罰ゲームで告白してきた竜胆くんが別れてくれない
「はよ」
朝、家を出てすぐに私に声をかけてきたのは顔よし、声よし、スタイルよしなパーフェクトイケメン。誰もが振り返るような容貌でにこやかにこちらを見つめられると、直視するには朝日よりも眩しい気がしてつい目を逸らしたくなる。
彼は私の通う女子高のすぐ近くにある私立の高校に通う同い年の男の子で、私の彼氏でもある。今日も今日とて元々デザインがめちゃくちゃ良いと評判のブレザーを軽くアレンジしてさらにカッコよくする彼のセンスには脱帽するし、それが誰よりも似合っちゃうスタイルにまた舌を巻いた。
「おはよう、竜胆くん」
私が彼からの挨拶にそう返すと竜胆くんは微笑んで私の手をそっと握って歩き出した。違う学校で過ごす私たちにとっては朝共に歩くこの時間がデートで、私よりも二つ前のバス停から乗るはずの彼は一度バスから降りてこうして私を家の近くまで迎えにきてくれる。バス停まで歩く間にふぁ、と眠そうに欠伸をする竜胆くんに、
「昨日も夜更かし?」
と聞くと、
「あー、ちょっと夜兄ちゃんと遊びに行ってて」
と気まずそうに視線を逸らした。
気まずそうにする必要なんてないのにな。他の女の人と遊んでるなら別にそう言ってくれれば良いのに。いつまでも律儀な竜胆くんには閉口する。見た目も良くて有名人なハイパーモテる彼が私一人と付き合ってるなんて思ってない。他の彼女がいたって何も思わないんだけどな。それに竜胆くんの彼女に話しかけられたのはもう軽く両手の指の数を超えてるし。
「いつもごめんね。バス停とかバスの中で待ち合わせでも大丈夫だよ?」
「ん。だってこっちの方が長く一緒にいれんじゃん」
「あ、ありがとう…」
甘くからめられる彼の指の温もりを感じながら、付き合った当初の塩対応竜胆くんはどこへ行ってしまったのかと首を傾げた。
三ヶ月前に私に告白してきたのは確かに竜胆くんだったけど、彼は私のことが好きじゃない。なぜなら彼はお兄さんとの罰ゲームで私に告白してきたからだ。でももっと言うなら私も彼のことが好きで告白を受けたわけではない。私も罰ゲームで彼の告白を受け入れたのである。
だから竜胆くんに塩対応される理由もわかっていたし、そうされても我慢できた。というか常に身を引くつもりなので、
「他に好きな子ができたら言ってね」
と言っている。それなのにそう言う度に何故か態度が軟化していって、どんどん甘くなっていくのはどう言うことなんだろう…?たくさん恋人いるなら罰ゲームで告白した私とはさっさと別れればいいのに。
わからない…灰谷竜胆。
◇◇◇
「はい、竜胆の負けー。オレのゆーこと聞けよー」
「あーもう。何?」
「じゃあ今からあの角曲がってくる子に告白な」
「…はぁ?嫌に決まってんじゃん。だいたい男だったらどうすんの」
「それでもって言いたいとこだけど、流石に女だったらでいいわ。カワイソーだから」
そんな会話が聞こえて来たのは渋谷で買い物を終えた後、人気の少ない道を曲がろうとした時だった。内容が内容だけに角からそちら側をこっそり覗いてみるとそこには六本木のカリスマと呼ばれる不良・灰谷兄弟がいた。
色んな意味で派手な彼らの噂は隣の女子高に通う私の耳にももちろん入っていた。喧嘩が強くてたった二人で六本木を牛耳ってるとか、少年院に入っていたことがあるとか、女関係がとっても派手とかなんとか。同じ女を二度抱かないとまで言われているほどなので相当な遊び人なんだと思うけど、まさかそんな人たちがこんな馬鹿げたことをしてるなんて思いもしなかった。
罰ゲームを言い出したおさげさんの方はよく知らないけど、メッシュさんの方はバスでたまに一緒になるので顔に馴染みがあるし、それに一度彼が財布を落としたのを拾ったことがある。噂から怖い粗暴な人なのかとって思っていたから恐る恐る渡したから、「ありがと」とちゃんとお礼を言われて驚いたっけ。ちなみにその時初めてちゃんと見た彼の顔はめちゃくちゃタイプだった。まあ向こうはこっちを全く見てなかったから横顔だけだけど、めちゃ整ってた。
それは置いておくとして。
話を聞いてしまったからにはここを曲がって彼らの前を通るのは気が引ける。罰ゲームで告白されて「はい」といえば本気にすんなと笑われそうだし、「いいえ」と言えばそれはそれで何様って感じだし。でも他の道は不良が揉めてたから通れなさそうだったんだよね。困ったな…。
そう思っている間も二人の会話は続いていて、
「もし告白してその子がOKだったら責任とってちゃんと付き合ってあげろよ」
「…兄ちゃんホントなんなの?」
「負けたヤツにとやかく言う資格ねぇからな。今カノジョいねぇしいいじゃん」
なんて聞こえてきた。
どうやらメッシュさんの方が弟らしいけど、その弟さんは色々文句を言っているみたいだけど、お兄さんの口には勝てないようだった。
今出て行ったら灰谷弟さんに告白されて付き合えるんだ…?
