし。




◇◇◇




朝食の支度をしていると、まだ半分も目が空いていない兄が寝癖をつけた頭をガシガシとかきながら階段を降りてきた。

「おはよ」
「ン」

いつも通りふぁぁとあくびをして眠いと言いながら私の肩にぐりぐりと顔を押し付けてくる。私もいつも通り
「ちゃんと起きて」
と無理矢理立たせて洗面台まで背中を押した。

顔を洗ってようやく目が覚めたらしい兄がテーブルに座ってコーヒーを飲みながらこれまたいつも通り
「今日部活何時に終わんの?迎え行くワ」
と言ってくる。

また始まった。

「大丈夫。今日別に遅くないし」
「そう言って前オレがいない時ヘンな男に声かけられてたし。さっさと言え」

ヘンな男でもなんでもない。ただの同級生だし。ただの世間話だし。

「あのさぁ…ちょっとウザイんだけど」
「ふぅん。おにーちゃんにそんなこと言うならもっと厳しくしてやってもいいけど」

この男はやると言ったらやる男なのは知っている。これ以上厳しくされたら一人で買い物も行けなくなる。

「わかったよ!7時半くらい…」
「ン。じゃあオレが着くまでちゃんと部室にいろよ」
「はいはい」



たかだか数分早く生まれてきただけで兄と呼ばれるこの男は、残念ながら超の付くシスコンだ。なぜか小さい時から私にベタベタしてくるし、なぜか私のことを守らないといけないと思い込んでいる。言っておくけど私はそんなヤワじゃない。いくらそう言っても唯一の妹である私が可愛いのは変わらないらしい。同い年なんですけど。

父が昔ヤンチャしていたタイプの人間でその血は兄に色濃く受け継がれたらしく、兄は成長して見た目がどんどん整っていくのと同時に不良の道を進み始め、中学に入ってすぐには暴走族のトップになるくらいのワルになっていた。

そんなバリバリに目立つくせに妹の私から見ても信じられないくらい顔がいいからもちろん鬼のようにモテた。それはもう学校の女子の半数は兄のことが好きだったと断言できるくらいには。でも女の子といるよりもバイクで流してる方が楽しいらしいので、兄が女の子と仲良くしてるところはほとんど見たことがない。

っていうか、チームで過ごす以外の時間は大抵私に当てられているからそんな時間ないんだろうな。正直兄が告白されるたびに「うちの妹の方が可愛い」なんて返事するから、私は何人の女の人から恨まれているのか…考えただけで怖い。

そんな兄を持つ私は二卵性とはいえ同じ血を引き継ぐ女。自分で言うのもなんだけど顔はわりと整っている方だと思うし、人よりはモテているとは思う…けど私にはあのシスコンがついてるから…。

先程の会話通り過保護に過保護を重ねたような男なので、私が男の子と話していれば、「うちの妹になんか用?」。告白されようもんなら、「誰の許しを得て声かけてんの?」。

自分だってチームのトップなんかになって忙しいはずなのになんでか知らないけど私に男が寄ってくると追い払いに来る。一体どういうこと…?

とにかく、あの兄がついている限り、私に恋愛フラグは立たないのだ。

私の名前は今牛ナマエ。年齢=彼氏いない歴を更新する予定しかない、シスコン不良兄貴がいる以外は普通の女の子です。





若狭が喧嘩をする。私が怪我の手当てをする。
若狭が迎えにくる。私がザリに乗る。
若狭が私の頭を撫でる。私が若狭のほっぺたをつねる。

毎日そんな変わりない生活を送る私たちだったけど、中学二年が終わる頃変わったことがあった。それは兄・若狭の特攻服の色。

今までは返り血が目立ちまくる白い特攻服を着て帰ってくる若狭に「血のシミ目立つから白やめたら」なんて言っていたというのに、ある日「黒龍」に「特攻隊長」なんて袖に書かれた黒い特攻服を着て帰ってきた。

「どーしたの、それ」
「新しいチーム作った」
「…特攻隊長?総長とか総大将とかじゃなくて…?」
「ん。まあね」

兄は今まで見たことない顔をしながら脱いだ特攻服を「いいでショ」なんて言って私に被せてきた。

「ぶかぶか」
煌道やその前のチームのトップクの時よりも大きくなったそれになんとなく寂しさを覚えていると、カシャッと音がする。見れば若狭がインスタントカメラを私に向けていた。

