あなたのこと思い出せないけどそれでもいいですか




始まりはある雨の金曜日。バイトが終わって外に出てみれば驚くほどの土砂降りで、すぐ近くのたまに行くバーでおさまるまで待とうとそこまで走った。

そのバーはカウンターしかないこじんまりとしたお店で、店構えもお店然としていないので、いつもあまり人がいなくて落ち着ける場所の一つだ。大学生でこんなバーに一人で行くのもどうなんだろうと思うけど、一人好きなのでここが私の心のオアシスだったりする。貧乏学生なのであまり来られないけど。

カラン、とドアのベルが鳴るとマスターにいらっしゃいと声をかけられる。バーは雨だと言うのに珍しく混んでいて、パッと見席が空いていなさそうだったので引き返そうとすると、一番奥が空いてますよとマスターが教えてくれる。よかったと胸を撫で下ろして一番奥まで進んで、雨に濡れたコートをハンガーにかけた。壁際の席に座り、マスターにバーボンのロックを頼む。程なくすると私のお酒が目の前の高めの台に置かれる。一番奥に座ったことなかったけれど、お店の作りの問題かこの席の目の前には台みたいなものがあって、マスターが直接カウンターにグラスを置くことができないみたいだ。立ち上がって台からお酒を取ろうとすると、隣の人が
「どーぞ」
と取ってくれた。
「ありがとうございます」
お礼をしながらその人の顔を見て驚愕した。その人の顔があまりに整っていて。
髪型は金と紫に交互に染めた頭をハーフアップにしてめちゃくちゃ派手なのに、そのトロンとしたタレ目と筋の通った鼻、そして薄い唇、全てが均整がとれている。それに白いシャツに黒のジャケットというシンプルな服がさらに彼の美貌を引き立たせている。こんな綺麗な男の人弟以外で初めて見たとつい不躾にじっと見つめてしまった。すると彼は薄く微笑みながら
「なんかオレの顔についてる?」
と聞いてくる。
「あ、いえ…すみません。ありがとうございました」

もう一度お礼を言って前を向きバーボンに口をつける。こんなイケメンがこんな寂れたバーにいるんだなぁなんて失礼なことを思いながらちびちびグラスを傾けていると、
「どっかで会ったことない?」
と話しかけられる。
「たまにこのお店来てたので、それで見覚えがあるのかもしれません」
と答えるとそう、なんて軽く返されて安心した。この手の質問をされて何度もやらかしている。それにしても知り合いじゃないのにそんなふうに話しかけてくるなんて。使い古された手をこんな人でも使うのかなと思ったけどこの人がナンパなんてするわけない。女なんて嫌になる程寄ってくるだろうし。
「いつも一人で来てんの?」
「はい。このお店の雰囲気が好きで」
「いいよね、ここ。今日は混んでるけどいつもは落ち着けるし」
「ですね」

そのタイミングでお隣さんが頼んだ軽食が出された。このお店はこじんまりとしたバーだけど美味しいおつまみを出してくれる。彼が頼んだのは生ハムでフルーツトマトやモッツァレラチーズをくるみ、黒や緑のオリーブと共に楊枝に刺した色鮮やかなピンチョス。私もたまに頼む一品だ。バイト終わりでお腹も空いているので、今日くらい贅沢しても良いかとマスターを呼ぼうとすると、
「いる?」
と聞かれる。
「でも」
「うまいよ、これ」
「私も好きです」
「じゃ、食べな」
とお皿をこちらに寄せてくるので、断るのも失礼だしと、お言葉に甘えてひとつ楊枝に刺さった生ハムトマトと黒オリーブを手に取る。

一口でぱくりと食べるとフルーツトマトの甘味に生ハムの程よい塩気が合わさりさらにお酒がすすむ。
「おいしいですね」
そう言って彼を見ると、カウンターに頬杖をついてこちらをじっと見つめていた。その顔面の破壊力は凄まじくて、直視するのが憚られた。すると彼もひとつピンチョスをつまみ、
「うま」
とこちらを見て笑う。先程までの色気のある姿とは違い、少年のように笑う彼に少し緊張が解れて、つい私からも、
「ここのマッシュルームのタパス、食べたことありますか?」
なんて話しかけてしまった。
「ないけど」
「これが好きならきっと好きだと思います。私頼むのでお礼によかったらどうですか?」
「ん。じゃあもらう」
私は頷いてマスターにお願いすると、今日はもう売り切れていると告げられた。

「すみません」
「売り切れなら仕方ない」
「よかったらいつか食べてみてください」
「そうするワ」

彼は年齢不詳で、その色気から私よりも年上にも見えるし、でもあまりの肌の綺麗さに若くも見える。聞いてみたいけど私と同じで彼も一人が好きみたいだしここまでにしようと、ご馳走様でしたと言って話を切る。けれど彼は意外にも
「歳いくつ?」
なんてちょうど私が聞きたかったことを質問してきて驚いた。
「22です」
「同い年」
「そうなんですか?」
「ウン。だから敬語じゃなくていーよ」
「あ、はい」
そう言われたのに敬語を使う私を見て、はいってタメ語?と意地悪そうに笑うので、私はわかったと言い直す。