………。
アリだな。
実は今、私にも罰ゲームが課せられている。先日友人たちとカラオケに行った時に、一番点数が低かった人が罰ゲームということになった。まあ私が最低点だったんだけど、ひとつだけ言わせて欲しいのは、決して私は音痴ではないということ。友人たちが馬鹿みたいに歌が上手いのと、私を嵌めるためにめちゃくちゃ練習していたからこんなことになった。ズルい。そして彼女たちは負けた私に
「次告白してきた人と付き合え」
というなんとも人道に反した罰ゲームを言い出したのだ。
「どんなブサ男でもちゃんと付き合えよー」
なんてさらに酷いことを付け足す友人は得意の絞技でオトしたけど、正直本当に困っていた。なぜなら誰かと付き合うまで私の命よりも大切な本(敬愛する作家様のサイン付きプレミアもの)が人質ならぬ物質になっているからだ。汚れでもしたらどうしてくれる。
そんな時に耳に入ってきたのがこの話だった。灰谷弟さんには大変申し訳ないけど、相手も罰ゲームで告白してきたならOKしても罪悪感ないから受けさせてもらおうと思う。本当は不良と付き合うとか怖いけどどうせすぐにフラれて終わるわけだし。
私はしめしめと曲がり角から一歩踏み出した。
「あ…」
灰谷弟さんが角から曲がって現れた私を目で捉えた。バスが一緒だとしても顔は覚えられていないだろう。なので知らないフリをしてそのまま彼らの前を通り過ぎようとするとぎゅっと手を掴まれた。
「あ、の」
「はい?」
灰谷弟さんが眉間に皺を寄せてイヤイヤながらも頑張って告白しようとしているので、私も全力の演技で応えなきゃ。
「あのさ」
「はい」
「あの」
「…はい」
そう思っていたんだけど、弟さんは「あの」しか言わない。
「あの」
「…」
この人本当に六本木のカリスマなんだろうか。こんなにイケメンでスタイル良くてオシャレさんが世の中に何人もいてたまるかって感じだけど、ひょっとしたら私の勘違いだったのかもしれない。
灰谷弟さん(仮)はそれ以降なかなか次の言葉を発さない。静寂が居座り続けてあまりに気まずいので仕方なくこちらから
「どうかしましたか?」
と聞いてみるけど、それでも彼の形のいい唇からは次の言葉が紡がれてこない。
やっぱり私じゃダメだったか。というかまあ罰ゲームで告白なんてイヤだよね…。目死んでるし口をパクパクさせているし…なんか魚みたい…。
なんだか可哀想になってきたので無かったことにして帰ることにしよう。手、痛いし。最初に手を掴まれてからずっと掴まれ続けていて、しかもその握る力がどんどん強くなっている。どんな握力してたら骨がミシミシ言うんだろう…ホント痛い…。
「あの、すみません。私そろそろ…」
「ヘタレりんどーくんの代わりにオレが言ってやろーか?」
帰ろうとすると、お兄さんの方が弟さんの肩に自分の手をかけてニヤニヤしながら
「どーも、りんどーのオニイチャンです」
と話しかけてきた。
「ど、どうも」
「急にごめんね。うちの弟がさぁ、ナマエちゃんのこと」
「兄ちゃん…!自分で言うから向こう行ってて」
もはやカオスな状態に私の顔は引き攣っていたと思うけど、とりあえずの感想は仲良いなこの兄弟、である。なんだかとっても普通の兄弟に見えるけど、この人たち本当に六本木のカリ以下略。
「はいはい。それじゃ竜胆のことヨロシク」
またねと手を振って去っていくお兄さんを追い払った弟さんは気まずそうに私から視線を逸らして、
「あの、さ…」
「は、はい」
「アンタのこと好きなんだけど…」
なんて彼の特徴のある髪色の前髪をくしゃくしゃと手でかきあげながら私に言った。
「よかったら付き合ってくんない?」
罰ゲームの告白らしくシンプルなものだったけど、視線を私から逸らしながら言ってくるのがなんだか照れているように見えてこっちも無駄にドキドキしてしまって声が出ない。
「急すぎだよな」
「あ、えっと」
「オレバスでたまに一緒だったんだけど。アンタのこと前から可愛いなって思ってて」
認識されてた…?めちゃくちゃ意外。
「あの…灰谷さん、ですよね?」
「オレのこと知ってんの?」
「はい。うちの学校でも有名ですし」
「あー。まあロクな噂じゃねぇと思うけど」
「そんなことないですけど…私も灰谷さんが同じバスに乗ってるの知ってました」
「そっか」
「私、ミョウジナマエと言います。私も灰谷さんのことずっとかっこいいと思ってて…」
「え」
「よければ…よろしくお願いします」
「マジで…?」
