タバコの香りは牽制




「お前最近どこで昼食べてんの?」
 コンビニのおにぎりのビニールをビリっと破りながら聞いてきたのは隣の席の同僚の鈴村くん。
「近所の知り合いのところ」
「彼氏?」
「違うけど」
「でも男だろ」
「そうだけど。なんで?」
 そう聞けば「別に」と返しておにぎりをぱくりと食べはじめた同僚を横目に私は席を立った。

 勤め先から歩いて5分のところにあるS.S MOTORSで昼食を取るようになったのは、幼馴染に「お昼ご飯食べてると隣の同期が私のお弁当をつまみ食いしてきてヤダ」とぼやいたのが始まりだった。

「じゃあ真ちゃんの店で食えば?オマエの会社から近いし真ちゃんもいいって言うと思うけど」
「え、流石に悪いよ」

 そう言ったのに若狭は「本人に聞いてみれば?」と私をポンとバイクの後ろに乗せてS.S MOTORSまで連行していった。人のいい真一郎くんは若狭が事情を話せばすぐに「ここで食えばいいだろ」とバイクをいじってた手を止めていい顔で笑ってくるから、こちらが逆に苦笑いをしてしまった。

 真一郎くんは若狭が所属していた『黒龍』という超絶厨二な名前の暴走族を率いていた人で、その時代の頂点に立ったカリスマ的存在。それに本人の人柄も相まってものすごく男にモテていて、何年か前に現役を退いたけど今でも彼を慕う男たちは数知れず。バイクショップには現役時代の仲間や後輩たちが所狭しと押しかけてきていている。
 正直あの世界は女の私が入るのはなんか違う気がするから、お店に顔を出すのが申し訳ないくらいなんだよね。だって私が若狭のお使いでお店に行くとみんな白けたようにサッといなくなるし。そんなお店でご飯を食べるなんて流石に気まずい。

 それなのに真一郎くんは「ついでにオレの飯も頼んで良い?」と私の心配を気にしないどころかニッカリ笑って昼食を催促してくる始末。でも逆にそういう対価がある方が私も申し訳なさが減るし「それなら」と頷いて今に至る。ちなみにお昼時は意外にもお店に人は来なくて、今までに会ったのは初代メンバーと青宗くんくらいだから杞憂だったらしい。

  ◇

 ここ最近急に暑くなってきた日差しを感じながら歩いているときっかり5分で目的のバイクショップが見えてくる。

 中に入ればもうクーラーが効いていて涼しいくらいだけど、いつもよりも強くオイルの香りが充満していた。ちょうど修理中だったのかスタンドに立てられたバイクと工具が転がっているのに本人の姿が見当たらない。その代わりに
「あ、シンイチローの嫁」
と私のことを呼ぶ彼の弟、万次郎くんがバイクのシートに座っていた。

「万次郎くん、こんにちは。いつも言ってるけど私嫁じゃないからね?真一郎くんの彼女に申し訳ないからやめてね」
 彼女いるかどうか知らないけど。
「最近シンイチロー他の女のケツ追いかけてないし。ってことはアンタがシンイチローの女なんじゃないの?」
「…」
 最近の子はマセてるなぁ。彼女のことを嫁って言ったり女って言ったり…。
 これがジェネレーションギャップなのかな、なんて遠い目で万次郎くんを見つめていたら、彼は、ていうか、と続けた。

「ん?」
「シンイチローいっつもアンタのこと可愛いって言ってる」
「…は!?」
「武兄たちに昼はここくるの禁止って言ってるし。あれ?これ内緒だっけ?まぁいいや。オレ腹減ったからガッコー行く。確かカレーだし」
「あ、え、ちょ、ちょっと!」
 呼び止めても万次郎くんはマイペースにぴょんとバイクから飛び降りてじゃーねーと去っていった。

「行ってらっしゃい…」
 今から行って給食間に合うのかな…。ってそうじゃない。
 真一郎くんが私のことをかわいいって?お昼みんなにここくるの禁止にしてるって?
 若狭の幼馴染として優しくされているものだとばかり思ってたけど、もしかしてもしかしなくてもお店でご飯食べるのを許してくれたのに下心とかあったのかな…?