それからそのままお隣さんと話す流れになった。私の趣味が史跡巡りと読書というと、なんかおじさんくさいとからかわれ、じゃああなたはなんなのと聞くとバイクとめちゃくちゃ似合う趣味を答えられてぐうの音も出ない。話し下手のはずなのに何故か途切れない会話に時間を忘れてしまい、ふと時計を見ると終電の時間だった。そろそろ帰るねと二時間も話したのに名前も知らないお隣さんに頭を下げる。じゃあね、で終わると思ったのに、
「次会ったらさっき言ってたやつ食べさせて。それまで食べないでおく」
なんて言われてしまい、視線をそわそわさせてまたいつか会えたらなんて答えて店を出た。

あんなに格好いい人にそう言われて舞い上がってしまったけど、次はないんだろうな。家に帰ってお風呂に入り酔いが覚めると冷静になって、今日のは楽しい思い出としてとっておこうと心に決めた。

けれど二週間後の金曜日、病院から帰ると親が喧嘩をしていた。そんな二人をとても見ていられなくて家を飛び出し、足が自然と向いたのはあのバーだった。本当は一人暮らしの費用を貯めているからお金に余裕はないんだけど、この間は一人でゆっくりできなかったしと誰も聞いていないのに言い訳をした。



◇◇◇



前回と同じ午後10時過ぎ、店に入るとこの前とは違って、いつも通りの空き具合。お客さんは二人。そのうちの一人は仕事帰りのサラリーマンで、もう一人は…。派手なハーフアップの髪が目の端に映り、つい視界に入れると、彼は前回と同じ席に座っていた。空いているのに前の席に座る勇気がなくて客二人の間に座ろうと席に手をかけると、
「なあ」
と耳触りの良い声が聞こえてくる。
「前言ってたやつ食べさせて」
片手で頬杖をついて、もう片方の手でこちらに来いと手招きをしている彼に誘われるように近付き、結局前と同じ彼の左側の端の席に座ってしまった。
「何飲む?」
「バーボンのロック」
「それ好き?確か前も飲んでた」
「うん」
「オレもだいたいそれ」
「ここのバーボン、良いの置いてるよね。ちょっと高いけど、つい頼んじゃう」

マスターがロックを台の上にどうぞと乗せてくれると、当たり前のように彼がそれを取ってどーぞ、と私に渡してくれる。
「…ありがとう」
そして彼が自分の飲みかけのグラスを軽くあげるので私もそれに釣られてグラスを上げて乾杯をする。約束通りマッシュルームのタパスをご馳走するとまた彼はあの可愛い笑顔で笑った。

その後彼が史跡巡りで今までどこ行ったのなんて聞いてきたので、つい熱く語ってしまうとオマエ変わってんなと笑われる。反省して黙ると、もっと聞かせて、なんて私に興味があるみたいに言うので無駄にはねる心臓を落ち着かせるのが大変だった。そして私の話を楽しそうに聞いた後、それじゃあまたななんて言って帰って行くものだから、またがあるんだって喜ぶ安い女だった。

そうして金曜日にこのバーで会う日々が始まった。この静かなバーでお互いの素性関係なしに話せる時間を心待ちにするようになるには時間はかからなかった。こんなとんでもない危険な香りのするイケメン、どうせ遊ばれて捨てられるだけなんだからとバーに行くのを控えようと思ったこともあったけど時すでに遅し。結局名前も知らない彼に会いたくて、ついあのバーに足を踏み入れてしまうのだった。





◇◇◇



その金曜日は朝から悪いこと続きだった。天気予報を見て傘を持ってきたのに電車に忘れて雨にずぶ濡れになった。バイトで私の前のシフトの人が犯したミスを私のせいにされて先輩に怒られた。楽しみにしていたランチの定食が私の前の人で終了した。
なんか今日はツイてない、そう思っていたけど、最近家に寄り付かない弟がメシ食わせてと連絡をしてきたので一気にテンションが上がった。久々に会った弟は前よりも元気になっているように見えた。最近どうしてるのと聞くと、うちからそう遠くないバイクショップに入り浸っていると答えた。そこの店主やその仲間たちに憧れて、彼らみたいになりたいと言う弟に少し安堵した。少し前までは無気力でただ家出を繰り返していただけだったから。
弟と別れる頃にはすっかりツイてなかったことを忘れていつものバーに近道の裏路地を通って向かっていると、酒に酔った男たちに絡まれている女の子を見つけた。やっぱり今日は大人しく真っ直ぐ帰ったほうがよかったかな。