彼にとってみればほぼ初対面の私が告白を受けることは誤算だったのかもしれない。けれど私は彼と付き合わなければならない。お兄さんの提案に感謝をしながらニッコリと笑いかけた。
「でも私たちまだお互い知らないことが多いし。もしそれでなんか違うなって思ったら遠慮なく言ってくださいね」
別れようって。
こう言っておけばきっとお兄さんの許しが出たら関係を切りやすいと思っての提案だった。
「ん。そっちもいつでも言って」
「はい」
「あ、敬語いらねぇから。あと竜胆って呼んで。オレもナマエって呼んでいい?」
「あ、うん。どうぞ」
このようにして私たちの歪なコイビト生活は幕を開けることとなったのだ。
あれ…そういえばお兄さんさっき私のこと名前で呼んでなかった…?そんなわけないか。
◇
翌日。
いつも通りバスに乗って目的地で降りると、向こうから歩いてくる竜胆くんとお兄さんが見えた。彼との距離が近くなって、背の高い彼を少し見上げる形で見てみると、竜胆くんもこちらを見ていて目が合った。
罰ゲームで告白した女にどう接するつもりなのかわからなくて、とりあえず私はなるべく感じ良く軽くペコリと会釈をした。すると竜胆くんもペコリと会釈してきたので、これでよかったんだなとそのまま通り過ぎようとしたらお兄さんがあれあれー?とニヤニヤしながら話しかけてきた。
「可愛い子いると思ったら弟の彼女ちゃんじゃん」
「兄ちゃん…」
「…」
あー。竜胆くん嫌がってるし、お兄さんは楽しんでるし…。
「おはよ、ナマエちゃん」
「おはようございます、灰谷さん」
「りんどーのお嫁さんなんだからオレのことは蘭ちゃんかお兄さんって呼んで?」
「嫁……蘭さんでお願いします」
罰ゲームの件といい、噂以上に兄の方はぶっ飛んでるなとちょっと顔が引き攣った。流石にここで竜胆くんに挨拶しないのもと思って彼の方を見ると、
「あー、元気?」
なんて内容が全くない会話を気怠げにされる。流石に興味持たれなさすぎて、告白してきた時の真摯さはどこへいってしまったのかと彼の塩対応にまた顔が引き攣った。まあお互い罰ゲームだし、すぐ別れるから別にいいけど。
「うん。竜胆くんは?」
「まあそこそこ」
「そっか」
「「…」」
気まずい…なんだこれ。
目立つ灰谷兄弟が立ち止まっているとそれだけで人の目を集める。ただでさえこの辺りはうちの学校と竜胆くんたちの学校の近くだから人が多いし。蘭さんが余計なことばっかり言うので私と竜胆くんが付き合ってるってざわざわしてるし。あんまり注目されるのも恥ずかしい。なにせすぐ別れる予定だし…。
それじゃ、と二人の前から足早に去ろうとしたのになぜか蘭さんがそれを許さない。
「何小学生の気まずい初恋みたいなのやってんの?自然消滅するやつじゃん。せっかく付き合ったんだからイチャイチャすれば?」
余計なことばっかりするじゃん、蘭さん。竜胆くんも同じ思いなんだろうけど、お兄さんの態度に諦めたのか軽くため息をついて
「今日暇?どっか行かね?」
と大義そうに聞いてくる。
「え…あ、うん。大丈夫、です」
「ん。じゃあ後で迎えいくから待ってて」
「はい」
遊びに行くんだ…。若干…どころかかなりイヤそうだったけど…。それでも意外にも律儀な、でも眉間に皺を寄せて不機嫌そうに見える彼の背中を見送った。
教室に入ると、例の馬鹿な提案をしてきた友人四人が私の席の周りに集まってきて、さっき変な噂聞いちゃってさぁ、なんてのたまう。
「ナマエが灰谷竜胆と付き合ってるって噂」
まさかねー!と大爆笑される。
「まぁ一応…」
「そういえば昨日アンタから持ってこいっていわれて宝物持ってきたけど」
「ありがと。返してもらうね」
「あ、彼氏できたん?誰誰?」
「だから竜胆くん」
「…は?」
「昨日告白されたから付き合うことになって…」
「え」
「じゃあまさか」
「ナマエの彼氏って」
「ホントに…」
「「「「灰谷竜胆ーーーー!!??」」」」
四人が見事にハモる。私はこくんと頷いた。
無事私の手元に返ってきた大切な本はしっかりと袋に入れてカバンにしまった。おかえり、マイエンジェル。もう家から一歩も出さないよ。
放課後。
校門がガヤガヤと煩い中、迎えにくると言っていた彼を待つこと30分。さすがに遅い。帰ろうにも不良相手に勝手に帰ったら怒られるかもしれないし、悩んだ末に昨日交換した彼のアドレスを開き、メールを送ることにした。
“今日はどうしますか?忙しいならまた後日で大丈夫です”
返事はすぐに返ってきた。
“すぐ行くから待ってて”という普通の言葉の最後にはハートマーク。
ハート?………ハート?灰谷竜胆がハート?
