うたのおねえさん、反社で働く




※ギャグ。恋愛要素なし。




「マイキーが、壊れた」

桃色の髪を持ち、両側の口元に色っぽい傷のある男が部屋に入ってくると、数歩歩きその場に崩れ落ちた。

「三途のやつまたかぁ」
「ほっとけ竜胆、どうせいつものマイキー病かヤク切れだろ」

整った顔立ちによく似た目を持つ兄弟、灰谷竜胆と灰谷蘭は三途と呼ばれた男を冷たい目で見つめる。

しかし三途の目から涙が流れているのが見えて、ギョッとして彼に近づく。

「お、おい、どうした?」
「お前のおクスリならここだぞ
蘭が三途の目の前に彼の大好きなおクスリをチラつかせると、それを奪い取り飲み込む。

少し落ち着いたように見える彼に竜胆が聞く。
「で、どうした?」
するとまた三途はシクシクと泣き出し、
「マイキーが…」
「「マイキーが?」」
「…これ買ってこいって…」
とスマホの画面を見せてくる。

「「お○さんといっしょのDVD…?」」





ここ最近マイキーが変だ。

マイキーの部屋の中からずっと同じ歌が聞こえてくる。しかもどう考えても童謡…

マイキー、ついに壊れたのか、と三途は心配になる。いや、マイキーは壊れてるくらいでちょうどいいし、どんなマイキーにもついて行く。それは変わらないのだが、この歌はあまりにも反社らしくないのでは…

マイキーの部屋の外で控えているとその歌がエンドレスで聞こえてきて、こっちが気が狂いそうになる。のんびりと楽しげな女の声がさらにイライラを募らせる。

マイキーの様子を見に行こう。ひょっとしてオレみたいにこの曲にストレスを受けて中で倒れていて、その拍子でなぜかリピートになってしまったのかもしれない。三途が扉をノックしようとした瞬間、ものすごい勢いで扉は開かれ、ノックは空を切る。

「あ、マイキー!」
「三途」
敬愛するボスが無事なことに安堵し、返事をする。
「うっす」
しかし、ボスは無事ではなかった。
「これ、買ってこい」
「……!?…うっす」

マイキーに渡されたメモには「ナマエおねえさんの出ているお○さんといっしょのDVD全巻」と書かれていた。
そのメモを受け取り、困惑した顔でマイキーを見ると、いつもある目の下の分厚いクマが無くなっていた。

いや、何かの間違いかもしれないと思い、スマホで検索をすると、やはりお○さんといっしょは、自分が思っている国民的人気子供向け番組と同じだった。

そうか、マイキー…ついに壊れたのか。





「で、全巻買ってきたと」
そう聞くココに三途はコクンと頷く。

「つかお前、どんな顔でそれ買ってきたんだよ。想像するとウケんな」
と笑う竜胆を無視して、ココに領収書を渡してDVDの入った紙袋を持ち、
「マイキーに渡してくる」
と無表情で部屋から出て行った。

「かわいそ。大の男がお○さんといっしょのDVD買わされて、領収書くださいって」
と爆笑する蘭。
「しかしマイキーやばいな。そのナマエおねえさんって何者だ?」
そう聞くココに竜胆が検索する。
「3年前にお○さんといっしょのうたのおねえさんになったらしいな。割と評判はいいみたいだぜ」
「へー、年はマイキーと一緒か」
と竜胆の検索画面を蘭が覗き込む。

しかし…
「「「マイキーはこの女のどこがいいんだ?」」」



コンコン、と扉をノックする。
「ボス、買ってきました」
「入れ」

三途はマイキー御所望のブツを渡す。受け取ったマイキーは徐に紙袋から何枚かあるDVDのうち一枚を取り出し、ピリピリとビニールをめくり、カチリと円盤を外してDVDプレイヤーにセットする。