女の子を助けようと間に入ると、標的がこちらに向いてしまった。心配そうにする女の子に大丈夫だからと逃したはいいものの、別に自分が逃げられる算段があるわけではない。隙を見て走り出すけど、男たちはそれを許してくれるわけもなく腕を強く掴まれる。振り解こうとしても力が強くて、指がさらに腕に食い込んだだけだった。その指が痛くて持っていたカバンを振り回したらたまたま1人の顔に当たってしまって、その男に頬を叩かれた。それで怯んだ私を4人がかりで連れて行こうとする。足を踏ん張るけどもう無理だ、そう思ったとき、私の手を引っ張る男が急に倒れた。その先にはいつもバーで会う派手な彼が無言で立っていて、残りの3人がなんだコイツと言いながら彼に向かって行ったが私が瞬きをする間に蹴り飛ばされて意識を無くした。静寂を取り戻した裏路地に、「オマエ厄介ごとに首突っ込みすぎ」なんて彼の聞き取りやすい声が響いた。

カランとベルが音を立てるとマスターがこちらを見ていらっしゃいと言う。私たちはいつもの席に座った。それまでほぼ無言だったけれど、ようやく
「助けてくれてありがとう」
とお礼が言えた。
「ん」
「なんであそこにいたの?」
「ここに来るときいつも通る道だから。今回は運が良かったけど、別にケンカ強い訳じゃないならわざわざ首突っ込むな」
「うん」
彼の言う通りだ。小さい頃病弱で街で倒れてしまった時、みんな見て見ぬふりをする中一人の看護師さんに助けられて以降、私は困った人に手を貸せる人間になりたいと思って、覚えている限りではそう生きてきた。だからついこう言うことがあると首を突っ込んでしまう。
でも確かに自分が助けられてたら意味ないし気をつけなきゃと反省しているとマスターがいつものロックを出してくれて、私が受け取る前に彼が私の前に置いてくれる。そしていつものように静かに乾杯する。

下を向いてグラスに結露した水滴を指でなぞっていると、
「オマエ考え事するとよくそれやるよな」
「え?」
と私も知らない癖を指摘されて驚く。言われてみればそうかもしれない。確かにこうすると落ち着くんだよね、なんて思っていると急に彼の手が私の頬に伸びてきて、私の顔にかかる髪を払う。
「髪食べそう」
「…食べないよ」
そう言って私は髪を耳にかける。すると殴られて赤くなった頬が露出し、それを見た彼の冷たい手が私の頬に触れた。こんな日に限ってスキンシップの多い彼に顔の火照りを誤魔化そうと、
「ケンカ強いんだね」と聞くと「まあそれなりに」となんでもないように答える。それなりと言うには鮮やかな蹴りだったなと思い出しながら彼の手から逃げようとすると、空気を読めとばかりに顔をくいっと彼の方に向かされる。

「名前聞いていい?」
「…うん」
「オレは今牛若狭。若狭って呼んで」
「若狭くんでいい?」
「ん。アンタは?」
「乾ナマエ」

若狭くんから顔を逸らせないままグラスを握っていると、「ナマエ」と私の名前を呼んであの色っぽい瞳でじっと見つめてくる。
「…何?」
「オレオマエのこと好きなんだけど」

こんな素敵な人に好かれるなんてとてもじゃないけど現実とは思えなくて何の冗談だろうと黙っていると、
「オレのこと嫌い?」
と聞かれる。もちろんそんなことはないので顔を横に振る。それならと来週の土曜日に初めてバー以外で会う約束をした。




私は中学二年生辺りから一年半前までの記憶がない。家が火事になり、そこで負った火傷と煙を吸い過ぎたことによるショックらしい。病院で目が覚めた時は赤ちゃんのように泣き喚いていたらしい。その後一週間くらいして中学までのことを思い出して、普通の生活ができるようになったのは10ヶ月くらい前。ただ背中の火傷が酷くて、時折り痛むのでまだ病院にお世話になっている。仲の良かった妹は私が動けるようになって少しして亡くなった。知らないうちに記憶の中の自分よりも大きくなっていた妹の顔すらちゃんと見ることができなかった。
大学では看護学部に入学していて、夢は小さい頃から変わってなかったんだと安心した。ただそれまで学んだことは何も覚えていないので、毎日勉強と火事以降ケンカが絶えなくなった両親と離れて暮らすための費用稼ぎのバイトで精一杯だった。

そんな私があんな素敵な人と釣り合うはずもない。毎週のご褒美のような時間だったけど、これで終わりかと寂しくなる。最後に一度だけの夢と思って土曜日を楽しもうと決めた。




