色々間違えて転生したけど原作通り初代黒龍特攻隊長になったのに、ウチの総長の様子がおかしい




※ワカ成り代わりの女体化


 小さい頃から足がスースーするフワフワのスカートよりも動きやすいズボンの方が好きだった。というかそっちの方が自分には似合っている気がした。長いまつ毛に垂れた紫眼、気怠げに見えなくもないけど幼ながらにこの色気と端麗な容姿。将来約束されし美少女なことは分かっていたけれど、いつもそんな自分に違和感が付き纏っていることに気がついたのはいつのことだったか。

 小さい頃からしっかりしているというか、成熟していた精神は自分のことを「性同一性障害」だと結論づけようとしていたけど、別に女の人が好きとか男になりたいと思っているわけでもなかった。ただ、「今牛若狭」が「女」であるということ、「オレ」ではなく「私」であることに対する違和感を感じて耳鳴りが止まなかった。
 女やもめであった母が再婚して苗字が変わり、義父が連れて来た義弟に「ワカ姉」と呼ばれてさらに違和感が強くなった。義弟は可愛かったけれどその違和感からどうもうまく接することができなかった。

 そんな状態で普通に学校に行って普通に友達と仲良くすることは億劫で仕方なくて、よく授業をサボるようになった。親が自分よりも義弟に目を向けるようになったのを機に自分のことを「オレ」と呼んで髪を短く切ってみたらなんだか落ち着いて、黒髪を白く染めてみるとさらにしっくりきた。

 奇抜な出立ちで夜の街を出歩いていると生意気なクソガキと思われて絡まれるようになり、かかる火の粉を振り払っていたら自分にケンカの才能があることに気がついた。女にしては恵まれた体格で、男にはないしなやかさとスピードがあるからこそできる蹴り技でその辺の奴らを薙ぎ払ううちにケンカの爽快感にのめり込むようになっていった。自分に抱える違和感を相手にぶつけるように男のフリをしてあちこちでケンカをしては父親の忘れ形見のバイクを乗りまわしているとほんの少しだけ耳鳴りが止んだ気がしたのだ。

 ケンカをしていると仲間なんてものもできるようになって、気付けば東関東にあるいくつかのチームのうちの一つの総長と呼ばれるまでになった。

 ちょうどそのころだ。西関東をシメる三代目螺愚那六が東関東にちょっかいをかけてくるようになったのは。そのチームの総長荒師慶三の喧嘩は一度見たことがあった。いや、喧嘩というには一方的すぎるかもしれないが。拳を一度振り上げればその場に立つ全ての敵を薙ぎ払うまで止まらず返り血を纏う巨躯は、まさに噂通りの赤壁であった。そんな「血染戦線」を謳う男に、東関東のチームは一つずつ、けれど確実に潰されていった。
 それに対抗するために作られた東関東12の暴走族をまとめた煌道連合の総大将に自分が押し上げられた時には当然だと頷いた。

 そこから睨み合いを続け、小競り合いを繰り返していたある日。抗争でもない時にニアミスで荒師慶三とやりあう羽目になり、あの馬鹿でかい熊の体当たりを避けきれずに相当遠い壁まで吹っ飛ばされた。飛ばされる前に向こうにも一発くれてやったからあのクソもタダで済んではないと思うけど、壁で打ったのか頭がガンガンと痛み、いつもより耳鳴りが酷い。ちょうどそのタイミングでケンカを聞きつけたサツが来て解散になったが、オレの頭の中に警報音のように何かが響いてきて、その場から少し離れた道で頭痛と耳鳴りが止むのを目を閉じて待つことにした。


 どれくらいそうしていたのかわからない。ただ急に降り出した冷たい雨に打たれて己の体からゆっくりとケンカでほてった体の熱が奪われていくのを感じていた。

 気が付くとコツコツと近づいてくる足音が耳に入ってきた。こちらのチームでもあちらのチームの人間でもない気配で、どうせさっさとどっか行くだろと無視していたら予想に反して話しかけられた。