「…毎回撮ってるけどそんなんいる?」
「いる」
「あ、そう」
お返しにトップクを脱いだ黒のタンクトップ姿の若狭の写真を撮ってやったけど、現像したらあまりに盛れてたのでまあ仕方なく生徒手帳にでも挟んであげようと思う。

それからしばらくしたある日。東京に買い物に行ったら、街でそのトップクを着た兄を見かけた。若狭は心の底から楽しそうな顔をしていて、チームの人たちとの会話に夢中で私に気付くのがいつもより遅くて驚いたくらいだった。まあその後はもちろん私に男を近づけたくない若狭に一瞬で連行されて買い物途中だったのに家に帰らされたけど。せっかく東京まで出て行ったのに…。

それはともかく。
煌道連合時代の若狭は自分が一番じゃないと気が済まない血の気の多い男だったので、正直「特攻隊長」に収まっているのが本当に意外だった。けれどその理由はすぐに知ることとなった。


「それで真ちゃんが…」
「そのとき真ちゃんが…」
「で、真ちゃんが…」

「…」

毎日毎日止まらない若狭の真ちゃんトークに流石に飽きてきた。そこまでおしゃべりではないイメージがあるかもしれないけど、兄は私に限って饒舌になる。こと黒龍総長に関しては。今日も今日とて私の部屋に入り込んできて、マシンガンのように真ちゃんトークを飛ばしてくる。

「若狭さ…」
「何?」
「最近真ちゃん真ちゃんばっか言ってるけど、どんだけ好きなの?」
「別にフツーだけど」
「フツーじゃないでしょ。どう考えても。私まで真ちゃんのことめっちゃ詳しくなるくらい聞いてるわ。会ったこともないのに」
「たとえば?」
「誕生日は8月1日とか、好きなものはコーラとか、ケンカ弱いのに強いやつに突っ込んでいく無謀なタイプとか、見た目悪くないのに告白20連敗してるとか、夢がバイク屋を弟とやることとか、ライテクが凄いとか…」

つらつら述べていくと、逆に若狭がひいたような顔をする。

「なんでそんな覚えてんの。コワ」
「若狭が毎日話してくるからでしょ!流石に覚えるわ!」

ホントに私の知ってる若狭なのかと思うくらいには珍しく(私以外の)人に執着していて、嬉しくもありほんの少しだけ寂しくもあった。もちろん後者は口に出さないけど。





それからしばらくして私たちは高校生になった。ちなみに割と難しいところを受けたから若狭とは違うところに通っている。死ぬほど嫌味を言われたけど将来のことが関わってくるし若狭も渋々納得してくれた。と言うことで、私は今初めて若狭のいない学校生活を満喫している。

「ナマエ、今日って暇?」
「今日?なんかあるの?」
「部活休みだしみんなでカラオケでもどうかなって話してて」
「あー」

同じ部活の友人からのお誘いだった。今日は体育館が使えないらしく、私の所属するバスケ部は休みなのだ。

カラオケかぁ。まあ部活の友達なら若狭も許してくれるか。っていうかなんで私は遊びに行くのも兄貴の顔色を伺わないといけないわけ?おかしいでしょ。ちなみに若狭があれだけ好き勝手してる時点でお察しいただけると思うけどうちの親は超放任主義なわけで。

「どうする?」
「行こうかな。私流行りの曲とか全然知らないけど」
「マジ!?小林たち喜ぶわ」

ん…?小林?
ちなみに私の知ってる小林はバスケ部の隣で活動してる男子バレー部の同級生だけど。

「誰小林って」
「何言ってんの。バレー部の小林でしょ」
「…え、男子くるの…?」
「4人くらい。みんなバレー部だけど。あー、やっぱりお兄さんに怒られる?」
「うーん」

ちなみに過保護な兄のことはいつも私の迎えにくるからもちろん部活中に知れ渡っている。でも今日は若狭も集会って言ってたし…。

「大丈夫。行く」

一度家まで帰って若狭が集会に行くのを見送った後、急いで服を着替えた。今日は時間もあるし東京まで出てカラオケするらしい。東京という点にひっかかるものを感じたけど、会うはずがないとたかをくくって家を出て、前回若狭に邪魔されて買えなかったものを買ってから待ち合わせ場所に向かうことにした。

けれど、それが間違いだったらしい。

変な男につけられている。さっき横断歩道で信号待ちしている時に隣に立った男が私をジロジロ見てきたから嫌な予感はしてたんだけど。足早に歩いてみても同じ速度でついてくるし、コンビニに入ってみても店の中までついてくる。めんどくさいしそのまま待ち合わせ場所まで行ってやろうかと思ったけど、みんなに迷惑かけるかもしれないしなぁ。