◇◇◇




土曜日は雲ひとつない晴天だった。お互いの趣味を考えた結果、今日は若狭くんのバイクで私の行きたい史跡に連れていってくれることになっていて、行きたい場所を考えておいてと言われてたのでいくつか候補を考えてきた。
待ち合わせ場所に行くとド派手なバイクの隣に立つとんでもないイケメンがいて、つい遠巻きに見つめていたら気付いた彼に声かけろと怒られた。
職場に忘れ物をしたからと一度若狭くんの職場に寄ることになった。到着するとそこは五条ボクシングジムと看板が掲げられていて、友人と経営しているジムらしい。一緒に中に入らせてもらうと、普段聞かないような音が響いていて圧倒された。するとスパーリングをしていた背の高いガッチリとした体型の男性が手を止めて、
「ワカ、オマエ今日休みだろ?」
と話しかけてきた。
「忘れモンした」
と答えた後、私にちょっと待っててと言って奥に入って行った。
「ワカのカノジョ?」とその男性に聞かれて戸惑っていると、若狭くんが戻ってきて「まだ違う」と言う。
「オマエにしては珍しいな」
「ベンケイ、余計なこと言うな」
と男性を睨んだ。
あえてまだ、と言うところには触れないけど、それよりもワカにベンケイに五条。まるで牛若丸と弁慶だなぁ、と思っている時に
「で、どこに行く?」
と聞かれたので色々考えてきたはずなのに咄嗟に鎌倉と答えてしまった。

バイクに乗るのは初めてなので内心では少し怖いなと思っていたけれど、それを察したのか、若狭くんは乗ってみれば気持ちいいから大丈夫と笑った。実際乗ってみると自分が風になったようで本当に気持ちいい。
「バイクも悪くないだろ?」
「うん、最高だね」
若狭くんとそんな会話をしながらも、頭の片隅ではこの風をどこかで感じたことがある気がすると考えていた。

しばらく走って鎌倉に到着すると、まずは有名どころの鶴岡八幡宮を堪能した。その後すぐ近くの小町通りでお昼代わりに食べ歩きをしていると小さい男の子がぶつかってきて、私の足にぎゅっと抱きついた。どうしたのと聞くと、ママーーッと泣き出した。すると若狭くんがママ探すぞと言って男の子の頭を撫でると安心したのか泣き止み、そのまま肩車をすると急に高くなった視点に男の子はキャッキャと喜びだした。すぐに母親が頭一つ出た我が子に気付いてくれて、お礼を言って去っていった。
「若狭くん子どもの扱い慣れてるね」
「兄貴の子どもの面倒たまに見てるから」
全く子どもと結びつかない見た目なので意外だなぁと思っていると、考えてることが顔に出てると怒られた。

その後も老人に道を尋ねられたり外国人に写真を頼まれたりするので、5回目あたりから2人で顔を見合わせて笑ってしまった。帰るときに
「いつもこんな感じ?」
と若狭くんに聞かれた。
「結構こんな感じ」
「ナマエはお人好しの顔してるから頼みやすいんだよな」
「そうなのかな。結局あんまり回れなくてごめんね」
「別にオマエのそういうとこ嫌いじゃないし。なんなら最後は声かけられるの待ってたぐらいだワ」
「ふふっ。実は私も今日は特に多かったから途中からどこまで記録伸びるんだろうって楽しくなってきてた」
若狭くんが怒っていなさそうで安心した。今日一日一緒にいてわかったけど、若狭くんは当初思っていた危険な香りなんて全くなくて、優しくて、素敵な人だった。だからこそどうして私なんかを選んでくれたのかやっぱりわからなかった。

家の近くまで送ってもらって、別れる時がやってきた。残念だけどもう楽しい時間はやめないとと腹を括って彼に話しかける。
「私、言わなきゃいけないことがあって…」
「何?」
「私ちょっと前に家が火事になって、ここ数年の記憶がないの。その時に負った火傷も酷くて。とても誰かと付き合える状態じゃないんだ。この間言わないといけなかったのになんだか言いづらくて…でも好きって言ってもらえて嬉しかった。今日の思い出は大切にするね」
ありがとうと言って帰ろうとすると、
「記憶とか火傷とかオマエの気持ちじゃないだろ。そういう理由で断んな」
と言って私の手を掴んだ。
「でも」
「オレはナマエがオレの事好きか嫌いか聞いてんだけど」
「…」
「どっち?」
「その聞き方はズルいよ」
「そういうのいいから」
「…好き、だけど」
「ん。ならいい」
そう言って笑った顔にどこか見覚えがあった。



◇◇しか



若狭くんはその後もうじうじする私を黙らせて、付き合うことになった。
若狭くんは金曜日が休みなので、私もなるべくバイトの休みを金曜日にしてもらって、金曜日の私の授業が終わってから会うようになった。たまに土日の休みが取れると前みたいに史跡巡りに連れていってくれるので、それが良い刺激になったのか、記憶を今までよりも早いペースで思い出すようになった。まだ断片的だけど、大学の友人のことを思い出した時には友人たちも喜んでくれた。
そして高校生の赤音の姿を思い出した。青宗と同じでお母さん似の明るくて可愛い妹。いつもお姉ちゃんと私を慕ってくれて、2人で買い物に行ったりパフェを食べに行ったりした。そんな思い出も一緒に蘇ってきて、顔を思い出して喜んだ後、この世にもう赤音がいないことが受け入れられなくなって泣いた。