「大丈夫か?」

 めんどくせぇ。

 そう思いながらそちらを見るとその声の主は雨で崩れかかったクソダセェリーゼントの男だった。

「見せモンじゃねぇから。あっち行け」
「そう毛逆立てんなって。猫みてぇだな」
「…」
「ウチ来いよ。手当ているだろ?」
「いらない」

断っても断っても続く押し問答に、このしつこい男には何を言ってもダメだと根負けしたのはこちらの方だった。普段ならウザイと蹴り飛ばすのになぜかこの男には毒気を抜かれる。

「名前は?」
 仕方ないとため息を吐きながら名を名乗ると
「あ、オマエ煌道連合の白豹?どーりで白い」
と笑った。

 そのあとうーんと唸りながら何度もオレの名前を何度もつぶやいて、よし、とオレを見て笑った。

「ワカって呼ぶわ」
「…初対面で馴れ馴れしい男」
「オレは佐野真一郎。好きに呼んでくれてかまわねぇから。よろしくな、ワカ」
「…さの…しんいちろう…?」

 ドクンッ

 その瞬間、心臓が自分のものでないかのように早鐘を打つ。頭がガンガンする。そして頭の中でピースがカチッとハマったような音がする。

「え、あ、佐野、真一郎?」
「どーしたワカ。頭いてぇか?」

 佐野真一郎といえば…え、あ…

「え?」
「?」
「真…一郎?」
「オウ。よろしくな、ワカ」

 真一郎とワカって…。まさか、ここ、東リベの世界?しかも『私』、白豹じゃない?

 その瞬間、『私』は前世の自分を思い出した。前世の自分のことなんていちいち説明しないけど、とにかく『私』は死んで、そして転生したらしい。自分が読んでいた漫画の世界に。そしてどうやら主人公たちの世代ではなく、物語の中心人物である佐野万次郎の兄・佐野真一郎の世代の一人、白豹と呼ばれる男に色々と間違えて転生してしまったらしい。

 ずっと感じていた違和感が、自分の前世に馴染みのある男のキャラクターに女として生まれて来てしまったところからくるものだったとわかり、ほんの少しだけ安堵した。自分が「あの」今牛若狭であることに多少戦慄したものの、自分がこれだけ喧嘩が強く身のこなしが軽やかな理由もよくわかった。

 ただこのまま原作通り佐野真一郎たちと初代黒龍を立ち上げて黒龍を日本一のチームに、この男を日本一にしたいかというと、正直そこまで思えないと言うのが本音だ。もちろん一読者として佐野家には幸せになってほしいと思っていたけど、色々間違えて生まれてきた自分に何ができるかわからないし。しばらく様子が見たい。

 そう思ってそこで終わらせるつもりだった。なのに…



「なー、ワカ。オレんちこいって。頭いてぇだろ?」
「…」
「うち近いからさ」
「…」
「おーい、ワカ。風邪ひくぞ?」
「…」
「ワカー!」
「…」

 しつこい。しつこい。しつこすぎ。こっちは色々思い出してセンチメンタルな気分に浸ってんのにそんなの関係ないって?マジイラついてきた。

 前世の自分はこんなにもキレやすかっただろうか?ここまで不良街道爆進して生きてきたからなのか、イラつくと暴力で解決しようとしてしまうのはもはや治らないかもしれない。


「わかった」
「お!マジで!?」
「オレに勝ったら付いてってやるワ」
「ワカ怪我してんじゃん。やんなら元気にな時にな?そんな状態のオマエに勝っても嬉しくねぇし」
「ハ?何勝つ気でいンの?今調子いいくらいなんだけど」
「んー、でもな」
「なら今日は解散。じゃあな」
「ちょーっと待った。ここで別れたらもう会わない気だろ?それは困る」
「オレは困らない」
「困れよダチ甲斐ないヤツだな」
「いつダチになったんだよ」

 初対面でこれとか…マジ距離感バグってんなこの男。

「今さっき?」
「…。オレは拳交わして初めてダチになんの。オレとオトモダチになりたいンなら喧嘩買って」
「ワカ、意外と強情だな」
「なんとでも」

 ようやく観念して喧嘩を買った佐野真一郎はどう見ても隙だらけの構えをしていて逆にどうしたらいいのか悩んだ。確か原作では喧嘩弱かったと思うけどどれほどの実力なのか。見た目通りなのかそれとも。単純な興味が勝って、小手調べのつもりで頭に向けて回し蹴りを一発打ち込んでみると真一郎はそのまま蹴りを受けて吹っ飛んだ。

「え…よっわ…」

 オレの蹴りを受けて地面に倒れ込んでなかなか起き上がってこない真一郎が心配になり、顔を覗き込むと息はしているようで安心した。

 …気絶してる?

