絶対に逃さないタイプの佐野くん





「あれ、マイキー?」

 隣の席の三ツ谷くんが授業中に窓の外を見ながらボソリと呟く。すごく仲がいいわけじゃないけど、彼が呟くマイキーといえば、彼の所属する暴走族・東京卍會の総長にして無敵のマイキーと恐れられる佐野万次郎しかいないことはわかる。なぜそんなにも詳しいかというと、噂のマイキーに昨日会ったばっかりだから。でも彼は三ツ谷くんに会いに来たに違いない。うん、そうそう。そうであってくれ。

 授業中だというのに普通にうちの中学の校舎にズカズカと入ってきたらしく、肩に黒い学ランをかけた昨日と同じスタイルの彼がうちのクラスの扉を思いっきり開けた。そして…

「あ、いた。ナマエ。デート行こ」
「…」

 そう言って私の側まで来て右手を机につき、左手で私の髪をサラリと撫でた。この瞬間、彼が会いにきたのは三ツ谷くんという私の切なる願いはもろくも崩れ去った。

 それに一番驚いていたのは三ツ谷くんで、え!?って顔をしながら私に話しかけてくる。

「いつマイキーと知り合いになったんだ?」
「いや、あの…」

 正直自分でも事態が飲み込めていないのでなんと言ったらいいか悩んでいると、その元凶が

「昨日ナマエにハジメテ奪われたから付き合うことになった」

 なんてとんでもない爆弾を落としてくる。

 待って!何その誤解を生む発言は!

 授業中急に現れた不良の言葉は三ツ谷くんどころかクラス中、そして国語の先生にまでバッチリと届いてしまい、ザワザワしだす。(先生は「今授業中なんだが…」と顔を引き攣らせているけど、ヤバい空気を放つ彼にはもちろん何も言わない)

「違っ」
「わないよな?」
「…」

 一見ニコニコしているように見えるけど有無を言わせない圧力に私だけじゃなくて三ツ谷くんも顔を引き攣らせる。

「マジで何があった…」

 佐野くんが純情すぎて彼の初恋奪っちゃいました…で、合ってるの…?



 学校帰りに一人で近所のたい焼き屋さんに並んでいたら、私の後ろに小柄なピンクゴールドの髪の不良さんと長身で頭に龍の刺青が入った不良さんが並んできた。その不良さんたちには見覚えがあって、確か同じクラスのおかん系不良三ツ谷くんに何度か会いにきていた二人組だったと思う。こちらは知っているけど(と言っても噂程度だけど。三ツ谷くんが小柄な彼をマイキーと呼んでいたから、私でも知っているかの有名な無敵のマイキーなんだと思う)向こうはこちらを知らないし、不良とはいえさすがに前に並んでいるだけで殴られたりはしないだろうからちょっと怖いけどこのまま並んでいよう。

 そう思ったのが間違いだった。

「たい焼き一つください」
「はいよ」

 焼きたてあつあつの私の大好物・たい焼きを受け取って近くのベンチに向かって歩を進めた時。

 そういえば不良もたい焼きなんて食べるんだなとひどい偏見を持って、お行儀悪いけど一口頬張りながら興味本位で振り返った。

「たい焼き5コ」
「ごめんねー。あのお嬢ちゃんで売り切れちゃったんだよ」
するとそのタイミングでたい焼き屋のおじさんに指をさされてしまった。

 え!?いちいちそんなこと言わないでよ!

 おじさんにイラついたけど、小柄な不良さんはその指につられるように私を見た。じーっと。しかも一口目を頬張りながらそちらを向いてしまったので、なんとなく
「残念だったわね。最後のたい焼きは私が頂いた」
みたいに自慢しながらわざわざ彼の前で食べてるみたいになってしまって(被害妄想なのはわかってるけど)、非常に気まずい。気まずすぎる。

 ごっくんと飲み込んだ後もじーっと見つめられて、私はまるで蛇に睨まれたカエルみたいに固まってしまった。

 これは…ガンつけられてる、よね?