両親もまた私と同じで赤音のことを受け入れられずにいて、その辛さからお互い責め合い、ケンカをしては自責の念にかられる。そんな2人を見ているのが辛くて一人暮らしをしようと思ってきたけど、ようやくお金の目処が立ち、値段や立地的にいいアパートを見つけたので念願の一人暮らしを始めることになった。母はまだ記憶が完全でない私を心配してくれたけど、最後にはちゃんと食べて体に気をつけてねと送り出してくれた。
新居は決して広くないけど、住めば都で初めての一人暮らしを満喫していた。若狭くんもたまに遊びにきて、慣れない私の料理を(本当は美味しくないけど)美味しいと食べてくれている。

と、ここまでは微笑ましいエピソードなんだけど、ついに若狭くんが来週の金曜日泊まるとか言い出して私の顔は青くなった。付き合い始めて三ヶ月。たしかにこの年齢にしては遅いのはわかってる。けどどうしても火傷の跡を見られるのが嫌でのらりくらりとかわしていたので、ついにその日が来てしまったのかと一週間頭を抱えた。

金曜日、家に帰ると合鍵を持っている若狭くんはもう家にいて、ラフな格好でソファでうたた寝をしていた。起こさないようにそーっと近付くと、目を閉じているせいか長いまつ毛がいつもより目立ち、形のいい唇はほんの少し開かれて、寝息が聞こえて来る。どうしようもなく幸せな気持ちと、このあと醜い火傷の跡を見て嫌われたらどうしようという淀んだ気持ちがない混ぜになりながらじっと見つめていると、突然腕を引かれて若狭くんの胸に飛び込む形になってしまった。
「おかえり」
全然寝起きじゃない感じで言われたのでやられたと思った。
「…いつから起きてたの?」
「ナマエが帰ってきた時から」
「もー!なんで寝たふりするの?」
「オマエが襲ってきたら面白いと思ったけど、いつまで経っても見てるだけだから我慢できなくなった」
「襲わないよ!」
若狭くんの上から降りようとするとまた腕を引かれて今度はソファに押し倒された。彼の垂れた瞳が優しく私を見つめてそしてキスをされる。その口付けが激しくなっていくので、私はその先を想像してどうしようと体が固まって行く。それを察した若狭くんがスッと離れて私の眉間に指を当てる。
「眉間にシワよせんな。萎える」
「ごめんなさい」
「そんなにイヤ?オレに火傷見られるの」
「気持ち悪いし嫌われたらヤダなって思って…」
「そんなんで嫌うなら最初から付き合わないから」
「わかってるけど」
そう言って俯くと、若狭くんは座って私を膝に乗せる。
「火傷見せて」
「え?」
「先見とけばもううじうじしないだろ。嫌わないし、オレもナマエのこと全部知りたいから」
まだ怖いけどこれまでの若狭くんを信じて頷くとゆっくりと私のシャツをめくり上げる。肩から腰の辺りまである大きな火傷は、赤くひきつれている。燃えた柱の下敷きになってできたらしいそれは、その柱の形そのままだ。若狭くんは何も言わずにじっと見ていたけど、少ししたら触っていい?と聞いてきた。頷くと火傷の後に沿って指でなぞり始める。痛い?と聞いて来るけど、それよりもくすぐったくて体がビクッと跳ねる。

「女の体だし気にすんなとは言わないけど、少なくともオレは気持ち悪いとは思わない。オマエが生きててよかったって思った」
好きな人にそんなことを言われて喜ばない女の人はいないと思う。この時、心の底から若狭くんのことが大好きだと思った。でもそう言う間も彼の細い指は跡を撫で続けていて、くすぐったいよりも別の感情が芽生え始めていた。んっと声が出そうになって唇を噛むとその瞬間跡を撫でていた手で私のブラのホックを外した。
「わ、若狭くん?」
「ごめん。我慢の限界」
そう言って私の胸に手を忍ばせて、背中をツーっと舐める。その刺激にまた声が出そうになるので慌てて手で口を押さえると、
「声我慢すんな」
と手を外された。

始終若狭くんに翻弄されっぱなしだったけれど、初めては痛いと聞いていたのにそれどころかとても気持ちよくて自分じゃなくなるようで怖かった。名前を呼ばれるたびに身体が熱くなって、好きと言われるたびに幸福に包まれた。



◇◇◇



若狭くんのお陰で少しずつ火傷を自分の一部と思えるようになってきた頃、テストを終えてさあ夏休みとみんな浮かれていた。仲のいい友人2人も例に漏れず、海行こう!と騒ぎ出した。
「ナマエも行こうよ!」
「あー、海はちょっと」
あの火傷で海は目立つし、海水は跡に沁みる。断ろうとすると、
「えー!一緒に行きたい!最後の夏休みだよ?」
と誘ってくれるので、パーカー着て海に入るのやめればいいかなと頷いてしまった。そのあとみんな彼氏いるしナンパもうざいから彼氏も誘う話になってしまって、若狭くんが海?…似合わなさすぎということと、絶対に行かないと言われるのが目に見えていて頭を抱えた。
次に会った時にその話をすると、なぜかどんな水着着るの?と斜め上の質問をされた。先日友人と買いに行った水着を見せると露出多すぎと怒られて、キュンキュンしたのは若狭くんには内緒だ。
「火傷もあるし、パーカー着るから大丈夫」
「ふーん…」
「あの、それで一緒に来てくれないよね?仕事あるし…」
若狭くんは心の底からめんどくさいという顔をしているので、折衷案として現地集合なので送り迎えだけしてもらうことになった。若狭くんと海のショットはもうないかもしれないから集合する前に写真だけでも押さえようと心に決めた。