 雨の中こんなところに放置するわけにもいかず、仕方なく雨宿りできるところで気絶した男の頭を自分の右膝に乗せ、左膝を立てて座り、ため息をついた。

「なんなの、これ」

 すっかりリーゼントが崩れて初見よりも、そして『私』の記憶よりも幼く見えるその男を眺めていると、生まれてこの方止むことのなかった耳鳴りも、ガンガンする頭痛も、雨が止むのと同時に消えていった。


◇◆


 ワカと出会ったのは急な雨に降られた夜のことだった。一緒だった武臣と別れて一人タバコを買いに行った帰り、暗く人通りのない狭い道のさらに脇道。静かな、けれど噛み締めるような呼吸の音がする。苦しそうな吐息が気になって足は自然とそちらに向いた。

 音を生む源は、白くて美しい手負いの獣だった。

 白い髪に白いトップク。首や手首なんかは女みたいに細くて、でもしなやかな筋肉がしっかりとついている。壁にもたれて浅い息を繰り返す姿に見惚れたが、相手は男だぞをかぶりをふる。よく見るとそこらじゅうに小さな擦り傷が付き、頭からは雨と共に血が微かに流れているようで、
「大丈夫か?」
と声をかけた。獣は大義そうにこちらをジロリと見てくると、次はその特徴的な目に心を奪われた。長いまつ毛に大粒のアメジストが埋まっているかのような垂れた瞳。まるで吸い込まれるようにその宝石に映る自分の姿を食い入るように見つめる。

「見せモンじゃねぇから。あっち行け」
 思ったよりも高い、けれど中性的な声音が表情と同様「ウゼェ」とでも言いたげに突き放してくる。本人の意思とは逆なんだろうが、その姿が威嚇する猫のようでオレの庇護欲を掻き立てるし、触れたら噛み付くとばかりの気迫がオレにとったら心地いい。

 「ウチ来いよ。手当ているだろ?」「すぐ近くだから」なんてナンパみたいにしつこく話しかけた。ここを逃したら次はない気がしたから。

 オレのしつこさに呆れたのか、ついに折れてため息をつきながら教えてくれた名を聞いて息を呑み、そして「オマエ煌道連合の白豹?どーりで白いはずだな」と笑った。そんなオレに呆れたようだったけど、オレにはコイツがなんと呼ばれていようが関係なかった。オレにはコイツが必要だとわかっていた。





 目を覚ました時、変わらずワカがそこにいたことに安堵した。

「ワカ」
「起きた?アンタ弱すぎ」
「っせーな。ワカが強すぎんだよ」
「減らず口叩けんならもう大丈夫でショ。はい、どいて」

 そう言われて自分がワカの足の上に頭を乗せていることに気がついた。
「ワリィ。あ、生まれてはじめての膝枕だわ。女が良かったけど、ワカ美人だからセーフだな」
「………ホントそういうとこ」
「?あー、腹減った。じゃ、ウチ行くか」
「オレが勝ったんだけど」
「拳交わしたんだからダチだろ?ダチんちに行くのに理由いる?」

 すると「ああ言えばこう言うヤツ…」だの「ホント毒気抜かれる」だのブツクサ呟いていたけど、オレはここでワカとの縁を切る予定はない。

 根負けしたワカは大きなため息をついた。
「手当ていらないけど仕方ないから送ってあげる。そこまでやるつもりなかったけど弱すぎて気失わせちゃったし」
「弱すぎは余計だけど、来い来い!手当てのついでにメシ食ってけよ」
「アンタの距離感ってどうなってんの?今日初めて会ったヤツ普通家で飯食ってけって言う?」
「誰にでも言うわけじゃねぇよ」
「…。あっそ」


 ワカの走りはアイツの二つ名通りのしなやかで綺麗な、それでいて男のオレが見ても惚れるくらいの力強さもあった。懐かしくてずっと見ていたかったけどウチへの道案内もあるしと本気出して追い抜くと「マジか」みたいに虚をつかれた顔をした後、ガキみたいにムキになって追いかけてくる。