あまりのキャラブレぶりに固まっているとまたケータイが震えた。
“ごめん、兄ちゃんが勝手に送った。今行くから待ってて”
だよね!さすがに竜胆くんがハートはないよね。
“そうだったんですね。それじゃ待ってます。うちの学校の校門で大丈夫ですか?“
“うん。つか敬語なしな”
“ごめんなさい。これから気をつけるね”
メールだと割と普通なんだな。なんて失礼なことを考えていると、すぐに竜胆くんの姿が見えた。あと少し待てばよかった。急かしちゃってごめんね、と言おうとしたら眉間に皺を寄せて無言で私の前に現れた竜胆くんに、あれ、またなんか怖くなってるんだけど…と身が凍った。相手は少年院に入っていたこともある不良である。正直そんな顔されると怖くて何も話せない。
その後のデートがどうだったかと言うと、察していただきたい。始終無言でたまに横目でこちらを見てるみたいだけど、基本は何も言わないしこちらを見ない。無言で歩いて、カフェで無言でお茶して、どうしても欲しかった本があったから本屋さんにだけ付き合ってもらったけど私が本を選んでいる時も無言でそばにいる…。そんなデート…全然楽しくない。そんなんだからこれは今日フラれるんだなと彼からの一言を待っていたのに何故かご丁寧に家まで送られて、
「それじゃ」
と私をフらずに帰って行く竜胆くんに私は首を傾げた。しかも夜に
”明日朝家まで迎えに行くから待ってて。また明日会えるの楽しみにしてる”
という先程とは打って変わったコイビトらしい文章をメールで送ってくる竜胆くんに私はさらに首を傾げた。
わからない…灰谷竜胆。
◆◆◆
遮光カーテンの隙間から漏れる光が眩しくて目が覚めた。ねむ…重たい体をむくりと起こして欠伸をしながら水でも飲もうと部屋を出ると、制服を着た竜胆に会った。
「竜胆ガッコー?」
「顔だけ出して帰ってくる」
「そ。じゃあ先に大将んトコ行ってるわ」
「大将によろしく。そんな遅くなんないと思う」
「いってら」
そう言って意気揚々と家を出て行く竜胆に手をぷらぷらと振った。水を飲むのも忘れてそのままリビングのソファに体を預けて天を仰いだ。
「オレの弟マジけなげー」
竜胆、なんか変じゃね?そう思ったのは一ヶ月前。学校に行くと朝家を出るようになったけどすぐ帰ってくる。気になって一回一緒に行ってみたら、なぜかバス停に向かい出す。
うわー、バスとか超乗りたくねー。そう思ったけど竜胆が当たり前に乗るから仕方なくついて行くことにした。
なんでバス…?まさかバスに乗ってる子のこと好きになってたりしねぇよな?
バスに乗る以外は今のところ特におかしなところもないからそんな考えがよぎったけど、いや竜胆がわざわざ女のためにバス乗るわけねぇなとその考えを一蹴した時だった。二つ先のバス停から乗ってきた女がオレらの前をスッと通り過ぎて空いている席に座った。鎖骨くらいまでの長さの黒髪が綺麗な女で、顔は整っているし、スタイルもそこそこで隣の女子高の制服がよく似合っている。無表情で鞄から取り出した本の頁をペラペラとめくるその姿が絵になってつい目的を忘れて女を見つめていたら、しばらくしてその形のいい眉を顰めて、静かに鼻を啜り出した。
え?マジ?泣いてる?
本を読んで泣き出した女に若干引いたあと、そういえばと隣で立つ弟を見ると、その目はしっかりと女を捉えて、なんなら少し頬を赤らめている。
え?マジ?ホントに片想いしてんの?
