弟だと思ってた若狭くんは大人の男になってた





『若狭くん誕生日おめでとう!お祝いに何かご馳走するよ!』
 メールを送ってしばらくすると、ケータイのバイブが震えた。
『ナマエの手料理がいい』
 簡潔に返事だけ書かれているメールにらしいなぁと笑った後、社会人になったばかりでお金に余裕のない私を気遣ってくれたのがわかって申し訳ないけどほっと胸を撫で下ろして『任せて』と返事をした。

 若狭くんは私の実家のご近所に住む今牛さんちの息子さんで、五歳年下。うちが営む焼き鳥屋の焼き鳥を大層気に入ってくれてよく食べに来てくれていた。昔から決して愛想のいい方ではなかったけど、私には割と懐いてくれていたので会えばよく話したし、彼が暴走族のとあるチームで総大将や特攻隊長をしていた頃はケンカの後よく飯食わせてと一人暮らしの私のアパートを訪ねてきていた。
 ふらりとやってきては、見た目によらず大きい口を開けてご飯をパクパク食べてそしてふらりと帰っていく姿が当時の彼の二つ名そのもののような気がして、まるで大きな猫を餌付けしている気分になっていた。そんなこと言ったら怒られるから言えないけど。
 まぁ猫というのは置いておいて、そんな可愛がっていた若狭くんがついに成人を迎えたというのは弟が姉離れしていくような感じがして嬉しくもあり寂しくもあり、といったところ。特に最近はジム開業のために忙しなくバイトをしてるみたいでうちにご飯を食べにくることもなくなっていたし、たまに連絡が来たかと思えばバイト帰りに私を会社まで迎えに来てくれる甲斐性を見せつけてくるので本当に嬉しくて寂しい。
 私もそろそろ弟離れをしなきゃなぁとケータイをパタンと閉じた。

===

 若狭くんのバイトと私の仕事の都合で予定が合ったのは次の土曜日の夜。約束の時間五分前にチャイムが鳴ってドアを開けるとそこにはいつも通りの気怠げな若狭くんが立っていた。白髪だった頃とは違って綺麗な金一色に染められた、肩にかかるかかからないかくらいの長さがある綺麗な髪を風に遊ばせている。

「うち来るの久しぶりだね!どうぞどうぞ」
 ドアを大きく開けて招き入れようとすると、若狭くんは仏頂面を緩めて
「昔来た時は部屋お間違いですってオレを締め出したけど、今回はちゃんと分かって偉いな」
と笑った。それは初めて若狭くんが白い特攻服を肩にかけてうちに押しかけてきた時のことで、私がいつでも来てねと言ったのに締め出したからそう言われると耳が痛い。

「許して…特攻服なんて見るの初めてだったから怖すぎて。顔見る前に扉閉めちゃったんだよね」
「まあオマエにしちゃマトモな反応だったけど」
「…」
 私にしてはってところがなんだか納得いかない。小さい頃から面倒見てあげてたのは私のはずなのになんか立場逆転してない?

「私年上なんですけど…?それにこれでも会社ではしっかりしてる隙のない女って言われてるんだけど」
「はいはい」
「その扱いホント納得いかない…」
 若狭くんは私のその発言を無視して「これあげる」とコンビニの袋を軽く持ち上げた。
「主役なんだから気使わなくていいのに」
 こうしてお土産をもらっちゃうとこんな気遣いできるようになったんだなぁとさっきのことはすっかり忘れて感激して、その後ありがたく袋を受け取って中身を見ればそれがビールとかおつまみだったことに今度は驚愕した。
「若狭くんが大人になってる!」
「は?何言ってんの」
「成人したのわかってたはずなのにビールに衝撃を受けた」
「別に昔から飲んでたけどね」
「それは言わなくていいから」
 この不良にはもう今更何も言うまい。