「ちょっと。さっきのはホンキじゃないから。今度ちゃんと勝負しよ」

 家に着いた途端そう言われて、涼しい顔をしておきながら負けず嫌いが顔を出しまくっててホント面白ぇなとますます好きになった。

 家に入ると弟の万次郎とその幼馴染のケースケがバタバタとやってきて、エマはオレに抱きついて来た。

「真兄!」
「エマ、濡れるぞー」
「真一郎君、おかえり!」
「おー。ケースケ。元気してたか?」
「誰ソレ」
「ダチのワカ。ワカ、弟の万次郎と妹のエマ。それに近所のケースケ」
「ドーモ」
「ふーん。美人じゃん」
「だろ?」

 ワカは家庭というものに慣れてないのか、うちに入ったっきり急に口数が少なくなってキョロキョロと万次郎たちや部屋を物珍しそうに見回していた。そんなワカに声をかけたけど手当てもシャワーも断られたので、タオルと着替えだけ貸すことにした。オレが軽くシャワーを浴びて戻るとワカはエマと何かを作ってた。

「何作ってんだ?」
「バンバーグ。ワカくんが作ってくれたよ」
「悪ぃな、ワカ」
「ン。ま、誘われて自分で作ることになるとは思わなかったけどね」

 続きを引き受けるとエマはワカの手を引いて万次郎とケースケのいるテレビの前に走って行った。どうやら好きなアニメが始まるところだったらしい。オレのきょうだいなだけあってアイツらもすぐワカを気に入ったみたいで万次郎は座るワカの背中に抱き着いてテレビを見ていた。ワカは初めは戸惑っていたけど、悪くなさそうな顔をしていたので良しとしよう。

 食べ終わると義理堅い性格なのかワカが食器を洗い出したので、オレも横で手伝うことにした。しばらく無言でオレに洗い終わった皿を渡してきていたけど急にピタッと手を止めた。
「ワカ?」
「きょうだいってさ…いいもんだね」
と消え入りそうな声で呟いた。
「だろ?」
「ウン。なんか弟に会いたくなったワ」
「え?弟いんの?」
「義理のね」
「へー」









 ワカに弟?いたか?そんなの。


◆◇


 散々万次郎たちの遊びに付き合わされてクタクタの中、佐野家を出ようとすると真一郎に「ワカ」と呼び止められた。

「何?」
「いつでも来いよ!」
「気が向いたらね」
「いや。ワカはオレの仲間にするから!」

 そう無邪気に笑う真一郎の横で、万次郎たちが「また」と手を振ってくる。

 前世でも今世でも一人っ子で、新しくできた義弟ともうまく接することのできなかった自分は佐野家に行って初めてきょうだいの暖かさを知った。

 義弟のタケも一人っ子で、初めて会った時はずっときょうだいが欲しかったとオレを見て笑ってくれた。違和感を感じていたせいでつれない態度しか取れなかったけど、もうその違和感も消えてなくなった。

 家に帰る前、いつものように公園のトイレに寄って黒髪のウィッグを着け服を着替えた。こっそりと家の一階にある義弟の部屋の窓をノックすると、その音に気がついた義弟は静かに窓を開けて私を迎えてくれた。まだ幼いながらに不良に憧れる義弟は、「不良は遅くまで起きてるモンだ!」なんて言って私が帰ってくるのを待っていてくれる。

「ただいま」
「ワカ姉、おかえり」
「いつもありがと」
「ううん」

 いつもすぐに部屋を出て行くのに何故かベッドに座る私を不思議そうに見つめてきた。隣をポンポンと叩いて隣に座るのを促すと嬉しそうな顔をしてぴょんっと座るその姿はなんとも可愛い。

「こっちに引っ越して来てどう?」
「楽しい。ワカ姉いるし」

 照れて頬を少しかきながら笑う顔が先程の万次郎たちと重なった。

 真一郎も万次郎もエマも圭介もそして義弟も。漫画のキャラクターなんかじゃなくて生きている、あたたかい、人間だった。あのきょうだいは誰一人として欠けてはいけないんだ。一瞬でも物語を傍観しようと思った自分が恥ずかしくなって義弟を抱きしめた。