こんな竜胆の顔見たことないんだけど。つか竜胆が片想いなんて幼稚園の奈々美センセぶりじゃね?オモシロ。
こうして竜胆の片想いを知ったけど、信じられないことに竜胆は自分がこの女に片想いをしていることに気がついてなかった。何もしないでただ同じバスに乗って彼女を見つめるだけの竜胆に少し呆れながら、オレと同じで女に苦労したことがない弟が漫画みたいな片想いをしてるのがなんつーか…まあ一言で言うと「かわいー、オレの弟本命童貞だったー」って感じ。
竜胆が自分で自覚するまで待つかと見守っている間に、あの女の名前がミョウジナマエで同い年であること、まああの見た目だしモテてはいるけど彼氏はいないことなんかを突き止めた。多少引くとこはあったけどさすが竜胆が片想いするだけあって悪くない女だったし、なんか武術をやってるらしいから最低限自分の身は守れるらしいし、まあ竜胆の相手に良いかもなと思い始めた。
その頃、竜胆がオープンカフェに行くのにハマり出した。もしやと思ってついていってみればその向かいの喫茶店にナマエちゃんが美味しそうにケーキを食べてて、竜胆はその様子をバスの中と同じような顔でぼんやり見つめていた。弟のストーカーじみた行為に思わず、
「好きならさっさと告れば?」
と口を挟んだ。
「は!?え、なん、兄ちゃんなんで知ってんの?」
「最近の竜胆面白すぎて黙ってたけど結構前から気付いてた。バスに乗るとか毎日学校に行くとかありえねぇからバレバレなんだけど」
「…」
「でも兄ちゃんストーカーは良くないと思う。さっさと告って付き合えばいいじゃん」
「できたら苦労してないんだけど…」
…マジじゃん。
「仕方ねぇから兄ちゃんも付き合ってやるわ。こんな面白……ンン、面白すぎる竜胆なかなか見れねぇし」
「面白いをわざわざ言い直して面白すぎるって言うのやめて」
それからは正直毎回美味くもないコーヒーを飲まされるのはイヤだけど、可愛い弟のためだしと仕方なく一緒に行ってやるかとそのカフェに付き合ってやっていた。
問題の日は珍しく行きつけのカフェではなくナマエちゃんがよく利用する喫茶店に入った。いつも向かいの店から眺めてるだけの竜胆にしては攻めているので、ようやく前に進む気になったのかと弟の成長を嬉しく思っていたら、
「兄ちゃんよくこっちの店のコーヒーのが飲みたいって言ってたし。いつも付き合わせてごめん」
なんて言い出す。
オレの弟、可愛すぎね?昔から兄ちゃん兄ちゃん言いながらオレの後ろを着いてきてたし、目に入れても痛くない可愛い弟だけど、こんな図体デカくなっても可愛いままだったわ。
ま、でも兄ちゃんはここのコーヒーが飲みたかったんじゃなくて、さっさと距離縮めて告れってことが言いたかったんだけどな?
まあ同じ店に入る気になっただけでもいいかとカランカランとベルを鳴らして喫茶店に入ると、ナマエちゃんが同じ高校の四人の友人と楽しそうに話しているのが目に入った。予想通り竜胆はナマエちゃんから一番離れたテーブルに座った。
しばらくして注文したコーヒーが運ばれてきて、なんでもない話をしながら向かいのカフェよりはだいぶマシなそれを飲んでいると竜胆のケータイが鳴った。竜胆がメールを見ながらハァ?と顔を顰めたのでそれで大体事態を把握した。
「兄ちゃん」
「ヤダ。オマエ一人で行けー。どーせたいしたことないやつだろ」
「オレだってめんどいんだけど」
「せっかく竜胆がオレのためにこっちの店に入ったんだからゆっくりしてるわ。竜胆が好きな店はあっちだもんな」
そう言うとあーもうと言いながら頭をガシガシと掻きながら一人で出て行った。あー、かわい。そう思いながらぬるくなったコーヒーに手を伸ばそうとしたら、
「罰ゲーム…?」
というナマエちゃんの声が聞こえてきた。
「そー。アンタいつまで経っても彼氏つくんないじゃん。そうやってフラフラされると男たちがアンタ狙いをやめないからこっちに回ってこなくて困ってんの!だから次告ってきた男と付き合え!」
「言ってること無茶苦茶すぎる。しかもそんなモテてない。私たち女子高にいるんだよ?何言ってるの」
「そんなこと言って良いの?」
「え?」
「あんたの大切な宝物、私が預かっていること忘れたの?」
「…それだけは…どうか…」
「どんなブサメンでもちゃんと付き合えよ?」
「…」
「ちょ、死んじゃうから!離したげて!そんなことしても本は返さないから!」
「…」
「報告楽しみにしてるわ」
引き攣った顔をしたナマエちゃんが
「…とりあえず私今日このあと渋谷行くから…これで帰るね…」
と悲壮感を漂わせて店を出ていった。
おー。いい絞め技。
つか罰ゲームで彼氏ね。いーこと聞いた。
そのまま徐にオレも店を出て電話をかけた。
「あ、竜胆?終わった?は?まだ?さっさと終わらせろー」
「じゃあ仕方ねぇから行ってやるからそれ終わったらゲームな」
「え、内容?」
なんでもいいけど。
「んー、じゃあじゃんけんでいーわ。負けた方が勝った方のいうこと聞くってことで」
こういう時の竜胆って大体チョキだすんだよなぁ。