 そう思うと途端に恥ずかしくなってきて、居心地がいいと思っていたはずのお店にいるのが居た堪れなくなる。もちろんそれは私が真一郎くんのことをアリかナシかで聞かれればもちろん「アリ」だと思ってるからで…。

 するとタイミングがいいのか悪いのかガシガシと頭をタオルで拭きながら店の奥から真一郎くんが現れた。
「ナマエちゃん、待たせて悪いな。オイル被ったからシャワー浴びてたんだけど…」
「ひぇ!?」
「どうした?」

 あ、やば。変な声出た。恥ずかしい…。

「あ、なんでもないです…」
「ん?そうか?つか万次郎に店番頼んでたんだけどあいつどこ行った?」
「あ、お腹すいたから学校行くって」
「ははっほんと給食のためにしか学校行かねぇんだよなぁ」

 ま、オレも似たようなもんだったけどな、と笑いながら
「あー、オレも腹減ったわ。今日の弁当何?」
と聞きながら私の方に近寄ってくる。

「え、あ、か、唐揚げ…?」
 自分で作ったんだから唐揚げって知ってるに決まってるのに、なぜか首を傾げながらそう答える私に真一郎くんはふはっと笑いながら
「好きだわ」
とまだ濡れている髪をかきあげた。

 真一郎くんの「(唐揚げ)好きだわ」発言に過剰に反応してしまって顔がかあっと熱くなっていく。何も返事をしない私を流石におかしく思った真一郎くんに
「…なんかさっきから変じゃねぇ?」
と言われてしまって、
「変じゃないよ!ご飯食べよ!」
とめちゃくちゃ不自然にお弁当を広げた。

「そーいや最近隣のやつはどう?」
「流石にここでお弁当食べてるから特に被害はないけど…」
「けど?」
「一緒に食べてるの男かって聞かれた」
「ヘー」
 食べ終わって会社に戻るまでの数分、何でもない話をしながら私はお茶を飲んで、真一郎くんはタバコを吸うのがいつものお決まりだ。
 真一郎くんは「そっか」と珍しく二本目のタバコを手に取った。今まで気にしないようにしてたけど、伏し目でタバコに火をともす真一郎くんの仕草がものすごくカッコよく見えるから嫌になる。

 もー!万次郎くんのせいで!なんか意識しちゃうんですけど!
 ここにいない彼の弟に心の中でやつあたりをして、そろそろ行くね!と急いで弁当をしまっていつもより早くS.S MOTORSを後にした。

    ◇◇◇

 しまった。ケータイ忘れた。よりによってなんでケータイ。他のものならなんとかなるのに…。

 あまりにも急いで出てきたせいでお店にケータイを置いてきてしまったらしい。仕事中に気がついちゃえばそわそわとしてしまう。ケータイ依存症ではないはずなんだけど、ないとなんでこんなに不安になるんだろう…。
 仕方ないから仕事を早めに切り上げてお店に寄ろう…。確か真一郎くんは結構遅くまでお店でバイクいじってるって聞いたし、定時なら絶対にいると思うし。それにしてもなんで今日なの…?さっきの今ですぐにまた真一郎くんに会うのがなんだか気まずいし、ひょっとしたら黒龍のメンバーがいるかもしれないと思うとさらに気が重い。
 若狭に取ってきてってお願いしたいけど、ケータイないから連絡できないし。ホントなんでよりによってケータイを忘れたの…。

 定時になって、全てを放り投げて会社を飛び出した。そうしたら後ろから、
「おい、ナマエ!」
と私を呼ぶ声がした。
「鈴村くん?」
「今日オマエも定時だったんだな」
「うん」
「今日暇?どっか飲みに行かねぇ?」
「ちょっと用事があるから今日はやめとくね」
「じゃあ5分だけ時間欲しいんだけど」
「あー、えっと…」

 さすがの私もわかった。やばい。告白される。相手は隣の席の同期。正直そういう相手と何かあると気まずいからそうならないように気をつけてたつもりだったのに。
 なんて答えたらいいかわからなくて私が黙っていたら、
「もうわかってると思うけど、オレオマエのこと好きだから。付き合って欲しい」
と私の手首を掴んだ。

「あの…」
「昼一緒に食ってる男、彼氏じゃないんだろ?だったらまたオレの隣で食べればいいじゃん」

 掴まれた手首が痛くて咄嗟に手を引くけど、力が強くて離すことができない。私が難色を示しているのがわかったのか、鈴村くんはさらに続けた。
「オレじゃダメ?ナマエからタバコの匂い嗅ぎたくないんだけど」

 タバコ…?
 なんでそこにタバコが出てきたのかわからないけど、とにかく傷つけずにお断りをしたいのに上手い言葉が見つからないでいると、鈴村くんはもっと手を強く握ってきた。

 痛い…。どうしよう…。
 困って黙り込んだ私を助けるかのように鈴村くんと私の間に入って、彼の手を掴んで私の手を解放してくれた人が現れた。

「真一郎くん?なんでここに…」

 私の問いには答えずに、真一郎くんは鈴村くんに、
「ワリィけどこいつはオレの女になるから、お前にはやれねぇ」
と言って、私を後ろからすっぽり覆うように抱きしめた。

 えっ!えっ!?