「ちょっと散らかってるかもしれないけどどうぞ」
ともう一度招き入れると若狭くんは一瞬止まって
「隙のない女はそんな簡単に男を家にいれんの?」
と首を傾げてくる。
「え?今更?若狭くん何回も来てるじゃん」
「大人になったって言ったのはナマエでしょ。オレだって男だし狼かもしんないケド?」
「あはは。そうだね」
 若狭くんもそんな冗談言うようになったんだなぁ。やっぱり弟が姉離れしていくような寂しい感覚に陥りながらも、なんとか昔の若狭くんを見つけたくて
「あ、若狭くんの好きなうちの焼き鳥もらってきたからそれも一緒に食べよ」
と提案すると
「食べる」
と間髪入れずに答える相変わらずの焼き鳥好きに安心させられた。

 ◇

「おまたせ」
 焼き鳥や用意した料理をリビングのローテーブルに座る若狭くんの前に並べた。作った料理が若狭くんの好物ばかりなことがわかって、彼はほんの少し口角を上げて私に「ありがと」と言った後、焼き鳥に視線を移した。
「これ久しぶりだワ」
「昔は毎日うちに来て一本食べてたもんね。しかもその串ずっと咥えてるし」
「なんか落ち着くんだよね」
「昔は危なっかしくてやめて欲しかったけど、今じゃトレードマークだよね」
「ンなこと心配してくるのオマエくらいだったワ」
「姉みたいなもんだからね」

 そう言いながらよいしょと若狭くんの向かいに座ると若狭くんは
「姉じゃねぇけど。今のはおばさんかと思った」
と笑う。
「ちょっと…さっきから失礼なことばっかり言う口はこれ?」
 そう言って若狭くんの頬を摘もうとしたら余裕そうにその手をさらりとかわされてまたムカっとする。
「こう言う時はつままれてくれた方が可愛げあると思うよ?」
「オレに可愛げいる?」
「うん」
「そ。じゃあどーぞ」
 そう言って私の手を掴んで自分の頬に添えてくる。
「…」
 まさかそうくるとは思わなかった。どうしたらいいか分からずにそのままぺたぺたと若狭くんの綺麗な顔を触っていたら至近距離で視線が合ってしまった。紫色の瞳に吸い込まれるように見つめていると、若狭くんも同じように見つめ返してくる。急に若狭くんがさっき言っていた「オレも男で狼だけど」を思い出して、何意識してるんだかと首を振って、
「若狭くん、本当に大人になったんだねぇ」
と誤魔化した。
「自分の年考えたらわかるでしょ」
「そうだけどね。私の中で若狭くんはいつまでも中学生の若狭くんだからさぁ。あの若狭くんがもう二十歳か
「あのって何」
「ん?ケンカに明けくれて傷をこさえてはうちにご飯をたかりに来る近所の悪ガキ?」

 私がそう言うと若狭くんは少しぶすっとしてコンビニの袋から缶ビールを取り出した。ポイと私に手渡してきたビールを受け取って缶の蓋を開けると、若狭くんもプシュッと音を立ててプルタブを引いて、缶ビールの腹を当てて乾杯した。

 ◇

「若狭くんって酒豪?」
 お互いもう三本目。昔の話やら最近あった話なんかをつまみにしていたらお酒がどんどん進んでいた。
「フツーだけど。ベンケイとかバカみたいに飲むやつに比べたら弱い。ナマエは弱いと思ってたワ」
「あ、私ザルだから」
「確かに隙ねぇな」
「でしょ?あ、久しぶりにベンケイくんの名前聞いたけど、ジムの準備は進んでる?あれ、まだ開店まではいってないよね?」
「まだ。場所とかはもう決めてあるけど」
「開店するとき教えてね!私花出すよ!」
「いや、いらない」
 ンなの置かねぇしと笑いながら私の頭をまるで動物にする様にくしゃくしゃと撫でて来た。

「わっちょっと!せっかく髪セットしたのに!」
「オレのためにセットしたなら別に崩してもいいでしょ」
 確かに今日は若狭くんとの用事しかなくて、誕生日祝うにはちゃんとした方がいいかと思って気合を入れてヘアセットしたけど…。この女慣れしてますよ感。昔から近所の女の子たちに取り合いされるくらいかっこよくて、彼が唯一手綱を預けた真一郎くんからも
「ワカが片っ端から女を惚れさせるからオレがモテないように見えるだけだから!」
と言われるくらい暴走族現役時代もモテていたらしいし。というかこの見た目でモテるなって言う方が難しい。