約束当日、ワカくんのザリに乗せてもらって海まで向かうとその道のりが気持ちよくて騒いでいたら煩いと怒られた。でも少し遠回りをして長く乗せてくれたから若狭くんもきっと悪くないって思ってくれてたと思う。そのせいで待ち合わせに少し遅れたけど。その辺にいるからと背を向けて歩き出す若狭くんを見送り、友人との待ち合わせ場所に急いだ。

その後5人でビーチバレーをしたりかき氷を食べたりして遊んでいたけど、4人が海に入るというので荷物番をすることにした。若狭くんは今どこにいるのかなと思っていたら近くを歩いている女の人が、「さっき近くでめっちゃイケメンがバイクいじってて女の子に囲まれてた」と話しているのが聞こえてきて、その後すぐ「まだ?帰りたいんだけど」と若狭くんが現れたので、本当に申し訳ないことをしたと反省した。

「結構いい時間だし、みんなに先に帰るって言ってくるね」
とみんなのいる海の方に向かうと、そちらが少し騒がしくなっているのに気がついた。こどもを探す母親が叫んでいる。あまり人気のない潮の流れの早いところに迷い込んで浮き輪から落ちてしまったようだ。居てもたってもいられず走り出そうとすると若狭くんに手を掴まれた。若狭くんは「オレが行くから待ってろ」と言って海に入っていき、少しするとずぶ濡れになりながら男の子を抱えて出てきた。
若狭くんが男の子を砂浜に横たえたので、意識を確認すると反応が薄く、呼吸が遅い。皮膚も青白いので、男の子の冷えた体を温めなくてはと着ていたパーカーを脱いで男の子を包んだ。
その瞬間、私の背中を見た観衆から悲鳴が上がった。無視して男の子の体温め続けているとライフセーバーのお兄さんが来て代わってくれた。立ち上がって砂だらけの膝を払っていると、若狭くんが自分の上着を脱いで私にかけてくれた。
「濡れててキモチ悪いかもしれないけど」
「ありがとう」
そんな私たちのやりとりを見ていた観衆から指を指されているのに気付いて若狭くんは私の手を引いて歩き始めた。
そばにいた友人たちに先に帰るねと言って、その場を離れた。

「ごめんね」
「無鉄砲に突っ込んでくのには慣れた。でも今回は謝る必要ないから」
と言ってくれた。確かに男の子を助けたことに何も後悔はしていなくて、私が謝ったのは、私のせいで若狭くんで好奇の目に晒されたことだった。やっぱり私みたいな女は若狭くんに相応しくないのかもしれない。







あの海には同じ大学の子が何人かいたようで私の火傷の件をコソコソと話す人が増えた。友人たちもまさかあそこまで酷い火傷と思っていなかったみたいで、ゴメンね、と謝られてしまった。火傷の跡治せるらしいから治したら?お金ないならいいバイト紹介するよと噂で私の火傷のことを聞いた子が軽く言ってきたりもした。私自身も火傷が心のしこりになっているし、周りにここまで言われるくらいなら治しに行こうかなと思い始めて、その資金集めのためにバイトを増やすと若狭くんに話したら、「周りに言われたからってわざわざ治しにいく必要ない」と言われ、散々傷付いた後だったので若狭くんにはわかんないよと八つ当たりをしてしまった。するとあっそ、と言われ、それ以降その話をすることはなかった。

バイトを増やしたから、前みたいに若狭くんの仕事が休みの日にいつでも会えるような生活ではなくなってしまった。たまに休みが合っても若狭くんも最近ジムが忙しくて金曜日も行っているみたいなので、一週間以上会えないこともざらだった。その辺りからなんかおかしいなとは思っていたけど、付き合い始めて一年目の記念日の日に憧れていたペアリングを買おうと約束していたのに、もう少し先にしよと言われてしまい、いよいよこれはまずいのかもしれないと思い始めた。私の火傷の話で愛想を尽かされたのか、それとも別の何かがあったのか。やっぱり私にはもったいない人だったんだと思いながらも、いつか来る別れの日が来なければいいと怯えていた。