「ワカ姉?」
「ごめん。ダメな姉ちゃんで。姉ちゃん、頑張るワ」
「姉ちゃんはダメじゃないよ」
「…優しいね。タケも頑張りすぎて壊れないでね」

 色々間違って転生したけど、私には私にしかできないことがあるはずだ。例えば物語の主人公が辛いリープを繰り返さなくて済むように先手を打つとか、ね…。


◇◆


 あれからワカとは何度かバイクを一緒に走らせたけど、オレの仲間になるのは一向に首を縦に振らない。

「なぁ、ワカが気に入ったんだって。一緒にチーム作ろうぜ?」
「懲りないね」
「そりゃそんな簡単に諦められねぇよ」
「ふーん」
「どうしたら仲間になってくれんの?」
「どんなチームつくんの?」
「そりゃ日本一のチームだろ!自分たちより強いヤツに勝ってなんぼだしな!」
「日本一ねぇ…」
「なんだよ、ワカも笑うのかよ」
「…」

 何故かワカは黙ってオレをじっと見てきた。

「ワカ?」
「いや?できるんじゃない?オレもいるし」
「!」
「仕方ねぇから弱弱なアンタの背中はオレが守ってあげる」
「じゃあ!」
「ン。よろしく、真ちゃん」
「!!ワカ!」
「ウザイ。抱きつくのやめて」

 こうしてオレはワカを口説き落とすのに成功した。機を同じくして友人になった荒師慶三ことベンケイと幼馴染の武臣を紹介した。まあ予想通りベンケイとワカは最初一触即発でマジなだめんの大変だったけど、そのうち気が合うことがわかったのか普通に喧嘩談義を始め出して「オレも混ぜろ」って入っていったら「「弱ぇやつは入ってくんな」」って言われて拗ねたのはここだけの話だ。まあ二人が気が合うことなんてわかってたし心配はしてなかったけど、仲良すぎてなんか寂しいんだよな。

 それからしばらくして四人で暴走族を立ち上げた。オレの全てを預けられる仲間と共に立ち上げたそのチームの名は『黒龍』。

 副総長は武臣。親衛隊長はベンケイ。そして特攻隊長はワカだ。





「数多の夜を駆け巡り
眼の逢う者を喰い尽くし
天下無双の暴走街道
闇夜に染まるその身体
いつかは散りゆく華と知り
月夜に舞い散る花吹雪
乱れ踊るは暴走龍」

 その日はウチに集まってトップクに刻む詩を考えることになったけど、オレが「こんな感じ!」という大雑把なイメージをワカが的確に「こんな感じ?」と言葉にしてできた詩だ。武臣もベンケイもこういうことは苦手で最初からオレらに任せる気だったみたいだった。もちろんこの詩は一言一句違えずに言えるけど、やっぱりこれはワカに作り出して欲しかった。

「さすがだな。煌道のトップク見てから刺繍はワカに考えてもらいたいと思ってたんだよな」
「まあいいケド」

 ワカは少し照れたように顔を背ける。

「ワカ。終わったんなら相手しろ」

 詩を考えている間、ずっとワカにもたれていた万次郎が痺れを切らして誘い出す。

「わかったから…さっきから重いんだワ。どいて」
「ヤダ」
「ハハッすっかり懐かれたな」
「オレが遊んでやってんの」
「…真ちゃん。万次郎にどんな教育してんの?」

 そう言いながらも満更じゃ無い様子で万次郎と遊び出すワカを見送った。つーかなんかモヤモヤすんだよな。これはあれか?弟を取られた的な?オレってブラコンだったのか…。

 なんにせよしばらくしてオレらは新しく作ったトップクに袖を通し、日本一を目指し暴走街道を進み始めた。みんな前と同じ。










 
 ただ一人ワカを除いて。わっかんねぇな。なんでだ?