「若狭くんって相変わらず女の子泣かせてるんだろうね」
「何急に」
「ううん」
「ナマエは?」
「ん?」
「彼氏。いんの?」
「わー、聞いちゃうそれ…」
「聞く」
「…本当にモテないんだよね。できてもあんまり長続きしないし。私恋愛向いてないみたいだから、最近は猫カフェ行って寂しさ紛らわしてる」

 本当は彼氏がいないのなんてなれっこだからそんなに気にしてなくて、むしろ若狭くんが来ないのが寂しくて猫カフェ行ってるんだけど。そう思いながら苦笑いして一気にビールをあおっていると、若狭くんはなんでもないように
「向いてるか向いてないか知らねぇけど、彼氏いないならオレと付き合う?」
なんて言った。ちょうどそのタイミングで飲みきった缶ビールの空き缶を机の上においたから、狭い部屋に軽いコンっという音が響いた。
「…」

 なんだかとんでもないことを言われた気がしたけど、若狭くんは気にせずもぐもぐと焼き鳥を食べて、そしてビールを飲んでいる。まるで「そばでも食べに行く?」くらいの軽いノリだったので、冗談かと流して
「あ、そろそろ次のお酒持ってくるね。ビールでいい?」
と言いながら立ち上がろうとしたら、若狭くんにテーブルについた手を掴まれた。

「逃げんのはナシ」
「え?今の冗談、だよね?」
「オレは好きだけど?」
「…え?」
「ナマエのこと、好き」
「は?きゅ、急にどうしたの!?」
「本当は酔った隙つくのもアリかと思ってたけど、隙ないらしいから正攻法でいくワ」

 平常だった心臓が、じわじわと、そしてどんどん早く鳴り出す。
「え、いや、でもそんなそぶりなかったよね!?こんなおばさんからかっても面白くないからね!」
「なんでオレがナマエのとこにわざわざ行って飯食ったり、会社に迎えに行ったりしてたと思ってんの?」
「え…なんで…?」
 本当に分からなくてそう聞くと若狭くんにため息をつかれてしまった。
「んなのオマエに手ェ出すなって周りに牽制するために決まってんでしょ。まぁオレの地元でナマエに手を出すヤツなんているわけないけど」
「なにそれ…」

 そういえば前会社まで迎えにきてくれた時に
「通りがかりだったの?」
って聞いたら
「…どっかの鈍いやつが拐われないように?」
って言ってた。その時私はなんで幼児扱いされてるの?って思ってたけど、どうやら本当に鈍かったらしい。それにこの間行った合コンで私の名前聞いてすぐに別の子にターゲット変える男の人続出してたのはそういうことだったのかとこんな時だけ冴え渡る頭が憎い。

「オレのこと嫌い?」
「そんなわけないけど…いやでも私たち姉弟みたいなものだし」
「みたいであって姉弟でもなんでもないんだけど」
「ええっと…それに…」

 それに、なんだっけ?ずっと年下で恋愛対象だなんて思ってなかったはずなのに、心臓は完全に目の前の人を男の人、しかもとびきりの人だとでも言うように信じられないくらいどきどき鳴っていて、顔が熱くなってくる。

「あのさぁ。その顔他の男の前ですんなよ?」
「…ど、どんな顔?」
「食べてくださいって顔?」
「た、たべっ!?」
 若狭くんは唇を舌でペロリと舐めてニヤリと笑った後、それに見惚れて固まる私の唇にまずは一つ、触れるような口付けをしてきた。
「!!」
「だから、オレも男で狼なんだワ」

 そして私の顔を覗き込みながら見たことがない男の顔で
「未成年とかそういう理由でかわされないようにこっちもここまで待ったんだから今更逃すわけねぇだろ」
と言われてしまえば、今までみたいに若狭くんは『弟』だなんて口が裂けても言えない。

「とりあえず今からナマエのこと本気で落とすから返事はその後にして」

 お願いだから私の心臓、黙って。






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