そしてついにきてしまったXデーは、バイト代が入ったので誕生日の近い青宗に服でも買ってあげようと渋谷駅で待ち合わせをした日だった。
青宗を待っていると自分のすぐ後ろでバイクが止まる音がして「ナマエ」と名前を呼ばれた。振り返ると噂に聞く特攻服というやつを着た青宗が単車に跨っていた。
「え!?青宗、どうしたのその服」
「さっきまでやってたからそのまま来た」
やってたって…漢字変換するのが怖いからスルーすることにするけど、流石にそれで買い物に行くのはどうなんだろう。
「着替えてから買い物行こっか」
青宗は一人暮らしを始めた私のアパートによく来ているので、服も多少ある。アパートに戻ろうと青宗のバイクの後ろに乗ろうとした時、青宗が動きを止めて反対側の歩道を見つめながら
「ワカクン」
と言う。ワカクン?そう思って私もそちらに目を向けると、若狭くんが壁にもたれて立っていた。壁にもたれるだけでも絵になる彼を見た女性たちは、通り過ぎた後振り返ったりコソコソと何か話している。本人も慣れたもので特に気にしていないようだ。
「青宗若狭くんの知り合いなの?」
「…うちのチームのOB」
「え!?そうなの?」
若狭くんが昔ヤンチャしてたのは聞いていたけど…
「青宗のチームって昔日本一だったとか言ってなかった?」
「ワカクンはその時の特攻隊の隊長だけど」
「え!?」
もうかれこれ知り合って一年以上経っているのに、そんな話は全く知らなかった。ジムを経営してるにしても強すぎるとは思っていたけど。
「なんでナマエがワカクンのこと知ってんの?」
「あー、まあちょっと」
なんだか彼氏というのが烏滸がましくて言い淀んでいる間に若狭くんに声をかける女の人が現れた。逆ナンかと思ったけど、そんなことしそうにない私とは違う色っぽくて大人びた綺麗な人。見ているとなんだか仲良さそうに話し始めて、見た目も精神年齢も若狭くんよりだいぶ低い私よりもずっとずっと若狭くんにお似合いに見えた。
「お似合いだね」
なんてついその気持ちが口からポロリと出ると、
「少し前に昔から好きだった人と付き合ってるって言ってたからあの人かもな」
なんて青宗が言うものだから頭を鈍器で殴られたような気がした。最近仕事が忙しくて会えないって言っていたのはひょっとしたら彼女と会っていたのかもしれない。歩き出した2人の背中が見えなくなるまで黙り続ける私の気持ちを察したのか青宗が
「ワカクンより良い男あんまいないと思うけど、元気出せ」
なんて慰めになってない慰めをしてくれた。優しくなかったあの弟がこんなふうに言えるようになったのかと思うことで現実逃避をした。



◇◇◇



しばらくたっても状況は改善しなかったので、そろそろ潮時なんだとついに観念をした。若狭くんに時間できたら連絡してとメールをすると、その日の夜中に明日の夕方ならと言われたので私の家で会うことになった。
久々の若狭くんは少し痩せたように見えた。

「あのね」
「ん」
「別れてほしいの」
「…なんで?」
なんでって…その質問は聞く必要あるだろうかと思いながらも、どうしても彼に嫌われたくなくて
「これから国試で忙しいし、バイトも増やしたいし。会えないならわざわざ付き合ってる必要もないかと思って」
と嘘をつく。
「別に国試終わるまでならオレはこのままでいいけど」
「うん。でも私は別れたい」
「ホントに?」
若狭くんにジッと目を見つめらる。本当は嫌だと言いたい。でもダメだ。
「うん」
「…わかった」
そう言って立ち上がると、あんま無茶すんなよと私の頭にポンと一度手を乗せて出ていった。

その瞬間、涙が溢れてきた。本当は彼に別に好きな人がいても、このまま騙されて一緒にいたかった。でも若狭くんとあの綺麗な人が並ぶ姿が目に焼き付いて離れない。私もあんな綺麗で火傷もなければもう少し隣にいる資格があったもしれないけど。

私がわんわん泣いているところに青宗が来て、何で泣いてんの?と聞かれた。若狭くんと別れたと言ってまた泣き出すと、青宗がバツの悪い顔をして背中をさすってくれた。

それからはバイトをしながら国試の勉強に専念した。その結果、2月の国試を終えて自己採点では無事ボーダーを超えていたので、おそらく4月からは内定をもらった病院で勤務できるはずだ。そちらも落ち着いたし、そろそろ火傷の跡の治療をしようと考え始めた頃、青宗が、
「火傷の跡治すのにいい病院見つけた」
と教えてくれた。弟は火傷の跡を治す気が無さそうだったのにそんな病院を知ってるなんて意外ねと言ったら知り合いが教えてくれたと答えた。彼の友人の九井くんかもしれない。彼は色々と知ってそうだし。

青宗に教えてもらったクリニックに行くと、とても清潔感のあるクリニックで、受付のお姉さんも感じが良かった。この火傷の跡を消しても若狭くんは戻ってこないけど、自分の自信をほんの少しでも取り戻すためにも早く消してしまいたかった。