タララララッラッラ
と陽気な音楽が聞こえ、うたのおにいさんとおねえさんが
「みんな、元気?」
と話し出すのを膝を抱えて見出す。

三途は何も言わないマイキーにどうしたらいいのかわからず、立ったまま一緒に映像を見る。なんの拷問かわからないが一緒に見続ける。
一体どれほどの時間が経ったのか…最後のエンドロールが流れ出した時、三途は正直助かった、と思った。しかしマイキーがまた紙袋から次のDVDを取り出し、ピリピリとビニールを破り出したところでたまらず声をかける。

「マイキー…」
するとマイキーは無表情で三途を見つめ、命令をする。
「三途」
「うっす」
「あと10枚一緒に見るぞ」
「…うっす」

それからが地獄だった。
毎日毎日誰かを隣に置いてそのDVDを見る日々。そしてどれだけの日々がたったかわからない頃、マイキーは三途に命じた。

「三途、ナマエおねえさんをここに連れてこい」
「…うっす」



◇◇◇



私はミョウジナマエ。3年前からナマエおねえさんとして子供たちから人気のうたのおねえさんだ。

いや、だった。さっきまで。

私がいつも通りN○Kのスタジオに向かっている時、急に桃色頭のイケメンが現れて死にたくなかったらついてこいと銃らしきものをちらちらと見せつけられて、命だけは、とついてきたら、それは明らかに反社のアジト。

あ、私死ぬんだ。ついてきたけど結局死ぬんだ。そう思ってアジトのソファに借りてきた猫のようにカチカチに固まって座っていたら、周りに死んだ目をした男の人たちが集まってきた。
最近小さな男の子と小さな女の子ばっかり相手にしていたので、大きい図体に威圧感を感じる。この状況にぷるぷる震えていると、
「ナマエおねえさんだ」
「ナマエおねえさん、あのコーナーのやつやって」
「おねえさん、エンディングの歌歌って」
と話しかけられる。

え?なんで知ってるの?

どうしたらいいのか分からずワタワタしていると、さっき私を脅した桃色の人がどこかからか帰ってきて、周りにいる男の人たちに
「お前ら。ナマエおねえさんを怖がらせんじゃねぇ」
としっしっと手で追い払う。
「大丈夫か?」
「は、はい。あの、なんでみなさん私のことを知ってるんですか?」
こんな人たちが私を知ってるはずないのに、と言う思いで聞いてみると、桃色さんと他の男の人たちが一斉に、

「おねえさんのDVD擦り切れるほど見てます。もう一周回って好きです」
と答えた。

え、なんで?

「おねえさん、ボスが呼んでるからこっちきて」

桃色さん(名前は三途さんと言うらしい)に着いて行くと、いかにも偉い人がいそうな重厚な扉に閉ざされた部屋の前で足を止める。

「三途です。連れてきました」
「入れ」

そう言われて中に入ると…

「…マイキーくん?」
「久しぶり、ナマエ」

昔馴染みのマイキーくんがいた。
昔に比べて顔が青白くて心配になるくらい痩せ細っていた。

「マイキーくん、そんな痩せちゃってどうしたの?というか、ここはいったい…」
「ここは梵天のアジト」
「梵天ってあの、梵天?」
「まぁそうだろうな」
「もしかしてマイキーくん梵天のトップなの?」
「ああ」
えーーー!犯罪の裏には梵天と言われている反社会組織の親玉があのマイキーくんだなんて!昔はあんなにいい顔でバイク乗ってたのに…

「そ、それで、私に何の用なのかな?私収録に行かないといけなくて…」
「もう行かなくていい」
「え?」
「ナマエはオレの隣で歌ってればいい」
「…うん?」
「ナマエはオレに子守唄歌うのが仕事。住み込みでここで働け」
「…」
「もし断れば殺す」
「…年中無休?」
「要相談」
「…有休は認めてください」
「わかった」
「交渉成立で」

ということで、命惜しさにうたのおねえさん改め、反社のベビーシッターになりました。



◇◇◇



マイキーくんを膝枕して背中をトントンとする。ふぅ、ようやく寝た。
いくら仕事で歌っていたからとは言え、ずっと歌うのは疲れる。そっと起きないようにマイキーくんの頭を上げて下にクッションを入れる。よかった、起きなかった。

