付き合えるかどうかは私の頑張りにかかってるらしい
※佐野家長女設定
「気持ちいい!」
「ははっだろ?」
「お兄ちゃんもっと飛ばしてー!」
「お前乗せてるからダメ」
お兄ちゃんの単車に乗せてもらって夜道を走る。ずっと乗せてもらいたかったけど、中学生になるまではダメって言われていたのでずっと我慢してた。今日はようやく乗せてもらえた記念すべき日。
お兄ちゃんの単車に乗ると自分が風になったみたいで本当に気持ちがいい。
「お兄ちゃん、ありがとね!」
「ナマエが嬉しそうでよかった」
ギュッと抱きつくと、大好きなお兄ちゃんを独り占めできているようで嬉しくなる。いっつも綺麗な女の人を追いかけてるから私はその度にモヤモヤしていた。ブラコンと言われようが、私はお兄ちゃんみたいな人と結婚する。なんならお兄ちゃんと結婚する。そう思ってた。この日までは。
ブォーーーーン
私たちの単車を追い越して走り去る白い影。そのしなやかな走りに目が釘付けになる。お兄ちゃんも私を乗せてるとはいえそれなりに早いのに、私たちをあっという間に置き去るその走りと一瞬見えたふわふわの白い髪。
「…お兄ちゃん、今のって…」
「あー、公道の白豹だな」
「白豹?」
お兄ちゃんが頷いて
「煌道連合の総大将、今牛若狭だ」
と答える。
「今牛若狭…」
初めてお兄ちゃん以外に気になった男の人ができた瞬間だった。
それからなんだか彼のことが忘れられなくて、また会えないかとすれ違った道をたまに見に行くけど、影すらお目にかかることはなかった。
お兄ちゃんが、新しい仲間、と白豹を家に連れてきたのは再びあの走りを見ることを諦めかけた頃だった。
「あ、は、はじめまして。妹のナマエです」
「…マンジロー」
「エマです!」
明らかにいつもと違う私の様子に万次郎が
「紗南、なんかいつも違くね?」
なんて言うから、バカっていいながら頭を叩いた。
「ヨロシク」
そう言って笑う彼にドキドキして、
「よろしくお願いします。今牛さん」
そう呼ぶと、
「ワカでいいよ」
と言われる。
「あ、それじゃあワカくんで…」
それからすぐにベンケイくんもうちに来るようになって、お兄ちゃんの離れにはよく3人で集まるようになった。
ワカくんと関わるようになってわかったことがある。ワカくんは意地悪で、そして優しい。
例えばこんな感じ。
ピンポーン
「はーい!」
玄関を開けるとそこにはワカくん。
「ワカくん!珍しいね、お兄ちゃんの離れに直接行かないの」
「お土産」
そう言って袋を渡してくれる。
「ありがとう!せっかくだしみんなで食べようよ!」
万次郎とエマ、それから離れのお兄ちゃんたちを呼んで、みんなの分のお茶を入れる。
取り分けようと袋を開けるとそこにはたい焼き。
「ワカくん、たい焼きだね」
「ウン。たい焼き」
「…なんで?」
「なんでってなんで?」
「何で私があんこ食べれないの知ってていつもたい焼きなの?」
「そりゃマンジローが好きだし」
「ありがとな、ワカ」
そう言って万次郎は美味しそうに食べる。
「万次郎、年上にはさんかくんぐらいつけなさい」
「ヤダ」
…まあ唯我独尊の万次郎は置いておいて。
しゅんとしていると、
「ナマエ太った太った言うからお菓子いらねェかと思った」
とワカくんが言う。
「それとこれとは…」
話が違うと言うか、ワカくんが買ってきてくれたの一緒に食べたかった…
言葉を飲み込んでお茶を啜っていると、ワカくんが荷物からまた別の袋を取り出す。それもどうやらたい焼きで、
「ほら」
と私の口に突っ込んでくる。
「!!」
「クリームたい焼き。これなら食えるだろ」
「ッ!!」
「オマエ痩せすぎだからもっと食え」
…うん。やっぱりワカくんは意地悪で、優しい。
そんなこんなでワカくんの手のひらでコロコロされて、気付いた頃にはもう戻れないくらいすっかりワカくんに落ちていたのだ。
ある日、家に帰るとベンケイくんのバイクが停まっていた。
「ただいまー!」
おかえりと大きな手で頭を撫でてくれるベンケイくんが現れない。いつもは出迎えてくれるのにおかしいなって思って、お兄ちゃんの離れに行くと、何やら二人で話に夢中になっていた。引き返そうと思ったけど、ワカ、という単語が聞こえてきてつい聞き耳を立ててしまう。
「クソ、何でワカばっか」
「まー、あの顔はモテるよな」
「今日の子はオレもいいなって思ってたのに…」
「真、オマエほんとセクシー系好きだよな」
「じゃぁベンケイはどうなんだよ?」
「オレはどっちかっていうと清楚系だな」
「…似合わねェな。
さすがに今日の子とは付き合うだろ。今頃楽しくやってんのかな…羨ましー」
「ねえな」
「なんでわかんだよ」
「まー。ワカは、なぁ?」
「なぁってなんだよ?」
「…。アイツは好きになったやつがタイプってやつだろ。だから来られても付き合わねぇんだよ」
「そんなもんか。つかだったらおせぇな。先行くか?」
「だな」
そんな感じの会話が聞こえてきた。二人が部屋から出てくる気配がしたので、大急ぎでその場を離れた。
やっぱりワカくんモテるんだ…うん、知ってた。だってケンカ強くてめっちゃイケメンだもん。そりゃそうだよね。
それにしてもワカくんのタイプか…ベンケイくんの話だと、まだ誰かと付き合ってないみたいだし、それなら私にもほんの少しは可能性があるはず。
二人が単車で出かけた音がしてしばらくすると、また単車のエンジン音がして、うちの前で停まった。
このマフラー音はもしかして!と思い、外に出るとやっぱりワカくんだった。
「ワカくん!いらっしゃい!」
「おー、ナマエ。元気してた?」
「うん!」
「真ちゃんは?離れにいる?」
「さっき出かけちゃった」
そう言うとアイツら置いてったな、とムッとする。可愛い。
「待たせてもらっていい?」
「どうぞどうぞ」
そういってリビングに案内する。ワカくんは意外と渋好みなので、緑茶を出すと、
「ん。ありがと」
と言ってお茶を啜り出す。
お兄ちゃんたちの話を聞くに、今日告白されたらしいし、どうだったのか聞きたい…
「…」
「…なに?」
あまりにジッと見つめるのでワカくんが訝しげにこちらを見る。
ええいままよ!聞いてしまうのだ紗南!
「あのさ、ワカくんって彼女とかいるの?」
「いないけど」
「そ、そうなんだ!」
おっと、つい喜んでしまう。いけないいけない。
…
ええい!せっかくなのでこのまま他にも聞いてしまえ!
「ワカくんってどんな人がタイプなの?」
「…なんで?」
「な、なんとなく…モテるのに誰とも付き合わないみたいだし」
「ふーん」
ワカくんはお茶を啜りながら、
「オマエは?」
と聞いてくる。
「え?私?」
「人に聞く前にまず自分からだろ?」
そういうものか。しかし目の前にいる人をどう伝えたらいいのか。
「えーと。お兄ちゃんより強くて、お兄ちゃんよりかっこよくて、お兄ちゃんより頼れる人かな!」
ごめん、お兄ちゃんを引き合いに出してしまった。
「オマエ本当に真ちゃん好きだな」
「う、うん。ワカくんは?」
「ん?オレは好きになったやつがタイプ」
ベンケイくんの言った通りだ。全然参考にならない…
「なんかずるい」
「別にズルくないし。まぁ強いて言うなら髪は長くて、肌は白い方がいいな。料理がうまくて、裁縫も得意で、オレに一途なやつかな」
「強いていうならが多いね。…もしかして想像してる人いる?」
「さぁな」
…いるよね、これ…
でもこのまま何も言わずに終わるなんて嫌だし…
「あの、もし私がワカくんのタイプに近くなったら、ワカくんの単車乗せてくれる?」
「…付き合いたいとか言わねェの?」
「そんなのおこがましいかと思って…というか私が好きなの知ってた?」
「まぁね。バレバレだし」
「あ、ごめん…迷惑だよね?」
「いいけど。まぁ単車はオマエがもう少しおっきくなったらな」
「…付き合うのは?」
「オマエの頑張り次第だワ」
そこから私のワカくんのタイプに近付くための血を吐く努力が始まった。ワカくんに彼女ができる前になんとかすべく、本当に血を吐く努力をした。
色白なのは家系なのでいいとして、髪を伸ばしてめちゃくちゃケアをした。ワカくんの美貌に負けないように自分磨きを徹底して、それから料理と裁縫も苦手だったけどいい先生を見つけたので、その先生に教わっている。
そして約3年の歳月が過ぎて、中学3年の卒業を迎える頃には学校一の美女と言われるまでに成長した。3年もかかったけど、だいぶワカくんのタイプに近づいたはず。でもまだワカくんは単車に乗せてくれない。
◇
今日はワカくんとベンケイくんが遊びに来てると言うので、私も少しお邪魔させてもらおう、なんて邪な考えでお兄ちゃんたちにお茶を入れて運ぶ。
「お邪魔しまーす!」
「おー」
「お兄ちゃん、お茶だよ!」
そう言ってお茶と手作りのお菓子を出す。もちろん料理出来るアピールも兼ねている。
するとお兄ちゃんが、
「ナマエホント料理上手くなったよな」
と言ってくれる。
「よかった!」
「ナマエちゃんこの3年で頑張ったよな。もうワカのことなんて見限って別のやつ探した方がいいぜ」
お兄ちゃんとベンケイくんにも私の気持ちはすっかりバレていて、私がワカくんのために頑張るのをいつも応援してくれている。
「ワカくんのために始めたし…でも最近は自分磨きも結構楽しくやってるよ」
「努力の甲斐あるな」
そう言ってお兄ちゃんが頭を撫でてくれる。
「そういえば最近家に男が来て紗南が告られてたとかマンジローが言ってたな」
万次郎、余計なことをお兄ちゃんに…許さない…
「そんなの断ったよ!」
「でもこんないつになったら付き合えるかわかんねぇ奴よりも身近の男の方がよくなるかもしれねぇし」
「そんなことないよ」
チラッとワカくんの方を見ると興味なさそうにお菓子を食べている。
私の話なんて興味ないってことかな…
「ワカはどーなんだよ。ナマエちゃん取られたら寂しいだろ?」
いやー!ベンケイくん!そんなこと聞かないで!答え聞くの怖い…
そう思っていると
「…中坊が色気付きすぎ」
とワカくんの怖い声が聞こえてくる。
「…」
私が何も言えずに黙っているとベンケイくんがフォローしようとしてくれる。
「オイ、ワカ。そりゃねぇだろ。そんなことばっか言ってると本当に愛想尽かされるぞ」
それに対してワカくんの答えはなかった。話題を振ってしまったお兄ちゃんとベンケイくんが気不味そうにしているので、
「邪魔しちゃってごめんね。二人とも、ごゆっくり」
と部屋を後にした。
なんだかすごくショックだった。
前はああ言ってくれたけど、3年経ってもワカくんにとって私はただの中坊なんだ…可能性とか考えた自分が恥ずかしい。
今日みたいにワカくんに迷惑かけるくらいなら、いっそ別の人と付き合った方がいいのかな…
そんなモヤモヤを抱えたまま中学を卒業する日がやってきた。
みんなとの別れを済ませて帰ろうとすると、同じクラスの男の子に話しかけられる。
「佐野さん、よかったら少し話せないかな?」
「あ…うん。いいよ」
彼について学校を出ると、近くの公園に入っていった。そこのベンチに座ると、彼は顔を赤くしながらこちらを見た。
「オレ、佐野さんのことずっと好きだったんだ。卒業するからこのタイミングで言わないともう会えないと思って。もしよかったら付き合ってください」
彼は少しワカくんに似てるなって思っていた男の子だった。あれ以降諦めた方がいいのかも、と思いはじめていたので、一瞬返事が遅れる。
「告白されても好きな人がいるって断ってるんだよね。その人とはうまく行ってるの?」
「ううん…全然…諦めた方がいいのかなって…」
「それならお試しでもいいから少し付き合ってみて考えてくれないかな?」
それもいいのかもしれない。なんて思った時、彼に手を掴まれた。
それまで下に向けていた目を彼に向けると、少し似てるなって思っていた目も、ふわふわした髪の毛も、全然違って、やっぱりこの人じゃないってすぐにわかった。
ごめんなさい、そう断ろうと思った時。
「ナマエ、何やってんの?」
「ワカくん…」
公園にものすごく似つかわしくない黒い特攻服を着たワカくんが私たちの前に立つ。
男の子は明らかにカタギじゃないワカくんを見て、
「あ、それじゃあ返事はまた今度で」
と言って逃げようとする。
ワカくんは彼を引き止め、
「コイツはオマエとは付き合わないから」
そう言って彼を置き去りにして私の手を引いた。
ワカくんに手を引かれながら歩くと公園の先にワカくんの愛機が停められていた。
何でここにいるのかとか、何で勝手に告白の返事したのかとか。
色々聞きたいことがあるけど、なんだかワカくんが怒っているように見えてなにも言えない。
単車の前でピタッと足を止めると、先程の会話を聞いていたであろうワカくんにジッと見られる。私が目話逸らすと、
「何で諦めんの?」
と聞かれる。
何でって…
「…ワカくんに迷惑かなって思って…」
「迷惑なんて言ったことないけど」
「中坊が色気付いてるって…」
「…オマエが他のやつに好かれてる話なんて聞いても面白くねぇし」
「え?」
「オマエが好きなのオレでしょ?」
まさかそんなことをワカくんから言われる日が来るなんて。私は黙ってうなずく。
するとワカくんは私のあごをくいってして、上を向かせた。
「オレのこと好きなら他の男に勝手に触れさせんな」
ワカくんの綺麗な顔がどんどん近づいてくる。
まさか…キスされる!?
そう思って目を瞑るけど、全く唇にワカくんを感じない。
あ、あれ?
そっと目を開けると、ワカくんは私の顔をじっと見てるだけで、そのままあごから手を離してほっぺたをぶにっと潰してきた。
ムッとしてワカくんの手から逃げる。
「…」
勘違いをして恥ずかしいし、ワカくんの意味深な行動にまた踊らされてムカつくし、色んな感情がごちゃ混ぜになって無言で立ち尽くしていたら、ワカくんに話しかけられる。
「何むくれてんの?」
「…別に…」
私がプイッと反対を向くと、紗南、と名前を呼ばれ、何かを投げられる。キャッチすると、それはヘルメットだった。
「ヘルメット?」
「卒業祝い」
「卒業祝い?」
「それ渡しに来た。そのメット、オレの後ろ専用だから」
「え!?」
「他のやつの単車乗るなよ」
そう言ってワカくんはバイクに跨った。
一体何が起こってるの…
これまでにない展開についていけないでいると、ワカくんは
「乗らねえの?」
と聞いてくる。
「乗る!!」
お兄ちゃん以外の単車に初めて乗る。単車に跨ってワカくんにギュッと抱きつくと、初めて感じるワカくんの体温にドキドキする。
「ねぇワカくん」
「ん?」
「私と付き合ってくれる?」
「まー、これからのナマエの頑張り次第かな」
「…」
まだ道のりは遠いらしい。
「アイツ、タチ悪すぎだろ」
ナマエの卒業式に3人で迎えに来たが、ナマエはもういなかった。仕方なくそのまま帰ろうとすると、ワカがすごい剣幕でオレたちを置き去りにして走って行った。何かと思えばワカはナマエを助けに行っていた。
なんだかんだでアイツもナマエのことが…
なんて兄として少し寂しく思いながらも二人を見つめていたら、一緒にいたベンケイが不穏な発言をする。
「は?」
「あいつ初めて会った時からナマエちゃんに目ぇつけてて、それからナマエちゃんを自分好みに育ててるんだぜ」
「…は?」
「で、普段は自分にもっと夢中になるように手のひらで転がしといて、危なくなったらああして時折エサやって自分から離れないようにしてんの」
「はぁ!?」
「アイツにもうそろそろ付き合っちまえばって言ったらなんて言ったかわかるか?」
「…何て?」
「どうせオレがアイツの最初で最後の男になるから今のうちに躾すましとくってさ。やべーだろ」
「…ちょっとナマエにアイツとのことは考えるように言ってくる」
「やめとけ真。ワカに目をつけられた時点でもう逃げられないんだよ…」
「オレの可愛い妹が…」