可愛い弟がプリプリ怒った後オレのことを「兄ちゃんのそういうとこ好き」という顔で見てくるのがありありと想像できた。
オレってめっちゃいい兄貴ー。
そう自画自賛しながらモッチーたちに連絡してナマエちゃんの居場所を逐一連絡してもらう算段をつけた後竜胆の元に向かった。
◇◇◇
あれから二週間。そろそろ竜胆くんの塩対応に慣れてきた。というか、私もそもそもあまりおしゃべりな方でないからちょうど良いかも。ただ、あの目立つ灰谷兄弟の片割れと一緒に登校するだけで後ろ指さされるのに私たちの無言っぷりに
「なんの弱み握って竜胆くんを付き合わせてるの?」
なんて陰口を叩かれるのは予想外だった。まあそう言う陰口には、すぐ別れるから待っててと心の中で返事してやり過ごしていたのはいいんだけど、なぜかメールでは竜胆くんが異様に優しくしてくるのが逆に怖い。ひょっとしたら影武者が送ってきてるのかもしれないと思い始めたぐらいだった。そうこうしている間にも時は二週間経ち、私の元には竜胆くんの彼女と名乗る女の人がもう四人現れている。フラれるのを待とうと思っていたけど、もうこちらから言っても差し支えないと思うんだよね。
竜胆くんが帰りも送ってくれると(メールで)いうので、また無言で歩いている最中。私は意を決して切り出した。
「あの、ね。竜胆くん」
「何?」
「竜胆くん、他に好きな子いるんじゃないかと思って…」
「…は?」
「その…告白してもらったことはすごく嬉しかったんだけど…もし他に好きな子できたなら無理して付き合ってもらうの申し訳ないし、別」
「いない!」
「え!?」
あまりの勢いにギョッとすると、竜胆くんは
「…そんなやついねぇから」
と何事もなかったように答えた。
「あ、そ、そうなんだ。それならいいけど…」
よくない。なんでこの最大のチャンスを逃すの?私ごときにフラれるのはプライドが許さないってこと!?そりゃそうだ。でもそんな塩対応するくらい私のことが嫌いならもう別れても良くないかな…?
そう思っていたけど、私のその言葉がいけなかったのか、次の日から竜胆くんは生まれ変わってしまった。
「ナマエ、はよ」
「あ、竜胆くん。おはよう」
うちの門にもたれかかって私を待っている竜胆くんから先に挨拶してきたのはこれが初めてだった。珍しいこともあるもんだと思っていたら、
「今日帰りどっか行かね?」
と誘われた。
「え、あ、うん。いいよ」
「よかった」
そう言うと竜胆くんは照れたように顔を少し赤らめて
「あのさ…手とか繋いで良い?」
と言ってくる。
「え、あ、うん。いい、よ…?」
すると竜胆くんは嬉しそうに笑った後、私の手をそっと握ってきた。そのタイミングで竜胆くんを見たら目と目が合ってしまい、顔の赤い竜胆くんに釣られて私もカーッと体温が上がるのを感じた。私たちはそれからしばらく俯いたまま無言で、でも手を繋いだまま歩いた。どう考えても今までのただ無言で歩く私たちとは違っていた。
なんなの、この付き合いたての甘酸っぱいカップルは。私たち、そんなんじゃないよね…?
それなのにこれを機に竜胆くんは私にうんと甘くなった。
「ナマエどこ行きたい?」
「えーと、じゃあ本屋さん?」
「好きだな」
「あ、全然他のとこでもいいけど」
「いいって。どこの本屋行く?つかオレにもおすすめ教えて」
「え?本読むの?」
「あんま読まねぇけどナマエの好きなもの知りたいし」
「…うん」
「じゃあまた明日」
「あ、竜胆くん」
「ん、何?」
「他に好きな人できたらいつでも言ってね」
「そんなやついねえから。オレが好きなのはナマエだけ」
「竜胆くんって意外と甘いの好きなんだね」
「まあ。甘いの好きな男嫌い?」
「え、そんなことないけど」
「ならよかったわ。ナマエに嫌われたら死ぬし」
「大袈裟だね」
「本気だけど」
わからない…灰谷竜胆。
◇
「他に好きな人できたらいつでも言ってね」
今日も今日とて手を繋いで家まで送ってもらってまたと手を上げて元来た道を戻る彼に、もはや挨拶となりつつあるそのセリフをいつものように投げかけた。
どうせいつもみたいに
「そんなやついねぇから」
で簡単に済ませられるんだろうな。
そう思いながらも彼の返事を待ってきたら振り向いたのは無表情の竜胆くんだった。
なんか…怒ってる?
そう思った瞬間に彼の顔はもう目の前にあって。
「っ…!?」
何が起こったのか理解した時にはもう噛みつかれるようにキスをされていて、逃げようとしても竜胆くんの手が私の頭を抱えるように掴んで離さない。そのまま口の中を彼の厚い舌で蹂躙されて彼がようやく私を解放した時には息が上がってしまっていた。まるで私を本当に愛しているかのように頬を撫でて
「オレそんな不安にさせてる?こうしたいのナマエだけだから。信じて?」
ともう一度私の唇に口づけを落とした。
「それじゃあまた明日な」
と帰っていく彼に私は何も返事をすることができなかった。
キス…された…?
ひょっとしたら蘭さんとの罰ゲームの項目が追加されてて、私をメロメロにさせてから別れろ、とかあるの…?
