都合のいい女扱いしてくるセフレに痛い目見せてやろうと思いまして





 いくら夜だからってそんな目立つ見た目で街に突っ立っていたらそりゃ声かけられるでしょ。反社のくせに。

 私が働く会社の元締め・梵天でお偉いさんをしている春千夜が女の子に逆ナンされてウザそうにしているのを遠目で見た感想だ。
 彼のことだからさっさと追い払うだろうと少し離れたところで見ていたら、私の姿を見つけた春千夜が『早く来い』と高速でラインを送りつけてきた。え、なんでナンパされてるところにセフレ呼ぶの?相変わらずの鬼畜。でも見つかってしまっているものは仕方がないので足早に春千夜の元へと向かえば私に投げかけられたのは「遅ぇ」という罵倒だった。

「何してたんだよ」
「会社から直行してきたけど。っていうかまだ五ふ」
「会社出る時連絡しろって言ってんだろォが。そんなんなら今すぐ会社辞めさせンぞ」

 五分前なんだけど、は言わせてもらえなかった。待たされるのが嫌いな春千夜はセフレに対してもこんな調子である。いや、セフレだから?流石の春千夜も彼女にはこんな物言いはしないよね。とにかくこういう時の春千夜には余計なことを言わないのが吉だと長年の経験で知っているのでいつものように「ごめん」と流した。

 女の子は私の登場に一瞬戸惑ったようだったけど、私たちの間に甘い空気感がないことを察したのか、「お姉さんですか?」と聞いてきた。まさか本当に姉だと思ってるとは思えないから、私相手なら勝算があると思ったのかもしれない。たしかにその子は若いし、胸も大きいし、可愛いから男ウケは良さそう。

 でも春千夜がそんなので靡くなら私はとっくの昔にお役御免になってる。なにせこの男は梵天のNo.2でさらにこの顔。女なんて死ぬほど寄ってくる。煌びやかなキャバ嬢も清楚な受付嬢もみんな春千夜に気に入られたくて必死なのに、お誘いしてくる女の子たちを「あー、また気が向いたらなァ」とあしらうのは、「オレのこと本気で好きになるようなやつ相手にしてたらめんどくせェだろ」かららしい。

 とにかくそんなにモテるのに女の子を袖にしまくるから、彼は会社の部下たちに女に興味がない男色のレッテルを貼られていたらしい。なお、その事実は部下たちからのからかいに嫌気がさした春千夜が「女くらいいるわ」と漏らした言葉で唯一関係を持つ女である私を探し出した彼の部下のとある兄弟がわざわざ私を訪ねてきて知ったものである。ちなみにこの時誤解させたままも良くないからと「セフレですけど」って訂正したら大爆笑してたから、あの兄弟はきっとそのネタで春千夜をからかってるんだと思う。

 セフレがいるから女に興味があると言い切っていいのか私には甚だ疑問ではあるけどそれは置いておいて、まさか私以外に関係を持ってる女がいないなんて思いもしなかったからそれに一番驚愕した。春千夜くらい顔がよかったら正直セフレどころか彼女が何人いてもおかしくない。それに私たちの始まり方も春千夜がうちの会社に視察に来た時に接待で飲みに行った帰り、ぐでぐでに酔っ払って乗ったタクシーの中でなんか盛り上がっちゃってそのままホテルに直行って感じだったから、春千夜はそういうの慣れてると思い込んでたから尚のこと意外すぎた。それでワンナイトで終わらなかったのは多分相性がよかったのと、潔癖症な春千夜が許せるくらいには私も潔癖症なのと、セフレに本気にならないという線引きがちゃんとできているからだと思う。

 で、それはいいとして、何が悲しくてセフレをナンパしてる女の子と対峙しなきゃならないのか。私にどうしろと?わかってるわかってる。めんどくせぇからお前が追っ払えってことでしょ。めんどくさいことに巻き込まれた私は恨みの気持ちを込めて春千夜をジロリと見たけど、当の本人はそんな私の視線なんて気にも止めずに胸ポケットからタバコを取り出して吸い始めた。