 いくら好物とはいえたい焼きひとつのために命は張れない。気付けば
「よ、よかったら食べますか?」
なんてバカなことを言っていた。普通に考えれば食べかけなんていらないってわかるけど、その時は通常の精神状態じゃなかったから。

 それなのに無敵のマイキーさんは
「ウン」
と私の方に近づいて来た。

 あ…いるんだ…

 そして私の手からたい焼きを受け取ると今度はそれをじっと見つめた後、パクリと食べた。その様子が不良さんに言うのもなんだけどかわいい。というか、よく見るととってもイケメンさんだ。

 それにあれだけガンつけられたにも関わらず、ご丁寧に「全部もらっていい?」とちゃんと聞いてからたい焼きの二口目を食べたので意外と律儀な性格らしい。
 私の大好きな尻尾までぺろりと食べ上げて少しあんこのついた指を舐めた後、なぜか赤い顔をして黒曜石のような黒い瞳で私を見つめてきた。それに吸い込まれるように私も見つめ返していると、彼の瞳孔がネコのそれのようにすうっと開いて大きくなった。

「ねえ、アンタ名前は?」

私が名前を答えると彼はしばらく私の名前を連呼してする。

 なに、なんなの?

 全く意図の読めない行動に頭の上に?を浮かべていると、ニッコリと笑った。
「ね、オレの初チュー奪ったんだから責任とってオレの女になって」
「…へ?」

 チュ、チュウ?
 そんなんいつした?

 もちろんしていない。したのは間接チューだと思う。え、ひょっとしてさっき顔を真っ赤にしてたのは間接キスが原因…?

 どう見ても不良の彼が、私とたい焼きで間接キスをするのにあんな顔を真っ赤にしていたなんて誰が思うだろうか。純情な、いや純情すぎる彼に言いたい。なんで私が奪った側?っていうか責任って何?

 たい焼き屋のおじさんが
「若いっていいねー」
なんて言いながら頷いているのでぶっ飛ばしてやりたい気持ちになった。


「オレ、こんな気持ちになったの初めてかも。オマエのこと、スゲェ好き」
 なんて笑顔でのたまう彼の名は佐野万次郎と言うらしい。それから東京卍會という名の暴走族の総長をやっていること、彼には腹違いのエマちゃんという妹がいること、そして私が初恋だなんてことはそれはそれは懇切丁寧に教えてくれた。
 それは長身の不良さん(名はケンチンと佐野くんが教えてくれたけど、本名は龍宮寺くんと言うらしい)に
「マイキー、そろそろ行くぞ」
と声をかけられるまで続いたので、佐野万次郎という男に一日でものすごく詳しくなった気がする。
 その後もじゃあ送るわ、なんて自然に家まで送ってもらっちゃって、さらには
「また明日な」
と手を振られて去って行く彼の背中に私も手を振りかえしていた。


 一体…なんだったの…?

 結局最後まで何も言えなかったけど、間接キスをしてその相手を好きになることも、その責任をとって彼女になるなんて聞いたことがない。けどあの様子はまさか…ホントに…?

 いやいや。まさかね。あんな暴走族の総長をやってる人がそんなひと昔どころかふた昔前の乙女みたいな純情な子なんてことないでしょ。うんうん。今日1日限りのごっこ遊びってやつだよね、了解。

 …で、また明日って何?

 ということで冒頭に戻る。

 どうやら彼はまさかのまさか。ふた昔前の超!!純情総長さんだったようだ。

「どこ行く?」
「あの…じゅぎょ…」
「ん?」
「…」

 純情な不良というものはこんなにも厄介なものなのか。しかも彼はただの不良ではなく、無敵のマイキーという二つ名のついた、その名の通りやばい不良。そんな彼に逆らえるやついる?いねぇよな。

 でも私は授業が受けたい。内申点低くなるのは困る。たとえこの後このままここにいたら針の筵になると分かっていても授業が受けたい。

「あの、佐野くん」
「万次郎って呼んでって言ったじゃん」
「さのく」
「万次郎って呼ぶまで返事しない」
「…万次郎くん」
「なーに?」
「私…デートは放課後派なんです」
「放課後派?」
「そう。だから放課後迎えに来てください!」

 なので放課後の私を犠牲にすることに決めた。ごめん、放課後の私。頑張って。
 佐野くんはキョトンとしたあと声を出して笑って、
「わかった。放課後デートね」
と三ツ谷くんを連れて教室から出ていった。

 私は何事もなかったように席に座り続けたけど、呆気に取られた先生がいつまで経っても授業を再開しないのでみんなからの視線が痛すぎて息をするのを忘れそうになった。



 放課後が来るのが本当に憂鬱だったけど無常にも時は過ぎ、すべての授業を終えて窓を覗くと例の彼が校門の上に座っているのが見えた。

 マジか…。マジなのか…。

 どうしたらいいのか頭を抱えてもう一度自分の席に座ってみたけどどうしようもない。腹を括れ神木雪乃。内申点のために放課後の自分を犠牲にしてしまったんだから。

 重い足取りで校門に向かうと私に気付いた佐野くんが「ナマエ」と私の名を呼んでぴょんっと門から降りて私の目の前に顔を近付けてくるので体をのけぞらせた。

「お、待たせしました」
「ん、いーよ。どっか行きたいとこある?」
「え、特には…佐野くんの行きたいとこで」

 そう言うと佐野くんはむっとしたように黙った。

「さっきは万次郎って呼んだのに」

 それは緊急事態だったからで…。

「やっぱり最初から名前はちょっとハードルが高いかなって。えっと…マイキーくんはどうですか?」
「くん要らないし、敬語もいらない」
「…じゃあマイキー?」
「ん。それならいいよ」