 クソ弱ェくせに単身で三代目螺愚那六の総長であるオレに挑んできた男の下につくなんて昔の自分が聞いたら目ン玉が飛び出すくらい驚くだろうな。

 真はそんなオレすら頷かせる不思議な魅力のある男だった。会わせたい奴がいるなんて連れてくるのがまさかのうちとバチバチ中の煌道の白豹とかもうホント普通の神経を持った男じゃねぇ。一度対峙した時にもらった蹴りの借りはまだ返してねぇと白豹を睨みつけたが、真が間に入ると抗争をしてたのがウソだったかのようにワカと話すようになり、気付けば真や武臣と四人で笑い合う仲になった。

 関東を一つにまとめ上げた真が次に言い出したのはオレらで暴走族を立ち上げることだった。黒龍という名のチームでオレに与えられた役目は親衛隊長。特攻隊長のワカと共に真と武臣を支え、主力として敵を薙ぎ払っていき、最強コンビと言われるまでになった。今ではなくてはならない相棒だと思っている。

 ワカが女だということは、愛知のチームとやり合っている時に気がついた。元々女みてぇな美人とは思ってたけど、あんなバカ強ぇ女がいるわけないし、態度も何もかも男そのものだったからおかしいと思うこともなかった。
 相手の主力を叩き終わり、決着がついた時だった。急にワカが小さく舌打ちをしたのでなんかあったかとそちらを向くと、ぶつくさ言うワカの真っ平だった胸のあたりに膨らみを感じる。なんだこりゃ。

「ワカ!ンだこれ!オマエついに女になったか!」

 揶揄うつもりでその膨らみを鷲掴むと思いの外柔らかくて、でも良い弾力。どこかで揉んだことのあるその感触に「なんだっけか」と思いながら揉み続けると、
「その馬鹿力で揉まれると流石にイテェんだけど?こんなとこで堂々とエロいことすんな」
と眉間に皺を寄せたワカに軽く蹴られそうになるので蹴りを避けなが手を離してようやく思い出す。

 あ…これおっぱい…か。って

「ハ…ハァァァァ!?わ、ワカ!?オマエ!」
「声デケェ。バレんだろ」
「お、んな?」
「ン。内緒な?サラシ切れたから先帰るワ。真ちゃんたちにはうまく言っといて」
「ちょ、ま、ワカ!」
「じゃーね、ベンケイ。後よろしく」

 そう言ってワカはひらりとバイクにまたがり去っていった。

「………マジかよ」


 それ以降もワカは何も変わることはなかった。男としてオレたちといて、男として喧嘩する。男のフリする理由も喧嘩する理由も、「オレがしなきゃいけないことだから」とよくわかんねぇことしか言わないけど、アイツが自分でみんなに言い出すまでは助けてやろうと思った。それくらいワカはオレにとってかけがえのない相棒になっていた。

 少し変わったことがあるとすれば、それはワカではなく真の態度だ。

 真はワカを男だと思ってるから、当たり前のように喧嘩後に泥だらけになったら体をサッパリさせようと銭湯に誘うと、もちろん行けないワカは
「オレ今日は帰るワ」
と一人踵を返す。
「ワカー。たまには裸の付き合いしようぜ?」
「また今度ね。じゃ」

 それ以上は何も言わせないとばかりにサッサと身を翻してワカは帰って行った。

「また逃げられた」
「まーワカも色々あんだろ。弟今日熱あるって言ってたし」
 そうフォローをするとわかりやすい顔でムッとして、
「なんでそういうことオレには言わねぇんだよ」
とブツクサ呟いている。

「「…」」

 オレとワカが女かもしれないと気付き始めているオミは顔を見合わせて苦笑いした。

 真はどうやら無意識にワカに好意を持ち始めているようでオレや万次郎に対して嫉妬している。猫のように飄々とかわしている、と言えば聞こえはいいが、その実ただ鈍感なだけのワカは全く真の気持ちに気付いていない。

 翌日もまた真の無自覚に熱を孕んだ瞳を無視してオレに「ベンケイ」と笑いかけてくる相棒にため息が出た。

 めんどくせぇことになりそうだな、こりゃ。


◇◇◇


「タケ。今から遊びに行くトコでは絶対にワカ兄って呼ぶんだよ」
「わかった」
「ネェは今日女じゃなくて男なの。わかった?」
「わかった」
「良い子」

 いつかタケを佐野家に連れて行きたいと思っていた。もう少ししてからと思っていたけど、万次郎が弟に会いたいと駄々をこねるので予定より早く連れて行くことになった。

 佐野家に入って早々オレに右腕に抱きついてくる万次郎に「ワカ姉はオレの!」と言いながら左腕に抱きついて対抗するタケに慌てたけど、幸い真ちゃんはいなかったし、万次郎もタケとの攻防であまり気にしていなかった。相手が将来の無敵のマイキーとは知らないタケは万次郎相手に一歩も引くことなくオレの腕をぐいぐい引っ張ってくる。