 頭が真っ白だったって言うのもあるけど、先程同僚に手を掴まれていた時みたいな嫌悪感はなくて。だから、突っ撥ねることもせずに呆然とそのまま抱きしめられていたら、鈴村くんは傷付いた顔をして反対の方向に歩いて行った。返事をせずに断るのはあまりに失礼すぎると思ってその背中に
「鈴村くん、あの…ごめんなさい」
と投げかけたけど鈴村くんは振り返らなかった。

「真一郎くん…あの、そろそろ。助けてくれてありがとう」
 バクバクする心臓を抑えながら、なんでもないふりをして彼の手をぽんぽんと叩くと、
「もう離さないって言ったら、どうする?」
といつもとは違う真剣なトーンで返ってきた。

「え?」
「さっき言ったこと、本気だから」
「さっきって…」
「マジでオレの女になってくんねぇかなって思ってんだけど…」

 心臓が死ぬほど鳴ってるけど、背中から感じる真一郎くんのそれは私と同じくらい、むしろそれ以上に鳴っていて、本気で言ってくれているのがわかった。

「あの、えっと…」

 返事に戸惑っていると、真一郎くんは私から手をスッと離して、頭をガシガシとかいた。
「あー、ワリィ。これじゃオレあいつとなんもかわんねぇな。こんな風に告る予定じゃなかったんだけど」
 そう言って困ったように笑う顔が先程までと違って可愛くて、昔若狭が言ってた
「真ちゃんの良さは付き合っていけばすぐわかるよ」
というセリフを思い出した。あのとんがりまくってた白豹を絆すなんて、と当時は真一郎くんを珍獣を見るような気持ちで見ていたけど、確かに私も気がつけば真一郎くんに絆されてるなぁと笑った。

 そんな私の気持ちを知りもしないで、
「今日はとりあえず家まで送らせてくんねぇ?」
と歩き出した真一郎くんの指先を私から握った。

「ごはん…行かない?」
「やめとけって。オレ期待するから」
「助けてくれたお礼したいし、それに」
「それに?」
「さっきの、嬉しかったから…」
「マジで!?」

 真一郎くんは今度は正面から私を抱きしめて、優しい声音で
「あー、もうマジで一生離したくねぇわ」
と囁いた。
 万次郎くんにあらかじめ教えてもらえてよかったのかも。じゃなかったら今頃私の心臓止まってた。

 少しの間真一郎くんにされるがままにされていたけど、ここが会社の目の前なことを思い出して急に恥ずかしくなって真一郎くんの胸を押した。
「そういえば私のケータイ届けに来てくれたんだよね?」
「おー、そうそう」

 そう言うと真一郎くんがポケットをポンポンと叩いて、アレ?と首を傾げた。
「…忘れた」
 若狭がいたら、真ちゃんそういうとこって笑ってると思う。

 どちらからともなく手を繋いでお店に歩いていけば、なぜかお店に黒龍の人が大集合していて、なぜかみんな阿鼻叫喚していて、そんな中若狭は一人で笑ってた。



  ◇◇◇



「真ちゃんが告白できたに賭けるヤツいる?」
「「…」」
「ふーん。じゃあオレが賭けるワ」

 誰も真ちゃんに賭けねぇからそう言えば、後輩たちは「まじっすか!?」と驚く。

「ワカ君勝負師」
「真一郎君、オレたちに昼来るなって言ってからもう何ヶ月も経ってるのに告らないから流石にまだじゃないスかね」
「ま、ナマエのケータイ忘れてるし、一緒に帰ってくるでしょ。その時付き合ってなかったら今日オマエらに焼肉奢るワ」
「付き合ってたらどうします?」
「じゃ、一人一回ウチのジムの掃除しにきてもらうってことで」

 もう勝った気で焼肉!と叫ぶヤツらにベンケイが苦笑いした。
「コイツ勝算のない賭けしねぇから気をつけろよ!」
「え?」
「しかもうちのジムの掃除、すげぇ大変だからな」
「…マジっすか?」

 みんながどんな勝算があんのか聞かせろと目で訴えてくるから仕方なく
「真ちゃんアイツの前でタバコ控えてたのに、最近吸うようになったンだよネ」
と言った。勘のいい武臣辺りは気がついたけど、他のヤツらは訳がわからずポカンとしてて笑えた。

 最近アイツに会うといつも真ちゃんのタバコとオイルの匂いがした。それは真ちゃんの独占欲のようにナマエに絡みついついていて、これはオレの女だとでも言うように他の男を牽制していた。

「今日あたり同僚に告白されてるかもネって言ったらケータイ忘れて走って行ったし、勢いで告白してるんじゃない?」

 無意識なのかどうかわかんねぇけど、自分の香り纏わせようとするくらい好きな女をあの黒龍の総長が他の男にやるワケねぇだろ。




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