そーっと部屋の外に出ようとすると、扉の向こうからコツコツと足音がする。

私は音を立てないように扉を開けて、足音の主にしーっと口元に指を持っていき、静かにするよう伝える。
足音の主はココさんだ。

ココさんは
「ボス、寝たか?」
と小声で聞いてくるので、私はコクンと頷く。彼に何か用事だったのか小さくため息をついて踵を返す。私も彼の後に続き、その場を去る。

幹部の執務室に私も仕事がない時は居させてもらっている。私の部屋はマイキーくんの私室の隣にあって、マイキーくんに呼ばれるとすぐに行けるようになっている。そう、私の仕事はベビーシッターならぬマイキーシッター。

「お、ナマエおねえさん、おつかれー」
と蘭さんに話しかけられる。
「蘭さん、それ、やめてくださいって言ってるじゃないですか」
「もうオレら中じゃナマエちゃんは永遠のうたのおねえさんだよ。ここのやつらで初恋がおねえさんじゃないやついないよな?」
と竜胆さんに同意を求めるる。

蘭さんがマイキーさんとどれだけDVDを見たのか私には分からないけど、流石に年上の男性にいつまでもおねえさんと呼ばれるのはなんか嫌だ。

「で、おねえさん、オレ暇なんだけど、今から二人で蘭おにいさんといっしょしない?マイキーが寝てる間に」
と蘭さんが腰に手を回してくるのでつねる。
「間に合ってます」
「いいじゃん」
とつねるのを気にせず手が臀部まで下がってくる。
「セクハラで上司に訴えますよ?」
と言うと、手をパッと離して上にあげる。
「ボスにちくるのはナシでしょ」
やれやれと首を振って引き下がる。
やれやれはこっちのセリフなんですけど。

「兄ちゃん、おねえさんは色気ないからタイプじゃないって言ってたくせに手出すなよな。ナマエおねえさん、オレとはどー?ちゃんと気持ちよくするよ?」
と自身は椅子に座りながら立っている私の手を取って上目遣いで話しかけてくる。

ぐっ、かわいい。
色気ないとかそんなの聞こえない。ずっと小さい男の子にナマエおねえさん大好きー!結婚してー!!と言われ続け早三年。私の性癖はかわいい男の子にガン振りして、すっかりショタコンの道を歩いているが、竜胆さんは弟属性で、年上のくせに私のツボを押さえてくるんだよな。顔を赤くして何も言わない私の手を取り、じゃ行こっか、と手を引き出す。はっと我に帰りいやいや、と抵抗する。

その様子を見ていた三途さんが、
「盛ってんじゃねェ、この脳下半身兄弟が」
と銃を向けてくる。
「死ね」
と言い銃を打つ。

竜胆さんはそれを避けもせずに、はいはいと私から手を離し、兄の元に行く。

「三途、今の弾代、お前のカネから引いとくからな」
とココさんが冷静に嗜める。
「あ゛ー、イライラするぜェ」
と言いながらおクスリ取り出し、2、3個丸呑みして笑い出す三途さんに、竜胆さんがヤク中キショっと冷たい視線を送る。

このアジトに来て早2ヶ月、なんとなく皆さんとも打ち解けてきたような気がする。みんながからかってさっきみたいに誘ってくるのだが、実はこの歳になってまだ処女とは誰も思っていないだろう。
初恋を拗らせ、その後性癖を拗らせた結果、こんなことになってしまった。貞操の危機を毎日感じるが、ここのメンバーに知られるのだけは絶対に嫌なので(一人に知られたら5秒後にみんなに知られている気がする)、まさかのこの歳になって貞操を守らなくてはいけなくなるなんて。

こんなことになった元凶を作ったマイキーくんは初恋の彼の友人で、何度か会ったことがあった。
あの頃の彼はいつも自由で、悪友たちとバイクで走り回っていた。一体何が彼をこんなふうにしてしまったのか。早々に初恋の人とは別れることになり、気不味くてマイキーくんたちとも会わなくなったので、彼に何があったのか私は知らない。

