大好きだけど将来有名になる彼氏に私は相応しくないので多分別れることになる






「好きです!付き合ってください!」

これはわたしが小学校五年生の時のこと。相手は近所で有名なケンカの強い佐野くん。小学校からの帰り道、わたしはチュッパチャプスを口の中でコロコロところがす彼を呼び止めて思いっきりそう叫んだ。ランドセルの肩紐をぎゅっと握りすぎて手は汗でびしょびしょ。今考えると我ながら小学生で告白だなんてマセてるなって思うし、付き合ったら何をするのかなんて知らなかったのに何で告白したって感じだけど、この時のわたしは本気で佐野くんのことが好きで、本気で付き合いたいって思ってた。

そんなわたしの言葉に佐野くんはきょとんとした顔で振り向いて一言。

「ヤダ」

わたしの告白は彼のその一言で玉砕した。分かっていたはずなのに、やっぱりヤダなんて言われると悲しくて、鼻の奥がツンとして顔が歪みそうになるのを必死で堪えた。

「あ、あの、」
「だってオレオマエのこと知らねーもん」

ほんとその通りだと思った。わたしは一方的に彼を知ってたけど、彼は同じクラスになったこともないわたしのことなんて知るはずもない。付き合うなんて土俵になかった。

「そうだよね…。急にごめんね」

涙が出る前に早く行かなきゃ。そう思って頭を勢いよく下げるとわたしの背中の方からからばざばさって音がした。肩にかかっていた重みが減ったのと地面にむけていた視界にわたしのお気に入りの筆箱が入ってきたことでようやく自分がランドセルの鍵を閉め忘れて荷物を落としたことに気がついた。

泣きっ面に蜂ってこういうことを言うのかな。つい先日テレビで覚えたばかりの言葉が頭に浮かびながら必死で教科書や筆箱を拾っていると佐野くんが少し離れたところに飛んだプリントを一枚拾ってそこに書いてあるわたしの名前を読み上げた。

「ナマエ」
「え?」
「これで知らねーヤツじゃなくなった」

そう言ってにっこり笑った彼にわたしの胸はきゅんと鳴った。





とはいえ、それで付き合ったかと言えば、もちろんそんなことはない。わたしたちの関係はよくて友達といったところ。だからやりとりはすれ違った時の

「よっ」
「こっこんにちは!」

という挨拶と、たまたま近所で会った時勇気を振り絞って美味しいどら焼きを一緒に食べようと誘って彼が頷いてくれたときに少しおしゃべりするくらい。それだって四年間の間で片手で数えるくらいしかない。

でもすれ違っても前しか見なかった彼が一瞬だけでもわたしを視界に入れてくれるようになったんだから告白したかいはあったと思う。まあわたしが挨拶を返した頃にはもう五メートル先にいるってことがほとんどだったけど。もちろん佐野くんがわたしのために振り返るなんてことはないから、わたしは彼の背中ばかり見ていた気がする。

なんてカッコつけて言ってるけど、彼の背中に惚れたんだから本当は好きで見てました。


わたしが佐野くんのことを好きになった理由はありがちなので簡単に。わたしの友達が他校の不良にからまれていたからたまたま通りかかった人に助けを求めた。それが佐野くん。佐野くんは最初やる気なさげに告白した日と同じように飴を咥えていたけど、その不良たちに「お前が七小のマイキーか!?」なんてテンプレみたいなセリフでケンカを売られると、一瞬でわたしの目の前から消えて、そしてその不良たちをたちまちひれ伏させた。

彼からすればただケンカを売られたからそれを買っただけ。そんなのもちろんわかってたけど、惚れずにはいられなかった。それくらい彼の堂々と立つその背中がかっこよかった。それまで噂だけを聞いて嫌厭していたのにいざそのケンカを目の当たりにすると、圧倒的な強さはこんなにも人を惹きつけるんだってわかってしまって、それからはもうぜんぜんだめ。気がついたら彼しか見えなくなってた。

そんな彼を慕うのはわたしみたいな女よりもむしろ男の方が多くて、佐野くんはそれからしばらくして東京卍會という暴走族を立ち上げることになる。中学生でバイク乗り回すってどんなんなの!?って普通ならなるのに、惚れてしまっているとバイクに乗ってる姿はあまりにかっこよくて、「はあ、好き」しか出てこないんだからすごい。

でも彼のチームがどんどん大きくなって、会うことすら稀になっていくと、さすがに「そろそろやめなきゃな」と思うことは何度もあった。例えば塾の帰り道、こっそりトーマンの集会所を覗きに行ってそこにいる佐野くんの妹の佐野エマちゃんや誰かの彼女なんだろう女の子たちがあまりにレベルが高くて気後れしたときとか、トーマンを潰すために学校に他の暴走族の人たちが乗り込んできたりしたときとか。佐野くんはわたしとは住む世界が違うのかなって。