追いかけっこも疲れたしケリつけようとその場に立ち止まると、男が私の前に立ち塞がってきた。

「さっきから追いかけてきて、一体なんなんですか」
「道教えて欲しいんだけど」
「私この辺詳しくないんで」
「かわいいね」

なになに。会話成り立ってないんですけど。

男は急いでるんでと立ち去ろうとする私の肩を掴んできた。どうもただのナンパではなく、本格的な変質者さんだったらしい。

私はありがちな王子様が助けてくれる展開とか特に期待していないタイプなので、若狭がグレた辺りから始めた合気道はすでに段持ち。うちの白豹には勝てるはずもないけど、そんじょそこらの男は余裕でKOできる。

掴んだ私の肩を引き寄せて抱きついてこようとするのでその手を捻り上げて回し蹴りをキメようとした。

その時だった。

「何やってんだコラァ!」
と変質者の肩を掴んだ男の人が現れた。
「え!?」
しかし私はもう蹴りのモーションに入っていて足が止められず、そのまま変質者と共に男の人も蹴り飛ばしてしまった。

「あ!!」
しまった…。やらかした…。

変質者は私の膝が頭に当たってKO、男の人の方は背がすごく高かったのが災いしたのか私の足の甲辺りが首に当たってしまったみたいで、首を押さえながらうめいている。

「す、すみません!!大丈夫ですか!?」

座っている男の人の前に膝をついてその人の顔を覗き込む。
「あー、大丈夫。ワリィ、余計なことしたな」
「いえ、私の不注意で…。首、痛みますか?」
どう当たったかわからないけれど、首は人の急所だし…。助けてくれようとした人になんてことを…。

「病院行きましょう!」
と彼の手を掴もうとした時、変質者が呻き声を上げて意識を取り戻した。この男の人に気付いて蹴りの力を弱めたから思いの外早く目覚めてしまったらしい。どうしよう、そう思った時、掴もうとした手に掴み返された。

「とりあえず場所変えよーぜ」

彼に手を引かれて変質者を置いてその場を立ち去り、少し離れた公園まで走った。
「本当にすみませんでした。首大丈夫ですか?」

ようやくちゃんと見れた彼は、真っ黒な瞳に同じくらい黒い髪。おそらく普段はちゃんとしてるんだと思うけど、私のせいでボサボサになってしまっている。その彼は、
「いや、ホント大丈夫。これくらい慣れてっから。つかダセーなオレ」
と頬を指でかきながら笑った。

あ。かわいい。

っていうか、かっこよくない?

めちゃくちゃタイプなんですけど!

初めて出会ったドストライクな顔面の男の人につい見惚れてしまって返事が遅れた。

「あ、と、そんなことないです。助けようとしてくれたんですよね。それにここまで連れてきてくださってありがとうございます」
「マジで女の子が襲われてると思って焦って飛び出ちまったわ。なんか武道とかやってんの?」
「ホントすみません…。合気道やってて」
「あー。うち空手道場やってるからなんかそんな気した」

まあオレはからっきしだけどな!と頭に手を当てて笑う明るい彼の姿に好感が湧いた。

「つーかどっかで会ったことねぇ?」
「え?どうでしょう…多分ないと思いますけど…」
「こんな可愛い子、一度見たら忘れない気がすんだけどな」
「っ!お、お上手ですね」
「いや、マジマジ。あ、ナンパじゃねぇからな!あと敬語いらねぇわ」

そう言って明るく笑う。その顔を見るだけでなんか落ち着くし、なんか落ち着かない。かわいいって言われて柄にもなく心臓が跳ねて顔が直視できない…。

やばい。一目惚れしたかも。

私のタイプは自分より強い男だったはずで、ケンカが弱いと豪語する彼は普段なら眼中に入らないはずなのに…。それでもこのままこの人と終わっちゃうのは嫌だな…。

「あ、あの…!」
「ん?」
「れ、連絡先聞いてもいい?」
「え」
「あ、いや、ナンパじゃないから!あの!首!もしなんかなってるといけないし…念のために…もしPHS持ってたら…」

我ながら苦しい言い訳だったけど、彼は嬉しそうに笑った。
「マジでいいなら大歓迎!」
「じゃあよかったらぜひ!」

そしてお互いPHSを取り出したまさにその瞬間、彼の電話が鳴り出した。
「あ、ごめん」
「どうぞ」

彼が話している間手持ち無沙汰でPHSを見たら、信じられないことに27件の不在着信が入っていた。もちろん全部若狭からで。

やば。

どうやら内緒で出かけたのがバレたらしい。今電話するといろいろめんどくさいので後にして、私は友人に兄に見つかったから今日行けないと謝りの電話を手早く済ませた。彼の方はまだ電話中だし仕方なく若狭に電話しようと思ったら、「ワリィ、ワカ」と声が聞こえてきた。

…ワカ…?