しばらくうちの門のところで呆然と立っていたら玄関から出てきたお母さんに話しかけられて、ようやく意識が戻った。とりあえずいつも通り着替えていつも通り夕飯を食べていつも通り今日の分の課題をしようと机に向かった。
すると、ケータイがピロンと鳴った。
見ると竜胆くんからだった。内容が内容だけに目を擦って三度見ぐらいしたけどやっぱり見間違えじゃなかった。
“言うの忘れてたけど、ナマエのこと大好きだから。これからもずっと一緒にいような”
わからない…灰谷竜胆。
もう明日、罰ゲームのこと聞いちゃおうかな…。
◆◆◆
「兄ちゃんオレを殺して」
「知らない間にどこのメンヘラ女が忍び込んできたかと思ったらオレのかわいい弟じゃん。どーした。念願のナマエちゃんとのデートが嬉しくて死にたくなった?」
「……………ねぇ」
「は?」
「オレ…ナマエと話せねぇんだけど」
「…は?」
「なんかずっと見てたあの顔が目の前にあると言葉が出てこなくなんの」
オレがそう言うと兄ちゃんはピシッと固まった後プッと笑った。
「…兄ちゃん」
「ごめっぷっ…ンン゛」
「…兄ちゃん」
そのあともプププと震えながらしばらく笑った後
「いやー、ここまでとは思わなかったわ」
と目尻に浮かんだ涙を指の背で拭った。普段ならムカつくけど今はそんな気力も湧いてこない。
「朝わざわざナマエちゃんがくるのバス停の近くで待ってたくせに話しかけれもしないし、さっきもナマエちゃんが来るより前から校門の近くで待ってたのにそこから一歩も踏み出せなくて30分も待たせた挙句、メールで催促されるまで行けなかったもんなぁ?」
「…」
事実を突きつけられるとまた死にたくなるからやめてほしい。
「いや、まあでも慣れるしかねぇんじゃね?とりまメールでフォローしとけよ。ナマエちゃん絶対誤解してるだろーし」
誤解されてフラれんのお前だからな、と言われれば今度固まるのはオレの方だった。
「ちょっとメールしてくる」
「兄ちゃんが送ってやろーか?」
「メールは送れるからいい」
なんとかフォローしようと必死に送った言葉は”明日朝家まで迎えに行くから待ってて。また明日会えるの楽しみにしてる”。返事に“待ってます”と書かれてたから怒っては無さそうだけど、せっかく付き合えたのにこのままじゃマジでフられる。
フラれたらどうしよ…。死ぬ…。
自分がこんなことで悩む日が来るなんて思いもしなかった。
彼女を知ったのはたまたま彼女がバスから降りてくるところを見かけた時だった。肩より少し長めの黒髪がふわりと揺れて綺麗な女だと思った。凛と真っ直ぐ歩く姿に目を奪われてしばらくその後ろ姿を見送った。まあ要はとにかく見た目が好みだった。その時は隣の女子高にそんな女がいるんだな程度に思っていただけのはずだったけど、気がつけばバスに乗っていて、気がつけば彼女の本を読みながらくるくる表情が変わるのを見るのが日課になっていて、気がつけば彼女がよく行く喫茶店の向かいにあるオープンカフェでコーヒーを飲むのが趣味になっていた。オレ、マジできめぇ。
しばらくして「あの女のこと好きなんじゃね?」とようやく気が付いて半ばストーカーのようなことをしている自分に自己嫌悪に陥った。
それでも彼女を追うことはやめられなかった。ある日バスで鼻を啜りながら本を読む彼女を見て、そういえばどんな声をしてるんだろうと気になった。それでわざとあの子の前で財布を落として話すきっかけにしようと思ったのに、せっかく思い通りに拾ってくれたのに絞り出したのは「ありがと」の一言だけで、しかも顔もロクに見れなかった。そんなんだからもちろん告白なんてできっこない。つか告白なんてしたことないからどうやってすんのかもよくわかんねぇし。
兄ちゃんがどうやってナマエがあそこにいるのを知ったのかは聞かないけど、とにかくあの罰ゲームのお陰でなんとか告白できたし、ナマエに認知されてることがわかったし、しかも付き合えたわけだから兄ちゃんには頭が上がらない。
付き合った後家に帰って兄ちゃんに報告したら
「よかったじゃん」
とオレの肩をポンと一度叩いたあと、んじゃお祝いにうまいもんでも食いに行くかとオレを手招きした。
昔からおいしいとこ持ってくし、ポーズつけたがるけど、兄ちゃんのそういうとこ、なんだかんだ好き。
◆
でも結局付き合ってもオレの言葉が出てこない病は深刻で、ナマエを前にすると頭が真っ白になった。いや、本当のことを言うと真っ白っていうか、
「やべー、可愛い、好き」
が頭の中を渦巻いている。流石にそれを言ったら引かれるのがわかってるから言わないし、ニヤケそうになる顔を必死に抑えている。そうすると何も会話が出てこなくて結果無言になるという悪循環。
マジでどうしよ…。
そう悩んでいた時だった。ナマエに