なのにわたしが「もうやめよう」って決めた時に限って彼はわたしの方を振り返ってくる。

文字通りこれで最後にしようと決めてすれ違った彼の背中を見つめるわたしの方を振り向いて「またな」って笑ってきたり。

それからわたしがどら焼きを食べにいくのを誘わなくなった頃、テストの問題を解き終わって校舎2階の窓側の席からぼんやり外を眺めていたら給食を食べに遅れてやってきた佐野くんと目があって、そして彼は授業中だというのに校庭から「暇そーじゃん。どらやき食いに行く?」なんて話しかけてきたり。みんなは佐野くんが誰に対して言ったのか分からなくてトーマンの誰かに言ったんだろうって言ってたけど、後日佐野くんに会った時に「食い行こっつったじゃん」と連行されたので、あれはやっぱりわたしに対してだった。


でもどれも佐野くんの気まぐれ。何度か会ったことがあるトーマン副総長の龍宮寺くんも「ほんと気まぐれの唯我独尊男だから、いつも振り回してワリィな」って言ってたし。だから別に好かれてるわけじゃないってわかってる。なのにいちいち期待しちゃう自分がいて、もう!なんなの!?諦められないじゃん!!って身勝手に怒ってたっけ。

そんなことが続くから諦めることを諦めたのは中3の体育祭の時。不良の彼が学校行事になんて参加するわけもなくて、みんなが好きな人を応援する中わたしはぼんやりと、彼は今なにしてるのかなって思ってた。

ひょっとして屋上で寝てたりして。

ここ最近、トーマンは関東、中部を統一して関西までその勢力を伸ばしていると言う話で、佐野くんとすれ違うのは前よりも減っていたし、どら焼きを食べに行ったのなんてもう何ヶ月前の話かってくらい。だからもし彼が一人で屋上で寝てるなら一目だけでも会いたい。そんな気持ちが我慢できなくて、わたしはそっとクラスの輪から離れて校舎の方へと向かった。

その最中のこと。

「どっかいくの?」
「え?」

声をかけてきたのは同じクラスの男の子だった。クラスの子が騎馬戦で戦ってる最中に出てきてしまったから気まずくて「ちょっと暑くて涼もうかと思って」と嘘をついた。

「俺も。まじ暑いよなー」

そう言って木陰の方に歩き始める。

まさかの一緒に行く流れになってしまって、トイレとでも言えば良かったと後悔したけれど時すでに遅し。

こういう時佐野くんが羨ましくなる。空気を読んで相手に合わせるなんてあの人は絶対にはしない。でもわたしにはそんなことできなくて、結局「ねー」と笑って彼についていった。

時間にして五分かそこら。木にもたれかかって話していたのにそれまで話していた彼がピタリと会話を止めた。不自然な間にわたしが首を傾げて彼を見れば少し緊張した面持ちでこちらを見ていて、なぜかその緊張がわたしにも移ってくる。

「どうかした?」
「いや、この後俺100m走出るんだけどさ」
「そうなんだ。がんばってね」
「うん、いや、そうなんだけど。それでもし俺が一位取ったら聞いて欲しいことあって」
「あ、えっと」

さすがにそれが告白なんだってことはすぐにわかってしまって、頷いていいものか一瞬悩んだ。

わたしには好きな人がいて、付き合えないんだから用事があるとでも言って断ってしまえばいい。なのに悩んでしまったのは、これだけ片思いしてても無駄なんだからこの想いは報われることはないんだろうなって心のどこかで思ってたから。だからそろそろちゃんと告白して、フラれて、それで他の人に目を向けるべきなのかもしれない。そこまで考えが進んで、それでわたしが彼の提案に頷こうとした時だった。

「ふーん。それってどんな用事?」
「「へ?」」

わたしたちは二人で全く同じ反応をした。一体いつ来たんだろう、この人は。先ほどまであんなに会いたいと思っていた人なのに、見られたくないところを見せてしまったとなぜか気まずい気持ちになる。でもその後

「ま、どんな用事でも関係ねぇけど」

という彼の冷たい言葉に心がズキンと痛んだ。

だよね、関係ないよね。

2回目にして最後の告白をしようとしていたはずなのに、その気持ちは一気に萎んでいって、むしろ「告白してこっぴどく振られる前でよかった」とさえ思うほどだった。

でもそれはわたしの早とちりだったらしい。

「ナマエはオレと一緒に行くから、オマエと話す時間なんてねぇよ」
「へ?」

全くどう言う意図なのかわからなかった。でも佐野くんは彼の返事なんて待たずにわたしの手を取って足早に歩き始めて、そしてわたしの当初の目的地だった校舎の屋上までわたしの手を引いた。

その間、佐野くんは無言で、なんとなく怒ってるようにも見えたからわたしも何も言えなかった。でも屋上についてごろんと寝転び始めた彼は特に不機嫌そうじゃなくて、それなら、とわたしはようやく口を開いた。