「…◯×公園にいんだけど武臣かベンケイと一緒に迎えに来てくんねぇ?」

武臣にベンケイ…

え…。え…。まさか、ね……?

「ごめん。交換しよ?」
電話を終えてニコニコ笑いながら私に話しかけてくる彼に一縷の望みをかけて聞いた。

「う、うん。名前、聞いてもいい?」
「佐野真一郎」








うわあぁぁぁぁぁぁーーーー!!!

この人真ちゃんじゃん!!!

待って待って………



開始15分。恋、終了のお知らせ。


固まる私に真一郎くんは
「オレも名前聞いてもいい?」
と聞いてきて、私は咄嗟に
「ナマエって呼んで。真一郎くんって呼んでもいい?」
とズルをした。今牛なんて言ったら即バレる。ただでさえちょっと顔似てるし。

どうせいつかバレるだろうにこんなふうに誤魔化してどうするんだ自分と心の中で突っ込んだ。ちゃっかり連絡先は交換した後、真一郎くんは
「オレの仲間すぐ来るからそしたら家まで送ってくわ」
と言ってくれた。

あー本当は送って欲しいけどこれは今の私には死刑宣告…。マジで即刻帰らないとどうなるか…。

「大丈夫だよ!今日は本当にありがとね!」
そう言ってさっさと逃げようとしたけど、手を掴まれて止められてしまった。

「危ねぇだろ!さっきのヤツまだいるかもしれねぇし。こんなとこ一人で帰せねぇわ」

うぅ。止める理由もイケメン…。この後地獄が待っててもここにいたくなっちゃうよ。

そんな甘い誘惑に首を振って
「ううん、駅すぐそこだから。心配してくれてありがとう」
と走り出した時、私のポケットからポトリとあるものが落ちた。それは学校の生徒手帳で、カラオケの学割が使えるから持ってきたものだった。急いで生徒手帳を拾うとそこからひらりと紙が落ちた。

真一郎くんがそれを拾ってくれてピタと動きを止めた。

それは私が生徒手帳に挟んだ若狭の写真だった。

「あ」



◇◇◇



「わー。悲惨」

幼馴染の優里に、新宿で泣けると評判の映画を見る前にカフェで先日の出来事を聞いてもらって言われた言葉である。

「だよね。私もそう思う」
「それで若の妹ってバレたわけね」
「しかも絶対気持ち悪いブラコンって思われてる」
「いや、そこまでじゃないと思うけど…多分」

……だよね。

「まぁでもこれ以上好きになる前で良かったんじゃない?あとからダメでしたってなるより傷は浅いと思うけど」
「それがさぁ、話には続きがあってね。あの後もう一度だけお礼がしたくて連絡したんだけど」
「うん」
「めっっっちゃ優しくて…もっと好きになった」
「あらら」

恋愛対象として見られてないって感じだったけど、首のことも気にすんなって笑い飛ばしてくれるし、私が兄貴の写真を持ち歩いてるのも、
『仲良いのはいいことだよな』
なんてフォローしてくれるし。共通の話題となる若狭が黒龍でどんな感じかとか面白く話してくれるし好感しかなかった。これで最後にしようと思っての電話だったのに、次の電話がしたくてそわそわするなんて思いもしなかった。

「なんで告白20連敗なんだと思う?何か欠点があるのかな?それなら早めに知ってもうこの報われない恋止めたいーーー」
「重症だね。でも意外だったわ」
「何が?」
「なんだかんだ言ってナマエもブラコンだからまだ当分そういうのないかなって思ってた」
「私ってブラコン?」
「結構重度の」
「う……でも確かに若狭のせいで目が肥えてるからそんじょそこらの男にはときめかないと思ってたんだけどね…流石若狭を骨抜きした男って感じ」
「まぁ若が自分の上にいるのを許してる人なんだもんね。相当な人なんだとは思うけど…。今牛家特攻とか持ってたりして」
「なにそれ」
「その真一郎くんは今牛家のDNAに刺さるモノを持ってるってこと」
「うん?」