 春千夜のバカ。春千夜がこの子のことタイプじゃないとか言えばすぐに済むのに。え、もしかして私をここで切るために呼んだ、とか?いやでも春千夜はそんなまどろっこしいことをするような性格じゃない。私と関係を切るなら「オマエもう来なくてイイから」の一言で終わらせる。だって明確にセフレの関係が始まった時だって、二度目は絶対ないと思ってた私の前に急に現れて「ホテル行くぞ」って、春千夜の言葉を借りるなら「クソ」な誘い文句で私を連行したくらいだし。

 そうは言ってもなぜか女の子の退治を私に任せる気満々な春千夜は自分のことのくせに我関せずでぷかぷかとタバコを蒸している。いい方法なんてあとから春千夜に怒られるかもしれない方法しか思いつかない。でもこんな道の往来で揉めるのはみっともなさすぎるし。

「あの、わたし一応彼女なんですけど」
「一応?それって別れそうってことですか!?」

 女の子がテンションを上げて聞いてくるので、私の口が引き攣った。空気読めないタイプなのか逆に空気が読めすぎるタイプなのかそのどちらかだと思うけど、春千夜に興味が持たれてないことに気がつかない辺り多分前者なんだろうな。世の中で生きていくのに鈍感力って大切だけど、今はそれ、いらない。

「あ、いやいや、もうめちゃくちゃラブラブですよ!?まあちょっとこの人の顔が良すぎるから胸を張って彼女って言えなかっただけで…」
「確かにお兄さんかっこいいですもんね!ほんとタイプです!!あの、もしよかったら連絡先だけでも交換してくれませんか?」
「そんな、交換とかダメですよ!命がいくらあ…じゃなくて、えーと、彼は私のこと好きですし…」

 安易に彼女のフリなんて始めた自分をぶっ飛ばしてやりたい。結局しどろもどろになってきて、もう耐えられそうにないからそろそろ助けてくれないかと思って隣で突っ立ってるだけの男を盗み見ると頑張ってる私を見てニヤニヤと笑っている。

 知ってた。知ってたけど、春千夜ってほんっと性格悪い!これ、絶対遊んでるよね?私の反応見て楽しんでるよね?ほんと人のことなんだと思ってるの?私はおもちゃじゃないんだけど!!

 五分前に着いても遅いって怒られるし、私がちょっと連絡返すの遅れたり同僚の男の人と話してるとめちゃくちゃ怒ってくる激めんどくさいセフレのくせして、自分は「今度オマエの好きなとこ連れてってやっから」とか言って期待させてくる。なのに結局行くのはホテルか良くてご飯屋さんからのホテルだし、会う約束してもドタキャンの嵐だし、「ほんと女ってメンドクセェ。そう思わねぇ?」とか言って私に都合のいい女になれって暗に言ってくるような男には一度お灸を据えてやらないと。

 いくら向こうのほうが立場が上のセフレだからってずっと私を従順なネコだと思ってる春千夜の手を一回くらいは噛んでやらないと気がすまない!!

 そして私は一つの作戦を思いついた。春千夜と女の子の間にいた私はスッと身をひいた。そして二人を見比べて頷く。

「まぁでも実際のところそろそろ潮時だなとは思ってたんですよね」

 わたしが演技を始めると、春千夜が「は?」と間の抜けたような顔をする。いつもそうなるのは私の方だから少し気分がいい。

「前々からずっと私なんかじゃ彼に似合わないよなって思ってて。私あなたみたい若くないし、そろそろちゃんと結婚できる相手を探してたし。だからとりあえず今日は私、帰ります!」
「おま、はぁ!?」

 私の隣に立つ男から感じる温度がめちゃくちゃ寒くなったけど、なんなら冷凍庫ぐらい寒いけど、でもそんなの知らない。

 春千夜なんて雑菌だらけの女の子にベタベタ触られちゃえばいいんだ!!私は親指をグッと立ててそのまま春千夜を置いてどこかに行こうとすれば「待てや」とまるで地獄から這い上がってきたようなひくい声が聞こえてくる。それはもちろん私が置いて行こうとした春千夜の声で、あまりに不機嫌そうな声だったから「ヒィッ」て声が漏れそうになったけどここで引いたら私の負けだ。

「なんですか!?」
「テメェ今ここでスクラップにされるか帰って死ぬか選べや」
「ど、どっちもやだし!!てかなんで私がスクラップなの!?」
「ア゛ァ!?彼氏ほっぽって帰ろうとした女なんて魚の餌に決まってンだろうが!!つーか何がマンネリだ!ラブラブだろうが!」
「は………は、はぁ!?」