 まあこちらもそれなら…いいのかな?
 恥ずかしそうにしながら手を出してくる彼に
「え?」
と言うとその手は私の手を掴んだ。やはりよく喧嘩をしているからか少し皮膚が硬いけど彼の可愛らしい見た目と違って男らしい手に不覚にもドキドキしてしまった。

 結局マイキーに連れて行かれたのは昨日とはまた違うたい焼き屋さんだった。たい焼きの皮が少し焦げたいい匂いがお店に立ち込めていて、私のたい焼きセンサーがここのはおいしいと告げている。昨日食べ損ねたしさっそく食べようとカバンからお財布を出そうとすると、
「昨日ナマエのやつ食べちゃったから今日はオレが買ってあげる」
と財布を押し返された。
「え、でも食べかけだったし。自分で買うから大丈夫だよ」
「いーの」

 そう言って私の背中を押してお店のイートイン用のテーブルに座らせるとたい焼きを一つ買って私に渡してきた。勢いに押されて受け取ると香ばしいいい匂いが鼻孔をくすぐってきて、私に早く食べて食べてーと訴えてくる。

「本当にいいの?」
「ウン」
「ありがとう」
そうお礼をして一口食べると皮がパリッとしてて美味しい。ここは薄皮らしい。好き。

 もぐもぐしながらマイキーの方を見ると昨日と同じ顔で私を見てくる。なんか物欲しそうな目。なんで自分のは買わないんだろう。しかも何も言わずにじっと見つめられると食べづらいし…。

「あの…マイキーも食べる?」
 結局そう声をかけてしまい、総長さんが頷くと言う昨日と同じ轍を踏んでしまったのだった。昨日と違うところは、食べさせてと言わんばかりにあーんと口を開けてくるところ。
 あーん待ちの無敵の純情不良…。どういう肩書きなの?

「あ、あーんはちょっと…」
「なんで?」
「あの、ね…」
「ウン」
「昨日のことなんだけど…その、間接キスの責任とって付き合うって聞いたことないなぁって…」
「聞いたことなかったらダメって決まりある?」
「え…でも間接キスなんて友達でもするし。それにお互いのことそんなに知らないのに付き合うのって変じゃないかな?」
「そういうの気にしないけど。だって好きになったヤツとはすぐ付き合いたいし?」
「で、でも」
「オレ、今まで誰かと付き合いたいとか思ったことねぇんだよね。ナマエがはじめて。だから…よくわかんないけど、イヤがんないで」

 机に組んで置かれた腕の上にちょこんと彼の端正な顔を乗せて、不安そうに見上げてくる。

 え…

 か、かわいい…

 男の人に可愛いなんていうのはどうかと思うけど、これが世に言うキュンキュンしたというヤツなのか。顔がいいせいなのか、それとも彼が私のタイプだったのか。気付けば未だに不安そうにこちらを見る彼に
「お、お試しから始めさせてくれるなら…」
と答えていた。

「ん、それでいーよ。じゃ、あーん」

 そう言ってまた口を開けてくるマイキーに
「え?」
と返すと彼はニッコリと笑った。
「お試しでも今オレらコイビトでしょ?ならたい焼き食べさせて」

 あれ、さっきまでしおらしくしてた彼はどこに…?ううん、でもお試しといえど恋人。確かにこれくらいは普通なのかも。

「う、うん」
 たい焼きを彼の口に運ぶと一口パクリと食べて、
「今度はオレの番ー」
なんて言って私の手からたい焼きを奪って私にあーんってしてくる。

「え、私は大丈夫だから…」
「…オレらコイビトだよな?」
「う、うん」

 なぜかシュンとするマイキーに胸が痛んで結局ありがたく食べさせてもらうことになってしまった。

 私たちのやりとりを見てたたい焼き家のおじさんが
「青春っていいねー」
と呟いたのが聞こえてきた。

たい焼き家のおじさんってみんなこんな感じなの?




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