ゲーマーの友人の言うことはたまにわからない。


映画を見ながら身体中の水分がなくなるくらい二人で泣いた後は買い物しようって約束してたんだけど、優里に連絡が入ってしまった。

「ごめん…。どうしても家に帰らないといけなくなっちゃって…」
「いいよいいよ、私は買い物してから帰るね!」
「え。若にバレたらまた怒られるんじゃない?」
「だって次東京に来れるのいつかわかんないし…」
「うーん。確かに若は心配性すぎると思うけど、ナマエが可愛くて心配してるんだよ?」
「でも…」
「でも今日は私が悪いし内緒にしとくから早めに帰ってきてね?」

なんだかんだで私に甘い優里を見送った後近くの噴水の縁に座った。

それにしても映画、よかったな…。

優里とのやりとりで一度引いた映画の涙の波がまた襲ってきて、思い出すとまた号泣しそうなくらいだった。カバンからタオルを取り出して目尻に溜まった涙を拭おうとすると、急に誰かにその手を掴まれた。

「え!?」

驚いて手の持ち主の顔を見ると、それは息を切らした真一郎くんだった。前見た時とは違って髪が完全に下りている。そしてその顔には表情がない。

「し、真一郎くん?どうし…」
「なんで泣いてんの?誰かになんかされた?」
「…え?」

どうやら私が泣いている理由を勘違いしているみたいだ。

「なんにもなくて…その、ただ映画見て思い出し泣きを」
「は?映画?」
「うん。感動しちゃって…」
真一郎くんはぁーーーとため息を吐くと
「恥ず…」
と言いながら私の隣に座った。

「つかさ。泣きながらこんなとこ座ってっと男に声かけられるから止めろ」
「え?」
「さっきからナマエちゃんのことチラチラ見てる奴らいっぱいいるから」
「…心配してくれたの?」
「そりゃな。勘違いして恥ぃけど変なのに声かけられる前に会えてよかったわ」
「あ、ありがとう…ございます…」
「なんで敬語?」

そう言いながら私の頭を撫でようとして手を止めた。

「ワカに殺されるとこだった」
「ふふっさすがに真一郎くんは殺さないよ」
「そーかぁ?」
「うん。だって真ちゃん真ちゃん言ってるし」
「まーいつも一緒だしな。でもナマエちゃん命って感じだし。あんなワカ見たことねぇからさ」
「こっちのセリフだし!誰かの下につくような男じゃなかったのに今じゃ真一郎くんを支えたいって感じだし。あんな風になるなんて想像もできなかったからまだ本当にウチの兄なのか疑ってるくらい」
「…………は?」
「うん?」
「………マジか」
「どうかした?」
「……あー、いや、ごめん。こっちの話」
「え、あ、うん。でも確かにそろそろ妹離れしてもらわないと困るけどね」
「まーでも妹が可愛いのはわかる。オレも妹可愛いし。弟も可愛いけどな」
「あ、マイキーくんとエマちゃんでしょ?若狭から聞いてるよ。真ちゃんちに遊びに行くと生意気盛りのマイキーくんがワカの蹴り技見せろっていつも言ってくるって」
「そーそー。結構ワカに懐いてんだよなぁ」
「若狭意外と小さい子に好かれたりするんだよね。親戚の子にわたしより懐かれててちょっとムカつくもん」

思い出しムカつきをして頬を膨らませながら隣に座る真一郎くんを見ると思いの外距離が近いことに気がついた。なんだか恥ずかしくてさっと視線を避けた時、隣に座る真一郎くんの手がわたしの方に伸びてくる。その手は先程触るのをためらったわたしの頭を撫でた。

「へ?」
「あ、ワリィ、髪跳ねてたからつい…」
「え、あ、ううん、ありがと…」

「「…」」

あ、あれ?なんか気まずい?なんで?さっきまで普通だったのに。

「そ、そういえば今日リーゼントじゃないんだね!」
「あー、来る途中ケンカしてきたからぐしゃぐしゃになった」
「さすが黒龍の総長さんだね。あ、真一郎くんも髪跳ねてる」