「……何か用事あったの?」
「用があったのはナマエじゃん」
「え?」
「屋上からオマエがオレ探してんの見えた」

思わず「は?」の言葉が出たのは仕方のないことだった思う。なんでわたしが佐野くんを探してたってわかったの?それに。

「…わたしが探してたから会いに来てくれたの?」
「そーだけど?」

さも当たり前のように言うこの男をどうしたらいいんだろう。

「なんで?」

性格上聞かずにはいられないわたしは少なからず期待をしてそう聞いた。そしたら。

「オレがナマエと話したかったから」

ずっとわたしに背中ばかり見せてきた男のくせにわたしの方をちゃんと見て、そして笑いながらそんなことを言うってずるすぎないかな。こんなの、好きなのやめられるわけない。

その後はわたしが用事があるって知っているのに、自分だって話したいって言ったのに目を閉じてしまうものだから、結局わたしは眠る彼の横で彼のチームの仲間が迎えに来るまで体操座りでただ心臓をドキドキさせるだけの時間を過ごすハメになった。

ちなみに学校一の有名人とわたしが手を繋いで歩いていたのは瞬く間に有名になっていたらしく、休み明けの月曜日はみんなから質問攻めだった。「付き合ってるの!?」って。あの日佐野くんから感じたのはたぶん、おそらく、きっと、独占欲だったから、もちろんわたしだって期待した。なのに佐野くんはいつもと変わらなくて、その雰囲気を察してわたしも結局告白できないまま時は過ぎた。だから結局わたしたちが付き合い始めたのはその半年後、全国統一をした彼のチームが解散した日のことだった。


その日いつものように塾から帰っていたら、帰り道にあるトーマンの集会所がいつもよりも騒がしい。危ないって思いながらも佐野くんのことだと思うと気になってしまってよくこっそりと覗きに行っていたから、その日もいつもと同じようにそうするつもりだった。

何回も見に行ってるから佐野くんがよく見える場所を知ってる。だから今日もその木の陰から覗いたのに、いつもの場所に彼がいない。というか、いつもみたいにメンバーの人たちが並んでなくてバラバラに散っているし、なんなら泣いている人もいる。

一体トーマンに何があったの?としばらくその様子を見ていれば、何かに視界が遮られた。

「ばぁっ」
「わっ!え、佐野くん!?」
「ん」

まさか覗き見しようとしていた本人がこうして現れるなんて思いもしなくて死ぬほど驚いたし、それがバレたんだと思うとめちゃくちゃ恥ずかしい。

わたしが思わず回れ右をして逃げ出そうとしたら佐野くんに手を引かれた。気がついたら小柄なはずの彼の腕の中にわたしはすっぽりと収まっていて、その状況を理解した瞬間、心臓がドドドドッて聞いたことがないくらいの音で鳴り始めた。

「な、え、な、なに!?なんですか!?」

振り向くと彼の整った顔が今までにないくらい近い。それだけで何も言えなくなるわたしの顔が彼の真っ黒で吸い込まれそうな瞳に映ったけど、それがなんとも情けなくて嫌になる。

「それオレのセリフ。なんでこんなとこいんの?」
「あ、の…」
「ま、オマエがたまにこっから覗いてたこと知ってたけど」
「うそ!?」
「ホント。カワイーことすんなって思ってた」
「かっ!?や、やめてよ」

こんな状態でそんな勘違いしそうになることを言うのやめて欲しい。わたしの眉がもっと情けなくハの字になるのを佐野くんは見ておもしろそうに笑って、そしてとんでもないことを言い出す。

「ヤダ。だって今日オマエのこと彼女にするって決めてるし」


「…………かのじょ?」


とっくの昔にキャパオーバーなのに、もう本当に意味がわからなさすぎて彼女ってなに?もしかしてわたしの知ってる彼女じゃない?なんて思ったけど、抱きしめられてるし、顔は近いし、佐野くんいい笑顔してるし、多分間違ってない、はず。人間信じられないことが起こると逆に冷静になるらしい。

「それってわたしが佐野くんの彼女になるってことであってる?」
「あってる」
「なんで!?」
「それ、オレがオマエのこと好き以外に理由なくね?」
「えっ!?だ、だって今更好かれる要素が…」
「さっき言ったじゃん」
「…いつ?」
「ナマエがオレのこと追ってんのかわいいって思ってたって」

それって、もっと前からわたしのこと好きだったのにわたしが追ってるのを楽しんでたってこと!?