ただ、私がここに呼ばれたのは、どうやら私の歌を聞いていると不眠症が少し緩和されて眠れるかららしい。それ以来私は彼の寝かしつけ担当となり、ここに住み込みで働くこととなったのだ。

分厚い隈ができた彼の目は可哀想なくらい落ち窪んでいて、流石に助けてあげたいと思っているので、まぁ給料も悪くないし、もうこの仕事でいっか、と受け入れ始めている。

そんなことを思っていると、仕事用のケータイに電話がかかってくる。
マイキーくんだ。起きちゃったのかな?と思い、電話に出ると、そこにいる全員を連れてマイキーくんの部屋に集合とのことだった。
三途さん、蘭さん、竜胆さん、ココさんと共に部屋に向かうと、彼はとんでもないことを言い出した。






「お○さんといっしょごっこぉ?」

さすがのマイキー厨三途さんも声が裏返る。こちら5人は何言ってんだコイツ、的な雰囲気なのだが、マイキーくんはコクン、と頷く。

え、かわいいやん。なんか恥ずかしいのに頑張ってお願いしました、みたいなところがとてもかわいい。

彼もまた弟属性の一人で、私のツボを押さえてくるので、胸をギュッと押さえた。

そんな彼の頼みを断るなんてできない。恥を忍んで
「みんなー、元気ー?」

「万次郎くんもー!蘭くんもー!竜胆くんもー!春千夜くんもー!はじめくんもー!」

「元気元気ー!!」

と番組を始めた。
久しぶりでも体が覚えているもので、きっちりミニコーナーや歌のコーナーをやり切った。

恥ずかしかったけど、私はやった!どうだマイキーくん!皆の衆!とみんなの方を見ると、なぜか顔を見合わせていた。

「?」
すると竜胆さんが
「なんかさ、オレ思ったことがあるんだけど」
と言い出す。
あ、オレも、とみんなも言い出す。え?何か変だったかな?流石に2ヶ月じゃ色々と忘れたりしてないと思うんだけど…

そう思っていたら全員が私の方を向いて言う。
「ナマエおねえさん、老けたー」




「…は!?」



蘭「あ、やっぱみんな思ってた?オレだけじゃなくてよかったワー」
竜「もう最初の、みんな、元気ー?から老けを感じだな」
三「DVDの初々しいナマエおねえさんはもういないと思うと辛いよな。おねえさん好きだった」
コ「あれ出始めのころだから、3年前か?3年の月日コエーな」
マ「DVD見よ…」
「…」
蘭「いやもう見すぎてナマエおねえさんが本当に初恋の人みたいな気持ちになってたんだけどな」
竜「初恋のままで終わらせたかった」
三「女って三年でこんなに変わるのか」
マ「DVDは裏切らない」

賢いココさんは何も言わなくなる。

「ねぇ」
私の問いかけを無視して話し続ける3人とDVDを見るマイキーくんにもう一度話しかける。
「ねぇ」
といいながらテレビの電源を切る。

竜胆さんがこちらを見て固まり、周りの空気読めない人たちの肩を叩く。

私の能面のような顔が、急ににっこり笑い出す。
「「「「…!」」」」
「みんなー、元気ー?」
「…」
「あれー?声が聞こえないぞー?みんな、元気ー!?」
「…」
「元気かって聞いてんだろ、答えろ!!」
「「「「は、はーい」」」」

そこからみんなが私を、おねえさんかわいい、昔と変わらないと褒めちぎるまでお○さんと一緒ごっこをやり続けた。

そして最後にマイキーくんの肩を掴み話しかける。
「マイキーくん」
「…」
目を背けるマイキーくんに私はもう一度彼の名を呼ぶ。
「…はい」
「有給休暇を申請します」
「…」
「契約時にちゃんと認められた権利です」
「…わかった」
と不貞腐れながら部屋へと戻って行った。

マイキーくんには本当に反省してほしい。

ちなみにこの時彼から勝ち取った有休で行った友人の結婚式で久しぶりに会った元彼に迫られたのは彼らには絶対に内緒だ。






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