「ご予約の乾様ですね?」
「はい」
「こちらにどうぞ」
受付のお姉さんに案内されて入った部屋で待っていると、
「お待たせしました」
と透き通った声が聞こえてきた。ずいぶん若い先生だなとその人を見るといつか見た若狭くんと一緒にいた綺麗な女性だった。まさかそんな偶然があるとは思わず、高揚していた気持ちが一気に冷めるのを感じた。
「火傷の跡をなくしたいという話でしたけど…」
色々聞かれるけどこっちはそれどころじゃなくて返事がしどろもどろになってしまう。
「大丈夫ですよ、ゆっくり話してくださいね」
なんて素敵な笑顔で言われると、やっぱり若狭くんの隣に並べるのはこんなふうに優しくて綺麗な人なんだと納得してしまった。

落ち込みながらも火傷を負った経緯なんかを話して、本題の金額のことを聞く。すると、「お代は結構ですよ」と信じられないことを言われる。
戸惑う私に彼女は「もういただいてますから」と続けた。
「え!?誰からですか?」
「名前は言わないでほしいと言われているので伏せますが、義理の弟なんです。別に治さなくていいのにあの頑固者がってブツブツ言ってましたよ」
なんて先程までの綺麗な微笑みとはうって変わって悪戯っ子のように笑うその人の胸元にには、「今牛」と書かれたネームプレートが光っていた。



◇◇◇



その後無事就職することができて、しばらくは慣れない勤務に追われていた。そんな日々にも少し慣れ始めたある金曜日、久々にあのバーに向かった。目一杯オシャレをして。バーに入るとそこには誰もいなかった。それでも私は指定席の一番奥の椅子に座る。マスターが久しぶりですねと声をかけてくれたので、ご無沙汰してますと返した。
「いつものでいいですか?」
「はい」
そう言うとマスターはいつもの瓶を棚から取り出した。
ちょうどその時カランと音がして、扉の方を見ると白のシャツと黒いスラックスというシンプルな服をオシャレに着こなした若狭くんが入ってきた。
何も言わずに私の隣に座ると、若狭くんがくるとわかっていたのかマスターが2人分のロックを置いてくれた。若狭くんは私の分をカウンターまで下ろしてくれて、どーぞと言う。お礼をして、若狭くんの顔を見つめた。
「ごめんね、急に。大丈夫だった?」
「ん。仕事落ち着いたし大丈夫。こっちも連絡しようと思ってた。オマエは?」
「無事就職できたよ。今は〇〇病院で働いてる」
「よかったな」
「まだ慣れなくて大変だけどね」
若狭くんは最初はそんなもんだろと言いながら、グラスに口をつける。
私は無意識にグラスの水滴を指で撫でていて、それに気付いて苦笑いをした。
「…本当に仕事忙しかったんだね。私てっきり」
「どうせ他の女ができたとか、やっぱり釣り合わないとか勝手に妄想してたんだろ」
「ごめんなさい」
「オレも色々あって構ってやれなかったし。さすがにオマエを放置しすぎたなって後から反省した」
「色々?」
若狭くんは頬杖をついてじっとこちらを見ていて、答える気はなさそうだ。
「…若狭くんが青宗にあの病院教えてくれたの?」
「性格はともかく腕のいい医者がいるからな」
「ありがとね…でもやめたよ、火傷治すの」
そう言うと若狭くんは微笑んだ。

この微笑みも、彼のバイクで感じる風の心地よさも体は覚えているというのに、頭は少しズキンと痛むだけで、うんともすんとも言わない。それでもやっぱり見覚えがある気がして、聞くなら今だと切り出す。

「若狭くん」
「ん?」
「私たちって前にどこかで会ったことある?」
「さーね」
「…。これって教えてくれる流れじゃないの?」
「オマエの常識押し付けんな」
と若狭くんは笑いながらウイスキーを飲み干した。
「ホントズルい。そういう飄々としたところネコっぽいよね」
そう言うと何故か若狭くんはもっと笑った。

「で、今日の要件はそれだけ?」
と意地悪く聞いてくる。
「あの…」
ずっと考えていた言葉を頭の中で反芻して深呼吸する。
「これから若狭くんに似合ういい女になるから。だからいい女になれたら付き合ってくれますか?」
私にとっての一世一代の告白をする。しばらく待っても返事がないので、怖くてつぶっていた目をチラッと開けると若狭くんがちょっと怒った顔をして、
「オマエな…」
と言ってきた。
「空気読め」
「え?」
精一杯読んだ結果だったのに…。何を間違えたんだろうと固まっていると、若狭くんはなんでそんなに自己評価低いんだか、とため息を吐いて、
「オマエみたいなのに付き合えるヤツ他にいねぇからオレと結婚して」
と少し拗ねたようにキラキラと星が瞬くような石の付いた指輪を私に差し出した。

しばらく理解できなくて固まってしまったけど、ようやくわかったら喜びなのかなんなのか涙が溢れてきた。すると彼はおいしいものを食べた時みたいに年相応の可愛い笑顔で笑って、指で私の涙を拭った。
「若狭くんの知ってる昔の私じゃないかもしれないし、若狭くんのこと思い出せないかもしれないけど、それでもいいですか?」
「オマエは変わんねぇよ。お節介でお人好し」




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