なんってひどい男なんだろう。やっぱり龍宮寺くんの唯我独尊は当たってる。こっちは何度も諦めようと思って今日まで過ごしてたのに。涙が出るくらい嬉しいことのはずなのになんでかちょっとムカついて、そしてそれは顔に出ていたらしい。それに佐野くんはハハッと笑って、そしてさっきまでも近かった顔をもっと近づけてきて、わたしはそれを思わず避けた。

「え!」
「なんで避けんの?」
「だ、だって、なんか恥ずかしいじゃん」
「恥ずかしくないし。つーか恥ずかしいことはこれからすんだけど」
「へ?」

気付いたら佐野くんの端正な顔が目の前にあった。目を瞑る彼に、あ、まつげ長い、なんてどうでもいいことを考えていたら、チュッとリップ音と共に唇に柔らかい感触がした。そして目の前にある瞼がゆっくり開かれて、彼のハイライトのない眼差しが私を捕らえて、そしてにっこりなんて効果音がつきそうな可愛い顔で笑った。

わたしはしばらく自分の口を押さえて動けないでいたら
「オレのになったからにはもう逃がさねーから」
なんて言われてもう死ぬかもしれないと思うくらい心臓がうるさかった。

「さ、佐野くんが諦めさせてくれなかったんじゃん…」
「そーだっけ?でも本気にさせたのはオマエだし」

いや、本気にさせたのは佐野くんの方!そう言いたいのにわたしの口をもう一度塞ぐ佐野くんはめちゃくちゃ悪い男なんだと思う。



「オマエらようやくくっついたかと思ったらこんなとこでいちゃいちゃすんな。家でやれ」

その後わたしたちを見ていた龍宮寺くんにそう言われてしまって死にたいくらい恥ずかしくなったし、後からその日トーマンが解散した日だったって知ってなんだかすごく申し訳なくなったけど、佐野くんのゴーイングマイウェイはみんな知ってるのか普通に受け入れてたし、なぜか花垣くんがすごく泣いてその後佐野くんと向かい合って大笑いしてたからなんだかわたしも気まずさを忘れてしまった。




◇◇◇




「え、ナマエ、まだ佐野くんと付き合ってるの?」
「……多分」
「多分?」
「四か月連絡取れてないから…」
「それ自然消滅してるでしょ」
「してない、と思う。多分…」


で、それからのわたしたちが順調だったかといえば、残念ながらそうじゃない。

いや、一年くらいはよかったと思う。呼び方は佐野くんから万次郎に変わったし、結構くっつくのが好きらしい万次郎にキスをされるなんて前のわたしだったら想像しただけで沸騰しそうなことだって普通になった。それに同じ高校に入学して、初めて同じクラスになったから万次郎も少しは授業を聞いてくれて、その様子を感慨深く見つめてたら口パクで「見すぎ」って揶揄われたり。あとは内緒で万次郎のバイクに乗せてもらって登下校して、そのまま万次郎のお兄さんのお店に遊びに行ったりもした。

その時万次郎は真一郎さんとバイクをいじることが多くて、その間わたしはお店で働いてる乾さんやよく遊びに来る真一郎さんが総長をしていた時の仲間のワカさん、ベンケイさんとお話しして待ってる。最初は美形集団すぎてカオナシみたいに「あっあっあっあの」ってなってたけど、イケメンも流石に見続ければなんとか話せるようになるらしくてしばらくしたら普通に話せるようになった。でもそうしたら今度は万次郎に

「ナマエはオレのことだけ見てればいーから!」

って怒られて、でもそれが嫉妬だと思うと嬉しいと思ってしまうわたしはそれからはなるべく万次郎がバイクを楽しそうに触る後ろ姿を見てた。わたしが惚れたケンカをしてた頃とはまた違う背中だけど、やっぱり好きなのは変わらない。だからそんなわたしたちが友人から「自然消滅してる」だなんて言われる日がくるなんて思いもしなかった。



それはわたしたちが高校2年生になったとき、万次郎がドラケンくんとバイクをいじっていて、わたしはエマちゃんとおしゃべりしている最中のこと。万次郎らしくそれは突然だった。

「オレ、オートレーサーになるわ」
「オートレーサー?」
「元々いじるより走らせるほうが好きだからなりてーなって思ってたんだけどさ、これ」

そう言ってわたしたちの前に一枚の紙を出した。そこには『第30期選手候補生の募集について』と書かれている。

「今まで18から応募だったのが、今年から16に変わんだって。しかもベンキョーの試験もなくなったから受けようと思ったら今すぐにでも受けれんの」
「え!今年受けるの!?」
「そ。チーム名もトップオブマンジって決めてあるし。あ、ちなみにオレのメカニックはケンチンだから」

慣れてるのかエマちゃんはチーム名にぷっと笑っただけだったし、ドラケンくんも「まぁマイキーに付き合えんのはオレくらいだよな」とむしろこの日が来るのはわかってたって感じ。

一方わたしはと言えば万次郎は真一郎さんのお店で働くのかと思ってたからびっくりしてしまった。まだ全然万次郎のことわかってなかったなと思うとちょっとだけ悲しいけど、でも今後について楽しそうにドラケンくんと話す彼を見てたら万次郎が風を切ってバイクを走らせる姿が頭にポンっと浮かんできた。それがあまりにしっくりきて「応援してるね」と言えば、彼はひどく嬉しそうに「ん、あんがと」と笑った。だから万次郎が高校を辞めたって、しばらく連絡が取れなくたって平気だって、その時は確かにそう思ってた。