今度は私が真一郎くんの髪をサッと直して、「これでだいじょーぶ」と頭ひとつ分背の高い真一郎くんの顔を覗き込んだ。

「え?」

なんでかわからないけど、真一郎くんの顔は少しだけ赤い。まるでわたしのことを少しだけ意識してくれてるみたいな…。

え?いや、そんなわけないよね。だって電話でだって、さっきだって、そんな感じ全然なかったのに。

でもわたしたちは無駄に見つめあっちゃって、お互い目が話せない。

どうしよう、なんかすごい心拍数上がってきちゃったんだけど。わたし、絶対顔真っ赤。こんなの好きだってバレちゃう…。



「なにやってんの」

「「え」」

「…わ、若狭!?なんでこんなとこいんの!?」
「遅かったな」
「どーでもいい女に捕まった」
「さすが」

あ…。ケンカしてたって言ってたもんね…。近くにいてもおかしくないか…。

「で、なんで真ちゃんといんの?優里と映画とか言ってなかった?」
「あー、ワカ。これはたまたまだからな?ナマエちゃんがそこの噴水で…」
「わあぁぁぁぁ!」

泣いてたなんて言ったら私のせいで優里が怒られる!咄嗟に真一郎くんの口を抑えたけど、若狭に腕を引かれて気がついたら若狭の腕の中。

「…目赤い」
「う」
「泣いた?」
「い、いや、その」
「どーせ映画が感動したとかでしょ」
「う、その通りです」
「で、優里が帰るっつってんのに買い物するって駄々こねた」
「……」

なんでわかるの。ほんと、怖い。

「オマエの考えてることくらいわかる。で、言いつけ破ったってことはもう一人で外出しないってことだよね」

……だよね!!そうなるよね!?いやでもそれは本当に困る!!こうなったら奥の手使うしかない!!

「お兄ちゃん…ごめんね。でも今日はどうしてもお兄ちゃんの誕生日プレゼント買いたくて。それに私だっていつもお兄ちゃんが怪我して帰ってこないかとか心配してるんだよ?」
「ホント?」
「うん」
「ならプレゼントなんていらないから誕生日は一緒にいて」
「うん、それはもちろん」
「オレの好きな飯作ってくれればいいから」
「うん、作るよ」
「オレのこと好き?」
「うんうん、大好き!」
「一番?」
「一番!!」

私がそう答えると若狭はしてやったりと言う顔で笑った。

「ん?」

あれ、は、はめられた…?

「いい子」

といいながら私の頭を撫でる若狭の手を払えない。結局私もただのブラコンだったと思い知らされただけだった。

「ホント仲良いな。ウチも仲良いけど、二人まではいかねぇわ」

そのままドナドナされる私を真一郎くんはニコニコしながら見つめて手を振って来た。

天然か、あの人。

そりゃこんな兄と仲良くしてる女なんて好きにならないか。やっぱりうちのシスコンがついているブラコン女に恋のフラグは立たないんだよね。




◆◆◆



「妹さんをオレにください!」
「無理」
「妹さんに告白させてください!!」
「ダメ、絶対」
「妹さんをオレの手で幸せにさせてください!!!」
「しつこい」

最近の黒龍集会後の名物になり始めているこの見せ物はもう数え切れないくらい行われていて、オレも隣に立つベンケイも苦笑いをした。タカコ=ワカの妹だと知ってから以降からこの調子だから、もう三ヶ月以上もこのやりとりを見ている。
総長ともあろうモンが告白させてくださいって…。まあそれでもメンバーがついてくるのが真のすごいとこなんだよな。

「ちゃんとワカに許可とってから口説こうとするところが真らしいけど…」
「別に21連敗になるだけなんだから告白ぐらいさっさとさせてやればいいのにな」
「ほんとそれだよな」

そう思うけどワカは絶対に許さない。ひょっとしてあの取り付くシマもなかった白豹を落とした真のことだからナマエちゃんも真のこと好きだったりして。


……あのモテねぇ真に限ってンな訳ねぇな。


「お兄さん、そこをなんとか」
「………絶対無理。ナマエは真ちゃんみたいなぽっと出の男にやれない」

そう言いながらプイッと顔を背けるワカの顔を見てベンケイが笑った。

「ワカちょっとお兄さんって呼ばれて喜んでんだろ」
「ウルサイ。口出さないで」
「ナマエちゃんと真が結婚したらワカは真の兄貴か」
「ホント黙れ」

そう言いながらベンケイの尻に蹴りを入れるワカを笑って見ながら、なんだかんだ言って真のことが大好きなワカはそのうちOK出すんだろうなと思った。つかワカが認める男なんて真しかいねぇだろ。








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