「他に好きな子いるんじゃないかと思って…」
と言われたのは。
「…は?」
「その…告白してもらったことはすごく嬉しかったんだけど…もし他に好きな子できたなら無理して付き合ってもらうの申し訳ないし、別」
別れる。その次に続く言葉がどうしても聞きたくなくて
「いない!」
と遮った。つかマジでいねぇし。
もうナマエが隣にいる幸せを知ってしまったのに今更それを奪われたら死ぬかもしれない。こんな気持ちは初めてだった。オレの態度が悪くてナマエを不安にさせてたんだと反省して、次の日からは死ぬほど頑張った。遊びに誘って手を繋いで目を合わせる。急な供給過多で心臓が破れるかと思うくらいだったけど、ナマエがオレの元からいなくなることを思えば、ナマエを襲いそうになる衝動を我慢する方がずっとずっと楽だ。
そう思ってひたすら優しい、甘い彼氏のフリをした。それなのに。
「他に好きな人できたらいつでも言ってね」
ナマエは事あるごとにそれを言うようになった。一体何がそんなに不安なのか。そう思わないように気持ちは伝えているのに。何がいけないんだろう。
それからナマエの周りを見張っていたら、『オレの彼女』を名乗る女が何人もいることがわかった。こいつらのせいで不安に思ってたのかとそいつらは始末することにした。夜遅くにやってたから、つい次の日ナマエの前で欠伸が出た。
「昨日も夜更かし?」
と聞かれたから、
「あー、ちょっと夜兄ちゃんと遊びに行ってて」
と誤魔化すことにした。流石に血生臭い話はナマエに言いたくないし。
それでも
「他に好きな人できたらいつでも言ってね」
を繰り返すナマエについに我慢の限界が来た。こっちは雫のことを思って必死に耐えていたのに、それでもオレを疑う言葉を口にするナマエの唇に噛みついた。ナマエの唇は想像したよりも柔らかくて甘い、麻薬のように癖になる味がした。
◆
次の日、いつものように迎えに行っていつものようにデートの約束をしてナマエを送った後、兄ちゃんと最近六本木でバカやってるヤツをシメに行った。
「りんどー、最近ナマエちゃんと仲良くやってる?」
「まあ。なんか他に好きな女いないかいっつも聞かれるけど」
「ふーん…。ま、でもちゃんと話せるようになったんだから逃さなきゃ大丈夫だろ」
「ん」
「あ、オレ今日帰んないから家使っていいよ」
「ありがと」
「仲良くなー」
その足でナマエを迎えにいくと、雨が降り出した。用意のいいナマエの傘をオレが持ってナマエが濡れないように腰を抱いてオレとの距離をゼロにして、
「今日どうする?」
と聞いた。
「雨だもんね。行きたかったとこはまたにしよっか」
「あー。じゃあうち来る?」
「…うん」
家に着くと借りてきた猫のように大人しくなったナマエをオレの部屋に招いた。緊張して震えるナマエが可愛くてキスをしようとすると
「待って」
と止められた。
「どうした?」
「あの、ね…」
「うん」
「竜胆くんって罰ゲームで私に告白してきたんだよね…?」
「は?」
「私のこと好きじゃないって知ってるから…」
あー。そういうことか。
今までどうしてそんなに不安がっていたのか。ようやくわかった。
「あれは兄ちゃんがナマエに告白できないオレに発破かけてきただけ」
「…え?」
「そっか。罰ゲームだって思ってたわけね。なら今までの伝え方じゃオレの気持ち伝わってなかったよな。これからはナマエが不安に思わないようにもっとちゃんと伝えるから」
「…え?」
「ナマエ。愛してる。絶対離さないから一生一緒にいような」
その時のナマエの顔は忘れられない。歓喜でも悲哀でもない。あえて選ぶなら肉食獣を目の前にした草食動物の畏れの色。その顔が今まで見たナマエの表情で一番綺麗だった。その目で見られるとゾクゾクして、浅い呼吸が早くなっていく。脳が熱くなっていって目の前の獲物しか眼に入らない。自分が人生で一番興奮しているのがわかった。
その日初めてナマエの全てをオレのものにした。
◇◇◇
こんにちは。ミョウジナマエと言います。清楚な女子高に通っていたはずの私が罰ゲームのせいで気がついたら反社の事務員に。幹部で彼氏の竜胆くんに常に結婚を迫られているけどここまでのらりくらりとなんとかかわしてきたのに、今日蘭さんに
「罰ゲームで竜胆と付き合った事バラされたくなかったら諦めて結婚しろ?」
と脅されました。もう今更なんで知ってるの、とかは聞きません。この人たちは私の常識とは違う次元で生きているから。
でも罰ゲームで付き合ったことが竜胆くんにバレたらもう本当に命はないというか、
「オレのこと、本当は愛してないの?」
と死んだ目をした竜胆くんに銃を頭に突きつけられながら
「愛してる」
を言わされることは明白なので、帰ったら竜胆くんにプロポーズしようと思います。今日はお赤飯炊かなきゃ(泣)