でもただの女子高生のわたしとオートレーサーを目指す万次郎が何の波風なくうまくやっていくのは結構難しいことだった。



◇◇◇



オートレーサーになるにはオートレース選手養成所というところで9ヶ月間寮生活を送る必要があるらしい。そこは警察学校並みに厳しいところで、外出は一ヶ月に一度、外部との連絡は決められた時間公衆電話でのみ。それがわかった初日に万次郎からあんまり連絡できない旨の電話をもらった。そしてその電話通り連絡は全然なくて、つぎに電話をくれたのは一ヶ月後。

「ごめん、しばらく帰れねーかも」

もちろん寂しかった。でも電話口の万次郎の声は明るくて、バイクを本気で走らせられて楽しいんだと思えば全然我慢できた。あの自由な万次郎が縛られた寮生活なんて大丈夫かなって心配していたし。でもその後、「そういや同い年一人いたんだけど女だった」と続けられた言葉に胸の奥がざわっとした。

女の子?

そういえば万次郎が見せてくれた募集要項に今年から性別の制限も撤廃されたと書いてあったなと思い出したけど、どうやら一人だけ女性が合格したらしい。数いる男の人を蹴散らして入ってきたのだから優秀な人なんだろうというのは想像に難くない。だからこそどうでもいい人は歯牙にもかけない万次郎がわざわざ電話で話すことが少しだけ気になってしまった。

でもその時は頑張ってる万次郎に水を差すのが嫌で「そうなんだ?女の人のレーサーなんてかっこいいね!」と笑ったけど、「そいついちいち突っかかってきてむかつくんだよね」なんて言葉の割に機嫌の悪くなさそうな声色にどんどんもやもやが進んでいく。

このもやもやを抱えたまま万次郎を待ってるのも嫌だしどんな人なのか聞いてしまおうと思ったけど、無情にもタイムリミットがきてしまって電話は終了。本当は先に進んでいく万次郎に置いていかれないようにS.Sモーターズでお手伝いを始めさせてもらったこととか、エマちゃんに万次郎の好きな料理を教えてもらってるとか、いろいろ話したいことがあったのに。

次は絶対に女の子のこともお手伝いとかのことも話そう。それで料理作って待ってるねって言おう。そう思ったのに彼からの連絡は一ヶ月経っても二ヶ月経っても来ない。月日が経つにつれてわたしのモヤモヤは募っていく。

気がついたら夢を追いかけてる万次郎を純粋に応援できなくなってて、それにまた落ち込んでいたらエマちゃんだけじゃなく弟の恋愛事情に口出すとか全くしなさそうなイザナさんにまで励ましてもらう始末。

こんなんじゃこれから万次郎の彼女としてやっていくのにはふさわしくないと首を振っていたけど、やっぱり会えないのは寂しいし、連絡がないのは不安で。気がつけば友達に「まだ付き合ってるの?」と聞かれて胸を張って「付き合ってる」って言えない自分にほんとダメだなぁと思った。


「ねー、青宗くん」
「なんだ」
「四ヶ月連絡なかったら自然消滅なのかな…。でも万次郎はめんどくさくなったらはっきり言うタイプだよね…?」
「知らねぇ。オレに聞くな」

S.Sモーターズの床磨きをさせてもらっていたときに、隣でバイクを磨く青宗くんにそう愚痴ってみればめちゃくちゃ塩対応。最近少しは仲良くなってきたと思ったけど、やっぱりそんなことはなかったらしい。

「…青宗くんは彼女いないの?」
「別にいらねぇ」
「女の人は放っておかなさそうなのにね」

青宗くんはわたしが出会った人の中でも3本の指に入るくらい顔が綺麗な男の人だから、彼女がいないなら絶対狙ってる人がいる、間違いないと思っていたらバイクの修理を終えた真一郎さんが汚れた手をタオルで拭きながら店の中に入ってきて「青宗目当ての客いるくらいだからな」と言うからやっぱりそうらしい。

「そうですよね」
「だから気をつけろよ」
「え、何をですか?」
「ナマエちゃんと青宗が仲良く話してんの見て勝手に佐穂ちゃんが青宗の彼女だって思ってるヤツいるらしいから」


「はい?」


仲良さそう?こんなに塩対応なのに?わけがわからなくてわたしが首を傾げていれば、真一郎さんは「興味ないやつには喋んねーからな、青宗は」と青宗くんの頭をわしゃわしゃと撫でた。

わたしが彼女だと思われていると言うところでめちゃくちゃ迷惑そうな顔をしていたのに、憧れの真一郎くんにそうされると一気に機嫌は戻る。これを見ていったいどこでわたしを彼女だなんて勘違いできるんだろう。

「この青宗くんを見てわたしを彼女だなんて思うことあります?」
「んー、まあ大丈夫だとは思うけど。女の嫉妬って怖ぇからさ。ワカの話聞くか?」
「あー」

わたしの顔面ランキングNo.1を独走する人はとんでもないエピソードがありそうだなと聞く前からわかってたけど、実際聞いたら「こっわ!」ってなったけど、でもずっと聞いていたらあの遊んでそうなワカさんが重たい男だったことがわかって、むしろそっちが気になっちゃって、気がついたら真一郎さんの忠告なんてすっかり頭から抜けていた。



◇◇◇



その日の星座占いは最下位。でも12星座のうちの一つは必ずドベになるからそんな大して気にしてなかったし、ようやく万次郎から連絡が来て今日会えることになったんだから、そんな日が最下位なはずない。

そう思っておしゃれして待ち合わせ場所の佐野家に向かえば

「よっ」

愛機に軽くもたれていた万次郎がにっこり笑ってわたしを出迎えた。大抵迎えに来ても眠いからとか準備終わってないからとか言ってわたしを待たせるし、なんならベッドに引き込もうとする彼がこんな風にわたしを待ってることにあまりに驚いて目を見開いてしまった。

「ま、万次郎?」
「ん?」
「風邪でもひいた!?」
「は?」
「万次郎がわたしを待ってるなんて!」

わたしが挨拶も忘れてそんなことを言えば万次郎は口を尖らせる。

「門限はえーから少しでも早く会おうと思ってたんだけど?」
「あ、ごめん。そうだよね」

勝手に帰るのは明日だと思い込んでいたからちょっと、いやかなりがっかりした。それならおしゃれの時間を削ってもっと早く会う予定にしておけばよかった。

「門限あるよね…」
「ウチ泊まるつもりだった?」
「え、ち、違うよ!普通に寂しいなって思っただけ!」

でもそう言われると思い出すのは万次郎と最後に過ごした夜のことで、じわりと顔が熱くなっていく。すると先程まで拗ねてたはずの万次郎が「なに考えてんの?」と意地悪く笑う。

「バカ!」
「ははっ」

それで機嫌が良くなった万次郎はわたしの肩に顔を埋める。万次郎の柔らかい猫っ毛がわたしの頬をくすぐって思わず身を捩ったけど、万次郎はわたしの腰をぎゅっと抱いて離さない。

その万次郎の体温にわたしの胸はじわっと暖かくなっていて、ここ最近モヤモヤしてたのはなんだったんだろうってなった。でもなんだか気恥ずかしくて恐る恐る万次郎の頭を撫でると「ちげーだろ」とわたしの手を背中に回させる。

確かに万次郎がこうして甘えてきた時、わたしはずっと好きだった彼の背中に手を回して抱きついてたけど。

「外だし久しぶりだから恥ずかしいよ」
「久しぶりだからいつもと一緒がいい」

ああ、よかった。いつもの万次郎だ。

自分の意見を押し通すわがままな彼に安堵して、わたしたちは大丈夫だって思いながら万次郎のシャツをぎゅっと握った。


それから久々に万次郎のバイクに乗せてもらってドライブした後、よく行ってたファミレスへと向かった。旗付きオムライスを頼んだ万次郎は機嫌よさそうに旗をくるくると回していて、それでわたしもご機嫌だったんだけど、それから養成所の話になって例の女の子が出てきたからつい「仲良いの?」なんて聞いてしまった。

「は?イズミと?別に仲良くねぇし」

その子のことを名前で呼んでいると言う事実に衝撃を受けた。万次郎が女で名前を呼び捨てで呼んでいるのはエマちゃんと自分だけだったのに。

「そっか」

多分万次郎にとってそのイズミさんはただの同期なんだと思う。なのに勝手に嫉妬して、本当に馬鹿みたい。でもきっとこらからそういうことはたくさんあるんだと思う。これから万次郎は世界的に有名なレーサーになって、きっとたくさんファンができる。それなのにいちいちそれを彼女のわたしがぐちぐち言ってたらそれこそ彼女に相応しくない。

それに女の嫉妬は怖いって聞いたばっかりだし。だからこれくらいの我慢はしなきゃ。重くなくて、物分かりよくいなきゃ。そう思って「…やっぱいつもと違くね?」と言う彼に「そんなことないよ」と笑った。

でもそれがよくなかったのかなんとなく空気が悪い。それにそのあとすぐに「ねぇ、あの子でしょ?乾くんの彼女って。他の男といるとかなくない?」って声が近くから聞こえてきた。

声は近くの席のS.Sモーターズの近くにある高校の制服を着た女の子たちから聞こえてきた。多分あの子達が真一郎さんの言っていた青宗くんのファンなんだろう。

「は?」

タイミングがあまりにも悪すぎた。どうやら今日は本当にわたしの運勢は最下位だったらしい。

「あ、や、違うからね。最近真一郎さんのお店で手伝い始めたら青宗くんのファンが勘違いしてるみたいで」

最初は面白くないくらいの顔をしていた万次郎がなぜかわたしの言葉を聞いて機嫌をさらに悪くする。その理由がわからなくてそれ以上の言い訳ができないでいると、万次郎は席を立ってその女の子たちに「こいつはオレの女だから」とだけ言って店を後にした。慌ててわたしはその背中を追いかけた。

「万次郎、怒ってる、よね?」
「怒ってねぇ」
「怒ってるよ。本当になんでもないからね!?」
「…つーかなんで手伝いなんて始めたワケ」
「え、それは…時間があったから」

万次郎が遠くなっていくような気がして少しでも自分にできることがしたかった、なんて今言うとなんだか言い訳がましく聞こえる気がする。だから言わないでいたら万次郎は「ならそれやめて」とぴしゃりと言い放つ。

「あの、でも」
「何」
「わたしからお願いしてやらせてもらってたのに自分の都合でやめるのは申し訳なくて…」
「別に兄貴は気にしねーよ」
「う、うん。でもわたしが気になるから。でも本当に青宗くんとはなんにもないからね!これっぽっちも疑われるようなことないからむしろなんでそんな噂がたってるのかわからないくらいで」

でも、を繰り返して必死に言い訳をするけど返ってきたのは冷たい一言だった。

「オマエ、オレのこと全然わかってねぇ」

そう言われて私は息を呑んだ。

「あ、あの」
「門限あるからオマエ送ってそのまま戻る」

ついさっきまでは笑い合ってたはずなのに、なんでこんなことになるの?

そう思うけど、わたしはただの女子高生で、働いていているわけでもなければ、苦楽を共にしているその女の子みたいに万次郎のことをわかってあげらることもできない。それなのにこんなどうでもいいことでケンカして…。

学生と社会人のカップルは長続きしないっていうのはどこで見たんだっけ。

バイクに跨った万次郎は有無を言わせなかったからわたしは大好きなその背にしがみついたけど、これからまた連絡が取れなくなるわたしたちは仲直りをするすべがない。

多分今度こそわたしたちは別れることになるんだと思う。



◇◇◇



「おー、ナマエちゃん。急に悪かったな」
「いえ!暇だったので大丈夫です!」

あれから四ヶ月、万次郎と連絡はとれてない。万次郎が怒っていてわたしに連絡をしてこないのか、忙しくてそれどころじゃないのか、それとももう別れたつもりなのか。どれなのかわからないから気が気じゃないけど怖くて確認はできない。する術もないけど。

でも気がつけば今日はもう養成所の卒業の日。

「そーいや万次郎のレース見に行かなくてよかったのか?エマ、ナマエちゃんと一緒に観に行くっつってたけど」
「あ、はい。見に行っていいの家族って話だったので」

最終日は同期全員でレースをすること、そしてそれは家族は見に行ってもいいということになっているというのは入所前に聞いていて、その時万次郎はわたしも来ていいと言っていたけど、わたしは家族じゃないし、そもそも今彼女かどうかすら怪しいのに見に行ってもいいのかわからず結局エマちゃんの誘いを断ってしまった。もちろん真一郎さんも見にいく予定だったけど、真一郎さんも青宗くんもそれぞれ仕事が入ってむしろ店番が必要なくらいに忙しい一日になってしまったので、急遽わたしが店番として呼ばれることになった。

「真一郎さんこそ行けなくて残念でしたね」
「ん、まあこれからいつでも見れるしな。次はナマエちゃんも見に行ってやって」
「…はい」

わたしが曖昧にそう答えると真一郎さんは咥えていたタバコを最後に大きく一度吸って、そして煙を吐きながら灰皿に押し付けた。

「そーいやそろそろレース終わる頃だな。電話してみるか」

真一郎さんはポケットを探ったあと、机に無造作に置いたことを思い出したらしくそのケータイを手に取って、そして電話をかけ始めた。でもなぜかその電話をスピーカーにして「エマ?終わったか?」と話しだすからなんだかいたたまれないし、

『さっき終わったところ!マイキーもここにいるよ』

という明るいエマちゃんの声にもっと居心地が悪くなる。

早く自分がいることを伝えなきゃ。そう思うのに声が出なくて、その代わりに真一郎さんが「おつかれさん。どうだった?」と万次郎に話しかける。

『一位に決まってんじゃん』

その声は聞き間違えるはずのない万次郎の声。でもその声音は優勝を告げるものにしては不機嫌そうなもので、最後に聞いた彼のセリフが蘇ってきて心臓がぎゅっとなる。

「ははっそれにしては機嫌悪そうだな」
『拗ねてるんでしょ、ナマエちゃん来なかったから』
『ちげーし』
『そんなことばっかり言ってると別れたって言われても知らないよ』

もうどうしたらいいの!?聞きたいような聞きたくないような話題にもういっそ逃げてやろうかと思ってそっとその場を離れようとしたけど、万次郎のよく通る声がわたしの耳に届いた。

『ケンカしてるだけ!別れてねぇよ!』

え…?