「おーおー。最初からスゲー状況だな」

 そう言って真ちゃんが万次郎をオレから引き離した。まさか仲悪いのかと心配したけど、すぐに「タケミっち」「マイキーくん」と呼び合い出して安心した。
 その日は珍しく万次郎がオレにくっついてこないでタケと遊んでいたので、初めて来た時ぶりにエマとメシを作ることになった。それからタケを連れて佐野家に遊びにくる時はオレとエマが料理をするようになった。まあ大体万次郎が料理中に「それ後にしてオレと遊んで」って抱きついてきて邪魔してくるけど。



 タケと一緒に佐野家に来てもう何度目か忘れたけど、今日もまたオレを挟んで万次郎と仲良く話している。エマは真ちゃんの背中に乗ってオレの両脇の二人を見て笑っている。そこに武臣とベンケイも来たからさすがに広い佐野家のリビングが狭く感じる。

 万次郎がオレにタックルしてくるのを止めながらここ最近の真ちゃんについて考えていた。

 なんかおかしいんだよね、真ちゃん。

 オレが真ちゃんと仲良くなってから女の尻を追いかけるところなんて見たこともないし、女の話なんて毛程も出ない。オミの話だと少し前までは綺麗な女を追いかけていたようだけど。東リベの佐野真一郎といえば、告白20連敗の武勇伝を持つ、弟の万次郎から「女のケツばっか追いかけてる」と言われるこの世界きっての女好きのはず。なのに待てど暮らせど女のおの字も出さない。

 最近オレが女と話していると真ちゃんが話に入ってくることが多くなった。オレをダシに女と話そうとしてんのかと思って「じゃ、お先」と空気を読んでその場から離れようとすると、「オレも行くわ」となぜかついてくる。

「なんかあった?」
 そう聞くと真ちゃんは珍しく深刻そうなカオでオレの名を呼ぶので何事かと身構えると、
「オマエさ…彼女とかいんの?」
なんてクソどうでもいい質問で。

「ンなのいないけど。どーした。ついに真ちゃんも好きなオンナできた?」
「ンなのいねぇ!」
「何怒ってんの?」

 ホント意味わかんねぇ。ウチの総長どうしちゃったわけ?

「ワカ!ちょっといいか?」
「ン、何?」

 よくわかんない真ちゃんは放っておいてオレを呼ぶベンケイの方に行こうとすると、手を掴まれる。無言でぎゅうっとオレの手首を掴みあの真っ黒な瞳にオレを映す。

「真ちゃん?」
「あ、いや。悪い」
 真ちゃんにしては歯切れの悪い返事をして手を離す。なんてことがしょっちゅう。全く何がしたいのかわかんねぇけど、これだけは言える。

 やっぱり真ちゃんの様子がおかしい。

 そんな真ちゃんが心配で横目でこっそり見ていると、
「なぁワカ」
と話しかけられた。
「ン、何?」

 無表情に見つめられて居心地悪ぃったらねぇ。なんなの?と聞き返そうとしたその時だった。

「オレ、オマエのこと好きだわ」
「何改まって。オレも好きだけど。どしたの」

 オレの答えに不満そうに形の良い眉を顰める。
 めずらし。真ちゃんこんなカオすんだ。

 なんて他人事みたいに考えていると気付いたら世界で一番好きな顔が目の前まで迫っていて、思考が停止した。

 チュッ

「…は?」
「オレの好きはこーいう意味」
「はぁぁぁ!?」


 あー。この世界線の真ちゃん、恋愛対象男…?通りで女に興味ねぇと思ったワ。



◆◆◆



 この世界は、オレの生きていた世界とは少しだけ違う。万次郎の13歳の誕生日の一週間前、店でケースケと一緒にいたヤツに殴られてどうも死んだらしいオレは気がつけばまた佐野真一郎として人生を始めていた。