 勢いよく反論する気満々なのに思いもかけない言葉が出てきて二の句がつげない。まさか春千夜からそんなセリフが聞けるなんて思わなかった。なんかめちゃくちゃ嫉妬して欲しいめんどくせぇ彼氏みたいじゃん。でもここでやめちゃったら春千夜が私をおもちゃにするのはかわらないし、ちょっと彼氏ヅラする春千夜は面白いのでもう少し続けることにする。

「私の彼氏がどこにいるって?」
「目の前にいんだろーが!!テメェの目は節穴どころか死んだ魚の目か!!」
「しんっいや悪口!それただの悪口だからね!?それが彼女に言うセリフ!?」
「ちげぇだろォが!!彼氏がナンパされてたら可愛く嫉妬すんのが彼女だろ!!なのにテメェは一応彼氏とか、ちゃんとした相手探すだとかいい加減にしねぇとマジで会社辞めさせてうちから出れなくしてやんぞ!!」

 春千夜はそう言うと私の手首を痛いくらいに掴んで「行くぞ」と歩き始めた。「え、ちょ、ちょっと!」とまだ諦めない女の子が声をかけてくるので春千夜はウザそうに舌打ちをした。そしてその不機嫌そうな顔のまま私の後頭部に手を当てて自分の方に引き寄せ、私になんの断りもなく口付けてきた。まさかこんな展開になると思わなかった私は反射的に体を引いたけど春千夜の腕が私の腰を抱いていて逃してくれない。それどころかさらに見せつけるようにキスは深いものに変わっていく。

 流石に息が続かなくなってきた私が春千夜の胸を叩けばようやく離してくれて、まるでそこに女の子はいなかったかのように無視して春千夜のキスで腰の砕けた私を支えて歩き始めた。呆気に取られたのか、それとも流石に諦めたのか知らないけど、女の子はもう追いかけてこなかった。

 しばらく歩き続けると春千夜は不機嫌そうに「ン」と手を出してきた。ちなみにこれは「オメェがおせぇから雑菌ついた」の意だと思う。

 他に何か言うことないのかと思いながらも、そのいつものやりとりが私を冷静にさせた。ポケットに春千夜用に用意してあるウェットティッシュをその手に渡してやれば、彼は女の子に触られたところをゴシゴシと拭く。

「ほんと潔癖症」
「汚ねぇ手で触られたら気持ちワリィだろうが」

 言いたいことはたくさんあった。セフレにナンパ撃退させるな!とか、人前でキスするな!とか。でもさっきのちょっと必死な春千夜が見られた私は気分がよくて浮かれてた。だからいつもよりもずぅっとテンションの低い春千夜に気が付かなかった。

「それで、今からどこのホテル行くの?この辺春千夜のお眼鏡にかなうホテルあったっけ」

 ホテルを検索しようとスマホを指紋認証で起動させていると、その途中で春千夜の手によって奪われてしまった。

「あ、ちょっと」
「テメェマジでさっきのなんだよ」
「あー。ごめん、なんかちょっと楽しくなっちゃって。調子乗りました」
「何が楽しくなっただ。いい加減にしろや。まァでもソレは後でしっかり躾けてやるから今はいいワ。そっちじゃなくて、一応彼女っての、ナメてんのか?オレの女って自覚ねぇのかよ」

 ………オレの………女???

 素で口から「いつから春千夜の女になったっけ?」とこぼれた。まだ機嫌の悪い春千夜は形のいい眉をさらにぎゅっと寄せた。

「三年前だろ?そんくらい覚えてるワ」
「は?」
 三年前。彼女。
 私はポカンと口を開けた。
「あ、ンだよ」
 春千夜を見ればとても冗談で言ってたとは思えない。もしかして。もしかしする、なんて。

「春千夜の彼女ってさ」
「あ゛?」
「良い女…?」
 次に口をポカンと開けたのは春千夜だった。間抜けな顔をしてても整っている彼の顔をしばらく見つめていたら、春千夜は肩を震わせた。

「…何笑ってるの?」
「自分のことンな風に聞いてくるアホがいんのかと思ったら笑えたワ。はいはい良い女

 ………。なんか少しムカつくけど今はそこじゃない。もうどうしたらいいのかわからなさすぎて、軽く、いやかなりパニックだった。今まで自分勝手なキスだって思ってたものが、なぜか私に感情をぶつけるような口付けに思えてきて、「え?いや、え?」ってなってる。

「まぁこうでもしねぇと好きって言わねぇ強情でメンドクセェ女だけど。面と向かって言えや」
「………」
 これ、マジなやつ?マジで春千夜は私の彼氏で、私のことが好きで、監禁?的なのを考えてるってこと…?ヤバいじゃん。え、いや、私たち、いつどこで付き合ったっけ…?

「あ、あのさぁ。私って…春千夜の彼女、なの…?」
「あ?自分で彼女って言ってたじゃねぇかよ。一応は余計だけど」

 …たしかに言ったけども。
「…わ…せ…」
「あ?聞こえねぇわ」
「私!!ずっと春千夜のことセフレだと思ってたんだけど!?」
「…は?」
「いつ付き合ったの私たち!」
「おま、マジで言ってんのかよ」
「だって!付き合おうって言われてない!好きって言われたことない!それに会う時はうちかホテルでえっちするだけだしそんなんセフレだと思うでしょ!?それに」
「あぁ!?オマエは声かけてくる男なら誰とでもヤるアバズレなんかよ!?」
「え、それはないけど」
「だったらンでそんな発想になんだよ!」
「だ、だって」
「ンだよ」
「マイさんって言う好きな人がいるって聞いたし」
「あ゛?誰だそれ」
「春千夜の部下の蘭さんが教えてくれた。春千夜は昔からずっとマイなんとかさんって人の尻追いかけてるって」
「…灰谷コロス」

 春千夜はそう言うとはぁと大きなため息をついた。

「マイキーはうちのボスだワ、ボケ」
「え、ボス…?ってあの佐野万次郎、さん?え、マイって無敵のマイキーのこと…?だって尻追いかけてるって」
「オレはボスの尻追いかけンのに忙しいんで、なんとも思ってねぇ女のために割く時間なんてねェんだワ。」
「それでわかれって言われても…。好きっていう便利な言葉がありますけど」
「男が好き好き言ってたらキモいだろうが」
「でも、言われないとわからないこともあるし…」

 すると春千夜は頭をガシガシと掻いた後、彼にしては珍しい真剣な顔で私を見つめた。

「オレがかわいいって思うのもそばにいンの許すのもオマエだけなんだよ。だからこれかもずっとオレの横で笑っとけ、アホ」

 ムカつくけどきゅんとした。めちゃくちゃした。でもそんな急に気持ちは入れ替えれない。わたしにとって春千夜はセフレだったし、好きになっちゃいけない人だったし。

「あ、あの。私も春千夜のことは好きだけど、でも付き合いたいかって言われたらわからなくて。まともなデートもしたことないし…。だから少し考えさせて欲しくって」
 私の言葉に春千夜はいつも以上に眉間に皺をよせて、そして私の手を取って歩き始めた。

「え、どこ行くの」
「何のためにここで待ち合わせしたと思ってンだよ」

 ここ?
 そう言われて、そう言えばここがいつも近付きたがらない六本木の近くだったことを思い出した。

「でもこの辺り人多いよ?今日はクリスマスイブだからイルミネーションが…」

 ……え、まさか…、ね?

「オラ、行くぞ」
 春千夜はキラキラ輝く方に向かって歩き始める。

「どうしちゃったの、こんなのらしくなさすぎて怖いよ」
「オマエがイルミネーションの記事見て騒いでるから連れてきてやったんだろうが」

 なにこれ、デートじゃん。

 私がぽかんとしていれば拗ねたように春千夜は言った。

「全然デートらしいデートしてやれてなかったから死ぬ気で働いて彼女のために時間つくったんですケドォ?お前はオレとデートしたくなかったんかよ」

 クリティカルヒットした。でももう少しだけしおらしい春千夜が見ていたいし、そんなにすぐに素直になれる性格じゃない私は、最も愚かな一言を発した。

「春千夜クスリキメてる…?キメてるときの春千夜とは絶対しないからね」
「テメェ、この後手加減なしで抱いてやるから覚悟しとけや」

 



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