万次郎の言葉でそう言われると安堵でじわりと涙が浮かぶ。

『なら連絡して今日来てって言えばよかったじゃん』
『ヤダ』
『もー!強情なんだから!』
『だってアイツムカつくし。オレが手伝いやめろって言ってもやめねぇし、オレの女のくせに他の男名前で呼んでるし。しかもオレが女の話したら嫌そうな癖になんも言わねぇし』
『それ嫉妬でしょ?ちゃんと言わなきゃわかんないから!』
『オマエだってケンチンとどーでもいいことでいっつもケンカしてんじゃん』
『ウチはいいの!ケンカしても会ってればすぐ仲直りできるし!でもマイキーはずっと会えなかったんだからちゃんと言わないと!』
『別にこれからずっと一緒にいんだからオレらだって問題ねぇし』



そこまで聞いたらもうわたしは涙が止まらなくなった。

確かに万次郎はわたしが青宗くんと話してると「オレ見てて!」と怒っていたけど、今回もいつもの万次郎の嫉妬だったなんて思いもしなかった。万次郎は変わってないって安心したはずなのにどこかで勝手に万次郎は大人になってしまったって思い込んでたのかもしれない。

でも彼はわがままでそして嫉妬深い彼のまま。

それでもう黙ってられなくなって
「ま、まんじろ…」
と酷い声で話しかけると向こうから『は?』と言う声が聞こえてきた。

『ナマエ?』
「うん、」

すると向こうで『エマだろ』『だってウチおねえちゃんになるのナマエちゃん以外イヤだし』というやりとりが聞こえてくる。それにもまた感動しちゃってわたしがずぴずぴ音を立てて泣いていると万次郎がもう一度わたしの名を呼ぶ。その声が優しくて、どうしようもなく好きで、やっぱり何があってもわたしは万次郎と別れたくないと思った。

「あの、わたしたち、ほんとに別れてない?」
『ンなワケねーし!』
「うん、」
『続きは帰ってからな。今から帰るから待ってて』
「うんッ」


それでようやく泣き止んだけどまだぐずぐずの顔をしたわたしに真一郎さんがティッシュをくれる。それで涙とか色々拭いながら照れ隠しに「エマちゃんには敵わないですね」と言ったら、

「うちみんなエマに敵わねぇからナマエちゃんが家族になっても最強はエマだな」

なんて言うものだから変な声が出そうになった。ここにワカさんたちがいたら「真ちゃんってホント天然だから」って絶対笑ってたと思う。


思ったよりも早く万次郎とエマちゃんは帰ってきた。帰ってきたら謝って、気になってたこと全部聞いて、それから最後に好きだと言おうと思っていたのに、久しぶりの万次郎に気がついたら抱きしめていた。

「おかえりなさい!」
「ん、ただいま」

しばらく久しぶりの万次郎を堪能していたけどようやく真一郎さんとエマちゃんがいることを思い出して慌ててその手を離す。それからようやく本題に入ろうと思ったのに、万次郎は話したはずの手を掴んで、そして「ウチ行くから乗って」と愛機にまたがった。

なんだかまたそれがそっけなく思えて口を尖らせたけど、わたしが後ろに乗ると「九ヶ月ぶりだから手加減できねーかも」とか意味のわからない言葉に思わず首を傾げる。

「え?」
「オマエに触らなさすぎて限界だって言ってんの」
「えっ!?」

いや、こらから色々誤解解いて仲直りじゃないの?でもやっぱり天上天下唯我独尊の万次郎には逆らえなくて、というかわたしもその一言ですっかり煽られてしまったので断る気もないから、例の「イズミさん」が実は苗字だったとか他の同期の男性からモテてるのに「は?ライバルと付き合うとかない。ていうか私彼氏いるし」と言う女傑だとか、オートレーサーになるとすぐにレース場に配属されるのだけどそれが浜松に決まってまた遠恋になりそうだとか、そういう話はもうケンカしてたとかどうでも良くなるくらい万次郎に溺れたあとに話すことになる。

ちなみにまた遠恋になる情報は相当ショックだったけど「ナマエが高校卒業したら浜松で一緒暮らさね?」と言われたらもちろん頷くしかない。あとは万次郎がデビューして半年後に埼玉で行われた大きなレースは珍しくテレビで放送されると言うから佐野家に集まれる人がみんなで集まって見ていた時のこと。

その日最年少の優勝者記録を塗り替えた万次郎がテレビの取材で視聴者への一言を求められて、「ナマエ、こないだの弁当うまかった、ありがと」なんて言うから思わずみんなで「は?」ってなった。

「彼女さんですか?」
「嫁です」

ヤンキーの万次郎にそろそろ彼女を嫁って呼ぶなって教えなきゃいけないかもしれない。そう思っていたのに万次郎がわたしに向けて最後の一言を言う。

「つーことでナマエ、佐野になって」

その後爆速でスポンサーである九井さんに『これからファン付くとこなのにバカか!?あいつの手綱ちゃんと握っとけ!』ってなぜかわたしが怒られたけど、この後どんな顔してればいいのかわからなくて照れ隠しにお茶を入れたらタケミッちくんに出そうとしたお茶をひっくり返すし、それを拭くためにタオルを取りに行ったらタンスの角で小指をぶつけて声にならない悲鳴をあげることになるしで散々。そしてそれをみんなに笑われて本当に穴に入りたくなった。








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