 新たな人生だとしても、オレの全てだった黒龍はもう一度この世に生み出したい。そう思って初代のヤツらにまた会いに行った。幼馴染の武臣はもちろんベンケイも、なんなら他のメンバーもまるで変わっていなかったのに、ワカだけが違っていた。
 ワカは苗字が今牛じゃなくて花垣だし、義弟がいるし、前は料理なんて全くしなかったのにエマと料理作り出すしそれがまためちゃくちゃうめぇし、万次郎が異様に懐いているし、ドヤ顔でヤン詩を披露してこないし、棒咥えてないし、女を魅了するフェロモン振り撒きまくってねぇし、女の相手がめんどいからってオレに押し付けてこねぇし。パッと思いついただけでもこんなに違う。

 多分だけど、このワカはオレの知ってるワカじゃないんだろうな。あの最高の日々を共に駆け抜けたアイツとは。ワカとまた走りたい。また肩を組んで馬鹿な話がしたい。その思いはきっとどうしたって一生なくならない。

 でも今回のワカのことが嫌いかと言うと、もちろんそういうわけじゃねぇ。このワカのことも前とは違ぇけど大切だと思っているし、なんならめちゃくちゃ可愛いと思っている。
 いちいち恥ずかしそうに目を背けるところが可愛いし、前よりも負けず嫌いで未だにライテク勝負ふっかけてくるトコも可愛いし、料理上手だし、万次郎たちと遊んでるとことか見るともはや嫁にしたいレベル。マジ女だったら惚れてたわ。マジで女じゃなくてよかった。

 でもなんかなぁ。ワカがベンケイと話してるとこう、胸がムカムカしてくるし、万次郎が抱きついてんの見ると引き離したくなる。

 なんだこれ。





 今日もオレに会いに来たはずのワカを万次郎とタケミっちが挟んでいつものように取り合っている。

 そんな中オレは昨日の夜万次郎に言われたことを思い出しながらぼんやりとワカを見つめていた。





「シンイチローは喧嘩も弱いし、女のケツばっか追いかけてるし、オナラも臭いのになんで男にモテるんだ?」
「ハハ。マンジローにはまだわかんねぇよ!」

 そう笑ったものの一つひっかかった。

 ん?いや、今回は女のケツ追いかけてねぇだろ。最近は黒龍のヤツらとしかいねぇし。まだ5連敗だし。

「女のケツは最近追っかけてねぇけどな」
「追っかけてる」
「追っかけてねぇって。最近誰にも告ってねぇし」
「ワカのことずっと追いかけ回してる」
「ワカ…?」

 いや、ワカは男だろ。たしかにめちゃくちゃ美人でその辺の女より女って顔してるけど。そんなこと言ったら殺されんな。

「美人だから間違えるかもしんねぇけど、ワカは男だからな?本人に言うんじゃねぇぞ」
「ワカ女じゃん。おっぱいあるし」
「…おっぱい?」

 ん?おっぱい?

「それにタケミっちもワカ姉って呼んでるし。あ、これシンイチローに内緒って言われてたんだっけ?ま、いいや」

 ……。

 ………。
 
 ワカが女?

 そういえば前と違って風呂に絶対一緒に入らねぇな。そういえば前よりも一回り体が小さくて少し丸みを帯びてんだよな。そういえば前よりも声が少し高いんだよな。それになによりも信じられねぇくらい可愛いんだよな。他の女が目に入らないくらい。

 ……。

 え!?

 ワカ、女だったのか!!





「なぁワカ」
「ン、何?真ちゃん」

 言い争っていたはずの万次郎がワカにくっついて自慢げにオレを見てくる。なんかそれにモヤモヤしてつい話しかけると、ワカがようやくこちらを見た。何も用事がないから何も言わずに、前のワカの藤紫色よりもほんの少し暗い菫色の瞳の瞳を見つめかえしていたら、知らないうちにポロッと自分の口から言葉がこぼれた。

「オレ、オマエのこと好きだわ」

 キョトンと首を傾げるワカが可愛すぎてやばい。とりあえず信じねぇワカの唇に軽くキスをして
「オレの好きはこーいう意味」
と言ってやればワカは
「はぁぁぁ!?」
と口をあんぐり開けて驚いた。

 やっば。ワカ可愛すぎねぇ?

 自分の口から出てきてようやく気付いたけど自覚すると好きだと言う気持ちが溢れてくる。

 とにかく女だとわかってて今までこっそりワカの胸に顔を埋めてた万次郎は後でゲンコツだな。







もどる











「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -